軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Ep.85 愚かさの自覚〜ハインリヒside

……あれから、どのくらい経ったのか……。

室内は灯りではなく、陽光で明るく、家具などの形もはっきりと見える。

……カルミアは、どうなっただろうか?

私は私室のベッドの上から起き上がることも出来ず、急に訪れる激痛で目を覚まし、そしてまた意識を失う……。

……その繰り返しだった。

『魔法契約』のペナルティの為、侍医も王国魔術師団長ですらも、何も出来ない。

……いや、唯一ヴィクトリアが『魔法契約』を破棄してくれたら……助かるかもしれない。

だが、あれ以来、彼女が私の元に訪れることはなかった……。

……怒っているのだろうか? ……それはそうか……。

私は契約を破ったのだから……。

再び激痛の波がやってきて、ベッドの上でのたうち回っていた。

心臓を握り潰されそうになり、身体中の血管を硝子の破片が巡るような痛みに、最早、叫ぶ気力もなく、ただ呻くだけ。

そんな中、誰かが話す声が聞こえ、霞む目で見れば父上が私を見下ろしていた。

「……ち、父……上……」

「……ハインリヒ……言ったであろう。 何故、あんな真似をした……」

痛みを堪えながら、必死に言葉を紡ごうとするが、まともな言葉にはならなかった。

「お前が手を出した令嬢と伯爵は処刑され、家は取り潰された……他の側妃推進派の貴族たちも、当主交代や降爵され、私の意を汲む者もほぼ消えた……」

父上は目を閉じ、苦しそうに顔を歪ませた。

それは、王国内の貴族家が一新されたということだ……。

国王である私の許可もなく。

「……そ、そん……な……誰、が……」

「王妃と────セシリアだろう……」

セシリアの名が出たことに、私は驚きで目を見開いた。

何故、セシリアが?

「……セシリアはお前たち……いや、私たちのことを許していなかったのだ……むしろ、見捨てたのかもしれん……」

父上の口から語られたのは、ヴィクトリアとの縁談にセシリアが絡んでいたという事実だった。

私から婚約破棄をされた彼女は、私を、そして、私やクララたちの暴走を止めることが出来なかった王家を切り捨てていた。

自分たちの目や耳で見聞きし、己で判断もせず、噂や一方の話だけを信じ、事実を見極めることも出来ない王家がどう国を治めるというのか。

都合の悪いことには蓋をし、己の保身に走る王族に忠誠を誓って、何が得られるのか。

王太子妃候補の頃から、そんな考えを持っていたのかもしれないが、彼女が妃となればそれを抑え、誤った道から修正出来る可能性もあった。

だが、クララには無理だ。

あの、卒業パーティーでの婚約破棄を宣告した瞬間、一切の動揺も感情も見せずに淡々と『承知した』のは、私たちを見限ったのだ……。

だから、私たちの謝罪など『不要』だと言っていたのだろう。

父上が一つ一つ説く言葉は、身体の激痛と共に胸を抉った。

「セシリアから報告を受けた王妃も……いや、帝国だな……彼らは我が国を正当に手に入れられると考えたのだろう……お前は、帝国の皇太后が先代ファルケンハイン侯爵の落し胤と知っていたか?」

「……は、い……婚約、後……ヴィク、トリアが……」

「……そうか……。 ファルケンハイン家には、何度か王族が降嫁したことがある。 ヴィクトリアにはレイヴンクレスト王家の血が僅かでも流れていることに違いはないということだ……」

つまりそれは、ヴィクトリアがこの国を治めるのに、何ら問題はない、ということだった。

私が契約を破るという保証はない。

それでも問題はなかったのだろう。

自らの子が次代の王となれば、帝国と強固な関係性が築けるのだから。

……だが、クララに簡単に欺かれるような私が契約を破る確率は、普通の者よりも高いと踏んでいたのかもしれない。

『完璧な令嬢』と呼ばれ、帝国の皇太子の皇太子妃にと望まれるセシリアとの婚約破棄をした時点で、瑕疵があり愚かな私に縁談を持ちかけるなど本来はあり得ないのだ。

そのことに気付いた私は身体と心の痛みに耐え切れず、そのまま意識が闇の中に沈んでいった────。

次に目を開くと、室内は闇の中だった。

相変わらず続く痛みに呻いていると、ベッドサイドにいる人の存在に気付く。

暗闇に慣れ、夜目が利くようになると、そこにはヴィクトリアがおり、その背後には侍女と護衛騎士が控えていた。

「あら、お目覚めですか?」

月明かりでベージュブロンドの髪が艶やかに輝き、いつも通りに穏やかな微笑みを浮かべている。

「……ヴィ……クトリ、ア……頼む……契約、を……」

「もしかして、『魔法契約』の破棄を望んでいらっしゃるのかしら? 残念ながら、それは無理ですわ」

くすくすと無邪気に笑う姿には、怒りの色は見えない。

「……頼、む……痛み……に、堪え……られ、ない……」

「仕方がございませんわ。陛下が契約違反なさったのが原因ですもの。 ですので、私は『警告』いたしましたでしょう? ……契約を違えようとしていないか、心配しております、と」

掠れる声で必死に言葉を紡ぐが、彼女が頷くことはなかった。

……もう、無理か……。

激痛に堪えながら目を閉じると、目尻からつーっと涙が一筋流れた。

「……一、つ……聞き……たい……」

「まあ、何でしょう?」

「ルシ……アン、と……ルチ、ア……は……私……の、子か……?」

ずっと胸の中から消えなかった疑念の答えを問いかけた。

少しの沈黙が流れ、ゆっくりと目を開き彼女へ視線を向けると、彼女はまるで聖母のような微笑みを浮かべていた。

「……違いますわ」

彼女は僅かに目を細めた。

「あの子たちの父親は、私の『夫』ですもの」

夫……? 何を言っている……ヴィクトリアの夫は、私のはず……。

「ふふっ。 困惑していらっしゃいますわね。 確かに籍の上では、陛下が『夫』ですわ……ですが、私が本当に『夫』と定めた方は彼ですの」

彼女はそう言うと、ゆっくりと背後へ視線を向けた。

そこに立つ、私よりも年上であろう彼女の護衛騎士の髪は、ルチアと同じ────明るいブロンドだった……。

その護衛騎士は帝国の侯爵家次男なのだそうだ。

継ぐ爵位がなく近衛騎士となり、ヴィクトリアの護衛となった時、彼は20歳で彼女は10歳だったらしい。

初めて会った瞬間、彼女は彼に一目惚れをし、想いを告げたが、年の差もあり幼い頃の憧れのようなものだろうと相手にされなかった。

だが、彼女の気持ちは変わることなく彼を一心に想い続けている内に、少女から女性へと美しく成長していく彼女に絆された。

彼は騎士爵を得ていたが、皇女の降嫁を願える身分ではない。

そのくらい、私にも分かることだ。

ヴィクトリアも皇族として、自らの立場を理解している。

皇帝が許す限り、彼を想い続けていたところ……セシリアからの連絡が来たのだ────。

『王太子から婚約破棄をされ、妹が新たに婚約者として立てられた。 けれど、あの子では王太子妃には不適格だろうから、他に候補を探す可能性が高いだろう。 レイヴンクレストの貴族の血を引いている皇女なら務められるでしょう。 もしかしたら、貴女の望みも叶えられるかもしれません……』

それを見て、今回の計画を皇帝たちと練ったそうだ。

戦争することも、脅すこともなく、正当に王国を統べる為に────。

その為の、全てだった。