作品タイトル不明
Ep.83 貴族院会議での断罪
ここ数日、スターリング伯爵は国王への謁見が叶わず、苛立ちを隠せなかった。
数日前にカルミアから届いた文には、走り書きで『今夜、側妃になる』とだけ記されていた。
それを最後に娘からの連絡はなく、王家からも側妃の打診はない。
手紙の内容を察するに、既成事実を以て『側妃になる』という意味だろうと考え、どうなっているのか国王に確認したくとも、謁見の許可が下りない……。
埒が明かないと判断し、推進派の仲間にも手を回し、貴族院会議を開会させることにした。
会議室に続々と各家門の当主たちが集まる中、国王は姿を現さなかった。
「一体、どういうことだ!? 何故、陛下はお見えにならない!!」
伯爵は目の前にあるテーブルを怒りに任せて強く叩き、立ち上がった────と同時に、会議室の扉が開かれた。
現れたのは────ノインを伴ったセシリアと、先王だった。
ノインに片手を預け、更に腰をしっかりと抱かれた状態で現れたセシリアは、閉じられたまま口元に添えていた扇子の先をスターリング伯爵へ向けた。
その表情は微笑んでいるようにも見えたが、翡翠色の瞳は冷ややかに細められている。
「衛兵、捕らえなさい」
凍てつくほどの冷酷な声が響くと、セシリアたちの後ろから大勢の騎士たちがなだれ込み、伯爵たちを拘束していった。
「なっ……!? ブランシェ侯爵!! これは一体、何の真似だ!?」
「何の真似? それはこちらがお聞きしたいですわ。 どういうつもりで、ご自身の娘を使って国王陛下を暗殺なさろうとしましたの?」
「……は?」
セシリアに投げかけられた問いの意味が分からなかった。
カルミアが? 国王を暗殺しようとした?
騎士たちに後ろ手を抑えられ、痛みを感じていたはずなのに、状況が上手く理解出来ず、冷や汗が背中を伝っていく。
「先日、スターリング伯爵令嬢が側妃の座を狙い、既成事実を作る為に国王陛下の寝台へ潜り込んだそうですわ。 結果、陛下のお身体を損ねましたの……カルミア・スターリング伯爵令嬢は、王妃陛下により国王陛下を 弑逆(しぎゃく) しようとしたとして、その場で拘束されましたわ」
淡々と明かされる事実に、会議室内に緊張感が走る。
『国王がこの場にいない』ということは、すなわち『この場に現れることができない状態』なのだということを示していた。
「……そ、そんなわけ……陛下のお身体を損ねたのは、カルミアではなく、王妃陛下では……?!」
「まあ!! 相変わらず、伯爵は勇気がお有りですのね。 何故、王妃陛下が国王陛下を 弑逆(しぎゃく) せねばなりませんの?」
「そ、それは! カルミアに……娘に、陛下のお心を奪われたから……!!」
伯爵がそう声を上げ、彼に追従する形で頷く貴族もいた。
「それは……あり得ませんわね」
「何故、そんなことがブランシェ侯爵に言えるのだ!」
「何故って……国王陛下は王妃陛下とご婚約された際、『王妃陛下以外の妃・愛妾を生涯持たない』ことを『魔法契約』にて締結されておりますのよ?」
「その王妃陛下が、何故、一伯爵令嬢に嫉妬をしなければならないのかしら?」と、セシリアは悪戯っ子のように笑いながら告げる。
伯爵はその言葉の意味を上手く呑み込めずにいた。
魔法契約? 側妃も愛妾も生涯持たない?
「だ、だが! クララは……侯爵の妹であったクララは、側妃候補だったはず……!」
「あれが例外だったのですわ。 私との婚約破棄を宣告した場で、あの子を新しい婚約者として発表してしまったものですから、王家として再び解消や破棄をするわけには参りませんもの」
セシリアは眉尻を下げ、困ったような表情で小首を傾げながら、先王へ視線を向けた。
伯爵たちもそれに釣られて視線を向けると、先王は厳しい表情のまま重く頷く。
「……その通りだ。 クララとの婚約をなかったことにも出来ず、『お飾り』として側妃に迎えることにしていた……。 余計な憶測を避ける為にも、これは三公爵家とブランシェ侯爵のみに共有されていた……」
その瞬間、スターリング伯爵たちの顔色からは完全に血の気が引いた。
曲がりなりにも貴族である彼らも『魔法契約』の縛りの厳しさは理解している。
契約内容にペナルティが定められていなくとも、死にも等しい苦しみが発動する。
それは、国王が二度と『陽のあたる場所』に戻らないことを意味していた。
「以前も申し上げましたけれど……我が国よりも大国の皇女を王妃として迎えながら、何故、乞われてもおりませんのに、自らの娘を『側妃』などに推挙出来るのか……私には理解出来ませんわ。 そんなに伯爵たちは帝国と事を構えたいのね?」
「王族の私事に口を挟むのは不敬でしてよ?」と、セシリアに淡々と告げられ、誰一人口を開くことが出来なかった。
アーサーと宰相は最初こそ驚いたものの、すぐに彼女からの警告の意味を思い出し、平然と口を噤んだ。
その他の伯爵に追従していた者たちは、窮地に立たされたことを理解した瞬間、顔を青ざめさせた。
側妃推進派を強く諌めなかった者たちは、どこか気まずそうな表情を浮かべている。
視線だけで室内を見渡し、その様子を確認し終えると、セシリアは扇子でパンッと掌を叩いた。
「スターリング伯爵、及び側妃推進派に与した者たちも捕らえなさい。 これは、王妃陛下のご命令です」
「そっ、そんな!! わ、私は、知らなかったのだ!! セシリア! 頼む! 私はお前の叔父だろう? 王妃陛下へ誤解だと……」
「確かに、血縁上は『叔父』ですが……私は既にアシュフォードではありませんもの。 ブランシェ侯爵家は新興ですので、どの家門にも与しておりませんわ」
セシリアは溢れんばかりの笑みを浮かべ、伯爵の助けを乞う言葉をばっさりと切り捨てた。
至る所で泣き叫ぶ声が上がる中、伯爵たち側妃推進派の者たちは牢へ連れて行かれた。
残った貴族たちは、追って王家より連絡することとなり、会議室に残ったのはセシリアたちとアーサー、宰相、そして先王のみとなった。
「……これは、お前たちが描いた絵か……?」
少しの沈黙の後、先王が呟くように問いかける。
セシリアが顔を向けると視線が合い、扇子を広げて口元を覆い隠した。
「お前たち、とは?」
「お前とヴィクトリアだ。 ……セキトフ辺境伯の件の時から、おかしいとは思っていたのだ。 クララとのことがあって、すぐに帝国から縁談が来た……」
先王の顔には、セシリアに『裏切られた』というような怒りと、あれ程言ったにも拘わらず、己の唯一の息子が愚かな行動によって破滅したという悲壮感が滲んでいる。
「……先王陛下は、勘違いしていらっしゃいますわ」
「勘違いだと?」
「ええ。 何事も結果には原因と要因がございますわ。 この現状は、成るべくして成ったもの……つまりは、皆様が引き起こした『結果』でしかございません」
王家特有の『琥珀色』の瞳と、セシリアの翡翠色の瞳が、互いに引くことなく静かに火花を散らし合う。
「……では、其方は何もしていないと?」
「私は『対応』をしただけですわ。 『婚約破棄』されたことを、我が国の貴族の血を引くヴィクトリア様に『ご報告』しただけ……。 後は、皆様方の選択の結果でしょう?」
公の場での婚約破棄宣告だった。
報告せずともすぐに伝わっただろうが、ただ報告しただけのことを責め立てる理由はない。
そう言われてしまえば、何も言い返せなかった。
パチン、と音を立てて扇子が閉じられた。
「私は好意には好意でお返しいたしますし、悪意には悪意でお返しいたします……その結果が、何故、私に関係ありますの?」
翡翠の瞳に射抜くように見据えられ、問われた言葉に、先王は何も返すことが出来なかった。