軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Ep.86 悔恨〜ハインリヒside

真実がヴィクトリアの口から語られ、感じたのは怒りでも、悲しみでもなく、ただただ『無』だった。

「……そ、うか……」

「あら、怒りませんの?」

「いや……怒、る……資格、な……ど……私に、は……」

全て、私が始めて、私が選択し、起きた結果なのだ。

そのことが、すとんと胸の中に落ちた。

ルシアンもルチアも、私の子ではなかったが、レイヴンクレストの王族の血を僅かでも引いているなら、いざ真実が暴かれたとしても、彼女たちならどうにか出来るだろう。ただ……

「……ヴィク、トリア……頼み、が……ある……」

それから、どれ程の時間が経ったのか────。

再び、目を覚ますと部屋の中は明るくなっていた。

射し込む陽光の色を見る限り、昼くらいだろうか?

視線をベッドの傍らに向けると、そこには一人掛けのソファに座るセシリアと、その背後に黒髪の執事が立っていた。

「ご機嫌よう、国王陛下」

「……ああ……来て、くれて……ありが、とう……」

今日のセシリアも、相変わらず銀糸のようなさらさらの髪を下ろし、上品なダークブルーのデイドレスを身に纏っていた。

昨夜、ヴィクトリアに願ったのは、セシリアに会いたいということだった。

激痛に堪えるだけで精一杯なうえ、食事もまともに摂れていない。

どうやったって人間だから、そんな日々を送っていれば体力が落ち、身体がどんどん弱っていく。

……私は、そう長くは保たないだろう。

その前にセシリアに会って、ちゃんと謝罪せねばと思ったのだ。

「……セシ、リア……すまな……かった……」

ただ一言……それだけでも、聡明な彼女なら何についての謝罪なのか、すぐに察するだろう。

……こういう部分も、彼女に甘えていた証拠なのだろうか?

「以前も申し上げましたが、謝罪は結構ですわ。 それに、賠償として『侯爵位』もいただきましたから」

感情の読めない淑女らしい笑みを浮かべ、彼女は淡々と話す。

「……分かっ、て……いる……だが……ちゃん、と……言い、たかっ、た……」

「さようですか」

私の話を聞く方針なのか、彼女から口を開くことはなさそうだ。

視線をセシリアの後ろに向けると、彼女の執事と目が合った。

「……私、は……彼に……嫉妬、し……ていた……。 いつ、も……君の……傍、に……いて……君、も……彼に……心……を……許、して……いるよう、に……見えた……」

「それはそうでしょう……私の周囲は、私に何も確かめもせず、クララの策略に嵌って、私に悪意をぶつけてくる方しかおりませんでしたもの」

それまでの淑女の仮面を剥がし、無表情のまま冷めた翡翠色の瞳に見据えられる。

セシリアの言う通りだ。

クララの言い分を鵜呑みにし、彼女に事実を確認することもなく、己の自己満足で諭しただけでは飽き足らず、ぞんざいな扱いをし、その影響で周囲にもそれを許してしまった。

そして最終的に引き起こしたのは、あの『婚約破棄』だ。

クララの策略に嵌ったのは、彼への嫉妬が心のどこかにあったからなのだろう。

いつも淑女として完璧な彼女が異性である彼を常に側に置き、彼の前では素直に感情を見せているように見えた。

婚約者なのに心を開いてもらえていないような、自分に向けられないその『特別感』に苛立ちを覚えていたのだ。

「陛下は知らなかった……いえ、知ろうとなさらなかったのでしょうが、私は学院だけではなく、社交界でも『悪女』と呼ばれておりましたわ。 当然です。 学院で得た情報は家でも共有されます。 私は約十年、多くの『国内貴族』たちから謂れのない悪意を向けられておりましたの」

彼女は自嘲気味な笑みを浮かべ、私は絶句した。

よく考えたら、その通りなのだ。

学院という箱庭の中のことだと思い込んでいたが、学院に在籍している生徒たちは一部平民もいるが、殆どが貴族子女だ。

学院内のことを親兄弟に伝えることは、情報共有として当然のことだった。

そんなことにも思い至らず、ただ謝罪や贖罪だけで終わらせようなど、厚かましいにも程があるだろう。

「……すま、なかった……そんな……こと……さえ、思い……至ら、なかっ……た」

取り返しのつかないことを引き起こしたが、謝罪の言葉を口にするしか出来ない。

「ですので、『謝罪は不要』と申し上げましたの。 私の名誉を傷付けられた後に謝罪などされても、一度崩れた信頼を積み上げ直すことは難しいですもの」

セシリアの言葉に怒りのようなものは感じなかった。

ただ事実を語っているだけだ。

長い間、少しずつ彼女の名誉を削り、そして最終的には貴族令嬢として『傷物』という評価をつけた。

本来、貴族たちをまとめる立場である王家が、一令嬢の人生を壊したのだ。

ようやくそのことを理解し、彼女に切り捨てられた理由が分かった。

「……君は……私、を……恨ん、で……いる……か……?」

「恨む? 何故、私が?」

私の言葉の意味が分からないとばかりに、不思議そうに小首を傾げている。

「ヴィク、トリア……に……協、力……した、だろ……う……?」

「……協力……そうですわね。 多少、お力はお貸しいたしましたわ。 ですが、私の助力があったとしても、避けようと思えば避けられたことですわ。 全ては皆様が選択した結果でしょう?」

彼女はそう言うと、穏やかに微笑んだ。

「私はただ、離れた場所からそれを見ていただけですわ」

何の感情も湧かない、と言わんばかりの言葉に胸の奥を抉られた気がした。

最早、何の言葉も浮かんでこない。

呻きながら言葉を紡ぐことが出来なくなった私を、ただ黙って待った後、彼女はソファからゆっくりと立ち上がった。

「もう、お話することはございませんわね。 私はこれで失礼させていただきますわ」

うっすらと瞼を上げると、一礼するセシリアの姿があった。

いつもの完璧なカーテシーではなく、浅く頭を下げた礼に違和感を覚える。

座っていた時には気付かなかったが、彼女の腹は大きく膨らんでいた。

「……その、腹……は……」

「ああ……今、妊娠しておりますの。 大きくなって参りましたので、簡略的な礼で申し訳ございませんわ」

愛おしむように腹を撫でるその姿が、かつてのヴィクトリアと重なったせいか、胸がズキズキと痛んだ。

父親は誰だ?と確認する間もなく、セシリアは黒髪の執事に支えられながら、私の前から去って行った。

静寂に包まれた部屋に独り残され、ゆっくりと目を閉じる。

瞼の奥が熱を帯び、溢れた涙が静かに顔の横を流れていった────。