軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

#97 小鬼族(ゴブリン)の村

アデルトルート(アディ) は、荷車の縁に腰かけながら、流れる雲をぼへっと眺めていた。

彼女の 降下甲冑(ディセンドラート) は、膝をついた姿勢で片隅に置かれている。

「エル君が、動かなくなっちゃった……」

ルーベル氏族の巨人たちが運んでいた荷車は、それらを全滅させたことにより今はカエルレウス氏族の手中にあった。

四足魔獣に牽かれて、ゆったりとした速度で進んでいる。

そこで荷車と共に、イカルガの残骸を取り戻したエルネスティはといえば。

「エルくーん。そんなにくっついても、イカルガは直らないよ?」

「かまいません……力が……力が湧いてくるのです」

「ああ。これはダメね」

当たり前のようにイカルガにへばりついて、梃でも動こうとはしなかったのである。

本格的に駄目な子と化した彼を見て、アディは溜息をもらす。手の施しようはない、このまま荷車に載せて運んでゆく他ないだろう。

そうして結局ぼけっとしていると、頭上から声が降ってきた。

「 小鬼族(ゴブリン) の勇者よ。そのように寝ている場合ではないぞ」

荷車に並走しながら、三眼位の勇者(フォルティッシモス・デ・ターシャスオキュリス)が覗きこんでくる。

「このまま進めばいずれ 百都(メトロポリタン) まで辿りつこう。しかし何をするにせよ、こんなものを牽いたままゆくことはできぬ」

彼らはルーベル氏族と戦うために、百都へと向かっている。

残骸を載せた荷車に、戦う力はない。いかにエルとアディがいたとて、護りきるのは容易ではないだろう。

「どこかで置いてゆかねばならぬが……」

当然、エルはそれに盛大に難色を示した。

「いくら壊れているからといって、イカルガを置いてゆくことなどできません! もう二度と盗られないようにしなければ!!」

これでもかとばかりに残骸をだきしめて抗議する彼を前に、アディは首を振った。

「ダメね。ああなったエル君を引っぺがすには、一戦する覚悟が必要よ」

「そこまでか」

さしもの勇者も、そんなくだらない理由でエルと戦いたくはない。

しかもおそらく、このうえなく本気で抵抗してくることだろう。

「ふむ。しかしこの荷車を連れたままでは、身動きがとりづらいぞ」

ならば荷車ともどもエルを置いてゆけばいいかというと、それもまた難しい。

少数であることを生かし、敵の懐に潜り込む。この作戦を考えたのは彼だからである。巨人たちは、まだまだ助言を必要としているのだ。

「つまり、これを捨てなくてよい理由があればいいわけですね」

「そうなのかな?」

アディは首をかしげるも、エルはすでにやる気に満ちていた。

「そうですね。まず、そもそもこの荷車はルーベル氏族の兵士が牽いてきたものです。つまり彼らになりすますのならば、このまま荷車があったほうがいいわけですね……。それに、ここには穢れの獣の素材も載せられています。これは貴重なものなのでしょう、ただ捨てるのも惜しいとは思いませんか?」

ルーベル氏族が荷車に載せていたものは、 幻晶騎士(シルエットナイト) の残骸だけではない。

穢れの獣(クレトヴァスティア) の残骸もまた、積み込まれていた。

「ええい。わかった、わかった。置いていきはせぬとして、しかしこのままともゆかぬ」

こと人型兵器が絡めば、エルの舌は常に増してなおよく回る。武力に偏った勇者では、反論しきるのは無理だった。

以前にそれを思い知った彼は、早々に降参する。

「そうですね。どこか、これを安全に隠しておける拠点をつくっておきたいところです」

周囲を見回してみるも、そこには剥き出しの地面と鬱蒼とした森しかない。

森の中に目印もなく置いてゆくのでは、捨ててゆくのと大差なく。隠すとしても、少なくとも何かしら目印となるものは必要だった。

「いいだろう。ひとまずは、先を急ごう」

巨人たちは四足魔獣と荷車を連れて、歩みを続ける。

やがて、徐々に道が広くしっかりとしたものに変化しだした。それだけ多くの巨人が利用しているということであり、三眼位の勇者も警戒と緊張感を増している。

「……そろそろ、百都は目前である。目を凝らすのだ」

カエルレウス氏族の巨人たちは、みな一様に頷き返した。

もはやここは敵地のただなかといっても過言ではない。いつ何時、ルーベル氏族の巨人と出会うやも知れないのである。

兜と鎧を奪い見た目を偽ってはいるものの、それがどこまで通じるかは、賭けであった。

もしもここで戦うことになれば、容易に数で押しつぶされることになるだろう。

「小鬼族の勇者よ。もし戦いとなれば、我らはこれを護れんぞ」

「構いません。僕の許しなくこれに触れようとする存在は、僕が滅ぼします」

何を構わないのかはよくわからなかったが、とりあえずは大丈夫そうだった。

そうして彼らがさらに進んでゆくと、ついにその時が訪れる。

道のかなたに現れた、巨大な影。金属的な光沢が混じる巨いなる人型。近づくほどにその姿がはっきりと確かめられる、武装したルーベル氏族の巨人たちだ。

「無視できるならそれもいいですが、できれば何かしらの情報を引き出したいところでもありますね」

「口にて問うか。向かんな」

兜の下で、勇者が渋い顔をみせた。憎きルーベル氏族の兵を相手に悠長に言葉を交わすなど、彼にはできそうにない。

すると、それまでは荷運びに徹していた 一眼位の従者(アルミーゲラ・デ・プリマオキュリス) が前へと出た。

「勇者よ、ここは我に任せよ」

そういって、彼は先頭に立つ。

そのうちに距離は縮まり、両者は言葉を交わせるほどに近づいていった。エルとアディが、こっそりと残骸の陰に隠れる。

小鬼族と呼ばれる、彼らの姿を見られても良いか、わからなかったからだ。

「止まれ。お前たち、荷運びか。何を積んでいる」

果たしてルーベル氏族の巨人のうち、先頭にいたものが話しかけてきた。

カエルレウス氏族からは、一眼位の従者が応じる。

「その通りである。穢れの獣と幻獣の骸を、ここに」

従者が指さすと、ルーベル氏族の巨人は荷を一瞥して低く笑った。

「ふん。小鬼族どもの餌か。よし、とっとと運ぶがいい」

残骸の陰で、エルとアディが顔を見合わせる。彼らはいくらか、言い回しに引っ掛かりを覚えていた。

そうしてこっそりと話を聞く者がいるなど露知らぬルーベル氏族へと、従者は質問を続けていた。

「了解だ。して、どこへと運べばよいか」

「いつもどおりだろう。小鬼族どもの街だ」

ルーベル氏族の巨人たちは何を当たり前のことを、と言い捨てると興味をなくして立ち去ろうとした。

「そうであったな。それで、小鬼族の街とは、どちらにある?」

そして、まだ質問が続いていたことに足を止める。ルーベル氏族の巨人たちが、ゆっくりと振り返った。

僅かに緊張が走った。やはり、質問を重ねすぎて疑われたのか。勇者は、隠れていつでも武器を引き抜けるように備えていた。

しかし、ルーベル氏族の巨人はかすかに兜を傾けたものの。次の瞬間、露骨に馬鹿にしたとわかる声音で返答していた。

「ふん? いかに 一眼位(ひとつめ) だからと、物覚えまで悪くしたか? あちらに決まっておろう、ちゃんと眼を開かぬか」

鼻で笑いながら、分かれた道の一方を指し示す。

「そうであった。ありがたい、それでは役に戻る」

返答もそこそこに、カエルレウスの巨人たちは荷車を進めていた。

その背に向かって、かすかな笑い声が聞こえてくる。ルーベル氏族の巨人たちが何を言い合っているかは、はっきりと聞こえずともわかった。

そうしてルーベル氏族の巨人たちをやり過ごした後、勇者は従者の隣に並んだ。

彼は精一杯の協力として努めて押し黙っていたが、兜の下の形相は凶悪極まりないものとなっていたのである。

「すまなかった。ルーベル氏族などに向け、眼を閉じるとは……」

みしりみしりと、掴んだ斧の柄がきしむ。その様子を見て、従者は首を横に振った。

「我は 従者(アルミーゲラ) 、仕える者だ。勇者は戦うがその務め。ゆえにそれ以外は、我が役目となる。かまうことはない」

「……任せよ。ふたたび百眼に問う時には、死力尽して戦い抜こう」

そうして勇者は、決意を固め直していた。氏族の期待には応えねばならない。

「ねぇ、エル君。このまま、小鬼族のところに行けるみたい」

「そうですね。残骸を見て、迷いなく小鬼族の街を指した。ある意味願ったりですが、そこには何があるのでしょう」

荷車に揺られながら、エルたちは森の先へと思いを馳せたのであった。

ところで。

このあたりに土地勘のないカエルレウス氏族御一行は、とにかく指し示された方向へと進み続けていた。

そうして途中で分かれ道があったところも、とりあえずは同じ向きを選び続けて。当然、本来指し示された道とは、異なる方向へと向かったのだった。

「見えてきた。ほう、あれが小鬼族の街とやらか」

木々の密度がまばらになり、開けた場所に出る。

そこには、巨人たちにとっては明らかに小さい建物が並んでいた。うっすらとした煙が幾筋かあがっており、生活の息吹が感じられる。

「さて、見つかったがどうする」

「ううん。本当に、この荷を渡してしまいたいわけではないのですよね」

荷車に載せられているのは、エルの大事な大事な宝物だ。おいそれと渡してしまえるわけがない。

その時、彼は急に顔を上げると、ひくひくと鼻を動かした。

「これは。鍛冶の、匂いがする……」

「またエル君が変なものを嗅ぎ付けてる」

呆れるアディの視線をものともせず、彼は村について考え始めた。小鬼族の存在――荷車に載せられたもの――そして鍛冶の技。

「……素材をここに運ぶということは。おそらく、彼らが加工を担っているということ。ならば色々と、お手伝いいただけるかもしれませんね」

答えは、明白である。

にぃっ、と彼の顔が(悪い)笑みの形に変じていった。

「小鬼族にか? だがルーベル氏族が、そのように飼っているかはわからんぞ」

「ええ。ですから、どちらにせよ制圧してしまいましょう。規模は小さいようですし、これだけの巨人がいれば容易いでしょう」

「お前の同族ではないのか……?」

巨人たちがちょっと引くくらい、エルはやる気に満ちていたのであった。

その日、小鬼族の村落は大きな騒ぎに見舞われた。

村人たちが勤めに励む、昼の真っただ中。麗らかな平穏を追い払うように、村に唯一通じる道の向こうから重々しい足音が聞こえてきた。

「あれは……なっ!? あ、 巨人(アストラガリ) !?」

「“御納め”の時期じゃあないぞ……こんな下村になんの用があるんだ」

「わからない……急いで長を、村長を呼べ!」

鎧をまとい、着実に近寄ってくる巨人の一団を目にして、彼らは大混乱に陥っていた。

このような辺境の地に巨人がやってくるなど、およそ有り得ないことだったからだ。

大人も子供も問わず、住人たちは慌てて家に引っ込んでゆくと、厳重に戸締りをしていった。

巨人を相手に家に逃げ込む意味があるのかは不明だが、とりあえず彼らはそれ以外に逃げる場所を知らない。

近寄りくる巨人の足音を、息を殺してやり過ごそうとするかのように。

村は、沈黙に包まれたのであった。

「小鬼族の街だけあって、小さいな」

道の終わり、村の入り口にて、勇者が首をめぐらせて息をついた。

この村は、巨人の中では小規模な氏族であったカエルレウスの集落と規模として大差がない。しかも建物が小鬼族向きのものであるだけ、より貧相さが目立つくらいである。

そうして彼らが村の入り口で立ち尽くしていると、よたよたと数名の小鬼族が進み出てきた。

一人は明らかに高齢で、足を悪くしているのか歩みが遅い。

「……あれが、小鬼族。本当に普通の人間と変わりない姿なのですね」

荷車の影からこっそりと観察していたエルが、彼らを見て唸る。

小鬼族(ゴブリン) と呼ばれる、この村の住人たちは、どう見てもただの“村人”であった。西方やフレメヴィーラ王国に住む人間と、見た目にまったく差がない。

ただ、何度も着まわしているのだろうボロけた服をまとい、ひどくくたびれた様子である。王国にある農村を、さらに貧しくしたような空気が漂っていた。

そうして様々な注目が集まる中、その老人たちは巨人の足元までたどり着いた。

彼らは跪き、頭を地にこすりつけて這いつくばる。元々小さな姿をさらに地面と同化させるかのように、身を縮こまらせていた。

「あ、ああ…… 巨人族(アストラガリ) の 御方様(おんかたさま) が、このような、下村においでになる。何用に、ございましょうか。こ、今年の御納めの日には、まだ、間があったかと……」

言葉は震え、彼らは顔を上げることもできない。

目の前には、全高十八mの巨人がいるのだ。少しでもその機嫌を損ねれば、一瞬で踏みつぶされ絶命することであろう。

しかし彼らの過剰な恐れようをみれば、それ以外の理由も感じられる。

さて、ここまでやってきたもの、カエルレウス氏族の巨人たちには大した目的があったわけではない。本当に村を制圧するつもりがあったのは、エルだけだ。

「そうではない。我らは素材を運んでいた」

「お、お、お恐れながら。それでございますれば、“上街”に向かわれるのが正しき道でございましょう。ここは“下村”でありますれば……」

巨人たちは、顔を見合わせた。当然、彼らは小鬼族の居住地が複数あることなど、知らない。

「そうか。しかし、その上街とやらに運ぶわけにもな」

困惑が表に出る。彼らにとって、小鬼族の社会形態などどうでもよいことだ。

その時、巨人ではなく荷車のほうから、鈴を鳴らしたような声が聞こえてきた。

「ではひとまず、ここで一休みをするというのはいかがでしょうか」

「ふうむ」

明らかに巨人とは異なる声が割り込んできたのを耳にし、村長は恐る恐る顔を上げて。

荷車の上に立つ、小さな人影を見つけて表情に驚愕を浮かべた。

鎧を身に着け威圧的な巨人たちの集団の中にあって、際立って異物感のある、小柄な人影。

どう見ても子供としか思えないその小さな人影は、周囲を巨人に取り囲まれてもなんら臆した様子なく堂々と立っている。

村長は、口をあんぐりとあけてその人影と巨人たちを見比べていたが、そのうちに彼が毛色の違った服装をしているのに気づいて、何かを悟った。

「な、なんと、その……上街の“貴族”様が、このようなところに?」

狼狽も露わに、村長が呻く。

事情の分からないエルは首をかしげるが、村人たちはさらに平伏していた。

彼らの様子を横目に、巨人たちも話し合う。

「どうする、勇者。ひとまず、ここを拠点とするか」

「我らには手狭だな。しかしまぁ、構わぬ。その荷をおいておければ、小鬼族の勇者も満足することだろう」

カエルレウス氏族にとっては、村そのものはどうでもいい。

「聞けばここには、他の氏族はこないらしい。ならばルーベル氏族と出くわすことも、そうはあるまい」

「ではまず、狩りだな。食い物も目減りしてきた。しばし備えを増やすのも、必要だ」

小鬼族同士のやり取りを他所に、巨人は巨人で一息を入れようとしていた。

こうして一行は、勝手に小鬼族の村に居座り始めたのである。

村人の迷惑を一切顧みず、巨人たちは荷を下ろすと勝手に周辺で狩りを始めた。

多くはないがそれなりの成果を得て、彼らは満足げに獲物を並べる。

まずは、今日の糧が必要だ。獲物をぶつ切りに捌くと、とりあえず火を通す。相変わらず、巨人の料理は豪快そのものであった。

「勇者よ、お前たちの分だ」

「いつもありがとうございます」

巨人たちから適当な切れ端を受け取り、エルたちも夕食の準備にかかる。

巨人にとっては一つまみの、人にとっては巨大な肉の塊を、アディが手際よく切り分けていった。

手持ちの香草類を駆使して料理しようとするものの、すぐにその表情が曇る。

「ううむ、やっぱりちょっと味付けが物足りないねー。ここで何か、交換してもらうとかできないかな」

カエルレウス氏族の集落が襲われたときに、彼らは多くの荷物を失っていた。

それから補充はままならず、食事は寂しさを増している。せっかく生活のある場所に来たのである、彼らにも補充したいものは色々とあった。

そんなことを考えつつ、アディが周囲を見回したときのことだ。

すぐに、村人と目があった。村人といっても、そこにいたのは小さな子供たちである。

いつからか二人を遠巻きに見ていた子供たちは、アディが切り分けている肉を食い入るように見つめていた。

他の何も目にはいらない熱中振りに、エルとアディは顔を見合わせる。

「……ねぇ、これが欲しいの?」

「!? あ……うう」

話しかけられるとは思わなかったのだろう、驚いた子供たちは数歩後ずさるも、すぐに躊躇い立ち止まった。

その視線は肉の塊と、アディの間をせわしなく往復している。

「どうしよ。やっぱり交換して、材料とか分けてもらう?」

「それもありですが……その前に。君たち、少し話を聞かせてもらえませんか。かわりに肉を差し上げましょう」

子供たちはさらに驚き、しばらく逡巡していた、やがておずおずと近寄ってきた。

切り分けて火を通した肉を差し出せば、彼らは熱いままなのもかまわず夢中でかぶりつく。

「肉は、好きですか?」

「うん……うん!! おいしい!! すごく、おいしい!!」

それほど味付けもできず、火を通しただけのただの肉。それを至高のご馳走のように味わう彼らを見て、エルは目を細めた。

「いつもはあまり、肉が食べられないのでしょうか?」

「うん! だって、狩りをしちゃ駄目なんだ」

「……ほう」

彼は柔らかな笑みを浮かべて聞いている――が、付き合いの長いアディにはわかった。これは、何かを企み始めた時の顔だと。

「エル君……?」

「なるほど。これは、良い“商売”ができそうですね」

そうして子供たちと一緒に食事をしていると、血相を変えた大人たちが走ってきた。

「お、お前たち……!! 何をしている!!」

怒気も露わにしかりつけた彼らは、そこにエルたちもいるのを見て、次は顔面を蒼白にした。

いっせいにその場にひれ伏し、頭を地にこすりつける勢いで下げる。

「貴族様がたに! なんという失礼を!! しかし……しかしまだ未熟な童ゆえ、どうか! どうか寛大な御心を……!!」

「彼らに聞きました。この村は、狩りを禁じられていると」

ひれ伏す村人をさっくり無視して、エルが問いかける。

村人たちはびくりと震えたが、問いかけを無視するわけにもいかず恐る恐る頭を上げた。

「……ここには、我々しかおりません。下手に森に入れば、魔獣の餌食となってしまいます。それゆえに、“騎士”様から禁じられております」

「そっか、魔獣がいるんじゃ危ないよね」

それを聞いてアディは納得していたが、エルがそこに違和感を覚えていた。

「ここに来た時から思っていたのですけれど。少し、おかしいですね」

「どうかしたの?」

「ここの小鬼族というのは、なぜ巨人とともに暮らさないのでしょう」

ここは、小鬼族だけの村である。

魔の森、ボキューズ大森海の一角にある、小さな人々だけの、村。

「僕たちは、魔獣を退けるために幻晶騎士を用いている。しかし、ここには何もない。巨人に守られているから怖れるならばわかりますが、それすらないのです」

エルは、村人たちに頭を上げさせると。立ち上がり周囲を見回した。

「危ないから森に入るなと命じるていどで、魔の森に放置。これではまるで、勝手に死んでも構わないような扱いではありませんか」

「そういわれたら、そうかも。でも、どうするの?」

エルはゆっくりと村人の前に立つ。何を言われるのかと恐れ震える彼らの前で、柔らかな笑みを浮かべて。

「もし、そこの村人の方。少し相談があります。取引を、しませんか? こちらから出すのは、食肉と安全です」

焼きあがった肉きれを、目の前に掲げる。それを目にした、村人の腹が鳴った。

「代わりにあなた方には、僕たちのために鍛冶の技術を提供していただきたい」

あ、こっちが本音だ。アディはその時、まず最初にそう感じたという。

「はいはーい、並んでねー。大丈夫、焦らなくてもいっぱいあるから。むしろ決闘級魔獣一匹まるまるとか、普通食べきれないからー」

翌日、村の中央には巨人が狩ってきた決闘級魔獣が、どでんと置かれていた。

そこでアディが陣頭指揮をとり、村の女たちがよってたかってそれを解体している。

「それじゃ。魔獣の筋は堅いから、うまく捌かないと面倒だからね!」

アディはもともとの料理技能に加えて、ここしばらく巨人たちと過ごしてきたことで、魔獣の解体にすっかりと習熟してしまっていた。

不慣れな村人たちをテキパキと采配してゆく。

従う女たちの視線は、どれも異様にぎらついていた。

包丁やナイフを手に、後ろにはありったけの鍋を持ち寄り、少しでも多くの肉を得るべく参戦する。

村の住人にとって、十分に食肉を得られる機会というのは貴重であり、これはもはや戦と変わりないのであった。

「余計な狩りを頼んで、申し訳ありませんでした」

「かまわぬ。小鬼族の一氏族程度、まかなうのに大した苦労はいらぬからな。それに、働きに報いるは当然だ」

これは別段、ただの善意ではない。契約であり、商談である。

肉の提供を受けた村人たちは、その対価としてカエルレウス氏族たちが着ている鎧を、手直しすることになっていた。

「ルーベル氏族より得た“戦利品”は、大きさがあっておらんかったからな」

「お任せください! 私どもは普段、巨人族の御方様がたに納める鎧を仕上げておりますから!!」

男どもは巨人のもとに集まり、我も我もとアピールを続ける。仕事熱心というよりは、もっと肉をくれの姿勢だった。

そうして巨大な決闘級魔獣は、村人の食欲の前に解体されつくし。

その日の夜は、村の中では宴会が催されていた。秘蔵の酒をふるまいあい、用意した肉を貪り食う。

彼らは自生の香草をはじめとして独自の調味料を有しており、アディはそれを手に入れてご満悦だった。

やはりしっかりと調理したほうがうまい。

「さて、これで金属製の 外装(アウタースキン) が用意できる……と」

喧騒の中で、エルも満足げに笑みを深めていたのだった。

そうして、しばらくの時が過ぎる。

「巨人族の旦那、具合はどうですかい」

「ふうむ、良い。動いても邪魔にならぬ。ふむ、小鬼族の腕も侮れぬものだ」

「いやぁ、最近は肉食えますからねぇ。皆やる気もあがろうってものでございまして」

村人たちは勤勉に働いていた。

そもそも、この村は人口に対して歪なほどに鍛冶師が多い。彼らの主な生業は、ルーベル氏族のための鎧製造だ。

そこにして、やってきたカエルレウス氏族との取引が成り立った。

それによって肉に限らず、細々としていた食糧事情が、一気に改善した。

鍛冶仕事とは肉体労働である。食料が増え、鍛冶師は血色も良くなりがっしりとしてきたように見える。

そうして彼らは、より精力的に動き出していた。

働きを増したのは、鍛冶師たちだけではない。

魔獣の肉を得るようになってから、村のあちこちで干し肉が作られるようになっていた。

この機会に得た食料を、一欠けも余さず利用するつもりである。そこには、並みならぬ執念が垣間見えた。

ついでにカエルレウス氏族のための巨大な干し肉も作られており、彼らも備えを増している。

そうして賑やかさを増した村の中、エルはアディと連れ立って村長のもとを訪れていた。

「ああ。これはこれは、貴族様。まことにありがとうございます。巨人族の御方様にお力をいただき、みな生き生きとしております」

「いえいえ。これは取引ですから。それより、今日は少しお聞きしたいことがあって」

老村長は、エルとアディに茶を勧めながら、にこやかに頷く。

「はい。私にわかることならば、何なりと」

「僕は、おそらくはあなた方の言う貴族ではありません」

唐突に放たれた言葉を理解しきれず、村長が目を瞬いた。

「むしろ、小鬼族ですらないかもしれない、そこで。僕たちとよく似て、僕たちとほぼ同じ言葉を話す、小鬼族の皆さま。それがいったい何者なのかを、お聞きしたくて」

ふわりと笑みを浮かべて、エルは茶をすすった。