作品タイトル不明
口座の中の100万円
朝、2件の通知が届いていた。
1件目は、専門オークションに委託しておいた魔核晶の結果だ。
手数料と日程を業者に確認したうえで、結局そのまま出品に踏み切っていた。
「落札価格:385,000円」
数字を見て、少し止まった。推定価格の下限に近い。
ここから業者の手数料が差し引かれた額が、後日口座に振り込まれる。
それでも、出品から四日でここまで動くとは思っていなかった。
2件目は、欠片3個を預けておいた魔核石の再圧縮完了通知だ。
業者から仕上がったという内容で、本日受け取り可能と書いてある。
◇
業者に向かい、再圧縮された魔核石を確認した。
仕上がり次第そのまま買い取ってもらう段取りで、預けた時点で話はつけてある。
サイズは握りこぶしより少し小さい。
3つの欠片がひとつにまとまると、見た目がまるで変わる。艶がある。重さも均一だ。
「再圧縮料を差し引いて、185,000円になります。振込は本日中に行います」
買取明細を受け取って、店を出た。
電車に乗りながら、スマホで口座残高を確認した。
先ほどの振込も、すでに反映されていた。
ここ3週間の入金をざっと足してみる。
売却収益、配信収益、爪の精製代金、査定料、そして今日の2件。
残高は、1,012,400円だった。
「……」
画面を二度見した。三度目も同じ数字だった。
3週間前まで、来月の家賃をどうするか頭の中で計算していた俺が。
しばらく、何も言えなかった。
◇
夜、5回目の配信を始めた。
アプリを開くと登録者は1,820人になっていた。
前日の終わりに急増して、そのまま積み上がっている。
配信ボタンを押した瞬間にコメントが流れ始めた。
『きた』
『今日はどこ行くの?』
『魔核晶いくらになったの?』
「魔核晶のオークション結果が出ました。385,000円でした」
『おい』
『は?』
『走りながら拾った石が38万』
『やばすぎる』
「言ったでしょう、踏まないように拾っただけって。鑑定したら値段がついてただけです」
『それで済む話じゃないんよ笑』
今夜の目的地はB3Fから B4F付近だ。
上層の中でもやや深い位置で、久しぶりに入るエリアになる。
◇
通路を進みながら、コメントと話しながら拾っていく。
使い込まれた魔力補助具の残骸や、探索者が捨てていった道具の欠片。
鑑定しながら選別して、価値があるものだけ回収する。
この作業の繰り返しが、なぜか毎回コメント欄を盛り上げてくれる。
B4Fへ入ったところで、コメントに1件、目が止まった。
『B4Fの東側の壁際に、光ってるものがあった。先週通ったとき何か見えたけど何か分からなくて』
「……東側?」
俺は足を止めた。
『俺も見たことあるかも。なんだろって思ってスルーしてた』
『探してみてよ』
『回収屋さんが鑑定したらなんか出るかも』
「確認してみます」
東側の壁に沿って進む。
通路の幅が少し狭くなる区画で、懐中電灯の角度を変えながら壁面を確認していく。
最初は何も見えなかった。
一歩踏み込んだところで、壁の凹みに何かある。
手を伸ばして取り出した。
親指の先ほどの石で、表面がわずかに光っている。
【鑑定】を向けた。
――――――――――――――――――――
魔封石・埋蔵型(未使用)
希少度:A
現在価値:高
推定市場価値:8万〜12万円
備考:魔力を内部に閉じ込めたまま岩盤内に生成された希少鉱物
通常の採取では発見しにくく、流通数が少ない
推奨:専門鑑定機関または高級素材業者への直接持ち込み
――――――――――――――――――――
「……希少度A。推定価格8万から12万円」
コメントが一瞬止まった。
そして、どっと流れ始めた。
『えええ』
『情報提供した人すごくない!?』
『コメントで見つけたじゃん』
『回収屋さんと視聴者で発掘した笑』
「教えてくれた人のおかげです。俺一人だったら通り過ぎてました」
そのまま正直に言うと、また流れた。
『そういうとこ好き』
『次も情報持ってきていい?笑』
『もう視聴者も回収班の一員では』
「ありがたいです。気づいたことがあればいつでも」
石を布に包んでポケットに入れた。
◇
配信を閉じて、ダンジョンの外に出た。
春先の夜風は冷たかった。
今日のピーク視聴者数は2,400人を超えていた。
数字より、コメントの流れが変わった気がする。
最初の頃は、俺が何かを見つけるたびにリアクションしてくれていた。
でも今日は少し違っていて、視聴者から情報が飛んできて、俺がそれを追いかける流れになっている。
いつの間にかただ見ているだけじゃなく、一緒に共同作業をしている気分になっていた。
ぼんやりと夜道を歩きながら、今日1日を整理する。
口座に100万円を超える金がある。
それは数字だ。
でもその数字にはしっかりと意味があり、自分の目で見てきたものの積み重ねの結果ともいえる。
誰かが捨てたもの、通り過ぎたもの、価値なしと決めたもの。
それを俺だけが拾ってきた。
俺は、回収屋でいい。
有名になりたいわけじゃない。
最強になるつもり…っていうかなれない。
でもこの目で価値を見つけ続けることは、やめるつもりはない。
ふと顔を上げると、駅の明かりが見え始めていた。
そのタイミングで、ポケットの中のスマホが短く震えた。
取り出して画面を見ると、鷹坂からの通知だった。
『真壁さん、またご相談があります。今度の件は少し規模が大きくなりそうで、できれば直接お話ししたいです。ご都合いかがでしょうか』
前回より、文面が少し丁寧になっている。
俺は通知をいったん閉じて、ダンジョンの出口へ向かった。