軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

月10万円と、擬態の岩

鷹坂からの返信を受けて、翌日の昼に品川のビルへ向かった。

今日は前回と違う部屋に通された。

窓もあり、テーブルも前回より広い。

部屋内にはすでに2人おり、前回仕事でお世話になった鷹坂と、もう1人。

50代くらいの男だった。

体格は大きくないが、座っているだけで部屋の空気が締まる。

髪が短く、少し白い。

物腰柔らかな雰囲気だが、妙に見透かすような感じがある。

「神崎と申します」

立ち上がりもせず、頭だけ下げた。

「真壁です」

「座ってください」

口数の少ない人らしい。

俺は椅子を引いて腰を下ろした。

「鷹坂から報告を受けています。護符の件、助かりました」

「仕事をしただけです」

「そうですね」

神崎は小さく頷く。

「だから今日も仕事の話をしに来ました」

話は単刀直入だった。

「月額で顧問契約をお願いしたい。週に一度、弊クランの装備品や回収品の査定をしていただきたい。報酬は月10万円。都度の査定料は別途お支払いします」

俺は少しだけ考える素振りを見せた。

断る理由はすぐには出てこない。

でも、即答できる理由もない。

「今すぐ返事をくれとは言っていません」

と神崎が続けた。

「ただ、鑑定スキルを持つ方に定期的に関わっていただける価値は、弊クランには確実にある。今回の護符だけで、被害を未然に防いだ価値は10万円どころじゃない」

「条件の確認だけ、させてください」

「どうぞ」

「配信は続けます。ただ、クラン専属という形は無理です」

神崎はわずかに口元を動かした。笑ったように見えた。

「構いません。あなたが配信をやめたら、価値が半分になる」

予想外の返しだった。

「……考えます。1週間以内に返事します」

「それで十分です」

鷹坂がお茶を持ってきて、3人でしばらく雑談した。

短い時間だったが、神崎が実際のダンジョンの中層以深の装備事情に詳しいことは分かった。

ただ表面しか話さない人だ、とも思った。

お互いの関係値はまだこれから、ということなんだと思う。

夜、7回目の配信を始めた。

登録者は2,390人になっていた。

今夜はB5Fへ入る。

上層の中では最も深い階層で、中層との境界まであと一歩の位置だ。

久しぶりのエリアで、雰囲気が上の階層より重い。

『B5!?』

『久しぶりだ』

『気をつけてね』

「上層の範囲なので大丈夫です。ただ、暗いんで足元は気をつけます」

進みながら鑑定していく。

放棄品はいくつかあるが、目立ったものはない。

20分ほど進んだところで、通路の左壁に突如違和感を覚える。

岩の出っ張りが、1か所だけ角度が変な気がする。

ダンジョンの壁は基本的に均一ではないが、この出っ張りは隣の岩の質感と微妙に違う。

念のため、【鑑定】を向けた。

――――――――――――――――――――

ストーンミミック(成体)

危険度:高

擬態状態:岩盤擬態(高精度)

行動傾向:擬態中は静止。触れた対象を捕食する

備考:外見では判別ほぼ不可能

通常の探索者では踏んで初めて気づく

推奨:即時退避 / 刺激しない

――――――――――――――――――――

俺は一歩下がった。

「……これ、岩じゃないです」

コメントが止まった。

「ストーンミミックって出ました。岩に擬態してる魔物です。危険度が高い。触ってたら食われてました」

1秒の間があった。

そしてコメントが弾けた。

『は!?!?』

『それ岩に見える』

『触る前に気づいたの!?』

『鑑定じゃないと絶対分からん』

『こわすぎる』

「ちゃんと退避します。刺激しないのが正解って出てます」

壁を迂回しながら、心拍が上がっているのを感じた。

分かっていても、近くにいるのは気持ちがいいものじゃない。

コメントがずっと流れていた。

「ここまで来てミミックがいるとは思ってなかったです。鑑定向けてよかった」

『向けてなかったら?』

「触ってたと思います」

『それが怖い』

『毎回ヒヤヒヤするわこの配信』

ミミックから10分ほど離れたところで、今度は別の反応があった。

通路の壁の亀裂に、さっきの「岩」に似た素材の欠片が落ちていた。

形が崩れていて、大きさはこぶし2つ分ほど。鑑定してみる。

――――――――――――――――――――

ストーンミミック外殻・成体由来(脱皮片)

希少度:A

現在価値:高

推定市場価値:25万〜35万円

備考:成体が脱皮した際の外殻片

極めて硬質で魔力遮断性が高く、防具素材として需要がある

自然脱落品のため採取リスクなし

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「……脱皮した外殻が落ちてました。希少度A、25万〜35万円って出てます」

『また出た』

『しかもAランク』

『B5Fすごいな』

『ミミックから逃げて外殻拾うって何』

「一見すると無価値に見えても、価値があるものが落ちてる。回収屋っぽい発見です」

布に包んで鞄に入れた。

配信を閉じたとき、視聴者はピーク2,870人になっていた。

ミミック回避の場面がリアルタイムで流れたのが大きかったらしく、配信が終わってからもコメントが続いていた。

家に向かいながら、昼間の神崎の言葉を思い出した。

『あなたが配信をやめたら、価値が半分になる』

俺が配信をやめない前提で、契約を提案してきた。

その読みは正しい。

でも逆に言えば、クランにとって都合よく使われ続ける形になるかもしれない。

月10万円は悪くない。

でも、何かに縛られる感覚は、会社を辞めてから一度も感じたくないと思っていた。

答えはまだ出ていない。

夜道を歩きながら、鞄の肩紐を担ぎ直した。

布越しに、ミミックの外殻の重みが背中に伝わってくる。

ただ、今夜は月10万円よりもB5Fのミミックを素通りしかけた探索者が何人いたかが、ちょっとだけ気になった。