作品タイトル不明
聞き取り
浅田が案内されたのは、迷宮管理局の棟からいくつかの廊下を隔てた小さな会議室だった。
日本探索者協会の本部棟は複数の部局が入っていて、こちらの区画に来る用事はあまりない。
ドアの脇に「監理調整室」と記されたプレートがあった。
会議室内に通されると、2人が待っていた。
机の向こうに座った年配の男が「長沼です」と名乗り、隣に座った若い女が「資格登録局の朝倉です」と続けた。
浅田は短く会釈してから、勧められた椅子を引いて腰を下ろした。
長沼が手元のファイルを開き、最初の数枚をめくってから視線を上げる。
「先日の配信について確認したいことがあります。ただ、そこだけを話をしたいわけではありません」
「はい」
「真壁遼という人物との接点が、あなたには他の担当者より多い。汚染護符の件、潮魔石母岩の報告、上位鑑定士試験の照会、そして別管理対象の登録。状況の整理をしたいので、試験の話から順にお願いします」
そこから朝倉が引き取った。
資格登録局で試験記録を確認したこと、採点官が基準外判定を申し立てて特別審査に回したこと、最終的に合格・別管理対象として登録されたことを淡々と述べた。
「試験の採点時点で、通常の等級基準から外れていました。ただ上位鑑定士は全国でも人数が多くない。当時は継続確認の判断にしていました」
浅田は口を挟まないまま、聞きに徹する。
「ここまでが我々管理局で把握していた内容です。そしてここからが問題になってくるのですが…」
朝倉が長沼に視線を送り、頷き返した。
「今回の配信で、人体に対して鑑定を使用しています。呪詛付着の発見と、同行体による浄化。これが一度限りの偶発か、再現性のあるものかをまず確認したく、浅田さんの見解を伺いたいです」
浅田は一拍置いてから、机の上で手を組み直した。
浅田も遅れてだが、管理局でもちょっとした話題になっており、その動画を確認している。
その上で、配信のあの場面だけを切り出して論じるよりも、自分が品川で見てきた真壁の積み重ねの方を先に渡しておく方が、相手が欲しがっている判断材料に近いように思えた。
「試験時点での採点が、現場でそのまま出た。私はそう判断しています」
「根拠を聞かせてください」
「品川での行動を見てきた期間がそれなりにあります。前からああでした。見えたものを言って、できることをするだけです。配信で目立とうとか、何かに使ってもらおうとか、そういうことで動く人間ではありません。報告は必ず通す。照合も外さない。危険物を勝手に広げない。仕事の作法は変わったことがなかった」
長沼が浅田を見た。
「今回の現場でも同じだと」
「同じです。倒れた人間がいて、鑑定が通って、シオが動ける状態だった。派手なことをやったわけじゃない。見えたものを言って、できることをした。それだけのことです」
浅田の話が終わると室内に少し間が生まれ、長沼はファイルに視線を落としたまま、すぐには口を開かなかった。
朝倉の手元で、記録紙にペンが走る音だけが続く。
「同行体についても確認します。聖属性の浄化能力を持つ同行体は、協会の記録にほとんど前例がありません」
浅田はシオの普段の様子を頭の中で一度辿ってから、口を開いた。
「今回で浄化が確認できました。感知と補助の実績は以前からあります。単純な戦闘補助型ではない。ただ品川でも試験でも、問題を起こしていません」
朝倉がペンを置いて、視線を上げた。
「少し前提を整理しておきます。ダンジョン探索の職能は、大きく現場と管理に分かれる。鑑定スキルは管理側の職能です。探索そのものではなく、持ち込まれたものや現場で見つかったものの判断を担う。また、スキル自体を持っている人間は珍しくない。ただ、実際に使えるレベルとなると数が急に減る。ものの価値が正確に出るレベルとなると、さらに減ります」
朝倉は一度言葉を切ってから、続けた。
「ダンジョンは常に未知のものと接する場です。何が出るか分からない現場で、即座に判断できる鑑定士は慢性的に足りていない。国内では特にそこが課題になっています。日本は鑑定職の育成で世界から遅れている、というのが正直な現状です。重要な発見があっても国内で完結できないケースが出ている。海外の有名な鑑定士に依頼しなければならない場面がある。外に出したくない案件でも、結果として海外の機関に情報が出ていく。依頼まで時間がかかる。報酬は相当な額を要求される。そういう状況がずっと続いています」
室内が少し静かになった。
「試験時点で、こちらは通常の等級から外して別管理対象に登録しており、その判断が、今回の配信で実績として表に出た。試験での評価と現場の実績、二つが一つに重なった、ということですね」
「だから厄介なんです。本人は変わらないのに、周りの扱いだけが追いついてくる」
浅田が言い終わると、長沼が少し間を置いてから応じた。
「扱いの整理が必要ですね」
確認でも問いかけでもなく、決定に近い口調だった。
聞き取りはそこで終わり、廊下に出ると、会議室の空気が嘘のように薄れた。
浅田は歩きながら、協会の評価がようやく彼に追いついた、と思う。
試験で別管理対象に登録した時点では、内部で規格外と認めただけに過ぎなかった。
しかし今日ここで、その扱いを正式に動かす判断まで話が進んだ。
本人は、たぶん今日も品川で仕事をしている。
「出会った時から変な人だな、と思ってましたがここまで、ですか」
◇
《天城フロンティア》の中層運用部門が使う会議室は、本社棟の上層にある。
長机を挟んで座っているのは4人で、西園寺の隣に水城透子、向かいに荒巻譲、末席に中層運用主任の桐原がいた。
机の上には搬送隊の運用報告書と、配信の該当部分を書き起こした資料が広げられている。
西園寺が一連の報告を読み上げ終わると、室内にしばらく何も言葉が出なかった。
しばらくして桐原が口を開く。
「搬送隊20人が実質的に止まっていた。呪詛付着の発見と除去で動けるようになった。まとめるとそういうことか」
「はい。原因の特定が現場ではできておらず、呼吸と脈拍に異常はないのに立てない状態が続いていました。その時たまたま外部の鑑定士が通りかかって、それが呪詛付着だと判断し、その後、テイムしている小さい魔物が浄化と思える何かスキルを発動し、状況に改善の兆しが生まれました」
「呪詛付着を判別した鑑定士は、通常の範囲に収まる鑑定スキル持ちではない、ということか」
「そういうことになります。確認できる情報としては、上位鑑定士の登録があります。加えて今回、人体への鑑定を使用しています。これは一般的な鑑定士の領域ではありません」
水城が口を開いた。
「配信は見ました。映像で分かる範囲の話をさせてください」
水城は回収・選別担当で、現場を止めないことに一番こだわる人間だった。
「品川で回収業務をしている人間が、あれだけの鑑定精度を持っている。これは戦闘職とはまったく別の価値です。うちの現場でいえば、ダンジョンから搬出されたものを正式に仕分ける前の段階、つまり何がどんな状態で運ばれてきたかを見極める工程に、そのまま使えるスキルです。今回の件で言えば、隊員が原因不明で動けなくなっていたところを、搬送前の段階で呪詛付着だと見抜いた。戦闘能力とは違う、現場の足を止めないための特殊技能です」
「テイムについても」と桐原が続けた。
「あの小型のテイムされた魔物が聖属性の浄化を実行できる、ということは協会側の記録にもほとんど前例がないはずです。感知と補助だけでも十分に珍しい。呪詛案件や術式汚染が絡む現場に、あの組み合わせが入ってくるとなると話が変わります」
荒巻がそこで初めて口を開いた。
「現場を止めない、か」と短く言った。
水城が頷いた。
「それです。うちの規模の搬送だと、現場停止のコストは大きく、原因不明で20人が止まる事態が、外部の鑑定士が一人通りかかっただけで動いた。しかも金銭の話は断られた。恐らく仕事としてよりも、善意での行動だったと思います」
「だから余計に扱いが難しい。そういう善意を中心とする人間は、メリットを説いて声をかけても、すぐには動かない。無理に囲い込もうとする相手でもない。ああいう人間に余計な圧をかけると逃げる」
桐原が腕を組んだ。
「今すぐどうこうするつもりはない。ただ、今回の件は記録に残しておく必要がある。同系統の案件、呪詛付着や術式汚染が絡む搬送停止が出たとき、照会する候補として名前を上げておく。協会経由の正式な形で声をかける方が話としては変に気を持たれないし、何より筋がいい」
「それが一番角が立たない」と西園寺も同意する。
「今のあの人の立場なら、協会からの案件として来る方が受けやすいと思います。直接うちが声をかけるより先に、協会側のルートを通した方がいいかなと」
「関係性次第でうちとの接点も作れる。焦る話じゃない」
その言葉で、場の方針が固まった。
桐原が記録用のファイルに『真壁遼。外部鑑定士。品川本拠。上位鑑定士登録・別管理対象。同行体:聖属性浄化確認済み。次回照会候補』と書き込んだ。
会議はそこで終わった。
◇
廊下に出ると、水城が西園寺の隣に並んだ。
「品川の回収屋、か」と水城が言った。
独り言に近い口調だった。
「今回の配信の広がり方と、協会側の動き方を見る限り、あの人はもう業界で注目されています。ここから静かに元へ戻る流れでもない」
西園寺は答えなかった。
そうだろうとは思っていた。
「あれでまだ表に出る気がないのが厄介ですね」
「そこが価値でもある」
西園寺はそう言って、廊下を歩き始めた。