作品タイトル不明
5-2
幽霊を相手にするにあたってしんどいことは、魂の匂いを嗅いで隠密を見破ってくることなのだが、あまり群れてくれないこともある。
それはつまり固体固体のスペックが高いことに繋がりやすく、迷宮に正比例して強力な固体が湧く。
たとえば、干渉式を操ってくるヤツとか。
私は必死に息を殺し、気配を断って仲間が来るのを必死に待っていた。
目の前、すり鉢状のクレーターの中心に一体の幽霊が佇んでいる。
しかし、それは普通の幽霊ではなかった。ローブを纏い、杖を持った女性の姿を朧気に取っており、見るからに術師といった感じだ。
つまり、私ではどうにもならん。
銃、破片手榴弾、閃光手榴弾、全て効果を示しはしないだろう。
同時に向こうの攻撃手段で防げる物はあるだろうか?
見るからに素人の雰囲気ではない。単純な数百度の火球を飛ばしてくるだとか、ちょっと回避が難しい雷撃程度ではなかろう。
それくらいなら外骨格の耐熱性や、絶縁性、発動の隙を突いての急機動で何とかなるが……あれがそういった手合いに見えない。私のカンが告げるのだ、できる相手だぞと。
その破断感覚を捕捉するように、シューティンググラスの表示を切り替えて霊力測定器の数値を見ると、私の外骨格に搭載された安物が振り切れて役に立っていない。
つまり、どうしようもないってことだ。
息をすることすら怖ろしい。恐らく、気付かれた瞬間に死んだことさえ知覚できない、何らかの初見殺しで私は殺される。
造作もなく、あっけないほど容易く。
息を止め、自分を岩の一部だと思い込む。無駄に動かず、焦らず、脳波をフラットに。ただただ、己はここに存在していないと自己暗示することで、相手に察知されていないことを願うでもなく願う。
霊力を持たない我が身が、東北出身の同期が言っていた〝木化け〟ならぬ、岩化けがどの程度実践できているか分からない。
しかし、できることはこれだけだ。もう足を躙らせること、指を動かすことさえ危ない。呼吸さえ最低限、深く浅く吸い、静かにゆっくりと吐く。自らの心臓を止めるような勢いで。
私は仲間達に強敵がいて身動きができなくなったら連絡を絶つことを伝えていた。
そして、五分以上定時連絡を行わなかったら、撤退するか現在位置に駆けつけるかは、全てアゼリアの判断に委ねている。
とはいえ、義理堅い仲間達だ。一度として、助けに来てくれなかったことなんてないんだけどね。
連絡を断ってどれくらい過ぎたか、距離はどれくらいだったか。気にはなるが考えない。余計なアクションを見せるどころか、何か〝この場そのもの〟を乱すことをしただけで死ぬと、これまで培ってきた感覚が警告するのだ。
だから待つ。ただ、待つ。
そして、空気が揺らいだ。
塩素や鉄サビのような鼻をツンと刺す臭いは、オゾン臭だろう。何かが焼け落ちる音は、クレーターの縁を貫いて死角から接近者を攻撃したのか、何かを貫通したことが窺える。
それを嗅いで、聞いて尚も私は生きている。
つまり、賭けに勝った。
ゆっくりと呼吸の速度を上げ、心臓を再び強く脈打たせる。そして、顔を上げれば、アゼリアとベリアリューズがクレーターの縁を疾駆しているのが見えた。
よくよくみれば、我等が頭目が掲げる幅広の宝剣、その側面が僅かに赤熱していた。私も発射の直前に感じた薄い薄い殺気を読み取って、攻撃が届くより先に防御したのだろう。
見れば、敵は杖の先からレーザーを景気よくぶちまけているではないか。
その全てを我等が前衛は受けるか避けるかしている。
殺気を読み、杖の向きから対象を予測し、そして危害半径をカンで掴んで身を躱すか、武器で受け止める。熟練の外骨格兵でも、あそこまで綺麗に乱数回避めいた機動を取ることは困難だろう。
しかし、私は一つのことに気付いた。
音は限りなく一つに近いが、二つ重なり合っている。
色のある光条は恐らくフェイクだ。アレが大気を灼き、その間に刹那生まれた真空のトンネル、そこを威力を減衰されずに本命のレーザーが潜っているのだ。
なるほど、よく考える。我々もレーザー兵器は開発してきたが、大気減衰に悩まされて宇宙空間以外での利用は実戦的ではないと諦めたのだ。それを「じゃあ最初から二発撃って、一発はガイドレールにすれば良いじゃん」と力業で解決するとは。
なら、アレを妨害するのに丁度良い手が一つある。私は腰元に手を伸ばし、同時にサブアームを動かして二つのスモークグレネードを手に取った。
真っ白な噴煙を二秒で半径25mに充満させ、強風が吹き荒れても数分、風のない状態なら10分以上は滞留する特種煙幕が凄まじい勢いで白煙を噴き上げながら踊る。
そして、私は感覚に従って跳びのけば、先程まで背中を預けていた大岩に拳大の穴が開いた。
こ、こえぇ……濃密なオゾン臭は大気がプラズマ化している証拠。その熱に晒されたならば、私のM2は絶対に耐えられなかっただろう。命中箇所からして腹を貫通して傷口は炭化し、自力では修復不能な損傷に意識を刈り取られていてもおかしくない。
念のために二度、三度と飛べば後ろをレーザーが追ってきた。しかし、威力が明らかに減衰し、遮蔽物を灼き溶かすまでの時間が延びている。
風が吹き荒れて真っ白な煙が広がっていくが、吹き散らされず広まるばかりない。
ふふふ、煙といえば風と安易に考えたな? 舐めるなよ、列島のスモークは濃度と持続時間に定評があるんだ。屈強な現地人をこの白い人工の濃霧で足止めして、何もさせぬまま重砲で蜂の巣にする戦法が通常歩兵の教則に乗るくらい重宝される装備を舐めてくれるなよ。
こいつを消したかったら、干渉式の難易度を上げてでも、煙という現象そのものを消滅させるべきだったな。
『フェアルリリム』
『……見えてる』
さて、あとはどうするかと考えていると通信機に仲間の声が。
そういえばフェアルリリムの姿がない。彼女も接近していたのでは……そう想った刹那だ。
シューティンググラスに搭載された、廉価な視覚素子では観測できぬほど遠間の闇より蒼い光が迸った。
我が一党の便利屋にして大砲。フェアルリリムの〝存在否定〟の光条。
なるほど、彼女は敢えて攻撃の精度に全てを方向け、前衛二人に囮を頼んだのか。分かっていても無茶苦茶するな、自分の同類ならどんな初見殺しをお見舞いしてくるか分からないというのに。
いや、これも信頼あってこそか。
「っ……」
突き立った光が煙すら打ち晴らし、その中央にいた幽霊の胸に突き立つ。
そして響き渡る断末魔はダンジョン全体を揺らすかのように大気を打擲して、凄まじい音波が私の耳を襲う。
耳を塞ぎ、口を開いて振動を逃がすのが、あと数秒遅れていたならば、私の鼓膜は見事に破れていただろう。
くっそ、ただでは死なんとは厄介すぎる。
『……終わりました……』
音響攻撃の名残に頭を若干ふらつかせながら起き上がると、煙の中でも分かるほど大きな光が青く輝いているのが分かった。
世界賞だ。
どうやら、私の五分もの死にそうな気分を味わいつつの隠れん坊は、ぼちぼちの成果を寄越してくれたと見える…………。