軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

WEG東京の会場を視察しました

人間、突然大金持ちになると、まず何を考えるのか。

高級車を買って乗り回し、高級時計を身につけ、今よりずっと広い高級マンションに住み、毎日豪華な食事をして、気が向いたら海外旅行へ行く。

たぶん、そういうものを想像する人もいるのだろう。

だが、俺が最初に考えたのは違った。

たまに割引が付いてる弁当に小躍りせずに、すっとカゴに品物を入れられるのではないか。

スーパーでお寿司半額の時じゃなくても、躊躇なく正規の値段でカゴに入れられるのではないか。

回転すしに行っても値段を考えず、好きな皿を躊躇なく頼めるようになるのではないか。

それが俺の金持ちのイメージだった。

我ながら夢が小さい。

っていうか、食べ物でしか金持ちを表せない自分が小市民過ぎる。

だがそれも仕方がない。

ついこの前まで、深夜にダンジョンへ潜って素材を拾い、日々の生活費を真剣に考えていた人間なのだ。

いきなり遊興費がどうとか、1日1200万円がどうとか言われても、頭が追いつくわけがない。

俺はいままで自分の口座に100万円単位の金額を、ほぼ見てない人生を送っていたのだ。

そんな中、俺は管理局が用意した滞在先のソファーに座り、少し前に渡された資料をもう一度見ていた。

相変わらず分厚くて、読む気を最初からへし折る気満々だ。

「……シオ。これ、読めるか?」

俺の膝の近くにいたシオは、当然のように答えない。

ただ、ぴたりと動きを止めたあと、するりと資料に近づいた。

そして、角をつついた。

「食べ物じゃないぞ」

シオは少しだけ動きを止めた。

何となく、興味を失ったように見える。

当たり前だがお金の概念は、シオにはない。

魔石とか魔力とか、そういうものの方がまだ価値という意味では分かるのかもしれない。

昨日の説明は、何度思い返しても現実味がなかった。

だが、しばらく考えているうちに、ひとつだけ分かったことがある。

金はある。

だが、自由はない。

「……いや、これ、どう使うんだ?」

たとえばコンビニへ行く。

それだけでも、たぶん…いや、確実に護衛がつく。

俺がカップ麺を買うだけで、とても面倒な仕事が発生する気がする。

通販ならどうだ。

いや、配送先はどうする。

安全確認とか、開封確認とか、たぶんそういう話になる。

誰にも見られたくない物を買うときどうするんだ…。

何だこれ。

自由に使えるお金とは。

いや、そもそも俺に自由があるのか。

俺がそんなことを考えていると、部屋のインターホンが鳴った。

「真壁さん、よろしいでしょうか」

いつもの管理局職員の声だった。

「……はい。大丈夫です」

扉が開き、管理局職員が入ってくる。

その後ろには、見慣れない人たちが何人もいた。

俺は思わず姿勢を正した。

「……えっと、また何かありました?」

「本日より、真壁さん専属の支援チームが正式に稼働します」

「専属の支援チーム?!」

管理局職員は、淡々と説明を始めた。

「左から順に生活支援担当、医療・体調管理担当、法務・契約担当。その隣が広報担当、ダンジョンTube連絡役。最後がWEG Tokyo組織委員会との連絡役です」

紹介されるたびに、相手が軽く頭を下げる。

俺も反射的に頭を下げた。

「それから、護衛担当はこれまで通りですが、今後は目的内容に応じて人数が変わります」

人数が変わる、その不穏な言葉に俺は体をびくつかせた。

「人数、ですか? いまでも過分な人員体制だとは思いますが…」

「いえ、今までの体制では緊急事態に対して脆弱でしたので」

「……緊急事態が起こる前提なんですね」

「……起こさせないための、いわば武威を示す示威防衛、そうお考え下さい」

「……はい」

「本日の予定ですが、午前中は専属チームの顔合わせと今後の説明。昼前に移動し、午後からWEG Tokyo有明会場群の視察に入ります」

「もう予定が決まってるんですね」

「はい。もちろん真壁さんの体調を最優先に調整します」

そう言って差し出された予定表は、かなり分厚かった。

予定先にまつわる資料もセットだったので、俺はまた分厚い資料を読まなければならないのか、と少し気落ちする。

スケジュールを流し見していた時、午後のスケジュールが目に留まった。

「今日、WEGの会場を見るんですか?」

「はい。今後、真壁さんに関係する場所を先に確認していただきます」

「シオも一緒で大丈夫ですか?」

「もちろんです。シオについても、移動時の扱いは共有済みです」

シオが、俺の袖の近くへ寄ってきた。

何となく、置いていくなと言われている気がした。

「……はいはい。一緒に行こうな」

シオは答えない。

だが、少しだけ満足そうに見えた。

そして昼をまもなく迎えようとしていた俺は、管理局が用意した車に乗って、有明へ向かった。

車内には俺とシオ、管理局職員、護衛という最早いつものセットが乗車しており、前後にも別の車がついている。

俺はこの車列を組むこの体制も、だんだんと違和感を感じなくなりつつあった。

慣れというのは本当に怖い。

有名人が移動すると、こうなるのだろうか。

いや、大臣以上のクラスや、海外の偉い人の移動に近いのかもしれない。

窓の外を眺めていると、道路沿いにWEG Tokyoの仮設看板が見え始めた。

まだ本番前だというのにここに来る道中、いたるところにドレッシングが施されている。

有明へ近づくほど普通の街から、イベントのための街へ変わっていた。

「開催まで4か月を切っていますので、シティドレッシングというWEGにちなんだ装飾が、主催者である東京都の主導によって、至る所に施されています」

俺の視線に気が付いたのか、管理局職員が教えてくれた。

そして有明に近づくころには、随分と仮設物が目立ち始めていた。

「至る所に人の背丈の何倍もある、バリケードフェンスっていうんですかね。そういうのを設置してますが…あれって?」

「あれは会場内外を物理的に遮断するフェンスです。大会開催期間約1か月前くらいになると、周辺が段階的に閉鎖されていく仕組みになっていて、その期間中は厳重な警備体制が敷かれます」

「えっ? この広いエリアが物理的に遮断されるんですか??」

「そうです。大会期間中は出場関係者やチケットを保有する観客、大会運営、マスメディア、その他出入りを承認されたゲストなどしか入ることはできません」

想像以上の警備体制が敷かれていて驚く。

何でもこの規模の大会になると、どの国でも同様の警備体制が敷かれるということで、今回は前回と比べると会場を集中開催できるため、規模は小さいそうだ。

「……これ見てると実感が湧きますね」

「はい。開催に向けて準備は進んでいます」

「ダン博のあとなのに…」

「…だからこそ、です」

管理局職員は短く答えた。

その言葉で、何となく分かった。

止められないのだ。

安全が軽いとかそういう話ではない。

逆だ。

安全を世界に示さなければならない。

日本はまだ国際大会を運営できるということを。

そしてダン博事件は例外であり、今後は対応できると。

それを示すために、この大会がある。

そして、その中に俺も組み込まれている。

この責任の重さに、なんだか胃が痛くなってきているような気がした。

到着したのは有明WEGセンターだった。

ここは元々あった国際展示場を全館貸し切りにして、大会終了までは運営本部として使われるということだった。

俺も何回かだが、前職で仕事として来たことはある。

もちろんイベント客としても来たことはあるが、車内から周囲を見渡すと随分と仮設物が持ち込まれており、記憶の中の国際展示場とは随分と違いがあった。

出入口周囲には関係者専用の仮設ゲートが組まれ、入場導線が何本も分けられている。

そして頻繁に人が出入りしており、開催前にもかかわらず多くの人が集っていた。

車が関係者専用エントランスに着くと、すでに先着していた護衛が周囲を警戒していた。

「真壁さん、準備が出来ました」

ドアが開き、降りると視線の先に集団が出来ていた。

先頭に立っていたのは、明らかに社会的なステータスが高そうな白髪の男性だった。

背は高く、姿勢がよく、濃い紺色のスーツにWEG Tokyoのピンバッジをつけている。

その後ろには、数人の運営スタッフが控えていた。

管理局職員が、俺にだけ聞こえるくらいの声で言う。

「WEG東京組織委員会の事務総長です」

「…事務総長」

さらっと言われたが、さらっと受け取れる肩書きではなかった。

「……多分、偉い人だな」

「多分ではなくWEG東京の実質的な最高責任者です」

WEG東京組織委員会。

たしか昨日の説明では、東京都の職員や、スポンサー企業、各競技団体からの出向者で構成されている実務組織だったはずだ。

いわば、この大会を実際に動かす側の中枢。

その事務総長…様。

男性は俺の前まで来ると、落ち着いた笑みを浮かべた。

「真壁さん。WEG Tokyoへようこそ」

「え、あ、はい。よろしくお願いします」

俺は慌てて頭を下げた。

事務総長は、俺の反応に少しだけ目を細める。

「本日はお越しいただき、ありがとうございます。真壁さんの目が、我々と共にあることを大変心強く思っています」

「いえ、その、できる範囲で……」

事務総長は深く頷いた。

「それで十分です。我々に必要なのは、確実に見抜くその鑑定スキル、それだと思っています」

事務総長は短く挨拶を終えると、俺の肩のあたりに視線を向けた。

シオが、じっとその人を見ている。

「こちらが、シオですね」

「……はい。シオです」

シオは答えない。

ただ、俺の肩の上で少しだけ身じろぎした。

事務総長は満足そうに頷くと、続けて言った。

「本日は、私も視察に同行させていただきます。短い時間ではありますが、実際に現場を見ながら説明した方が分かりやすいでしょう」

「はい。こちらこそ……できることは、やります」

俺がそう答えると、事務総長はもう一度だけ軽く頭を下げた。

そして、俺たちと並ぶように歩き始める。

「まずは有明WEGセンターに向かいます」

「お願いします」

何十人となる集団を引き連れて俺はその場を移動した。