作品タイトル不明
Ep.84 分不相応〜カルミアside
薄暗く、臭くて、汚い。
そんな肌寒い地下牢へ入れられてから、もうどのくらい経ったのか……。
あれから、陛下はどうなったのだろう?
無事なら、何故、私を助けに来てくれないの?
既成事実が出来たあの瞬間……陛下の胸の辺りに魔法陣のようなものが、いきなり浮かび上がったかと思えば、咆哮し、ベッドから転がり落ちていった。
尋常じゃない叫び声に恐怖を覚え、シーツを体に巻き付け、ただ震えることしか出来なかった。
そうしている内に、王妃陛下が近衛騎士を連れて現れ、私は『国王陛下を弑逆しようとした罪』で地下牢へ捕らえられた。
違う……! 私は陛下を暗殺しようなんて……!
誤解を解こうと王妃陛下に縋ろうとしたけれど、騎士たちに拘束され、そのままだった……。
周囲を見渡せば、牢の壁には、ここに捕らえられていた者たちの怨念のような爪痕や、恨みの言葉が刻まれている。
最初はシーツを巻き付けたままここに放り込まれたが、今は囚人用の簡素なワンピースを身に着けていた。
当然、お風呂にも入れず、体を拭くことすら許されない。
食事も硬い黒パンと、味が薄い具なしのスープが、汚らしい食器に入れられて適当に置かれるだけ。
陛下……お父様……もう、誰でもいいから、早くここから私を出して!!
私は膝を抱えながら、ひたすら助けを待っていた。
昼か夜かも分からず、時だけが過ぎていったある日────。
カツン、カツン。
いつも食事の配給に来る騎士のものとは違う足音が、地下に響き渡る。
その音が聞こえた瞬間、ハッと顔を上げ、冷たい鉄格子へ駆け寄った。
現れたのは、ベージュブロンドの髪を靡かせた王妃陛下と、黒髪で緋色の瞳の紳士だった。
その男をどこかで見た気がするのに、どうしても思い出せない。
私は急いで跪き、頭を下げた。
「王妃陛下におかれましては…… 「挨拶は結構よ」」
口上を述べようとすると、王妃陛下の冷ややかな声に遮られた。
「全く……ここまで予想通りだと、何か拍子抜けですわね」
「仕方ありません。 愚か者の考えることなど、所詮浅知恵ですから」
王妃陛下は口元に扇子を添えながら呆れた表情を浮かべ、黒髪の男は一切の感情を乗せず、ただ冷酷に見下していた。
「お、王妃陛下……あの、誤解なんです……」
「何が誤解なの? 国王陛下から『魔法契約』のことは聞いていたのでしょう? 貴族なのだから、不貞行為を働けば契約違反でペナルティが発生することも分かっていたのではなくて?」
「そ、それは……でも! 国王陛下が、既成事実を作れば王妃陛下を説得出来ると……」
瞳に涙を浮かべ、陛下に従っただけと訴えたけれど、二人の表情は変わらない。
「……貴女はセシリアやクララに嫉妬し、見下していたのでは? 同じ姉弟の子女なのに、何故、自分は王家の婚約者候補に上がれないのか、と」
「え?」
何で、ここでセシリアの名前が出てくるの?
「……あの、あなたは……?」
「私はセシリアの夫です。 本当は本人が来るところですが、今は大事な時ですからね。 こんな不衛生な場に行かせるわけにはいきませんので、私が代わりに来たのですよ」
訝しげに尋ねると、黒髪の男はセシリアの『夫』を名乗った。
けれど、セシリアが結婚したなんて聞いていない……。
しかも、この男はセシリアの後ろにいつも控えていた執事ではないだろうか?
確か、噂では孤児院から拾ってきた『孤児』だと聞いた。
「……貴方、セシリア様の執事ではないですか? 孤児だと聞いておりましたが?」
「ノイン従兄様は、私の伯母である帝国筆頭公爵家の子息ですわ。 お前よりも身分が上なのですから、控えなさい」
平民の癖に偉そうに────そう嘲るように言い放った瞬間、王妃陛下が声色を変え、射抜くような視線で私を見据えた。
そんな……帝国の公爵子息なんて……。
何で、セシリアばかり────。
胸の奥に、黒い鉛のようなものが沈み込む。
「……答えない、ということは認めたと認識しますよ? そもそも、生まれ得たものは平等ではありません。 それは、貴女が『貴族』として生まれたことと同じことです」
彼は一つ溜め息を吐き、淡々と続けた。
「ですが、賞賛や名声はセシリアが努力して得たものです」
彼は僅かに視線を落とし────。
「……身の程を弁えませんでしたね」
その一言が、胸に突き刺さった。
感情の見えない緋色の瞳に見据えられ、思わず息を呑む。
「……まあ、何にせよ。 お前が側妃の座を狙い、国王陛下に近付き、籠絡し、お身体を損ねた事実は変わらないわ。 王族を 弑逆(しぎゃく) しようとした罪は重くてよ?」
王妃陛下は扇子を開き、口元を覆いながら、冷酷に告げた。
「そ、そんな……!!」
「そうね。 国王陛下が色香に惑わされ、床に就いたなど王家の恥でしかありませんから、公開処刑はしないわ。 お前の父親の刑が決まった後に、毒杯を与えましょう」
「これは覆ることのない決定だ」と告げられ、目の前が真っ暗になった。
セシリアよりも、クララよりも、上手くやれたと思ったのに……。
私は冷たい床に座り込んだまま、二人が去った後も動けなかった。
それから数日後────騎士たちがやって来て、久しぶりに地下牢から連れ出された。
両脇を抱えられ、引きずられるように連れて行かれた先は、謁見の間だった。
そこには、騎士たちに挟まれて床に座り込むお父様の姿があった。
久しぶりに見るその姿は、貴族としての威厳はなく、髪は乱れ、無精髭も伸び、瞳はどこか濁っていた。
「……カルミア……!! お前、よくも……!」
私と認識した瞬間、顔を真っ赤にし、飛びかかろうとするけれど、すぐに抑え込まれてしまう。
お父様の隣に座らされ、壇上を見上げると、玉座には王妃陛下と宰相、アーサー、そしてノインがいた。
「兄上! アーサー! 王妃陛下に取りなしてくれ!! 私は『魔法契約』のことなど知らなかったのだ! 全部、カルミアが勝手にやったことだ!!」
隣で後ろ手を掴まれ、身を乗り出して必死に命乞いをするお父様が滑稽だった。
ここまでくれば、私にだって分かる……。
きっと、これまでの私たちの動きはすべて露呈しており、こうなることは初めから決まっていたのだ。
きっと、国王陛下も……。
「見苦しくてよ? 『魔法契約』のことを知らずとも、お前たちは国王陛下を 弑逆(しぎゃく) しようとし、私や帝国に牙を剥いた。 それは、赦されることではないわ」
王妃陛下は扇子を広げ、凍てつく瞳を細めた。
「……お時間です」
宰相の合図で侍従が銀製の酒器を持ってきて、そこからグラスに注ぎ、お父様へ差し出した。
顔を真っ青にさせ、首を横に振りながら「嫌だ、兄上!助けてくれ!」と、叫び続けたけれど、結局騎士たちに体を拘束されたまま、顔を上向きにされると鼻を摘まれ、口が開いたところで流し込まれた。
喉へ伝わったことを確認し、拘束が解かれると必死に吐き出そうとしたが、すぐに効き始めたのか、喉を掻きむしるような動作をしながらのたうち回ると、そのまま動かなくなった。
次は私の番。目の前で再び注がれた銀のグラスを差し出され、私は受け取ると、素直にそのまま喉へ流し込んだ。
すぐに喉の奥が熱くなったと思ったら、すぐに呼吸が出来なくなり、あまりの苦しさに喉を押さえたまま、私も床に転がった。
分不相応な夢を見た、愚かな私の人生は────そこで幕を閉じた。