軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ほどかれた未来 1

食堂のオープンからあっという間に半月が経ち、忙しない日々を送る中、私は頭を悩ませていた。

「……あの二人、結局どうなっているのかしら」

シャーロットとゼイン様の関係が進展しているのか分からず、不安で仕方ない。

ランハートからの報告によると、二人が会話しているところは何度か見かけているんだとか。

ゼイン様が女性と関わること自体珍しく、私と一緒にいる姿を見かけなくなったこともあり、グレース・センツベリーが捨てられたという噂も流れているらしい。

その上、現在王都におり社交の場にも顔を出しているらしいゼイン様からは半月の間、一切連絡はない。今度こそ、シャーロットの影響だろうか。

とにかく今は私にとってかなり良い状況で、このまま行けば自然消滅もいけるかも、という期待がある。

『俺の気持ちなんて、君には分からないだろうな』

『君を好きなのと同じくらい、君が憎らしいよ』

けれど先日の言葉を思い出すと、やはりそんな簡単に心変わりするとも思えなかった。同時に何度もキスをされたことを思い出してしまい、顔が火照っていく。

あの日の出来事を頭から振り払うように首を左右に振ると、私は「ぷぺぷ?」と不思議そうな顔をしてこちらを見ているハニワちゃんを抱き上げた。

「ねえ、ハニワちゃんはどう思う? ゼイン様はまだ私のことが好きかしら?」

「ぷぽ! ぱぴ、ぷぴ!」

「ふふ、かわいい。ぷぽって何かしら?」

一生懸命身振り手振りをしながら「ぷぴ!」を繰り返している姿はかわいくて、なんだか元気が出てくる。

とは言え、ハニワちゃんはゼイン様が大好きだし、このまま会えない可能性もあると思うと、心が痛む。

そんな中、コーヒーを飲んでいたエヴァンが「そういえば」と何かを思い出したように口を開いた。

「明日から二日間休みをいただいているので、出かける際は侯爵家の騎士をごっそり連れて行ってくださいね」

「分かったわ。どこかへ行くの?」

「はい。魔物の討伐に」

エヴァンがこうして駆り出されるということは、かなり手強い相手なのだろう。

話を聞くと王都から少し離れた場所で、強い部類の魔物の群れが現れたんだとか。

「やっぱり、何か魔物に変わった様子はある?」

「まだはっきりと分かりませんが、明らかに魔物の数は増えていますね」

やはり小説の通り瘴気が広がり始めていて、魔物が増えているのかもしれない。

「ヤナ、魔鉱水の値段に変わりはない?」

「はい。今のところは」

「……よかった」

ほっとしたものの、油断できるような状況ではない。様々な魔道具を使うのに必須な資源である魔鉱水が失われ始めれば、本当にもう戦争は目の前だ。

心臓が嫌な音を立てるのを感じながら、手帳を開く。思い出せる限りの小説の情報を記してあるものの、本当に全てこの流れの通りに行くのだろうか。

「なんですか? この年表みたいなのは」

「この先、シャーロットとゼイン様の身に起こることを分かるだけ記してあるの」

ひょこっと手帳を覗いたエヴァンが、首を傾げる。

二人には色々と話してあるため正直に答えると、エヴァンは「へえ」と感心したような声を出した。

「お嬢様や俺達については分からないんですか?」

「ええ、残念ながら」

「そうですか、それでもすごいですね」

二人はやはり一切の疑いもなく、こんな突拍子もない話を聞いてくれていて、じわじわと胸が温かくなる。

こんなにも自分をまっすぐに信じてくれる人達が傍にいるというのは、とても心強かった。

「このときめき誘拐事件、というのはなんですか?」

「それはね、ストーカー男に攫われたシャーロットを、ゼイン様が偶然助けるの」

「では、こっちの魔道具事件っていうのは?」

「それはね、ゼイン様が危ないところを今度はシャーロットが助けに行くのよ」

まだ聖女としての力が目覚めていないというのに、ゼイン様が危険だと知ったシャーロットは無茶をして助けに行き、怪我を負う。

そのシーンはとても感動的で、何度も繰り返し小説を読んだ記憶がある。

「なんだか大変そうですね。妙な事件ばかりで」

「そうでしょう? でも、そういうものなの」

ヒロインや主人公というのは常に困難や苦難が降りかかるけれど、乗り越える度に二人の絆は強くなり、恋が燃え上がっていくものなのだ。

とは言え、本当に大変そうだと思いつつ、死にかける 私(グレース) が一番大変だと、溜め息を吐いた時だった。

「お嬢様、お客様がいらしております」

「誰かしら?」

メイドがやけに慌てた様子でやってきて、来客を知らせてくれる。

今日は来客予定なんてなかったのに、と思いながらハニワちゃんをそっとテーブルの上へと下ろす。

「マリアベル・ウィンズレット様です」

「……えっ?」

◇◇◇

それから数日後、私はウィンズレット公爵邸にてマリアベルと隣り合って座っていた。

『突然訪ねてしまってごめんなさい。ご迷惑だとは分かっていたのですが、どうしてもお姉様に会いたくて……私のこと、嫌いになりましたか……?』

『そんなわけない! 私は今までもこれからも、マリアベルのことが大好きよ』

先日、ひどく不安げな様子で我が家へとやってきた彼女を追い返すことなんて、できるはずもない。

最後にマリアベルに会ったのは作戦失踪をする前で、久しぶりだった。仕方がなかったとは言え、寂しい思いや不安にさせてしまったのだと思うと、胸が痛んだ。

そして二人きりで会いたいと言われ、今に至る。ゼイン様は明日まで留守と聞いているし、大丈夫だろう。

「お姉様と一緒にいると、すごくほっとします」

「マリアベル……」

マリアベルはぴったり隣に座り、私の腕に縋るように抱きついている。彼女は今日も天使でかわいくて愛おしくて、このままずっと一緒にいたいと思ってしまう。

やがて銀色の長い睫毛を伏せると、マリアベルはぎゅっと私の手を握りしめた。

「もしかしてお兄様と、喧嘩をされたんですか?」

「……その、そういうわけじゃないんだけれど」

あれほど公爵邸に遊びに来てはゼイン様と過ごしていたのだから、マリアベルがそう思うのも当然だ。

──私としては破局した後「恋人という関係ではなくなったけれど、ゼイン様もマリアベルも大事な存在には変わりない」ときちんと話をする予定だった。

けれどいつまでも別れられず「別れたくて逃げ回っている」とも言えず、こんな状況になってしまった。

「それなら、どうして……」

まっすぐに私を見つめるマリアベルを見ていると、誤魔化したり嘘をついたりなんて不誠実なことはしたくないと思えてくる。そして、意を決して口を開いた。

「ごめんなさい、マリアベル。私ね、ゼイン様と別れたいと思っているの」

「ど、どうしてですか? お兄様のことが、嫌いになられたんですか……?」

ゼイン様と同じ色の金色の瞳に涙が溜まっていき、今すぐに「本当は別れたくない」と言ってしまいそうになるのを必死に堪える。

「ううん、今もとても大切で好きよ。でも、お互いに違う道をいくべきだと思うの」

「そんな……お願いします、一度ちゃんとお兄様とお話してください。お兄様は絶対にお姉様が大好きですし、お二人はずっとずっと、一緒にいるべきです!」

マリアベルの気持ちが苦しいくらいに伝わってきて、視界が滲み、思わず抱きしめた時だった。

「マリアベル? 来客というのは──……」

広間へ入ってきたのはなんとゼイン様その人で、私は息を呑み、固まってしまう。

そしてゼイン様もまた私がいることは知らなかったようで、切れ長の目を見開いていた。