作品タイトル不明
広がる汚染術式②
品川のビルの会議室は、前回より人が多かった。
神崎と鷹坂に加えて、見知らぬ男が一人いた。
40代くらいで、スーツ姿だ。管理局の人間か、別の組織の人間か。紹介はなかった。
神崎が話し始めた。
「今日お伝えしたいのは、汚染の範囲についてです」
テーブルに地図が広げられた。日本地図だ。
いくつかの都市に印がついている。
「品川だけじゃありません。大阪、名古屋、仙台、福岡——現時点で確認できているだけで5か所以上のダンジョンで、同系統の術式を持つ物品が確認されています」
俺は地図を見ながら、少し整理した。
「全部、同じグループがやっているという前提で話が進んでいますか」
「手口が一致しすぎています。偶然ではない」
「……目的は?」
「まだ分からないです。ただ、実害は出ています。装備の不調で怪我をした探索者が複数いる。重篤なケースはまだないですが、時間の問題かもしれない」
スーツの男が初めて口を開いた。
「真壁さん、あなたが品川で最初に検出して報告した鑑定結果が、この件の最初の物証になっています。正式な調査が動き出したのは、あの報告がきっかけです」
「…そうなんですね」
俺が発見しなければ、護符の汚染はそのまま流通し続けていたかもしれない。
そう考えると少し気が重かったが、口には出さなかった。
「今後の捜査は管理局が主導します。真壁さんには今後も情報提供をお願いしたいですが、前線に立っていただく必要はありません。これまでの協力に感謝します」
「分かりました」
少しだけ肩の力が抜けた。
終わったわけではないが、ひとつの区切りが来た。
◇
昼過ぎ、修復業者に大剣を持ち込んだ。
担当者が刀身の折れ口を確認して、少し眉を動かした。
「魔鋼の純度は高いですね。折れ方も綺麗なので、再鍛造での接合は問題ないと思います」
「費用と期間は」
「38,000円で5日ほどいただきます」
「お願いします」
領収書を受け取って店を出た。
仕上がりが楽しみではあった。
◇
夜、12回目の配信を始めた。
登録者は5,410人になっていた。
今夜はB3FからB4Fを回る。
先日は中層の境界まで行ったので、今夜は浅い層をのんびり回る。
進みながらいくつか拾っていたところで、後ろから声をかけられた。
「あの、もしかして……回収屋さんですか」
振り返ると、20代半ばくらいの男が立っていた。
探索者の装備をしており、その姿からまだ探索者のランクは高くなさそうな雰囲気がある。
「…そうですが?」
「榊さんの動画で見て。フードで分かりました」
コメントが一気に流れた。
『えっ』
『遭遇した』
『声かけて大丈夫か笑』
「何かありましたか」
男が少し迷ってから、鞄から小さな布袋を出した。
「これ、先週ここで拾ったんですが。見た目が綺麗なので売ろうと思って業者に持ち込んだら、値段がつかなくて。何か分かりますか」
配信中であることを確認して、「鑑定してみます」と答えた。
布袋の中には護符が入っていた。装飾が凝っていて、高級品に見える。
【鑑定】を向けた。
――――――――――――――――――――
封護符・装飾型(偽造品)
希少度:該当なし
現在価値:なし
状態:外見のみ模倣、機能なし
備考:高価な護符を模倣した偽造品
術式の刻印が本物に似せて施されているが、機能は一切組み込まれていない
購入・使用は無意味。販売した業者への問い合わせを推奨
――――――――――――――――――――
「……偽造品です」
コメントが止まった。
「見た目は本物そっくりですが、術式が飾りだけで機能していないですね」
男の顔色が変わった。
「すみません、本当はここで拾ったんじゃなくて……。ダンジョン近くの露店で、3,000円で買ったんです。本当のことを配信で取り上げられたら恥ずかしいかと思って、つい」
「その業者に話をしに行った方がいいです。まだそこにいるなら、返品か返金を求められます」
コメントが再び流れ始めた。
『露店の偽護符か』
『鑑定なかったら気づかないやつだ』
『業者に詰めに行け』
男は「ありがとうございます」と頭を下げて、足早に去った。
配信を続けながら、少し考えた。
偽護符の件は呪詛の件とは別の話だ。
でも、見た目と実態が違うものを見抜く、という点では変わらない。
俺の目はそういうものに向いている。
◇
配信を閉じると視聴者は5,400人を超えていた。
増え方がここの所想定よりも多く、正直戸惑っている部分もある。
自分がやっていることが、少なくともこれだけの人々に支持してもらっているという感覚が、俺にはまだ実感出来ていない。
でも、悪い感触はない。
少なくとも気持ちだけは上向きになっている気がする。
帰り道、SNSの正体特定スレを開くと、新しい書き込みがあった。
『配信の背景音や段差の音から、品川第七ふ頭のダンジョンで間違いない。あのダンジョンの常連に聞けば分かる人がいるかもしれない』
具体的になってきた。
名前ではないが、場所が絞られている。
世の中には随分と意味のないことに熱心になる人がいるものだな。
スマホをしまいながら、今日の打ち合わせのことを思い返す。
俺の最初の一件が、全国5か所に繋がっていた。それは想定外だった。
でも今夜やったことの方が、俺らしかった。
知らない探索者が持ち込んだ偽物を見抜いて、正しい方向を教えた。
そういう距離感の方が、自分には合っている気がした。