軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16.稼ぐ犬と、権力を使う犬(夫)

翌朝の離れ。

ダイニングには、香ばしい焼きたてパンとコーヒーの香りが漂っていた。

この離れにはキッチンがないため、食事は毎食、ルナが本邸の厨房からワゴンで運んでくる手筈になっている。

「主様、本日はクロワッサンとオムレツでございます」

「ありがとうルナ。いただきます」

リリアナが優雅にナイフとフォークを手に取る。

その足元には、昨晩から住み着いた神獣改め愛玩動物、ポチが鎮座していた。

彼の前には、ルナが焼いた特大のステーキが置かれている。

一方で、テーブルの向かいに座るジークフリートの前には、パンと水だけが置かれていた。

ルナによる無言の圧力(差別)である。

「……あの、ルナくん? 私の卵料理は?」

「在庫切れです」

「今、厨房から持ってきたばかりだよね!?」

ジークフリートの抗議などどこ吹く風。

ポチは「ワフッ!」と勝ち誇ったように鳴くと、ステーキを一口で飲み込んだ。

「なぜだ……なぜ夫の私より、拾ったばかりの犬の方が待遇がいいんだ!」

ジークフリートがバンとテーブルを叩く。

リリアナは冷めた目でコーヒーを啜った。

「働かざる者食うべからずよ。ポチは『湯たんぽ』兼『癒やし』という重要な役割を果たしてるわ。アンタは?」

「わ、私だって! 騎士団長として国を守っている!」

「ふーん。で、我が家への貢献は?」

「ぐっ……」

言葉に詰まる公爵を尻目に、ポチがゆっくりと立ち上がった。

そして、何かを思い出したように、リリアナの足元に「吐き戻し」――ではなく、亜空間収納から何かを取り出して並べ始めた。

ジャララララ……。

硬質な音と共に積み上げられたのは、色とりどりに輝く宝石の山だった。

いや、ただの宝石ではない。

濃厚な魔力を内包した、高純度の魔石だ。

「なっ……これは!?」

ジークフリートが目を丸くする。

火属性の紅玉、風属性の翠玉。どれも市場には滅多に出回らないAランク級の代物ばかりだ。

「ワン!(夜の散歩ついでに狩ってきた)」

ポチはふんぞり返り、ドヤ顔で鼻を鳴らした。

リリアナが鑑定し、目が「¥」の形になる。

「ほんと、すごいわポチ! これ全部換金したら、金貨五百枚(約五千万円)は下らないわよ! 優秀なATMね! よしよし!」

リリアナは歓喜し、ポチの頭をワシャワシャと撫で回した。

ポチは気持ちよさそうに目を細め、チラリとジークフリートに流し目を送る。

その目は明らかにこう言っていた。

『俺の方が役に立つぜ、居候』と。

「くそっ……! 金でリリーの愛を買おうとするとは、卑しい獣め!」

ジークフリートが悔しげに歯ぎしりをする。

彼は懐から革袋を取り出し、テーブルにドンと叩きつけた。

「だが私だって、今日は騎士団長の給料日だったんだ! 見ろ、この重みを!」

袋の中には、確かにずっしりとした金貨が入っている。

国最強の騎士団長としての月給だ。庶民が一生遊んで暮らせる額である。

だが、リリアナは冷徹に比較した。

「えーっと、ジークの月給が金貨五十枚。ポチの一晩の稼ぎが金貨五百枚……」

「……」

「ポチの圧勝ね。十分の一以下じゃない」

「嘘だろ……私の給料、国のトップクラスなのに……」

ジークフリートは白目を剥いてテーブルに突っ伏した。

国の重鎮としてのプライドが、ペット(新入り)に粉砕された瞬間である。

ポチは「フンッ」と鼻で笑い、リリアナの足元に擦り寄った。

完全に勝負ありだ。

「くぅぅぅん……」

負け犬のような声を上げたのは、ポチではなく夫の方だった。

その時、玄関の扉が激しく叩かれた。

ドンドンドン!

「団長! いらっしゃいますか! 緊急事態です!」

切羽詰まった声だ。

ルナが窓の外を確認する。

「主様。害獣の手下……訂正、騎士団の副団長が来ました。ひどく慌てている様子です」

リリアナの表情が曇った。

今、リビングにはポチがいる。

サイズこそ縮小しているが、溢れ出る神気と威圧感は隠しきれていない。

プロの騎士が見れば「ただの犬」でないことは一目瞭然だ。

「チッ、面倒なことに……」

リリアナが舌打ちをした瞬間、ジークフリートが弾かれたように顔を上げ、玄関へ向かった。

扉を半分だけ開け、体で隙間を塞ぐようにして部下と対峙した。

「騒がしいぞ。何事だ」

「はっ、申し訳ありません! しかし、北の森周辺で『天狼フェンリル』の目撃情報が相次いでおりまして! 住民が不安がっております! 直ちに討伐隊を……」

副団長はそこまで言いかけて、鼻をひくつかせた。

「……ん? 団長、奥から獣の匂いがしますが……。それに、この肌を刺すようなプレッシャーは……」

副団長が怪訝な顔で、ジークフリートの背後――リビングの方を覗き込もうとする。

そこには、ステーキを優雅に食む神話級の魔獣がいる。

見つかれば大騒ぎになり、リリアナの平穏な引きこもりライフは終了だ。

「ああ、これか」

ジークフリートは一歩も引かず、冷然と言い放った。

「あれは妻が飼い始めた『東洋の珍しい大型犬』だ。少し魔力が高いだけの、愛玩動物だよ」

「えっ? 犬、ですか? しかし、あの魔力は並大抵のものでは……」

「私の妻のペットに、何か文句があるか?」

ゴゴゴゴ……と。

ジークフリートの背後から、物理的な冷気が噴き出した。

いつものデレデレした表情は消え失せ、戦場で見せる「氷の公爵」の威圧感が、副団長を押し潰す。

「もし『フェンリルだ』などとデマを流し、妻の平穏を乱すようなら……わかっているな? 明日から君の勤務地は、極寒の北壁になるぞ」

「ひっ……! い、いえ! 滅相もございません!」

副団長は顔面蒼白になり、直立不動で敬礼した。

「団長がそう仰るなら、あれは犬です! 誰が何と言おうと犬です! 失礼しましたァ!」

部下は脱兎のごとく逃げ去っていった。

その背中が見えなくなるまで見届けてから、ジークフリートは扉を閉め、ふぅと息を吐いた。

「……行ったよ。リリーの大事なポチだからな。私が守るさ」

振り返った彼は、少しだけ誇らしげだった。

金では負けたが、権力と地位にだけは自信がある。

リリアナはポチの頭を撫でながら、チラリと夫を見た。

「……ふーん。やるじゃない」

正直、見つかったら記憶消去の魔法でも撃ち込もうかと考えていたが、手間が省けた。

「役立たずかと思ったけど、権力の壁としては優秀ね。ちょっと見直したわ」

「リリー!!」

ジークフリートの顔がパァッと輝いた。

感涙を流しながら、両手を広げてリリアナに飛びかかろうとする。

「やはり君は私を愛して……!」

「ポチ、やって」

「ガウッ!」

ドゴォッ!!

リリアナの短く冷たい命令と共に、ポチがロケットのような頭突きをジークフリートの鳩尾に叩き込んだ。

くの字に折れ曲がり、壁際まで吹き飛ぶ騎士団長。

「ぐえーっ!」

感謝はしても、抱擁は許さない。

リリアナはポチが稼いだ魔石を数えながら、ホクホク顔でお茶を啜るのだった。