軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ほどかれた未来 2

驚いてマリアベルへと視線を向ければ、彼女は「ごめんなさい」と言い、目に涙を浮かべた。

「私、どうしてもお二人に会って、ほしくて……」

最初からゼイン様と引き合わせるつもりで明日まで留守だと嘘を吐き、私を今日この場に呼んだのだろう。

それでも、ぽろぽろと大粒の涙を流すマリアベルを責められるはずなんてない。

意思と反していたものだとしても、この涙は私の行動のせいだと思うと、罪悪感で押し潰されそうになる。

「私は、グレースお姉様とゼインお兄様と、ずっと、ずっと一緒にいたいです……」

「…………っ」

大好きで妹のように思っているマリアベルにそう言われて、心が動かないはずなんてなかった。ゼイン様もマリアベルの言葉に、悲痛な表情を浮かべている。

──どうして、大切な人達にこんな顔をさせなければいけないんだろう。

そんな行き場のない疑問が消えず、心が軋む。

「っごめんなさい、私、部屋に戻ります。どうか少しでもお気持ちを伝え合ってくださいね」

目元の涙を拭い、マリアベルは無理やり笑顔を作るとパタパタと広間を出て行ってしまう。本当に私達のことを想っていてくれるのが、心底伝わってくる。

「…………」

「…………」

残された私とゼイン様の間には重苦しい沈黙が流れていたけれど、先に口を開いたのは彼の方だった。

「マリアベルがすまない、本当に俺も君が来ていることは知らなかったんだ」

「いえ……こちらこそ、ごめんなさい」

「少しだけ話をしても?」

こくりと頷けば、ゼイン様はこちらへやって来て、静かに私の隣に腰を下ろした。

ゼイン様はいつもより離れた場所に座っており、これまでとは違う距離感に、少しの戸惑いを覚えてしまう。

やはりシャーロットと関わり、心境の変化があったからなのだろうかと思いながら、次の言葉を待った。

「改めて聞くが、君はなぜ俺と別れたいんだ?」

いきなりの核心を突く問いに、どきりとしてしまう。それでも必死に平静を装い、ゼイン様を見つめ返した。

「もうゼイン様が好きじゃないからです。そんな状態で一緒にいても、お互い幸せになんてなれませんから」

マリアベルも、きっと辛いのは今だけだ。時間が経ちシャーロットが私の代わりにゼイン様の恋人になれば、誰よりも彼女を可愛がってくれるはず。

ここで情に流され、戦争が起きて大勢の人が命を落とすよりはいい。私だって死にたくなんてなかった。

両手をぎゅっと握りしめ、顔を上げる。そして最後に本当に別れたいと、もう一度伝えようとした時だった。

「ですから、本当にもう別れ──っ」

気が付けば私はソファの上で押し倒される体勢になっていて、ゼイン様の整いすぎた顔がすぐ目の前にある。

両腕を大きな手で掴まれており、びくともしない。

「ど、どうして……」

「グレース」

名前を呼ばれるだけで、どうしようもなくドキドキしてしまう。そしてそれは目の前の彼にも伝わっているようで、ゼイン様は呆れたように口角を上げた。

「こんなにも真っ赤になって俺を意識しているくせに、もう好きじゃないから別れたいって?」

「…………っ」

「君は嘘が本当に下手だな」

恋人繋ぎのように、するりと指を絡められる。私よりもずっと大きな手のひらに包まれ、また心臓が跳ねた。

こうしてランハートに手を繋がれたことも何度もあったけれど、こんな風に胸が高鳴ることはなかったのに。

「どうしたら君を繋ぎ止められる? どうすれば大人しく俺の傍にいてくれるんだ?」

「なんで、私に、そこまで……」

縋るような眼差しを向けられ、きつく手を握られ、指先ひとつ動かせなくなる。

今にも消え入りそうな声で紡いだ問いに対し、ゼイン様はどこか悲しげに目を細め、私を見つめた。

「さあ? 俺にも分からないんだ。君以外を好きになったこともないし、理由なんてもう分からない」

それでも、とゼイン様は続ける。

「今ここで君を諦めたら、俺は絶対に一生後悔する」

唯一それだけは分かっていると言われた私は、泣きたいくらい胸を打たれていた。

──大好きな小説の主人公で、優しくて格好良くて、一途で完璧で。夢中になって小説を読みながら、いつかこんな素敵な人に愛されたいと何度も何度も思った。

そんな憧れの人が、こんなにもまっすぐに私を好いてくれていて、嬉しくないはずがなかった。

このままゼイン様の手を取れたなら、本当はこの先も一緒にいたいと言えたならどんなに幸せだろうと、考えないはずがなかった。

「わたし、は……」

今まで必死に固めてきた決意が、揺らいでしまう。

けれど最後にほんの少しだけ、グレースとしての──この物語の舞台装置としての責任感が勝った。

私は小さく息を吸い、吐くと顔を上げる。

「……三ヶ月間、距離をおきませんか」

「何のために?」

「お互いのためです」

今すぐ別れるのが無理だとしても、私と離れ、シャーロットへ目を向ける機会を作るべきだと思った。

何より私自身、ゼイン様と離れるべきだ。このまま絆されきってしまうのが、怖かった。

受け入れられないとは思いつつ「お願いします」と乞うように見上げる。ゼイン様は読めない表情のまま私をじっと見下ろしていたけれど、やがて口を開いた。

「分かった」

「えっ?」

「君がそうしたいのなら」

それだけ言うと私から手を離し、身体を起こす。

ダメ元の提案があっさり受け入れられるとは思っておらず、自分から言い出したとは言え、戸惑ってしまう。

間違いなく以前のゼイン様なら、ここで頷きはしなかったはず。何より先程の言葉とは正反対の行動に、ゼイン様の気持ちが分からなくなっていた。

望んでいた展開のはずなのに、痛む心臓には気づかないふりをして、私も身体を起こす。

「もう連絡もしないし、君を見かけても声をかけない。それでいいんだろう?」

「……はい」

「分かった、外まで送るよ。行こうか」

ゼイン様はソファから立ち上がり、右手を差し出してくれた。けれど立ち上がった後、すぐに手は離される。

それからはもう、言葉を交わすことはなかった。