軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

#98 静かな村の、静かじゃない異変

――貴族ではない。むしろ、 小鬼族(ゴブリン) ですらない。

自らをそう紹介したエルネスティに対して、村長たちは驚きを隠せずにいた。

「……それでは、なんとお呼びすればよいのでしょう」

「それは僕も困りますね。いうなれば、ただの旅人と言ったところなのですが」

彼らは顔を見合わせ、困惑を露わとする。

「旅人……と。この地を動けぬ我々にとっては、縁のない言葉でございますな」

村長は、しみじみとつぶやく。彼らが知るのはひどく狭い世界のみだ。

「そこでお聞かせいただきたいのです。あなた方が、いったい何者なのかを」

身を乗り出しての問いかけに、しかし彼らは首を振るだけだった。

「私どもには、あまり難しいことはわかりません。ただずっと小鬼族と呼ばれ、この村で代々暮らしてまいりました」

多くの皺を刻んだ村長の顔には、疑問や否定は見えなかった。

もとより興味がないのかもしれない。彼らにとって、ここにいることはあまりにも当然のことである。

「私の祖父の、そのまた前から。いつからここにいるのかなぞ、とんと存じ上げません。何者かと問われましても、それ以上の答えを持たないのでございます」

「そう、なのですか。……そういえばこの村では、 巨人族(アストラガリ) のための装備を作られているのですよね」

「はい。私どもだけでなく、他にも多くの村で同じようなことをしているはずです」

エルは、ほうと首をかしげた。

「すると、他にも何か所か同じような村があるのですか」

「そう耳にしております。何分、私どもは他所にはいきませぬゆえ、詳しくはないのですが」

彼の中で、また違和感が膨れ上がりつつあった。

森の中に孤立した村々、外を知らない人々――ボキューズ大森海は人間に対する親切心など持ち合わせていないとしても、ここに住まうのは人間だけではない。

「聞いていた限りでは、小鬼族というのは巨人族に守られているものでは、ないのですか?」

「巨人族の方々とともにいらっしゃるのは、上街にお住まいの“貴族”の方々でございましょう。私どものところまでいらっしゃるのは、本当に珍しいことでございます」

だから驚いたのです、という村長にエルは質問を重ねた。

「それでは、なぜこの村では巨人の防具を作っているのでしょう。守ってもらっているわけでもないというのに」

「直接ではないとはいえ、巨人の方々の近くに住んでいることで、私どもも恩恵に与っておりますから」

そう言う村長は、穏やかな表情を崩さない。それらは全て彼にとって当たり前で、疑う余地のないことだった。

「魔獣の少なくない森で、この生活は危険ではありませんか」

「そのため……貴族様方からは、みだりに森に入ることを禁じられております」

「それでは、森の恵みを手にすることも難しいでしょう。畑だけで食べ物をまかなえているのでしょうか。現に、僕たちが来る前は、肉を得るにも困っていたのに」

それまでは穏やかだった村長の表情が、初めて揺らいだ。ほんのわずかな、しかし確かに苦々しさを含む皺が現れる。

「仕方がないのです……我々には“騎士”はございません。上街に住み、巨人と共に暮らせるのは 騎士議会(ナイトオーダー) に属する“ 騎操士(ナイトランナー) ”と、その一党のみなのです。私どもだけで森に入ることはできません……」

深く長い溜息とともに吐き出された言葉を耳に、エルがゆらりと顔を上げた。

「…… 騎操士(ナイトランナー) と。おっしゃいましたか」

聞き逃さざるべき単語。エルは、珍しいことに表情を険しくする。

「どうして、耳慣れた言葉です。しかし、僕の知るそれとはずいぶんと違うようだ。貴族、それに騎操士とはどのような者なのですか?」

「騎操士と、その御一党のことを貴族というのです。上街にお住まいであり、巨人族の御方様との話し合いを務めておられます」

そこで、それまではエルの質問に答えるだけだった村長が姿勢を変えた。

「あなた様は、どこか違う場所からいらっしゃった旅人だと、おっしゃられる」

「ええ。遠く、西の国から」

エルは目を伏せ、はるか遠くに思いを馳せた。

彼と、彼の愛機が身を挺して逃がした天翔ける船は無事だったのだろうか。ふといまさら、そんなことが気にかかる。

「その国には巨人たちはおらず、僕たち…… 小鬼族(あなたがた) と同じような、小さな人のみが数多く暮らしています」

「巨人族のいない場所……で、ございますか。考えることも難しいですな」

想像を絶する話だと、村長はどこか呆けたようにつぶやいた。

「ここと同じように魔獣は多い。ですが、僕たちには 幻晶騎士(シルエットナイト) という力があった。土地と人を護る、巨大な騎士がいました」

村長と取り巻きは、顔を見合わせた。エルの語る国を想像しようとして、その困難さに眩暈を覚える。

「護ってくれる、ものですか。私どもは、何も持ちません……」

「ならば、自分たちの手で造りませんか」

意外な言葉を耳にして、村長は思わず伏せた顔を上げた。

「あなた方の言う騎士がどのようなものかは存じません。ですが、僕には巨人にも匹敵する存在を、造りうる知識があります」

そこには、柔らかな笑みを浮かべたエルがいる。村長の動揺などおかまいなしに、ふわふわと笑っている。

小鬼族でも、村人でも貴族でもない何者か。いや、もはやそれは異質な何かと変じつつある。

「いったい、何をなさるおつもりでしょう」

「知識や技はあれども、それを振るうことができない。手足が、必要ということです」

村人たちのざわめきを他所に、エルはすっと立ち上がった。

「そうですね。見ていただいたほうが早いでしょう。こちらへ」

そう言って、村長の家から出た。

混乱したままの村人たちはいくらか躊躇いを覚えたものの、村長が立ち上がったのに続いて、エルの後を追う。

彼らを案内し向かった先にあるものは、ここまで運んできた荷車だった。

「また、何をするつもりなのだ」

途中で声を掛けられた 一眼位の従者(アルミーゲラ・デ・プリマオキュリス) が、歩きながらぼやく。

彼もだんだんと、エルが絡むとロクでもないことが多くなると学習していた。

そうして巨大な荷車のもとへとやってきた村人たちは、やや不安げな様子でいた。

いったいそこにどのようなものがあるのか、彼らは知らない。

「どうでしょう。これが何か、わかりますか?」

エルに頼まれて、従者は溜息をつきながらも律儀に、荷車の上にあるものを持ち上げた。

それは、残骸。かろうじて人の上半身のようにも見える、金属の骸。破壊されたシルフィアーネの上半身だ。

村人たちが、はっきりと息を呑んだ。

村長は皺に埋もれた瞳を見開き、唇をわなわなと震わせている。

「そ、それは……騎士、なのでしょうか」

「やはり、似たようなものなのですね。だとすれば…………いえ、それは今はどうでもよいことです」

エルは小さく首を振ると、改めて全員を見回す。

「これは 幻晶騎士(シルエットナイト) 。あいにくと、ここに来る途中で壊れてしまったものですが。これを修復することが僕たちの目的です」

エルの説明を聞いて、村人たちは互いに顔を見合わせた。どのようにすべきか迷い、やがて視線は一か所に集まってゆく。

その先、村長はしばし唇を震わせていたものの、やがて意を決したように口を開いた。

「ああ……もしも騎士だとしても。我々には、技がございません。お力には、なれないでしょう」

「あなたがたは巨人の鎧を作ってきた。ならば鍛冶の技術は既にある。後は、錬金術をご存知であれば」

村長はゆっくりと首を横に振った。

「我らには、錬金術の技はございません……。それを識るのは、貴族に連なる者でしょう」

エルはふむ、と腕を組んだ。

「錬金術がないと、おそらく 結晶筋肉(クリスタルティシュー) が不足するのですよね。やはり代わりを探すしかないのですか。そういえば、ここには巨人の鎧の材料があるのではないでしょうか」

「はい。村の倉庫に収められております。よろしければ、ご案内いたしましょう」

「それは。お願いします」

村長は人をよび、エルたちを倉庫へと案内したのであった。

そうして彼らが倉庫へと向かった後、その場に残った村長のもとに、村の主だった人間が集まっていた。

「良いのか、倉庫をみせるなんて。あの中身はこの村にはあっても貴族様の持ち物だ。勝手に持ち出して次の御検分で見つかったら……」

「食料をもらったのには、村の皆が感謝している。しかしだからといって……」

村長は、次々と上がる意見を聞いていたが、やがて顔を上げた。

「このまま今の生活を続けても、またいずれ飢えるだけではないか」

その一言に、周囲の者たちが黙り込む。

「今まで貴族様方が、どれほど助けてくれたというのか。ならばこの場にいる巨人様方にすがったほうが、いくらもましだろう」

「それは、そうかもしれないが」

「騎士がなくとも、巨人様方と話すことができるようになれば……あるいは、私たちも 王(オベロン) に願い上街に行けるかもしれん。例えそうでなくとも、何かを変えることはできる」

村長はゆっくりと話すと、全員を見回してから頷いた。

「まずは、受けた恩を返すとしよう。その後は、また考えればよい」

村人たちが話し合っている間、エルとアディは村の倉庫を探索していた。

村の規模に比して奇妙に広い倉庫。その理由は、中にはいれば一目であった。

「うわぁ! 魔獣の素材ばっかりいっぱいある!」

「なるほど、巨人の装備を作っているということは、自然こうなるわけですか」

村人たちが取り扱うために、素材はさほど高く積むわけにはいかない。その分、広い面積を必要としていたのである。

エルは、並んだ棚の間をすたすたと歩き、素材を見て回る。

その淀みない様子に、アディは首をかしげた。

「エル君、何かお目当てがあるの?」

「ええ、できれば銀があればよかったのですけど。金属類は思ったほどありませんね」

「銀かぁ」

「銀板があれば、 魔導兵装(シルエットアームズ) くらいなら自作できると思ったのですけど」

「あ~。昔、いっしょにマギジェットエンジンの 紋章術式(エンブレム・グラフ) 彫ったよね……あれ面倒くさかったなー。でも作っても、装備する機体がないよ?」

彼らの幻晶騎士は未だ残骸のままだ。どのような魔導兵装を作ったところで、彼ら自身が扱えるわけではない。

しかしエルは首を横に振った。

「もちろん。ですから、巨人の皆さんに使ってもらいます」

「えっ」

予想外の台詞を耳に、アディは思わず足を止めた。

「彼らは決闘級に近い巨体なのですから、 魔力(マナ) だって相応にあるでしょう。ならばあとは使い道です」

「ええっ!? そうかもだけど、どうしていきなり巨人に?」

「この場所で作れるものを作りましょう。巨人たちの強化になり、そのうち必要になれば返してもらえばいい。そういう意味で武器は便利です」

喋りながらも倉庫を隅々まで調べたエルは、軽い落胆と共に溜息をついた。

「とはいえ材料がないと、仕方がありませんね。次は、村の周辺を探索してみましょうか」

そうしてエルたちは倉庫を後にすると、巨人たちのもとへとやってきた。

「勇者さん! 僕たちは、少しこの村の周囲を探索しようと思うのですが」

「む。小鬼族の勇者よ、何をするつもりなのだ」

「巨人族の皆さんでも使えそうな、武器を作ろうと思っています」

三眼位の勇者(フォルティッシモス・デ・ターシャスオキュリス)は、足元の小さなエルを見下ろして、疑問に目を細めた。

「武器、だと? 小鬼族(おまえたち) が作る武器を、我らが使えるというのか?」

「大丈夫です、防具だって作っていたでしょう?」

彼は腕を組み、考え込んだ。

この小さな小鬼族が、身体に見合わず大仰なことを言い出すのもいつものこと。

それに確かに、どのようなものであれ武器はあって損ではない。

「ふうむ。何やら知れぬが、造れるというのならそれも良いだろう。 従者(アルミーゲラ) よ」

「うむ、承知した」

やはり、手伝うのは一つ目の従者の役目のようだった。エルは嬉しそうに礼を述べる。

「それでは、さっそくいきましょうか」

「あ、その前にお弁当こしらえていこう!」

何故かウキウキとしだしたアディが、色々な準備をはじめる。

結局、その日は出発することなく。

日を改めて、準備を万端に整えたエルとアディ、従者がそろって森へと入っていったのだった。

村の周囲に広がるのは、ただひたすらに緑深い森。時折見つかるのは、ごく他愛のない魔獣だけ。

小さな人間を見つけて腹の足しにしようとした魔獣は、すさまじい勢いで瞬殺された。

何も見つからない、八つ当たりである。

太陽が中点を越えるまでを歩き回った三人は、木にもたれかかって休憩していた。

「はぁ。何もありませんね……」

「少なくとも今日の糧は得ることができたぞ」

魔獣は、彼らの食料になる。それだけでも無駄ではなかったとはいえよう。

ただし求める成果としては最低限も良いところであるが。

「どうやってもただの森。もういっそ、魔獣の骨に術式を刻んで魔導兵装を作ってしまいましょうか」

「エル君がだんだんと悪趣味になっていく!? なんかヤダよ、それ……」

アディは魔獣の骨が組み合わさった武器を想像して、すぐにげんなりとした表情を浮かべていた。

「一般的に、魔獣の骸は 魔力(マナ) の伝導率がそこまで高くないので、やるとしても最後の手段ですね」

「やっぱり理由はそこなんだ」

機械が組み上がるなら、エルは多少の趣味の悪さなどものともしない。あくまで多少である。

とはいえ当面はそんな手段を取るつもりもなく。

ぼやきながら、エルはふと上を向いた。

彼らがもたれかかり休んでいた、木。

彼はしばしぼんやりとした表情でそれを見上げていたが、そのうち急に立ち上がった。

コツコツと表面を叩き、表面の感触を確かめる。それからいきなりウィンチェスターを抜き放つと、木の皮を剥ぎだした。

剥いだ皮をつぶさに調べ、さらにその下を撫でる。

何かしらの確信を得た彼の顔に、笑みが広がっていった。

アディと従者が彼の突然の奇行に驚いていると、エルは剥いだ木の皮を嬉しげに掲げてみせる。

「エル君。どうしたのいきなり?」

「アディ、この木。この木ですよ! 知っている木では、ありませんか?」

「むぅ?」

アディは良くわからないが、とりあえず木の皮を受け取って眺めてみた。

やや白んだ色合いの、なめらかな感触をしている。

そういった特徴を持つ植物について思い出そうとして、なんとか記憶の底から拾い上げることに成功した。

「ん~。あ! そうだ、昔授業で習ったことある。これってあれだ、“ホワイトミストー”だよね」

「その特徴は、どのようなものでしたか」

「えーと。通常、木は魔力を流しにくいんだよね。その点、金属のほうが伝えやすいし銀が一番最高。でもホワイトミストーは例外的に魔力をよく伝える木って」

「正解です!」

エルは浮かれて、嬉しそうに拍手する。

可愛いかったので、アディはとりあえず抱きしめておいた。

「そのため杖の柄などに多用される木です……これは、よいものを見つけましたよ」

「って、エル君。まさかこれ使うの?」

二人はそろって、背後の木を見上げた。

エルはすぐに振り返って、一つ目の巨人に声をかける。

「従者さん! お願いがあります」

「どうした、小鬼族の勇者よ」

「この木を、伐って持って帰りましょう」

「なんだと?」

それはあまりにも意外な申し出で、従者はひとつしかない目を見開いて、思わず木を凝視した。

なかなか成長した木だ。巨人にとっても、それを持ち帰るのは楽なことではないだろう。

「……これをか。本気……なのだろうな、お前なら」

エルの様子を見れば、冗談であるという気配はいっさいなかった。

彼は実行するための手間を考えて、止めどない溜息をついたのである。

「……小鬼族の勇者よ。お前は本当に何をしているのだ」

周辺の探索に出たはずの従者が、必死になって木を抱えて帰ってきたのを見て、勇者はみっつの目を丸くしていた。

さすがの巨人にとっても重かったらしく、息の上がっていた従者は木を置くと森へと戻っていった。

ついでに狩った獣を取りにゆくとのことだった。

すさまじく涙ぐましい。勇者は、かける言葉もなく見送った。

そんな巨人たちの想いなど一顧だにせず。この場に残った ちっこいの(エル) は、何故かやたらとウキウキしていた。

「とりあえず使いやすくするためには、この木を板に加工しないといけませんね……勇者さん! 手伝ってください!」

「だから何をしようとしているのだ!? 武器とは、これで殴れとでもいうのか!?」

勇者には、エルが何をしようとしているのかまったく分からない。

いきなり木を伐りたおしてきた理由など、想像するのも困難だ。

「いいえ。板に加工した後は、ここに紋章術式を刻みます。カエルレウス氏族の皆さん。あなたがたに、僕の知る 戦術級魔法(オーバードスペル) をお貸ししましょう」

険しい表情の巨人に睨まれても、エルはいっさい怯むことなく。

むしろやたらに力強く請け負ったのだった。

半信半疑ではあったが、巨人たちはひとまずエルを手伝った。

それは、ここに至るまでのエルへの信頼によるものである。ここまで彼が強く希望するのだ、いずれ無駄ではないだろうという判断だった。

巨人たちは特別に手先が器用であるということもなかったが、独自の加工技術となによりも力がある。

村人たちと巨人たちが総出で取り掛かったために、板づくりは短期間のうちに終わっていた。

問題は、その後だ。ずらりと並べられた白んだ木板へと、紋章術式を刻んでゆかねばならない。

何よりも、戦術級の術式を暗記している者がエルしかいないのが問題だった。何故覚えているかといえば、それはロボットの武装に使えるからである。

ともかく。そのためまずは術式を別の場所に書き出してから、それを皆で板に刻むという方法がとられた。

さすがにそれなりの時間を必要としたものの、こうして新たな装備は完成した。

「これは……。だから、なんなのだ?」

三つ目の巨人は、やはり困惑も露わにソレを眺めていた。

その形は、もうどうしようもなく箱だった。木組みの直方体。それ以上に的確な表現はない。

箱型の内部には、術式を刻まれた木板が大量に収められている。文字通りに、ぎっしりと詰め込まれている。

さらに外側には魔獣から引っこ抜いてきた触媒結晶がくっつけられており、一応は機能を満足していた。

外側には持ち手があり、持って構えることができる。取り回しは良くないが、いちおう狙いをつけることはできた。

ただ少なくとも、殴る用途には一切適していない。むしろ脆く、格闘向けではないことは明らかだった。

勇者たち巨人族にとって、それは武器という 範囲(カテゴリ) には属さない、謎の物体としか言いようがない。

「勇者さん。それをもって、あの木へと向けてください」

離れた場所にある木を指し示し、エルがいう。

勇者が、おずおずとした動きでそれに従った。良くわからない箱を構える巨人の姿は、なんとも言えない空気を醸し出している。

「さぁ、あとはそれに、魔力を流し込むのです!」

「……なんだ、それは」

そこでエルの動きが、ぴたりと止まった。

ゆっくりとした動きで首を巡らせる。にこやかな笑みで睨まれた勇者は、どこか決まり悪げに渋い表情をみせた。

「魔力を流し込むとは、いったいどのような動きを指すのだ。お前の言葉は、いちいち良くわからぬぞ」

「なんと……もしかして巨人族は、魔力をあまり意識しないのですか」

考えてみれば、それもありうる話である。

エルたち人間というのはその小さな身体を補うために知恵を、魔法という技術を磨いてきた。

しかし巨人族は。素のままで決闘級魔獣に並ぶ巨体。高い膂力、攻撃力。何もしなくとも魔の森に勢力を築きうるだけの力がある。

ならば技術は磨かれず、魔法や魔力の扱いについて磨いてこなかったのである。

「それは困りました……。いえ。そういえば、巨人族の中にも確実に、魔力を扱えそうな方がいたはずです」

すぐに、エルは思い出していた。

巨人族のなかに魔法を使う者の名で呼ばれる存在が、あったはずだ。

その疑問に応えるように。カエルレウス氏族の中から、一人の巨人が進み出たのである。

「勇者よ。それを、我に貸してくれぬか」

「む。 小魔導師(パールヴァ・マーガ) よ」

魔導師の名を継いだ、(巨人族の中では)小さな少女。

彼女は勇者の前に立ち、手を差し出した。勇者はしばし悩んでいたものの、やがて手に持つ箱を彼女へと手渡した。

勇者あたりに合わせて作られたため、彼女にとっては少々手に余る大きさの箱。

それをなんとか構えながら、少女は口を開く。

「小鬼族の勇者よ。 巨人族(われら) のうち、魔法を使う者は多くない」

「どうやらそのような感じですね。すっかり気にしていませんでしたが」

「我とてまだ眼開ききらぬ身。しかし魔力を流すくらいはできよう。こうするのか……きゃっ!?」

小魔導師が、ソレに魔力を流し込んだ瞬間。

光が、迸った。

極めて魔力を流しやすい木材である、ホワイトミストー。それを伝った魔力は、刻まれた図形をなぞり魔法を紡ぐ。

それは先端の触媒結晶へと達するや、現象としてこの世界へと現れ。

独特の発光は、すぐに橙に輝く炎の弾の形をとる。

刻まれた 魔法術式(スクリプト) の種類は“ 炎の槍(カルバリン) ”などに使われる爆炎魔法だ。

それは記述に従い、宙へと飛翔した。

かすかな光の尾を牽いた炎弾が、狙う先にあった木を直撃する。速やかに爆炎へと変じ、炎と衝撃で幹を粉々に爆砕した。

「…………なっ」

四つの目を見開いた小魔導師が、ついでに口も開いたまま固まっている。

勇者も驚きの表情を見せたが、こちらはすぐに喜色へと染まっていった。

「小魔導師よ、いつの間にこのような見事な 魔法(マギア) を覚えたのだ! これは魔導師にも並び立とう!!」

「……違う、我では、ない。この……なんだ、これは」

巨人の少女は、おそるおそる手に持った武器を見やる。

それは、小魔導師にとって初めての経験だった。

自分で魔法を組み上げたわけではないのに、魔法現象が発生する。有り得ない何かが起こっている、強烈な違和感があった。

だがそれ以上に、彼女はすぐにこの“武器”の価値に気付いていた。

ある種の畏れをもって、これを作り上げた者を見る。しかし当のエルは、腕を組んで悩んでいた。

「むむむ、やはり十分な魔力を流せば使えるのですけど。巨人族が魔力の扱いに長けていないというのは予想外でした。どうしましょうか……むぅ」

小魔導師はしばし呆然とした様子でいたが、やがて視線に力を取り戻していった。

今彼女がすべき、彼女にしかできないことに、思い至ったのだ。

「小鬼族の勇者よ。皆に、魔力の扱い方を教えればよいのか」

エルが、彼女の顔を見上げた。

「そうしてもらえれば助かります。頑張れば、魔導兵装はそれなりに準備できますから」

「教えれば、これを皆で使えるようになるのか……」

それは、魔導師としてはある種恐るべきことであったのかもしれない。

魔法の知識に長けた者という、己の利点を手放すことにもなりかねないからだ。

だが同時に、彼女は己の未熟を知っていた。

決断までに、さほどの時間も必要なく。小魔導師は振り返り、氏族の同胞たちを見回した。

「勇者よ、皆よ。良く、目を開くのだ。魔導師ならずとも使えるというのならば。誰でも魔法が使えるということ。これは力劣る我らにとって欠かすべからざる武器となろう」

魔導兵装を抱えた姿は、いかにも未熟で幼い。しかし勇者は、目を瞠った。

小なりとはいえ、そのふるまいは魔導師――氏族を率いる者としての片鱗を見せつつある。

しばらくして、勇者は頷く。

「小魔導師よ、お前の見たものを信じよう。数少ない我ら、今は少しでも力が必要だ」

カエルレウス氏族の巨人たちが、集まってくる。

彼らは小魔導師の決意を信じ、意思をひとつとしたのであった。

それから巨人たちは、連日のように特訓を積んでいった。

そこまで高度なものではない。ただ、己の中の魔力を認識するだけである。

魔力の流し方さえ覚えれば、術式の処理は魔導兵装のほうでおこなえる。

魔法を使うのは魔導師だけであった巨人族にとって、それは革命的な戦術の変換であったのだ――。

巨人たちが特訓と、魔導兵装の習熟に熱を上げている間。

小鬼族の村人たちは、魔導兵装の製造を請け負い、やはり忙しく過ごしていた。

事が事だけに巨人たちが非常に協力的であるので、食糧事情は目覚ましく改善している。

それを差し引いても、果たして釣り合っているかは微妙なところだ。

そんなさなか、エルたちは小魔導師に呼び出されていた。

巨人の少女の前に、エルがちょこんと座っている。少女とは言ってもそこは巨人、身の丈は5m近く――エルの3倍はある。

つぶらな瞳で見つめられても、瞳は四つだ。何もしなくとも、奇妙な威圧感があった。

もっとも、そんなことを気にするほどエルの神経は細くはなかったが。

「ううむ、可愛いけど、さすがに大きいわね!」

もうひとつ振るっているのがアディで、彼女は小魔導師の肩に座り込み、彼女の髪を編んでいた。

巨人族の髪の毛は大きさなりに強靭であり、悪戦苦闘しているようだ。

「小鬼族の勇者よ。お前たちは、色々なことを知っているのだな」

「ええ、これでも国許では騎士団をひとつ率いていましたから」

その答えは小魔導師にとっては意味のよく分からないものだったが、常に自信に満ちたエルのふるまいが根拠なきものではないことだけは理解できた。

「我は……先代から多くを受け継いでいない。我は学ぶには小さく、教わる前に……先代は、百眼の御許へ向かわれた」

瞳を伏せる小魔導師の顔を、アディが覗きこむ。

気を落としていたのは僅かな間だった。彼女は力を取り戻し、じっとエルを見つめる。

「あのようなものを作り出す。お前たちは、勇者でありながら魔導師なのだろう」

「巨人族の皆さんの分け方に合わせるなら、そういうことになるのでしょうか」

エルは首をかしげる。そのあたりの分け方は、巨人の独特な文化である。

その時、四眼位の小魔導師は姿勢を正した。互いの大小に関係なく、真摯な態度をもって彼と向き合う。

「ならば、我に魔法を教えて欲しい。お前の知る、 魔法(マギア) を」

「それは……。ですが僕には、巨人の使う魔法はわかりませんよ?」

「それでも。我には、魔導師として十分な力がない。もはや教えを受けることもかなわない。力がない……」

ぐっと拳を握る。巨人としては幼い彼女は、氏族の危機である状況において、なんの力にもなれなかった。

「このままでよいとは思わぬ。あの武器に使われた魔法。それを知るだけでも、力になるだろう」

真摯な訴えを聞いて、エルは頷く。

「なるほど。わかりました、微力ながら僕の知識をお教えしましょう」

「頼んだ、小鬼族の勇者よ」

その時、肩の上のアディがいきなり身を乗り出してきた。

「じゃあ、私たちのことはこれから、“師匠”と呼んでね!」

「え、アディ?」

かつて双子に魔法を教えたことのあるエルにとってはともかく。アディにとっては初めての弟子、または妹弟子となる。

どうやらそれで浮かれているようだった。

「わかった、“ 師匠(マギステル) ”よ」

「師匠! ふふふ、良い響きね!」

「アディ……あなたはそれでいいのですか」

「ちょっと大きいけど。可愛いから大丈夫よ!」

「うん、アディの感覚は時折、よくわからなくなりますね」

少し呆れつつも、エルも止めないでおいた。彼はわりと人の行動を止めない。

こうしてエルは、双子以来となる久々の弟子を取ったわけである。

それから彼は、さっそく始めようと意気込む小魔導師をなだめると、こう言った。

「先に、巨人の使う魔法について見せてもらえますか? 簡単なものでもいいです。魔法術式を描いてもらえれば」

小魔導師は頷いて、棒きれを拾って地面に図形を描きはじめる。

「ふむ。基本、大きくは変わらないと。興味深いですね。でもさすが巨人が使うだけあって高出力です。しかし、無駄が多いですね。出力で突破できるから効率を重視していないのでしょうか」

エルはじっと地面を見つめていたが、ふと木の棒を片手に走り出した。

くるくると、地面に描かれた図面を書き換えてゆく。より精密に、より効率的に。図形の持つ意味を、何倍にも圧縮してゆく。

フレメヴィーラ王国にある数々の最新鋭魔導兵器群。

それらで用いられている精密な魔法術式を組み上げたのは、誰あろうこのエルネスティである。

最近は騎士団長として、騎操士としての働きが多くなっていたとはいえ、その奥底に眠るものがあった。

久しぶりに 魔法使い(プログラマー) としての性分が、疼きだしたのだ。

「核となる術式も詰めが甘い。接続はこんなになくていいですし、その分は拡大に回しましょう。これでは炎がばらけて威力が出ません……」

「ま、 師匠(マギステル) ……?」

目の前で、ガリガリと書き換えられてゆく術式。小魔導師は、それを呆然と見守っていた。

エルが何をしているのか、その全貌まではわからなかったものの。

かつて魔導師に教わっていた時とまったく異質な何かが始まろうとしていることだけは、はっきりと悟っていた。

「どうせならば、もっと効率よく魔法を使いましょう。いいではないですか、 巨人の魔法(ビッグ・マジック) 。やるならとことんまで、です」

会心の笑みを浮かべながら、エルが立ち上がる。

こうして、誰も知らないところで何か恐るべき企みが始まろうとしていたのである――。