作品タイトル不明
AIC鑑定統括の御厨さんに会いました
WEG東京組織委員会の事務総長。
字面だけでみると国連くらいしか思いつかないのだが、恐らくただえらいだけでなく、社会的にもめっちゃえらい人だということだけは、この雰囲気からも十分に理解できる。
そんな人が出迎えに来るだけでも十分おかしいのに、その人がそのまま視察に同行するという。
適当に数人で見回る程度かな、なんて甘く考えていた10分前の俺を叱りたい。
傍から見るとあまりにも仰々しいこの集団を見た人は、若干引き気味に距離を取る。
それとは対照的に管理局職員も、護衛も、組織委員会のスタッフも、それを当然のこととして受け止めている。
「まずはHQをご案内します」
事務総長が言った。
「HQ、ですか」
「はい。Headquarters。大会運営の中枢です」
案内されたのは、有明WEGセンターの奥にある広い区画だった。
入口には関係者認証ゲートがあり、通過するたびにゲートが光る。
先行している護衛が関係者認証ゲート付近を立ち入り禁止にして、人の流入を止めていた。
「今しばらくお待ちください」
そろそろ慣れてきたこの人工のモーゼ状態を、俺と事務総長は誘導員に促され進んでいく。
「えっ? あれって真壁さん??」
「まじ? あのダン博の英雄がここに?」
「シオちゃんが肩に乗ってる!」
周囲から声が少しだけ漏れる。
(この人払いもだんだんと慣れてくるもんだな)
関係者専用の認証ゲートは認証することはなく、そのまま素通りで進み、先の区画まで案内された。
大きなホールになっており、至る所に大型モニターが並んであった。
そこには会場内の映像であったり、何か数字を表してたりと様々だが、こんな広い場所に大型モニターが連続して何面も並んでいるこの状況は初めてみる景色で、少しだけだが興奮も覚えていた。
周囲も見渡すとミーティングルームが併設されていたり、オフィスデスクが並んであったりとここで業務もやりつつ、色んなことを同時に行っている場所に見えた。
「こちらでは、全会場の運営状況を統括します」
事務総長が、壁一面のモニターを示す。
そこには有明一帯の地図が表示されていた。
メイン会場やメディアセンターなどが表示されており、色付けされた区画や線が、蜘蛛の巣のように張り巡らされている。
「各競技は、それぞれ別会場で実施されます。各会場にはVGM、正式名称はVenue General Manager、つまり会場総責任者が置かれます」
「会場ごとの責任者、ですか」
「はい。競技は会場運営、競技運営、観客誘導及び管理、設備、警備、大まかに分けるとセクションごとにFunctional Area、FAとよばれる担当団体の組織がありまして、その最高責任者が各会場に置かれています」
事務総長はそのまま続ける。
「一方で、競技そのものにはDCM、正式名称はDiscipline Competition Manager、競技統括責任者が置かれます。競技ルール、審判、競技進行、競技上の判定を統括します」
「VGMが会場で、DCMが競技」
「その理解で問題ありません」
俺はモニターに表示された会場名を見た。
そこには会場責任者、競技責任者、警備責任者、観客管理責任者の名前がずらりと並んでいる。
「各会場で何か起きた場合、初動は会場側が行います。しかし、競技の中断、再開、式典への影響、国際発表、報道対応など、全体判断はHQから出します」
「なんか災害時の防災本部みたいですね」
思わずそう言うと、事務総長は小さく笑った。
「近い部分はあります。特にダンジョン競技では、事故と競技上のトラブルの境界が曖昧になることがありますから」
「なるほど。なんかわかる気がします」
ダンジョンの中で起きることは、ただの転倒や設備不良では済まない。
魔力異常、装備不良、モンスターの挙動、結界の乱れ、救助導線の確保。
考えることが多すぎる。
俺が黙ってモニターを見ていると、少し離れた席のスタッフがこちらを見ていた。
何人かが、ちらちらとこちらを見ている。
声は小さいが、聞こえないほどではない。
「……本物?」
「生の真壁だ」
「シオもいる。結構小さいね」
「なんでここに?」
事務総長は苦笑した。
「現場も、真壁さんを知っています。どうかご容赦ください」
「いえ、まぁこういうのは慣れないといけないとは思ってます」
正直言うと照れくさい。
人の視線はもう慣れて来たけれど、この声だけはまだまだ慣れる感じがない。
シオは俺の肩の上で、特に気にした様子もなくじっとしている。
たぶん、注目されているという概念がない。
少しだけだがうらやましい。
◇
ここの案内はそこそこに、次に向かったのはメディアセンターだった。
区画ごとにある関係者専用の認証ゲートを素通りして、進むとそこはまた、別の意味で騒がしかった。
まず目に飛び込んできたのは各国の国旗であった。
国ごとに専用ブースが設けられていてそこでは日夜、WEG東京に関するニュースを配信している発信拠点として活用されており、遠目でも何か配信をしている様子が伺える。
そして近くにはコンビニも設置されており、その隣には食堂まである。
ここである程度の活動は外に出ていかなくても行えるように配慮されているようだった。
案内を聞きながら通り抜けていると、見知ったロゴに足を止めた。
「あれ、ダンジョンTubeですか」
「はい。WEG Tokyoでは公式配信だけでなく、ダンジョンTubeとの連携枠も予定されています」
事務総長が説明する。
「真壁さんには、大会中、公式鑑定解説員としてこちらにも関わっていただく予定です」
「本当にここで喋るんですか」
「実際には競技会場内の配信ブースでの予定です。施設としてはここにある物とほぼ同じものが各会場にも作られています」
そう言われて俺はスタジオの中を見た。
屋内の照明や配信では一切お目にかかれないプロ用のカメラ。
その視線の先にはセットで組まれた解説席があり、背景用の大型ディスプレイが設置されている。
興味深く見ていると、世界放送対応のスタッフが説明を入れ始めた。
「競技映像に合わせて、素材や装備、魔道具、鑑定ポイントを補足していただく形になります」
「それっていうと、台本を読む感じですか」
「もちろん進行に関する台本は用意しますが、真壁さんには、見えたものを真壁さんの言葉で説明していただく方向で調整しています」
こんなTVのニュースを読むような場所で配信をしたことが無い俺は、進行に関してしっかりと台本があることに安堵する。
なんとなくだが、榊とやったコラボ配信に似ているな、と思う。
その後簡単に見回った後にメディアセンターを抜け、また別の区画へと案内された。
関係者専用の認証ゲートをまた素通りし、向かった先には大きく看板が掲げられていた。
《Appraisal Integrity Centre》
《競技鑑定センター》
「こちらがAICです」
「ずいぶんとメディアセンターとは違って静かですね」
「はい。ここでは大会で使用される装備、魔道具、競技素材、放送系魔道具、申請品の鑑定と整合性確認を行う中枢です。探索者はもちろんですが、各国のチームが持ち込む魔道具だけでなく、会場内に持ち込まれる魔道具などについても鑑定を行い、厳しく判定をするFAであります」
「けっこう重要な部署ってことはなんとなくわかります」
「その通りです。競技の公平性を担保するFAですので、管理体制も一段引き上げております」
中に入った瞬間、急に視線を感じる。
HQのスタッフが向けてきた、ミーハーな視線とは違う。
こちらは『何者か』と値踏みするような視線だった。
至る所に鑑定するための専用台が設置しており、そこには何人もの鑑定士がそこに従事していた。
年齢もばらばらに見えるが、探索者とはまた違った雰囲気を醸し出している。
そして中に進むと、事務総長が俺を紹介した。
「真壁遼さんです。WEG Tokyo公式鑑定解説員、ならびに大会安全鑑定チーム特別オブザーバーとして参加していただきます」
その瞬間、空気が少しだけざわつく。
歓迎、ではない。
困惑や警戒。
そして、わずかな反発。
言葉には出ない。
だが、なんとなく向けられた視線で分かる。
『なぜ一般の鑑定士がここにいるのか』
『なぜ配信者上がりがここに入るのか』
『なぜ自分たちの近くにこんなイロモノが置かれるのか』
そういう色を持った目が、一斉に俺に対して向いていた。
俺は心の中で小さくため息をついた。
そりゃ、そうだろうな、と。
俺だって、逆の立場なら困る。
名前だけ有名になったよく分からない鑑定士が、いきなり専門部署にずかずかと入ってくるのだ。
歓迎しろという方が無理だ。
すると奥から、一人の男性が歩いてきた。
年齢は40代半ばくらいだろうか。
企業やクランでよく出回っている鑑定士専用の作業着を着ていた。
ツナギにも近いその作業着は大抵、所属しているクランや企業名が入っていることが多い。
ロゴやその意匠が鑑定士としてのプライドを示しており、当然、俺の目の前に来たこの男からも同じような雰囲気を感じていた。
男の胸元に視線を向けると、家紋らしき意匠が小さく入っていた。
「御厨宗一郎です。AICの鑑定統括を務めています」