作品タイトル不明
落ち着かない日
朝、横浜で回収した潮魔石と母岩の欠片を持って出た。
まずは魔石専門店に潮魔石を3点持ち込むと、担当者が並べて確認しながら産地を聞いてきた。
「横浜みなとみらいのダンジョンからです」
「まだ一般開放前じゃないですか」
「民間鑑定士の証明書で入りました」
「なるほど」と言って計算し、3点まとめて142,000円になった。
母岩の欠片は別の業者に持ち込んだ。
海洋系素材を扱う店が品川にあって、浅田から前に教えてもらっていた。
店の主人が欠片を光にあてて、手の上で重さを確かめる。
「これ、母岩から切り出したものですか」
「そうです」
「なかなか来ないですよ、母岩由来のものは」
しばらく確認してから、220,000円の提示が出た。
お願いします、と返して欠片を渡した。
これで午前中に2件の売却が終わったことになる。
◇
午後は特に用事がなかった。
駅前の公園に入り、空いていたベンチに腰を下ろした。
缶コーヒーのプルタブを開けると、小さな音が昼の静けさに混じる。
平日の午後だからか、人は少ない。
向かいのベンチでは年配の男性が新聞を広げており、ページをめくる音が風の切れ目にだけ聞こえた。
午前中で、横浜の回収品は全部片付いた。
口座に入る金額も、以前なら何度も見返したと思う。
それなのに今日は数字を見ても、思ったほど気持ちは動かなかった。
空を見上げると、薄い雲が建物の上をゆっくり流れていた。
雲の端が日差しに溶けて、少しずつ形を失っていく。
それを特に意味もなく目で追った。
缶の中身がぬるくなる前に飲み干し、立ち上がってゴミ箱に捨てる。
用事がない時間は、思ったより落ち着かなかった。
俺はベンチを離れた。
◇
夜、22回目の配信を始めた。
「今日は品川に戻ってきました。先週は横浜が続いていたので、久しぶりという感じです」
コメントが流れた。
『横浜またいつか行ってほしい』
『品川も好き』
『2万人おめでとうございます(遅れましたが)』
「ありがとうございます。まだ実感が薄いです」
B3Fを中心に回った。
壁際を丁寧に見ながら進むが、大きなものは出なかった。
低品質の欠片が2点、廃棄物が1点。回収はするが、値段のつくものではない。
それでもコメントは動いていた。
『静かな回だ』
『こういうの落ち着く』
『毎回大発見じゃなくていいんだよな』
「ほとんどの日はこんなものです。見てくれてありがとうございます」
2時間ほどで配信を終了した。
視聴者ピークは8,200人だった。
◇
外に出て、駅への道を歩きながらスマホを開いた。
正体特定スレを確認すると更新が多かった。
少し前から書き込みが増えていて、スレッドが伸びている。
何件かスクロールしたところで、一つの書き込みで指が止まった。
『もしかして某社の真壁さんでは。今は鑑定関係の仕事をしていると少し前に聞いたことがあって、背格好も一致する気がします』
真壁、という苗字がそのまま出ていた。
画面を凝視したまま、しばらく動けなかった。
文字の並びを何度か目で追って、先頭から読み返すも、書かれているのは間違いなく自分の苗字だった。
スマホをポケットにしまうと、指先が少し冷たくなっているのに気づいた。
顔を上げると、駅へ向かう人の流れはいつも通りに動いていた。
誰もこちらを見ていない。
当然のことのはずなのに、その当然さが妙に意識された。
歩き出した。
歩幅もペースも普段と変わらない。
ただ、ポケットの中のスマホの重みだけが、はっきりと意識に残った。
◇
部屋に帰ってから、もう一度スレを開いた。
書き込みへの反応は分かれていた。
『苗字だけで特定できないだろ』『証拠もないのに出すな』という書き込みが続いていて、投稿者本人はそれ以上何も書いていなかった。
榊から着信が来た。
通話を取ると、榊の声が普段より少し早かった。
「真壁さん、見ましたか」
「見ました。さっき」
「俺も見てました。フルネームじゃないし、会社名も書いてない。今の段階では確定情報にはならないです」
「……とりあえずですが、静観します」
「俺もそれが正しいと思います。何かアクションを取れば、本人確認と受け取られちゃいますし、批判の書き込みが続いてるのでこのまま流れると思います」
「分かりました。連絡ありがとうございます」
「いえ。何か動きがあったらすぐ言ってください」
電話を切った。
スレを閉じたが、何か気になりまた開いた。
批判の書き込みが増えていて、最初の投稿は埋まっている。
もう一度、冒頭の書き込みを読んだ。
仕事の内容、体格、活動時間帯——書き方に具体性があり、推測で書かれた文章ではない。
スマホを置いて、寝っ転がった。
今日の夜はやけに静かだった。