軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第2話 魔法科Eクラスの劣等生

国立霞が関高校・魔法科には、明確な序列がある。表向きには、適性別教育ということになっていた。

Aクラスは、名門家系や高出力術式の適性者が集められる。魔法師としての花形だ。 国家認定星紋家門群(アストラル・ライン) の子弟も多く、将来は対災害部隊、政府機関、名門企業の中核に進む者がほとんどだった。

Bクラスは、実技優秀な一般層。家柄ではAに劣るが、努力と実戦能力で上位に食い込む生徒たちがいる。火力、制圧力、継戦能力。分かりやすい強さを持つ者が多い。

Cクラスは、解析・管制の専門職。直接戦闘よりも、通信、補助演算、術式解析、情報整理に適性がある。派手ではないが、現代の魔法災害対応では欠かせない人材だ。

Dクラスは、中間層。突出した才能はないが、基礎はできる。現場では補助、支援、後方管理、あるいは人数合わせとして扱われることが多い。

そして、Eクラス。実技底辺。適性問題児。端末不適合者。精神安定に難あり。魔法科に在籍しているだけで不思議、と陰で言われる生徒たちの置き場。

そのEクラスの中でも、神代カイは有名だった。悪い意味で。

「昨日の演習、またDマイナスだったらしいぞ」

「Dマイナスって、逆にどうやって取るんだよ」

「起動が遅い。狙いも雑。出力も低い。ついでに態度も悪い」

「努力すらしないのが終わってるよな」

「というか、なんで魔法科にいるんだ?」

朝の教室。カイは机に突っ伏していた。陰口は聞こえている。聞こえているが、顔を上げる気はなかった。反論すれば面倒になる。怒れば笑われる。

努力を見せれば期待される。期待されれば、いつか必ず、誰かに何かを求められる。それが一番面倒だった。

だから、何も聞こえていないふりをする。何も見えていないふりをする。できない人間のふりをしていれば、誰も自分に重要な判断を任せない。それでいい。いや、それがいい。

「おーい、生きてるか、Eクラスの天然記念物」

気の抜けた声が、頭上から降ってきた。カイは机に突っ伏したまま答える。

「死んでる」

「死んでるやつは返事しないんだよなあ」

「魔法科だからな。死者応答くらいあるだろ」

「ない。あったら普通に怖いわ」

椅子を引く音がして、誰かがカイの前の席に逆向きで座った。瀬尾リクト。Dクラス所属。成績は中の中。実技も座学も突出してはいないが、致命的に悪いところもない。

本人いわく「平均を愛し、平均に愛された男」。明るい茶色の髪を軽く跳ねさせ、いつも余計なことを言う顔をしている。Eクラスの教室にDクラスの生徒が来るのは、それなりに目立つ。

それでもリクトは気にしない。周囲の視線を、空気のように受け流す。

「今日も安定の省エネ運転だな」

リクトが笑った。カイはようやく顔を横に向ける。

「人間、省エネが一番長持ちする」

「その理屈だと、お前は百五十歳まで生きるぞ」

「悪夢だな」

「そこは喜べよ」

「長生きして魔法科の追試を受け続ける人生とか、ほぼ呪いだろ」

リクトは声を殺して笑った。周囲の何人かが、ちらりとこちらを見る。カイとリクトの関係は、周囲からすれば少し奇妙だった。Dクラスは決して上位ではない。けれど、Eクラスよりは明確に上だ。

普通なら、わざわざ落ちこぼれ扱いされているカイとつるむ理由はない。だがリクトは、入学当初から変わらずカイに絡んでいた。見下すでもなく、持ち上げるでもなく、ただ普通に。それがカイには、少しだけ面倒で、少しだけありがたかった。

「で、昨日の演習どうだった?」

「見てないのかよ」

「Dクラスは別メニュー。符式端末の基礎制御。ひたすらタグ貼って剥がして貼って剥がして、最後は指先が死んだ」

リクトは両手を見せた。指先に薄い保護テープが巻かれている。

「地味だな」

「地味って言うな。タグデバイスはな、縁の下の力持ちなんだぞ。結界補助、罠、遅延発動、空間固定。やれることは多い」

「貼れたらな」

「それを言うな。昨日、風で三枚飛んだ」

「縁の下どころか風の上だな」

「うるせえ」

軽口を交わしながら、リクトはふと声を落とした。

「で、本当は?」

「何が」

「昨日の演習。的、外したんだろ」

「かすった」

「誤差だろ」

「失礼な。的の端を的と認める寛容さが現代教育には必要だ」

リクトは苦笑した。

「いや、そうじゃなくて。お前、またわざと手ぇ抜いたんじゃないのか?」

カイの目が、ほんの少しだけ細くなった。すぐに、いつもの眠そうな顔に戻る。

「買いかぶりすぎ。俺は純粋に実技が低いだけの善良な劣等生だ」

「善良なやつは自分で善良って言わねえよ」

「じゃあ不良な劣等生」

「悪化したな」

リクトは机に肘を置き、カイの顔を覗き込んだ。

「でもさ、お前、たまに変なとこ見てるよな」

「変なとこ?」

「人じゃなくて、配置とか、動線とか、結界の支柱とか。昨日も演習場でなんかあったって聞いたぞ。補助結界が干渉したとか」

「よくある事故だろ」

「よくあったら困るんだよ、魔法科」

カイは肩をすくめた。

「教師が何とかした。つまり教育機関として正常に機能してる。平和だな」

「お前の平和の基準、だいぶ低いよな」

リクトがそう言ったところで、始業の予鈴が鳴った。教室の前方に、担任教師が入ってくる。リクトは立ち上がった。

「じゃ、昼な」

「来なくていい」

「行くわ」

「Dクラスに友達いないのか」

「いるわ。お前がいなさすぎるだけだ」

「それは否定できない」

リクトは呆れたように笑い、Eクラスの教室を出ていった。扉が閉まる。カイは再び机に突っ伏した。授業が始まる。

星律理論の基礎。魔法災害史。術式安全管理。教師の声が、遠くで流れていく。カイは目を閉じながら、聞かないふりをした。だが、耳は勝手に拾ってしまう。

「近年増加傾向にある異相封鎖型星律災害、通称《異相レイド》は、従来の単独魔法師による制圧では対応が困難です。重要なのは火力ではなく、内部ルールの把握、すなわち盤面理解であり――」

カイの指先が、机の下でわずかに強張った。盤面。その言葉が嫌いだった。盤面と呼んだ瞬間、人の痛みが駒の動きになる。誰かの恐怖が数値になる。誰かが怪我をしても、それが勝利条件の一部に見えてしまう。そういう見方を、自分は知っている。知りすぎている。

だから、見たくない。

カイはさらに深く顔を伏せた。昼休み。カイは人気のない西階段にいた。校舎の端にある古い階段で、昼間でも薄暗い。上階は資料室につながっているが、今はほとんど使われていない。

生徒がわざわざ来る理由はなく、カイが一人で時間を潰すにはちょうどよかった。弁当は購買の栄養ゼリー一本。食事というより、生命維持だ。

カイは階段に座り、ATの画面を開いていた。表示されているのは、授業資料ではない。古いVRMMORPGの攻略動画だった。

『Arcana Raid Online』

かつて世界最大級の規模を誇ったフルダイブ型レイドゲーム。画面の中では、空に浮かぶ白亜の神殿を、二十四人のプレイヤーが攻略していた。無数の光弾、巨大なボスの咆哮、秒単位で切り替わるギミック表示。

懐かしいはずの映像だった。けれど、カイの表情に懐かしさはない。むしろ、傷跡を確認するような目をしていた。

『次フェーズ、十二秒後。北東組、踏み替え。ヒーラー二番は温存。ここで吐くと最終で足りない』

動画内のボイスチャットが流れる。若い声だった。今より少し高い。だが、間違いなくカイの声だった。画面のコメント欄には、古いログが残っている。

『神託きた』

『この判断マジで意味分からん』

『初見でギミック読んでる?』

『神託のカイ、やっぱ化け物』

『世界初クリアおめ』

《神託のカイ》。その名前を見た瞬間、カイは画面を消そうとした。でも、指が止まった。消せば忘れられるわけではない。見なければ、なかったことになるわけでもない。あの頃の自分は、攻略が好きだった。

未知のギミックを読むことが楽しかった。仲間の役割を組み替え、崩れかけた戦線を立て直し、誰も見つけていない正解へ辿り着く瞬間が好きだった。ゲームなら、失敗してもやり直せた。

全滅しても、ログを見返せた。次はもっとうまくやれると笑えた。だが、現実は違う。現実で失敗したら、人は戻ってこない。カイの耳の奥で、赤い警報音が蘇る。――現実は、リトライできない。

「……分かってるって」

カイは小さく呟いた。その時、階段の下から足音が聞こえた。

「やっぱここか」

リクトだった。片手に購買のパンを二つ持ち、もう片方の手で手すりを掴んでいる。

「探したぞ、引きこもり魔法師」

「俺に探索クエストを発生させるな」

「発生させてんのはお前だろ」

リクトは隣に腰を下ろした。そして、カイのAT画面をちらりと見る。すでに動画は閉じられていた。だが、リクトは何かを察したように、少しだけ眉を上げた。

「また古いゲーム?」

「広告」

「どんな広告だよ。世界初クリアとか書いてなかったか?」

「目がいいな。Cクラス行けるぞ」

「Dで満足してるんで」

リクトはパンを一つ、カイに投げた。カイは反射的に受け取る。

「いらない」

「食え。ゼリー一本で午後の演習出る気か」

「午後?」

カイは嫌な予感がして顔を上げた。リクトは、にやりと笑った。

「知らないのか? 午後、AからEまで合同の模擬戦演習だってよ」

カイは無言でパンを返そうとした。

「帰る」

「早い早い早い」

リクトが慌てて腕を掴む。

「まだ昼休みだし、帰宅判断が早すぎる」

「模擬戦とか一番いらない。俺が出ても誰も得しない」

「サボると進級評価に響くらしいぞ」

「響け。むしろ退学まで響いてくれ」

「お前なあ」

リクトは呆れながらも、カイの腕を離さなかった。

「俺が一人だと気まずいだろ」

「知らん」

「Dクラスって微妙なんだよ。上位組には混ざれないし、Eクラスほど開き直れないし。こういう合同演習だと、だいたい便利枠で雑に使われる」

「俺を巻き込む理由になってない」

「なる。俺の精神安定のため」

「魔法は精神状態に影響されるからな。よかったな、授業が役に立った」

「だったら協力しろよ」

カイはため息をついた。階段の小さな窓から、演習場棟が見える。午後の合同模擬戦。AクラスからEクラスまでが集まるなら、当然、優秀な連中も来る。名門家系。高出力術式。解析特化。努力で這い上がった実力者。

そして、自分のような落ちこぼれ。きっとまた比べられる。笑われる。それだけなら、別にいい。ただ、嫌な予感がした。

昨日の演習場の配置ミスを思い出す。人が増えれば、動線が増える。術式が増える。視線が増える。判断が増える。盤面が複雑になる。見たくなくても、見えてしまう。

「……面倒くさい」

カイは本音を漏らした。

「知ってる」

リクトは立ち上がり、カイに手を差し出した。

「でも行くぞ。お前、放っておくと本当に消えるからな」

「人を未確認魔法生物みたいに言うな」

「似たようなもんだろ」

カイは差し出された手を見た。数秒迷ってから、仕方なく掴む。リクトが引っ張り上げる。

「よし。まずはパン食え」

「歩きながらでいいだろ」

「行儀悪いな」

「魔法科Eクラスに品性を求めるな」

二人は階段を下り始めた。カイのATは、ポケットの中で沈黙している。さっき閉じたはずの動画の残像が、まだ頭の奥に残っていた。

『神託のカイ』。

もう捨てた名前。もう二度と使わないはずの名前。なのに、午後の演習場へ向かう足取りは、どこかあの頃のレイド前に似ていた。攻略開始前の、嫌な静けさ。カイは小さく舌打ちした。

「本当に、最悪だ」

「何が?」

リクトが振り返る。カイは眠そうな顔に戻り、パンの袋を開けた。

「午後の授業」

「それは俺も同意」

二人の足音が、校舎の廊下に溶けていく。その先にある演習場で、神代カイの退屈な日常が、少しずつ崩れ始めようとしていた。