軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

#99 森の中の、とある村における平和な日常

カエルレウス氏族の新米魔導師である、 小魔導師(パールヴァ・マーガ) は、その日も頭を抱えていた。

「まずは基本的なところから始めましょう。基礎式を中心に、拡大術式や接続術式を覚えていってください」

「 エル師匠(マギステル・エル) よ、 小鬼族(ゴブリン) の扱う術式はこんなにあるというのか」

小鬼族でありながら魔導師たる彼女の師となったエルネスティは、意気込んで講義をおこなっていた。

小柄な身体をちょこまかと動かしながら、彼女の前に 魔法術式(スクリプト) を描いて見せる。

ずらずらと小規模な魔法術式を描き並べた彼に、小魔導師は早くも怯みを見せた。

侮っていたわけではないが、それでも予想よりも量が多い。

「 巨人族(アストラガリ) の魔法も、僕たちの魔法も基本は同じ。これをひととおり覚えたら、次は組み合わせになります。むしろ魔法を使う場合には、こちらのほうが重要になるでしょうね」

「ま、まだ覚えるのか」

必死になって魔法術式を覚えこんだ小魔導師に、次にエルは組み合わせについて説く。

彼が編み出した効率的な魔法運用法。術式を極めて精密に描く方法と、効率化とはどのように進めるのかについて。

比較的、感覚に頼って魔法を行使してきた巨人族にとって、彼の方法論はあまりにも未知なるものであった。

そもそもを言えば普通の人間にとってもエルの方法論は特殊な部類ではあるのだが、そのようなこと小魔導師が知る由もなく。

「ここの術式は、もう少し細かく描けるはずです。こちらにつなげて、出力をあげましょう」

「う、うむ」

憶え、描いてはエルに修正される。

頭痛を覚えるほどに術式を記憶し、それを組み合わせ続ける日々。かつて氏族の魔導師に習っていたときとは、比較にならない密度の学習である。

エルの教え方は、かなり基礎に偏重していた。

単純(シンプル) で整然としたやり方を覚えてしまえば、あとは応用するだけだと、彼はそのように考えているのだ。

そのため基礎ほどみっちりと徹底的に叩きこんでゆく。

この時点で、小魔導師は若干涙目であった。

「では次は、規模を増やしましょう。巨人の 魔術演算領域(マギウス・サーキット) は、僕たちよりも容量が大きいのですから。もっと大きく演算できるはずです」

「あ、ああ……」

「これに慣れてきたら、さらに同時に複数を演算できるように、頑張りましょうね」

「……えう」

毎日の学習が終わるとともに、小魔導師はぐったりと倒れていた。

教師としてのエルは、なかなかに容赦ない。なにしろ本人は魔法にしろ 幻晶騎士(シルエットナイト) 関連の技術にしろ、調べて覚えていじくりまわしてぶっ放すのが趣味であり生きがいであるのだから。

ちょっと勢い自体が違う。

それでも、小魔導師は必死に食らいついていった。

それは魔導師としての誇りゆえか、氏族のためであるのか、もはや良くわからなくなりつつあったが。

「眺めるばかりでは身につきません。学習した分、ともに実践することが重要なのです」

「……! わかった。師匠よ、よく眼を開くとよい!」

座学の後は、実践の時間である。そうなると、小魔導師は途端に元気になった。詰め込まなくても良いからだ。

姉弟子であり、もう一人の師匠でもあるアデルトルートが、その指導につく。

「さぁ、パールちゃん! ぐるりと体を巡る魔力の動きを感じて、それをぐっと手に集めるのよ!」

「わかった、 アディ師匠(マギステル・アディ) ! ぐるりと感じてぐっとやるのだな!」

小魔導師は力強く応じ、上二つの目を閉じた。

基本的に、躯体の大きな生物ほど相応に魔術演算領域も強くなる。彼女は静かに、教わった術式の処理を始めた。

「術式を演算するときは、こうしたいなーっていうのをばばっと並べるといいよ! あとはガンガンくっつけちゃおう!」

「わかった! 並べて……くっつける……」

まだ素早くはできないが、それでも術式がひとつひとつ組み上がってゆく。

じょじょに規模を増し、それは巨人の使うものとして遜色ない、 戦術級規模(オーバード・スペル) として完成する。

「術式と魔力を混ぜて! あとは一気にぶっつけるの!!」

「一気に、ぶつける!」

かざした掌に、赤く輝く炎の弾が生み出される。

爆炎の基礎式系統に連なる魔法。巨人の魔力を喰らい生まれた炎は、小魔導師が目を見開くと共に飛翔した。

標的となっているのは、村から少し離れたところにあった巨岩である。

訓練のためにいちいち木を吹き飛ばすのも気が引けたため、もう少し頑丈なものを探してきたのである。

すでに、その表面にはひび割れや焦げ跡がいくつも刻まれていた。今そこに、さらなる跡がくわえられる。

岩へとぶつかった炎弾は、すぐさま爆炎と化して炸裂した。

衝撃波と共に炎が吹きあがり、巨岩の表面を舐める。

「もう一発! どーんとやっちゃいなさい!」

「もう、一発!」

小魔導師は、さらにもう一方の手に炎を生み出した。手を突き出すと共に空へと放ち、再び巨岩へとぶつける。

そうして、彼女は掌をかざしたまま荒い呼吸を続けていた。

巨人族とはいえ、小魔導師はまだ幼い。戦術級魔法を連続で扱うには、まだ魔力が不足しているのだ。

それでも着実に技術は向上し、魔法の威力も増しつつある。

厳しい師匠たちではあるが、その教えは確実に彼女を強くしつつあった。

「師匠! しかとその眼に映したか!」

「うん。 小魔導師(パール) はなんというか、アディと同じ感覚派なのですね。そもそも巨人族は今まで理論を詰めてこなかったのですから、それが自然なのかもしれませんね……」

アディとともにはしゃいでいる小魔導師を眺めつつ、エルはうむむと腕を組んでいた。

「いずれにせよ、訓練の成果は出ています。このまま努力を続ければ、先代に恥じない魔導師となれることでしょう」

「……! ああ。いつか 百眼(アルゴス) の御許にて、先代に我が技をみせようとも!」

ところで、エルによる特訓にはひとつだけ、かつ極めて大きな問題があった。

それは彼が、巨人族の魔法能力について詳しくなかったということである。

そのため彼の知る巨大なもの――つまりは、幻晶騎士の性能が基準となっていたのだ。

それが、巨人族にあっては恐ろしく異常なものであると気づかぬまま、彼女は熱意高く訓練を続けていった。

かくして小魔導師の平穏な日々は、別の意味で終わりを告げる――。

小魔導師が魔法の特訓に明け暮れている間、残るカエルレウス氏族の巨人たちは、 魔導兵装(シルエットアームズ) について訓練を積んでいた。

こちらも村から少し離れた場所に岩場を見つけ、まだ数少ないそれを共有しながら使っていた。

「我らが 魔法(マギア) を使えるようになるなどと、考えたこともなかったが。このようなことも可能とは、小鬼族の技は実に侮れぬことだ」

「うむ。これを従えたルーベル氏族が、より力を伸ばしたのは必然といえよう」

三つ目の勇者が手の中の箱々しい物体を眺めてぼやき、一つ目の従者がそれに頷いた。

せっかく感銘を受けているところであるが、エルネスティを基準とするのは大変に危険であるといえよう。

しかし残念ながら、彼らはエル以外の実例を良く知らない。したがって彼らの勘違いを正すものは、どこにもなかった。

敵が強くあるならば、彼らも相応に強くならなければならない。

一層気を引き締め、心身に訓練に取り組むのであった。

このようにして、カエルレウス氏族とエルたちは魔の森のただなかであり、しかも敵地であるとは思えないほどゆったりとした(?)毎日を過ごしていたのであった。

そのうちに、小魔導師への指導については座学よりも実践の比率が多くなってゆき、近頃はもっぱらアディのほうがよく指導するようになっていた。

カエルレウス氏族の巨人たちは魔導兵装の訓練に熱中しており、村人たちはその手伝いに駆り出されている。

そうして少しばかり余裕のできたエルは、いま改めて幻晶騎士なるものと向き合っていた。

彼らは村の空き家を提供してもらい、住みかとしている。

最初は何もない空き家だったはずのそこは、いつしか雑多な道具類が散らばる巣と化していた。

パリパリと音を立てて、エルは机に樹皮紙を広げる。ホワイトミストーの木材を作るときに余った樹皮を利用したものである。

ここまで持ってきた愛用のペンにインクを付け、考えを書き連ねていった。

「イカルガとシルフィアーネの残骸から得られる材料は、それなりにありました。それに、魔獣の素材も足しにはなる」

カリカリと、骨格構造を描く。イカルガに似たもの、シルフィアーネに似たもの。

もちろん彼は、その構造を丸暗記している。

「しかし、今手元にある 結晶筋肉(クリスタルティシュー) では……かき集めても、半身ができるかどうか」

必要なだけ稼働するように作るとすれば、出来上がるのは上半身だけ、あるいは下半身だけの幻晶騎士になる。

これでは、戦うどころか動くことすらおぼつかない。そのままならば。

「いや、多少……かなり……とてつもなく譲歩するとして。 源素浮揚器(エーテリックレビテータ) さえ動くのならば、それでもやりようはあるのですよね」

もしも、形状に関係なく物体を浮遊させる装置である、源素浮揚器があるならば。

あとはマギジェットスラスタを用意できれば、簡易的な飛行機械を作ることが可能となる。

ホワイトミストーの調達によって、魔導兵装の類は用意できるようになった。

マギジェットスラスタも、それなりの手間を払えば作ることはできるだろう。

だがやはり、致命的な問題が残っていた。

「ダメですね。源素浮揚器を作ることが、そも完全に不可能なのですから。装置本体に、 源素晶石(エーテライト) の調達。どうやってもここでは手が出ない」

手が、止まった。いつも突き当たる問題は同じところ。

フレメヴィーラ王国にあっては量産すら可能な代物であるが、それは親方をはじめ優秀な鍛冶師たちの存在あってこそ。

エルには、知識こそあっても技がない。

「エーテルだけなら、ここにいっぱいあるというのに」

ついに面倒くさくなったエルは、椅子にもたれかかってぼうっと宙を見つめた。

「そうですよ。エーテルは大気中にあるのですから、これを集めて……。集めて。集めて!?」

目を、大きく開き。椅子を蹴立てて立ち上がる。

ゆっくりと図面を見下ろし、彼は震える指先でその一点を指した。

「集まっている……。ここにある。高純度で大量のエーテルが、あるではないですか」

その先にあるのは、幻晶騎士の心臓たる 魔力転換炉(エーテルリアクタ) であった。

「 魔力貯蓄量(マナ・プール) ……!!」

大気と共にエーテルを取り入れた幻晶騎士は、炉の働きによりそれを 魔力(マナ) へと変じる。

魔力は結晶筋肉に蓄えられ、幻晶騎士はそれを消費することで駆動する。それは、逆に考えれば――。

「魔力とは、励起されたエーテルのこと。だとすれば、魔力をエーテルに戻すことさえできれば……幻晶騎士自体を、巨大なエーテルろ過装置として利用できる……!!」

彗星のように現れた発想が、彼の頭脳から体内を駆け巡り、指先へと流れでた。

ペンを掴み、インクを飛ばしながらその 発想(アイデア) を描き出してゆく。

「さぁ、どうしましょう。どうすればいいでしょう。どうにだってできます。できる範囲で、できることをすればいい」

奇妙な形が、生み出される。様々な機能が足りず、しかし彼の想いを映し出した形。

「僕のイカルガ、少しだけ我慢してくださいね。とても“変な”姿になってしまうかもしれませんが……でも、戦えるのだから、それでもいいですよね」

エルは樹皮紙を抱え上げ、恐ろしく愉しげな笑みを浮かべたのであった。

いつものようにアディが小魔導師に訓練を付けていると、そこにエルがやってきた。

小魔導師に新しい知識を教えるのかとおもったが、そうではないという。

それから小魔導師に断りを入れて、彼はアディを連れ出した。首をかしげつつも素直についてゆくと、向かった先は荷車のもとだった。

いまだにバラバラのままの残骸の前で、エルはくるりと振り返る。

「アディに、お願いがあるのです」

「あらたまって、どうしたの? エル君の頼みなら何でも大丈夫よ!」

「ええと。まずはちゃんと話を聞いてくださいね」

「はーい」

もうすでにエルを抱きしめていたりするが、まぁとりあえずいつものことなので気にせず。

「実は、アディの 降下甲冑(ディセンドラート) を、解体したいと思っているのです」

どのようなものかと思えば、彼の頼みは意外な内容だった。

アディは目を瞬くと、腕の中のエルを見つめて首をかしげる。

「どうして? もう降下甲冑はいらなくなったから……なんてことは、ないよね?」

「ええ、もちろん。これは僕たちにとって貴重な兵器ですからね。できればこのままにしておきたいとは思っていましたが……」

降下甲冑はボキューズ大森海に取り残されてからこちら、戦力に住居にと大活躍してきたのである。思い入れもあるうえ、まだまだ活躍する場面は多いだろう。

当然、彼とて無意味に捨てようとしているはずもなく。

「新しく、設計を起こしました。それを作るために、この村の人たちに僕たちのもつ技術を教えたいと思っています」

アディの腕から抜け出したエルは、彼女を正面から見つめて言った。

「降下甲冑には簡易な形ではありますが、僕たちの幻晶騎士の技術が使われています」

「そっか。実際に見てもらったほうが、わかりやすいから……」

「僕もできれば壊さないようにしたいと思っていますが……難しいでしょう。目よりは手に覚えてもらわないといけません」

アディは、少しの間だけ瞳を伏せた。そこには、持ち主である彼女ゆえの感傷があるのだろう。

やがて、笑顔で顔を上げると。

「うん、いいよ! イカルガやシーちゃんを直さないといけないもんね!」

「ありがとう、アディ。約束します、必ず直すと。そのままの姿ではないかもしれないけれど、再び動かして見せましょう」

そうして、エルネスティ・エチェバルリアは動き出す。

彼のもつ図面の中では、魔の森にふさわしい人造の魔獣が、胎動し始めていたのであった。