軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

反響

帰宅したのは夜の8時を過ぎたあたりだった。

シオを容器に戻して机に座り、スマホを開いた。

榊のコラボ配信のアーカイブ再生数を確認すると5万を超えており、コラボが終わった当日の夜で、この数字は通常ではない。

アーカイブのコメント欄を開いて流し読みした。

「昨日のコラボよかった」「《天城フロンティア》の実際の隊が出てきた」「中層の空気がちゃんと見えた」というものが目立つ。

コラボ直後の感想として、普通の流れだった。

少し先を流すと、別の反応が混じり始めていた。

「あの場面、鑑定が人間に通ってるよな」「呪詛付着が鑑定で出るって何スキルだ」「これ一般的な鑑定じゃないだろ」というコメントが集まっている箇所がある。

その先に、切り抜き動画へのリンクが複数貼られていた。

一つ目は人間への鑑定の場面を切り出したものだった。

『鑑定士が人体鑑定に成功?』というタイトルがついていて、数万回再生されている。

「上位鑑定士でもムリじゃね?」「世界でも数人しかいない能力の話って聞いたことがある」という書き込みが連なっていた。

別の切り抜きは、シオが浄化する場面だけを切り出した30秒の動画だった。

本体の配信より再生数が多くなっている。

「これ何属性だ?」「スキルなんだろうけど初めてみるな」「小型テイムでこのクラスの浄化は聞いたことない」「回復系のテイムはたまに見るけど浄化は聞いたこと無いな」「魔物が浄化とかこれいかに」「何が起きてるか分からないけどやばい」という書き込みが続いていた。

コラボ回として見ている者、鑑定スキルに詳しい者、テイム魔物を専門に追っている者が、それぞれ別の角度からこの配信を取り上げていた。

それに応じて拡散の入口が複数できており、若干だが嫌な予感すらする。

周囲がざわついている中、シオは容器の中でスヤスヤと寝ていた。

翌朝、起きて端末を確認すると、榊の配信動画再生数が70万に届いていた。

「まじか…伸びすぎだろう」

スマホには榊からメッセージが来ている。

『アーカイブ、想像を超えて回ってます。切り抜きが把握できないレベルで広がってます』

榊たちですら想像を超えるということは、相当反響があったということだ。

ちょっと想像の域を超えた回り方をしている反面、自分自身がどうしていいのか正直わからない。

とりあえず、『分かりました』と返信してスマホをしまう。

時間を確認すると、いつもと変わらない朝だった。

机の上には中層から持ち帰った4点がまだそのまま残っていて、品川に持ち込んで処理に回す予定は昨日のうちに決めてあった。

「とりあえず予定どおりにするか」

バッグに回収品を詰めて、シオを肩に乗せ直してから部屋を出た。

スマホの通知はしまった後も増え続けていたが、今は見たくないという感情と、それより先にやることがあったため品川へ向かった。

品川第七ふ頭ダンジョン周辺にある搬入口に着くと、いつもの担当が手元の書類から顔を上げて、こちらを向いた。

「昨日の配信、見ましたよ」

声色は普段どおりで、続きを口にする気配はない。

こちらも特に説明するつもりはなかったので、軽く頷くだけにした。

担当はすぐに視線を書類に戻し、いつもの受付処理を始めた。

荷物を置いて、中層から持ち帰った4点の処理を始めた。

術式固定具の片割れを手に取って鑑定をかけた。

――――――――――――――――――――

術式固定具(片割れ)

希少度:D(単体)

状態:機能停止・素材は健全

備考:対品との照合で希少度Cに上昇可。

専門業者への確認を推奨

――――――――――――――――――――

封印棚管理用補助片3点は袋から出して、作業台の上に並べてから順に鑑定をかけた。

素材としての品質は、想定よりひとつ上の評価が出ている。

いずれも品川の通常ルートには乗らない種別だが、照合依頼に回せば動く種類のものだったらしい。

窓口に声をかけて品目と評価を書類に記入し、照合依頼の欄にチェックを入れた。

担当が一通り内容を確認してから、受理票を一枚返してくる。

「あの小さいの、浄化系なんですか」

すぐ隣の棚で作業していた若い男が、手を止めてシオに視線を向けてきた。

声は控えめで、配信を見ていて気になっていた、という雰囲気がある。

「どうなんですかね。今の段階では分からないです」

男は少し間を置いて、「そうですよね」と短く引いた。

普段ならもう一歩踏み込んで聞いてくる相手が、今日はそこで止めた感じの引き方で、何か気を使っている素振りがある。

仕分け棚の通路を抜けて出口の方へ向かうと、別の棚で作業していた中年の担当が、こちらが通りかかったタイミングで一度だけ顔を上げた。

何も言わずに作業に戻ったが、視線がシオを見てこちらに戻るまでの間が、いつもより長い。

「もしかして今回の件は、俺の想像以上なのか…」

この問いに誰も答えるものはいなかった。

処理を終えて出口へ向かう途中、ポケットの中でスマホが何度か震えているのに気づいた。

歩きながら画面を開くと、配信アカウントの通知に混じって、外部のニュースアプリからの通知も何件か入っていた。

ダンジョン系のまとめサイトと、業界速報を扱うアカウントが複数、昨日のコラボ回を取り上げている。

タップして開くと、見出しが順に並んでいた。

『《天城フロンティア》搬送隊と遭遇した回収系配信者、中層での鑑定場面が拡散』

『外部鑑定士が人間への鑑定に成功か、映像をめぐり探索者界隈が反応』

『小型テイムが聖属性浄化を実行、数十年ぶりの目撃情報として注目』

それぞれにコメントと引用が連なっていた。

「世界でも人に対しての鑑定は結構レアだろ」「テイムで聖属性の公式確認情報はほとんどない」という書き込みもあった。

視聴者の感想欄ではなく、業界の人間が情報を拾いに来る場所に今回の配信が並んでいた。

コラボ回というくくりを、もう一段抜けた範囲に名前が出ている。

ここまで来るのか、と短く息を吐いて画面から目を離した。

スマホを上着のポケットに戻し、搬入口を抜けて外へ出ると、日差しのある時間帯の通りはいつもと変わらない流れで動いていた。

品川を出てから、スマホの通知が増え続けていた。

配信アカウントの問い合わせ欄に、見慣れない送信者からのメッセージが何件か届いている。

一件目は『登録者向けDMではなく正式にご連絡したい』という書き出しで、クラン名と担当者名が記されており、中規模の探索系クランで、内容は鑑定依頼の相談とだけ書いてあった。

二件目は別のクランからで、『昨日の配信を拝見しました。一度お時間いただけますか』という短い内容だった。

三件目は個人名義だったが、本文に所属クランと肩書きが書いてあり、上位鑑定士の業務委託について確認したいという内容だった。

いずれも今日の日付だった。

昨日まで、こういった問い合わせが配信アカウントに届いたことはなかった。

《天城フロンティア》の現場で名前を出したこと、榊とのコラボが3回目であること、品川側の回収業務という文脈が同時に重なった。

苗字自体は以前にも一度、正体特定スレで取り沙汰されたことがあった。

そのときは確定できる材料が揃わず、書き込みは数日で沈んでいったが、今回は事情が違う。

これだけの文脈が一度に重なれば、確認したい側にとっては材料が十分揃ったことになる。

届いた問い合わせの数件は、その繋がりがもう実務側にまで流れてきている証明、といいかえることだってできる。

どうしたものか。

ここまで来てしまうと、もはや身バレとかそういう域を超えているような気がしていた。

帰宅してスマホを開くと、今回のコラボ回のアーカイブ再生数が120万回を超えていた。

業界速報を扱うニュースサイトアカウントも複数、続報を出している。

『《天城フロンティア》中層でのトラブル、外部鑑定士が呪詛付着を看破』

『小型テイムの浄化映像が拡散、聖属性の可能性を専門家が言及』

『品川側の回収屋、最近登録の上位鑑定士か。業界内で名前の一致指摘が出ている』

三つ目の見出しを目で追ってから、スマホを机に置いた。

業界系のニュースサイトで自分の周辺がここまで踏み込まれた書き方をされるのは、これが初めてだった。

見出しという形になった時点で検索結果には居座り続けるし、別のサイトに引用されたり、まとめに転載されたりして、勝手に文脈が補強されていく。

一度こうなると、自分の側で動かせる範囲を超えていた。

コメントの層も分かれている。

「鑑定って人に使えるの」「シオって何なんだ」「昨日の配信やばすぎ」という一般の反応の下に、「動画の通りだとすると日本に世界的鑑定者が誕生したことになるぞ」「天城の現場で名前が出たなら本物だろう」「最近名前が上がり始めた品川で回収専門の探索者だが、既に品川管理区では超有名らしい」という探索者や業界筋の書き込みが並んでいた。

「まだこの業界に入ってから2か月も経ってないぞ…そんな新人に何を求めるんだよ」

翌朝、品川第七ふ頭ダンジョンの搬入口に向かった。

昨日書類に回した照合依頼の状況を確認しておきたかった。

搬入口で照合依頼の状況を確認しようとすると、担当の反応がいつもと少し違った。

「真壁さん、あの、この前の配信って」と言いかけて、担当がそこで口を閉じた。

視線を端末の画面に逃すように戻して、書類処理にかかる手を動かし始める。

「……すみません、なんでもないです」

もやもやしつつも、肝心の依頼はまだ処理中ということで、とりあえず搬入口を出る。

気晴らしに回収品の保管ラックを確認しながら仕分け棚のあいだを歩くと、数人が顔を向けてすぐ視線を戻した。

露骨ではなかったが、確認するような空気があった。

昼前に別の仕分け棚の担当者と顔が合ったとき、相手が一度だけ俺の肩を見た。

シオはそれに動じることもなく肩の上で動かなかった。

午前中の間、品川の入口付近でスマホを開いている人間が何人か見受けられる。

俺の方を向いた者のスマホに、昨日の配信のサムネイルが見えた。

午後、スマホを確認すると、榊からメッセージが来ていた。

『うちのチャンネル、登録者が12万超えました。アーカイブはまだまだ回ってます』

榊のアーカイブ再生数は150万に届いている。

コラボ翌朝の70万からさらに倍以上、初日夜の数字から見ればもう30倍近い。

伸び方が明らかに普通のコラボ回のものではなかった。

コメント欄の更新も速かった。

「回収屋さんって上位鑑定士だったの」「シオは聖属性確定?」という一般の書き込みと、「真壁っていう名前で引っかかる情報が出てきた」「上位鑑定者の中に名前があるな。別枠登録で更新出てたからぽっと出のやつじゃないのは確か」という探索者側の推測が交互に流れていた。

スレの中だけの話ではなかった。

俺が考えている自分のスキルと、周囲が捉えている鑑定というスキルの認識の差が明確に表れている。

この業界自体、経験どころかそもそも日が浅い。

前職をクビになって、仕方なく生きるために始めたバイトだった。

ゴミ拾ってたらいつの間にか繋がりが出来て、鑑定士として登録できて、そして今に至る。

随分と短い期間で遠い場所に来たんだな、と今頃になって気づいた。

……なんて間抜けな話なんだ。

そんなことを考えているとスマホが鳴った。

《天城フロンティア》からで、

『昨日の件で、改めて確認したいことがあります』

内容の詳細は書かれていなかった。