作品タイトル不明
前職と今職
昨夜届いたメッセージを朝、もう一度開いた。
『あの鑑定しながら配信しているのって、真壁だよな?』
送信者の名前を確認した。
連絡先に残っていたが、会社を辞めてから一度もやり取りしていない相手だった。
三浦という名前で、同じ部署ではなかったが、残業が続く時期に何度か一緒に帰ったことがある。
悪い人間ではない。
ただ、気を利かせているつもりで余計な一歩を踏んでくる種類の人間だった。
スレの誰かが特定して連絡してきたわけではなかった。
噂が回ってきて、心当たりがあったので連絡してきた。そういう流れだろう。
返信は後でいい。今日の配信が終わってからでも遅くない。
◇
午前中に榊へ短くメッセージを送った。
『昨夜、旧知の元同僚から実名メッセージが届きました。スレ経由ではないです。悪意ある相手ではないと思います』
返信が来た。
『反応は広げない方がいいです。返すなら個別に短く。公開で何か動くと本人確認扱いになります。現地の動きだけは気をつけてください』
『分かりました』
◇
昼に浅田へも短く連絡した。
『前職側の知人から接触が来ました。旧知の元同僚です。悪意はないですが、会社の中でも気づく人が出る可能性があります』
『把握しました。公式依頼の導線調整は継続します。入口周辺の確認も続けます』
『ありがとうございます』
午後は配信の準備を進めた。
◇
夜、24回目の配信を始めた。
「今日は品川のB3Fを中心に回ります」
コメントが流れた。
『今日入りが静かだな』
『なんかいつもと違う気がする』
『でもいつもの回収屋で安心する』
「特に何もないです。行きます」
B3Fへ下りて、壁際を確認しながら進んだ。
この階層は管理局が廃棄品を一時保管するためのコンテナを多く設置されているエリアで、大きく開けた場所にはコンテナが所狭しと並んでいる。
他の階層と比べても通路が大きく作られており、体育館ほどの大きな空間が多く存在していた。
そこに目をつけたのか、いまでは一次廃棄品集積所として活用されている。
そのせいもあってか、通路には運搬中に落ちたと思われる廃気物が数多く転がっており、用がない限りは足早に立ち去りたい階層でもあった。
そんな階層を今夜の配信場所として選んだわけだが、廃棄物が多すぎて鑑定するにも厄介な場所だったことに今更ながら気付いてしまう。
「ここは一次廃棄品の集積所として活用されている階層なんですが、随分と廃棄物が散らかってますね」
『いつもは通り過ぎてたとこだよな』
『改めてみるとゴミがめっちゃ落ちてて汚い』
『新宿の方とは大違い』
『ここまで他の入り口と違う場所もそうないよな』
ここまで多いと、最初の気付きが大事になってくる。
その気付きを大事にしながら進むこと数十分。
通路が折れる角に、小さな金属ケースが落ちていた。
縦15センチほどの汚れた容器で、継ぎ目に泥が詰まっている。
蓋の一部が変形していて、廃棄物か壊れた小物入れにしか見えない。
踏み越えていった形跡が何カ所かあった。
「床に落ちているケースがあります。確認してみます」
拾い上げて【鑑定】を向けた。
――――――――――――――――――――
旧式試料ケース(内容物あり)
希少度:B
外装素材:旧式魔力遮断合金(製造廃止品・素材価値あり)
内部残留物:精製済み魔力結晶片×1(純度95%・密封保存)
推定売却価値:外装 35,000〜48,000円 / 結晶片 42,000〜58,000円(計 77,000〜106,000円)
備考:旧式の研究施設で使われた試料保管容器。
密封状態が保たれていたため、内部の結晶片は純度が落ちずに残っている
――――――――――――――――――――
「外装素材と中の結晶片を合わせると、8万〜10万円ほどになります。ただ密封が崩れると結晶片の純度が落ちるので、慎重に扱います」
工具を出して継ぎ目をゆっくり確認しながら開封した。
ちなみに2分ほどかかった。
精製された結晶片が一つ、密封の中で曇りなく光っている。
「問題なく取り出せました」
コメントが動いた。
『開け方が正確で丁寧すぎる』
『これで10万なの何度見ても驚く』
『俺も多分踏んで通り過ぎてた』
『鑑定持ちが羨ましい』
「踏み越えていった人の気持ちは分かります。これは見た目では判断できない」
袋に入れた。
袋の口を縛ると、中で密封ケースが小さく音を立てた。
◇
配信を終えたのは2時間後だった。
聴者ピークは6,400人。今回も静かな回だった。
自宅に戻って今日の配信について色々と考えつつも、頭の片隅で気になっていたスレを確認するためにスマホを開く。
「特になにも進展はなし、か」
『真壁』という書き込みへの続きは出ていなかった。
フルネームも、顔写真も上がっていない。
スレを閉じて次に何をしようかな、と思案するとそう言えば返信してなかったな、と思い立つ。
メッセージアプリを開くと、昨夜の一行がそのままになっていた。
しばらく文面を考えてから、三浦に返信した。
『久しぶりだ。今はその話を広げないでくれ』
10分ほどして返信が来た。
『了解。ただ昔の会社側でも気づく人が出るかもしれない。だから先に一応伝えておきたかった』
このメッセージに対して俺は返信はしなかった。
気を利かせた結果がこれだ。
悪意はない。
だから余計に対処しにくかった。
スマホを置こうとしたところで、もう一通届いた。
『悪い。総務の古田さんも動画見てるらしい。会社でちょっと回ってる』
もう一度、メッセージを読み返した。
読み返した後、しばらく画面を見ていた。