作品タイトル不明
俺とシオはどうやらレベルアップしていたようです
中層の入口区画を抜けてから、俺たちは探索配信を続けていた。
通路の作りが品川側と違った。
壁際の棚の列が途切れ、短い通路と小部屋が入り混じった構造になっている。
人の管理が行き届いていない場所が明らかに増えていた。
移動中の並びは自然に決まっていて、先頭は榊のクランメンバー、榊が中間、俺が最後尾だ。
最初の魔物が現れたのは、30分ほど進んだところだった。
クランメンバーが前に出て対処する。
俺は後ろの壁際に寄って様子を見ていた。10秒もたたずに片付く。
「中層の前半はこのくらいのペースで出てきます」
榊が配信に向けて言うとコメントが反応した。
『回収屋中層でどうするの』
『戦わないの?』
『後ろで鑑定してるの地味に仕事してる』
『榊たちもあんな感じだけど、戦うときはやっぱプロだよな』
『中層の序盤だけど少ない人数であっさりと狩るし』
『いつもの配信だけ見てると絶対に弱そうに見える件』
確かにいつものおちゃらけた感じとは違って、魔物と対峙した時の安定感が半端ない。
『お前の対応策はすでに分かってるんだよ!』と言わんばかりにあっさりと倒してしまう。
知ってはいたが、榊も十分に探索者として一流の域に達しているんだな、と思う。
「これだけ安定していると不安なく後ろで鑑定できますね」
「でしょでしょ?! 皆さん聞きました? いまの言葉!?」
『これが無ければこいつは一流』
『激しく同意』
『でもこれが榊さんのスタイルでしょ』
『榊は華があるもんな。強くて喋れるって理想じゃね?』
最初の方は榊に対して予防線張りまくっていたんだけど、こうして配信を一緒にやると心地いい、っていうか俺のペースに合ってるのかわからないが、楽しいと感じることが多い。
「やっぱりなんでもやってみないと、わからないもんなんだな」
「ん? 回収屋さんなんか言いました?」
「なんでもないです」
それからも遭遇が続いた。
俺は常に最後尾を保つ。
シオは肩の上にいて、戦闘のたびに少し身を縮めたが、離れようとはしなかった。
そして中層に入ってから6時間が経つ。
「そろそろ上がりにしますか」
帰りに同じ道を戻ることを考えると、引き返す頃合いだった。
「そうですね、上がりましょう」
「視聴者の方が3万人超えてます」
榊は配信確認用のスマホを見て頷く。
「6時間の配信は珍しいですよ」
『6時間本当にいた』
『あっという間だったな』
『その場で鑑定ってのはやっぱり新鮮だな』
『探索配信で新しいジャンルじゃねこれ』
『普通はどれだけ強い魔物と戦うかとかそんな感じだもんな』
『中層これだけ見れる配信はなかなかない』
「ではみなさん! 今から来た道を引き返します!! まだまだ配信は続くので、よかったらチャンネル登録や、いいねも忘れずに見てくださいね!」
俺はどこかで聞いたような言葉だな、そう思いつつ来た道を引き返し始めた。
◇
帰り道は行きより早かった。
「他の探索者たちも多く入っているので、今日はエンカウント率低めですね」
「そうなんですか? 普段はもっと多い感じなんだ」
「日にもよりますけど、今日は少ない方です」
俺は内心、あれで少ないのか、と思う。
品川上層はほぼゼロなので、逆にどれだけ管理されているのかがよくわかる結果だ。
区画の接続部をいくつか抜け、通路が少し広くなったあたりで、前方に光源が集まっており、そこには人が多く滞留している光景を目にする。
「なんかあそこに探索者が大勢いますね」
「ですね。なんだろ??」
榊は注意深く近づくと、20人前後の集団で、全員が同じクランマークの装備を着けており、《天城フロンティア》の文字が見える。
国内最大手の総合型クランで、中層以深への搬送運用班を別に持っていると聞いたことがある。
装備が統一されていて、搬送と護衛を組み合わせた規模だった。
「あぁ天城さんのとこか」
「知ってるんですか?」
「知ってるも何も超大手クランじゃないですか。むしろ回収屋さん知らないのが逆にびっくりですよ!」
『回収屋は探索者のキャリア短いから』
『いや誰でも知ってるでしょ?』
『国内TOP3クランだしな。知らないのは逆に珍しい』
『これだけヤバい鑑定スキルを持っているのに探索者業界の常識を知らない件』
『回収屋はニッチ中のニッチジャンルだからな』
『それな』
『鑑定士はダンジョンを夜な夜な周っている恐ろしいジャンル』
隊全体が動きを止めていた。
壁際に男が1人、座って頭を下げている。
周囲の数人が立ったまま小声で話し合っており、どうも具合が悪そうに見えた。
「何かありましたか」
榊が近くの隊員に声をかけた。
「……確認中です。端を通っていただければ」
若い女が榊に答える。
それ以上の反応はなかった。
雰囲気だけで察すると、「お前らは関係ないから先に行け」だった。
たしかにダンジョン内で他の探索者と出会うことはたまにある。
実際にダンジョンマナーとしてだが、会釈程度で基本絡まず、だ。
何が起こるか分からないこの、半ば治外法権領域でもあるダンジョン内は本当に事件、事故が多いのだ。
なにせ、監視が行き届かないという点と、何かあっても証拠が残りにくいこの環境が、多くの事件事故を誘発しており、深く潜れば潜るほど比例して引き起こされる。
こういった中層ではそこまで、だが、本来は要請がない限りは会釈して通り過ぎるが一般的な正解だとは思う。
とは言え、こんな中層に20人を超える大所帯で滞留するのは中々ないことだ。
けん制も含めて榊が声をかけたのはそう言う意味で正解だと思う。
「そうですか。では」
隊の端では、2人がスマホを開いて何かを照合している。
別の1人は男のそばにしゃがみ込み、しばらくして首を横に振った。
どうも具合の悪そうな人の原因はまだ特定できていないらしい。
言われた通りに通路の端を歩いた。
そのまま通り過ぎようとしたとき、男の方に目がいった。
物に鑑定をかけるときの感触と同じだ。
情報が流れ込んでくる直前の、薄い引っかかり。
人間に向けると、いつもなら壁にぶつかって戻ってくる。
今はその壁がない。あっさりと、そのまま通り抜けた。
「えっ?」
【鑑定】が通っている。
意図して使ったわけではない。
シオが肩上で動いた。
男の方向に体を傾け、いまにも降りそうな気配がある。
そしてすぐに結果が返ってきた。
――――――――――――――――――――
対象:人体(術式干渉状態)
状態:呪詛付着・軽度
危険度:中(放置で進行)
発生源:術式残滓との接触
備考:現在は表層干渉。時間経過で深部へ浸透する
――――――――――――――――――――
足が止まる。
俺は無意識に鑑定内容を天城フロンティアに向けて言ってしまう。
「呪いが付いています。どこかで取得されたアイテムに残っていた術式残滓に触れたときのものだと思います。今は表層にとどまっていますが、放置すると進行します」
俺の言葉に榊たちはもちろん、天城フロンティアも「えっ?」とした表情を見せた。
「……治癒師の方ですか」
横に立っていた男が聞いてくる。
「違います。鑑定士です」
男が少し間を置いた。
「……鑑定が、人相手に使えるんですか? そんなの聞いたことは…」
「物に対して使うのと同じ仕組みで動きます。ただ人間に向けた経験がほとんどないので、詳細な診断は難しいですが」
男はすぐには答えなかった。
代わりに、後ろの方で別の隊員が口を開く。
「呪いを見分けられる鑑定士がいると聞いたことはありますが…人相手には」
その言葉に、隣にいた隊員が短く頷いた。
「世界に数人いるか、という話だ。一般的な鑑定スキルで出てくる能力じゃない」
「そのことは俺には分かりません。ただ自分の鑑定には出ています」
その返しで会話が止まった。
誰も次の言葉を出さなかった。
「……榊さんですか?」
後ろから声がした。
30代前半の女が、榊の方を見ている。
「はい」
「よく配信、見てます。ということは…」
と女が俺を向いた。
「回収屋さんですか」
榊が「そうです」と返した。
女は隊の奥の大柄な男に何か伝えた。
大柄な男が前の方の人間に声をかけて、腕を組んでいた男が俺の方を向いた。
◇
「西園寺です。現場を任されています」
男が組んでいた腕を解いて、こちらに向き直った。
「除ける方法はありますか」
「自分にはできません」
そう返してから、少しだけ間を置く。
「ただ…」
シオを見た。
シオは肩の上にいたまま、俺の方を向く。
殻がわずかに光っている。
呪詛のことを分かっているような、何か言いたげな目をしていた。
「うちの子が、何かできるかもしれません」
誰も声を出さなかった。
「シオ、できるか」
シオが殻を一度上下に動かす。頷くような動きだった。
俺から離れて、シオが男の足元に向かう。
殻がゆっくりと光を帯びはじめた。
周囲がその光景をみて急に静かになる。
光が強くなった瞬間、男の体から黒い淀みが滲み出るのが見えた。
薄く、煙のように広がって、すぐに散ろうとする。
シオの殻から波が一度広がって、それを包むように消し去った。
「……聖属性か。信じられん」
後ろで誰かがつぶやく。
「テイム魔物で聖属性って」
「小型で、あのサイズで」
「浄化できるのか」
俺はその声を無視して男に【鑑定】を向け直すと、術式干渉の項目はきれいに無くなっていた。
◇
シオが俺の方に戻ってきた。
殻の光はもう収まっていて、いつもの小さな殻に戻っている。
拾い上げて肩に乗せると、定位置にちょこんと落ち着いた。
榊がカメラを一度下に向けた。
それから俺を向いたが、何も言わなかった。
『シオさん……』
『回収屋の相棒が人助けてる』
『呪詛払いって専門のスキル無いと普通できないやつじゃないの』
『6時間の配信でこれ見れるとは』
『どういうことだ? あれって専門スキルないと無理だろ』
『まさかの展開』
『これからシオちゃんとか気軽にいえねぇな…』
西園寺が俺の方を向いた。
「名前、聞いていいですか」
「 真(・) 壁(・) で(・) す(・) 」
「ソロ…の方ですか。それとも榊さんのとこの」
「いえ、ソロです」
「…そう、ですか。ありがとうございました。何かお礼を」
「結構です」
「そういうわけにも」
「通りかかっただけなので」
榊が横から口を挟んだ。
「あの、一応お伝えしておきますが、今ずっと配信中でして。この場面も映ってます」
西園寺がカメラを一度見た。
「……かまいません」
少し間がある。
頭を下げる前に、もう一度だけ俺の肩を見た。
隊が動きはじめる。
2人に支えられた男が立ち上がって前へ歩き出し、後ろの隊員がそれに続いた。
榊がカメラを正面に戻す。
「皆さん、申し訳ないです! 今日の中層コラボ、ここで終了としたいと思います。 回(・) 収(・) 屋(・) さ(・) ん(・) 、お疲れ様でした」
コメントの流れが一段速くなって、しばらく止まらない。
遠ざかる隊の中で、西園寺が一度だけこちらを振り返ったように見えた。
その視線がどこに向いていたかは、わからない。