作品タイトル不明
WEGってなんですか?(後編)
正式名称:世界探索者競技大会・東京。
略称:WEG Tokyo。
目の前のタブレットには資料が表示されており、タイトルが書かれてある。
「改めて、説明させてください」
「……お願いします」
「WEGは、World Explorer Games。世界探索者競技大会の略称です。探索者競技に特化した専門世界大会で、今回の開催地が東京になります」
「探索者が国別対抗で競う大会、ですよね。小さい頃はよく見てました」
「はい。個人競技も団体競技もあります。踏破、戦闘、鑑定、回収、救助、結界、魔道具制御など、複数の部門に分かれています」
子供の頃、よく見た記憶がある。
探索者のスキルや、鍛え上げた身体能力、ダンジョンを踏破するその経験、それらを総合的に競い合う大会で、確か4年に一度行われていた大会だ。
ダンジョン内タイムアタックはかなり有名な競技で、世界中で大会が開かれている。
それ以外にPvPバトルも有名で、確か『クランバトル』という国籍不問のクラン対抗戦があったはずだ。
小さかった俺はそれを見て、「将来、有名な探索者になりたい」と思ってたっけ。
夢はすぐに破れたけど。
「ダンジョン万国博覧会事件の影響で、WEG Tokyoの開催にも不安が出ています」
「無理もないことかなと思います」
あれだけの事件が起きたあとだ。
また国際イベントをやると言われれば、不安に思う人は多いだろう。
「海外選手団の一部からは、安全説明の追加要請が出ています。スポンサー側からも、警備と危機管理体制に関する照会が増えています。国内でも、開催継続に否定的な声があります」
「中止はしないんですか」
「現時点では開催する方針です」
瀬尾副長官の声は、はっきりしていた。
「もちろん、安全確保が前提です。ただ、国際信用の維持という意味でも、簡単に中止することはできません。ダンジョン万国博覧会事件で日本の大型イベント運営能力が疑われている今、ここでWEGまで中止となれば、影響はさらに大きくなります」
「……それは分かります」
「そこで、真壁さんにお願いしたい役割があります」
「公式鑑定解説員、でしたっけ」
「はい。表向きには、WEG Tokyo公式鑑定解説員です」
「表向き?」
「公式配信やテレビ、ダンジョンTubeとの連携枠で、競技の見どころ、素材、装備、魔道具、鑑定ポイントなどを解説していただきたい」
「競技の解説なんてできませんよ。俺、そもそも戦闘もできませんし」
「戦闘解説ではありません」
「でも、探索者競技ですよね」
「だからこそ、鑑定解説が必要です」
瀬尾副長官は、スライドを一枚進めた。
そこには、競技ごとの項目が並んでいる。
迷宮踏破タイムアタック。
複合鑑定競技。
総合探索団体戦。
「小さい頃にご覧になられているのなら、詳細は省きますが、この競技を滞りなく進めるために必要なものがあります」
「……魔道具、ですね」
「その通りです。どの種目にも一定のルールを基準に、各自魔道具の持ち込みが許されています。ただ、これが厄介で、事前にもちろん情報開示はされているので、それに沿って解説を行うのですが、近年魔道具開発が進み過ぎて開示された情報自体についていけない、そんなことが頻発しています」
「そこまで進んでいるんですか?」
「はい。魔道具開発はそもそもダンジョンの最前線向けに作られた物ばかりです。それはいわば、秘中の秘。ぱっと見は情報通りの部分もあるのですが、いざ競技が始まってみると聞いてない効果を示していたりと、視聴者目線で難しい競技になりつつあるのがここ数年の課題になっています」
「なるほど…そこで俺に本当の効果や、そういう情報を補足してくれ、そういう訳ですね」
瀬尾副長官は笑みを浮かべた。
「その通りです。ですが、それは先ほど申し上げた表向きの理由です」
「これが表向きの話?」
「そうです。今の説明で、何か違和感がありませんでしたか?」
「これまでの説明でですか…?」
「はい。ルールに基づいて使用許可の下りた魔道具が、解説ではいまいちわかりにくい、この矛盾です」
「矛盾…あぁそういうことですか。ルール範囲内の効果が実際には偽装されていて、使用時には想定を上回る何か恩恵が与えられている」
「正解です。この魔道具ドーピングともよばれる一連の不正がいま、世界中で問題になっています」
魔道具ドーピング…確かに聞いたことがある。
詳しくは分からないが、人体ドーピングと対を成すかのように行われる、競技大会特有の不正行為だったはず。
「探索者はそもそもダンジョン内で魔物を倒すことによるレベルの恩恵をうけ、そこで身体能力向上や、自身のスキル効果を上げたりしています。この辺りはレベル制限を設けることによってある程度競技の公平性を保つことができるのですが、これをすり抜ける行為として、魔道薬系による魔法を行使したドーピング、そして魔道具の申告不正によるドーピング、この2種が主流となっています」
大体読めて来た。
俺に何をやって欲しいのかを。
「なるほど。この2パターンを鑑定で暴く、これが裏の依頼内容ということですか」
瀬尾副長官は深い笑みを浮かべた。
「その通りです。ただ、これが非常に難易度の高いことだというのは理解しています。この大会を主催する連盟が総力を挙げても、排除するに至ってはいないのですから」
確かに人体に対する鑑定と、魔道具の鑑定では難易度が天と地ほどに違う。
なにせ生命体には様々な不純な情報が多く、望む鑑定結果を掬い取ることが難しいからだ。
それに、人の身から出ている魔力波も鑑定を大きく阻害する要因の一つでもある。
「そして、ここからが極秘事項なのですが、ここ数年に渡って大会にて術式汚染が確認されています」
「術式汚染?!」
俺はつい最近、それで殺されそうになったあの呪物を思い出す。
「そうです。真壁さんの術式汚染報告、あれは本当に助かりました。国内でも1年前から存在が確認されており、元を辿るため総力を挙げて捜査を行っていましたが、中々尻尾を見せず。行き詰っていた、そんなときに、とある管理局から出元に迫る詳細な情報がもたらされ、その結果、流出元を突き止め壊滅することに成功しました。この場を借りて感謝申し上げます」
瀬尾副長官は深くその場でお辞儀をした。
「あ、いや、あれは皆さんと協力した結果ですし…」
「我が国は真壁さんには借りを作りっぱなしですな」
「…いえ、そんなことないです…」
「話を戻すのですが、裏向きの本命はこの術式汚染の大元を何とか暴きたい。そのためにも何卒、真壁さんのお力をお借りしたく思っております」
そういうことか。
何の因果か、ってやつなんだろう。
「そういうことなら、断る理由はないです。俺もあの術式汚染の被害を受けそうだったわけですし」
瀬尾副長官は今日一で一番深い笑みを見せた。
「おぉ、引き受けてくださいますか!」
「全力は尽くします。ですが力足りず、何もできないかもしれません。むしろ足を引っ張る可能性だってある」
「そんなことはありません。日本で、いや世界で最上位のあなたのその目があれば、少なくとも今よりかは進むことができるでしょう」
「あともう一つなんですが…」
「もちろん、大会中に限らず、あなたが天寿を全うするまでは、この国があなたを守る、そう誓います」
「え? いやそこまでの話を…いやそれはありがたいですけど。そうじゃなくて…その…大変言いにくいことなんですが…」
「遠慮はいりません。なんでも言ってください!」
俺は思わず生唾を飲み込んだ。
「本当に恥ずかしいことなんですけど…生活費、貸してもらえませんか? ここ最近、配信とかあんまり出来てないんで稼げてないんです。数か月は家賃とか払えるくらいの貯金は最近できたんですけど、こうも出費の激しそうな場所に何日も宿泊するお金がなくって…」
俺の言葉に瀬尾副長官は止まった。
後ろに侍る管理局職員は驚愕の面持ちを見せ、そして護衛は顔を背けて笑いをかみ殺していた。
「君、真壁さんに今後の生活についての説明は…?」
「は、はい。今回の待遇については、資料にまとめてお渡ししていたと思いますが…その…」
資料、そう聞いて俺は内心、しまった、そう思ってしまう。
確かに分厚い資料はもらった。
だが、あんな細かい字で色々と書かれた資料だとは思わず、面倒くさいと思って後回しにしていたのだ。
「…資料はもらいましたが…その…まだ確認してなくって」
瀬尾副長官は大きく息をついた。
「細かいことは省きますが、あなたは国が保護する最優先の人材、そう決定が下されています。その中でもちろん報酬規程があり、生活費は全て国が負担します」
「えっ!!! 生活費を負担してくれるんですか!!!」
「もちろんです。国難を救ってくれた真壁さんには当然の待遇です。遊興費も年間で…」
瀬尾副長官が、いくらだっけ? と思案顔を見せた時、管理局職員が口を挟んだ。
「3億8千万円の予算が別でついております」
「は?」
「そうです。自由に使えて領収書が一切要らない遊興費を支給済みですので、後ほどご確認ください」
「瀬尾副長官、ここからは私が説明いたします」
そこから耳を疑う話ばかりだった。
まず、いま住んでいる家は強制的に解約してあるということだった。
荷物については別の場所に移送済みだが、安全の観点から破棄されるということで、その資産を丸ごと既に買い取っているという、事後の話からスタートした。
続いて、待遇の面だが遊興費とは別に、国の依頼を受けた場合、最上位のクランに支払う報酬規程が適用されるということだった。
「今回のWEGについてですが、本日から起算されまして、終了は年内いっぱいの契約を予定しております。それによって1日の拘束費用は規定に則り、1200万円の支給がされます」
「は??」
「そして、今回大会を開催するにあたって、事前に大会スポンサーにも打診をしており、ここからも真壁さんに対して、協力費として8.5%が支払われる予定となっています。詳しくは金額が確定次第、見積もりを提出させていただきます」
「1200万…? 1日で?? それ以外にも協力費???」
意味が分からなかった。
生活費を貸してくれと言ったのに、なぜか何万倍ものお金をくれるという話になり、俺の頭はかなり混乱していた。
そこから色々と今後について説明がされていたが、上の空であまりよく覚えていない。
「ということです。数日後には実務担当者を伺わせますので、その時に具体的な話をさせる予定です」
「あ、はい…」
「改めて真壁さんのご協力、大変感謝いたします。それでは」
そういって部屋から瀬尾副長官は退出した。
俺と護衛だけが部屋に残っており、すぐにいつもの管理局職員が顔を見せる。
「それでは部屋にお戻りください」
◇
部屋に戻ってソファーに腰を下ろした。
あまりの非現実的な話に俺は未だ心、ここにあらず状態だった。
シオは至って我関せず、いやたぶんというかそもそもお金の概念がない。
だからいつもどおりのマイペースでソファーに下りて、そこら辺をふらふらとうろついていた。
「シオ、いきなり俺、大金持ちになっちゃったよ…どうしよ」
独り言のように呟き、そして天井を見上げる。
だが、だんだんと冷静になって行くにつれて、俺は顔を曇らせていく。
「ちょっとまて。そんな大金持ってても俺って、そもそもプライベートなんてないようなものじゃないか。どうやってお金つかうんだよ」
俺の問いに誰も答えてはくれなかった。