軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Ep.83 女王のチェックメイト〜ヴィクトリアside

「ご苦労様。 嫌な役目をさせて、ごめんなさいね」

「いいえ。 王妃陛下のお役に立てるのであれば、身に余る光栄に存じます。 ……ただ、あれが我が国の王と思うと……」

王妃の私室内にあるソファに向かい合って座る国王付きの侍従は、労いの言葉に深く頭を下げた後、隠しきれない嫌悪感に顔を歪めた。

お姉様の薦めでハインリヒの侍従に付けたのは、由緒は正しいけれど、没落寸前の伯爵家の三男だった。

愚かな断罪劇で元々いた側近候補はすべて解任され、新たに選任しなければならず、貴族学院の成績も上位だった彼を指名したのだ。

名ばかりの伯爵家で、しかも将来は貴族でいられるかも怪しいという身の上だった彼にとって、ハインリヒの侍従になるという選択は、吉と出るか、凶と出るか……一種の賭けだったろう。

王族として生まれ、人に傅かれることに慣れていたせいで気付かなかっただろうが、公の場で国王の未承認である『婚約破棄』を勝手に宣告した時点で、ハインリヒは己の評価に汚点を残していたのだ。

それを思えば、本来であれば栄誉であるはずの王族の侍従も、一歩間違えば地獄への片道切符でしかなかった。

その彼をあえて、お姉様は私に推薦した。

それは後々の為に恩を売り、ハインリヒの側に自分の手の者を潜ませるという布石となる。

何も難しいことはしていない。

気にかけ、人として誠実に対応しただけ。

結果、彼はハインリヒの侍従でありながら、私に『忠誠』を誓った。

ハインリヒの動向を私に報告し、私の意図を汲んで動く『最良の駒』となった。

あの伯爵令嬢とハインリヒが、既成事実を作るという浅はかな考えに至ることも、すべて織り込み済み。

だから、それを侍従には伝えていた。

カルミアを側妃に迎える為には契約変更をしなければならない。

けれど、それには私の『同意』がいる。

まあ、私を『暗殺』する……という方法もないわけではないけれど……そこまでする度胸はなかったでしょう。

ならば、強引に『純潔』を散らし、貴族令嬢としての価値を失わせた責任を取らざるを得ない状況に私を追い込むつもりだったのだろう。

拒否すれば、私は『狭量な王妃』と印象付けられるでしょうから────。

契約には、確かに他の女と『行為』そのものを禁じる項目はない……それを彼は『穴』だと誤認した。

けれど、カルミアはれっきとした『未婚の伯爵令嬢』なのだ。

国王が貴族令嬢の純潔を奪い、その子種を与えた瞬間、単なる火遊びでは済まず、彼女は『愛妾』もしくは、『側妃』となる資格が生じる。

かつて私が『初夜』の際に、お金で買える娼婦を宛てがった理由はそういうことだ。

いくら元貴族令嬢でも、娼婦にその資格は生まれない。

任命云々ではない。

その『資格』を得た時点で、『契約違反』は確定された。

……だって、歴代の国王の中には任命せずとも王妃に隠れて愛妾を持っていた者だっているでしょう?

『魔法契約』は、人の感情や事情などの融通が利くはずもなく、ただ、事実のみで判定する。

「まあ、そういう選択を取るでしょうと思ってはいたけれど……」

私は頬に手を添え、困ったように溜め息をついてみせた。

あれ以降、ハインリヒは私室のベッドの上で意識を戻す度に激痛にのたうち回り、私の名を呼んでいるらしい。

……自業自得ね。

黙って王の座に座ってさえいれば、寿命を全う出来ていたでしょうに。

「この後はどうなさいますか?今は外部に漏れておりませんが、そろそろスターリング伯爵たちが陛下の不在に騒ぎ始めるかと……」

「そちらはブランシェ侯爵にお任せしているから大丈夫よ。 一応、先王陛下には貴族院会議に代理として、出席していただきましょうか……。 あの方にも責任を果たしていただきませんと」

そう指示を出しながら優雅に、今年の初摘みの紅茶に口を付けた。

これは、ハインリヒとカルミアの『お茶会』に出されていたものとは違う。

そもそも、ハインリヒに子を成す能力は、もう『ない』。

お姉様にいただき、ハインリヒとのティータイムで飲んでいた薬草茶やハーブティーは、女性には妊娠しやすくなる体に整えられる効果があるけれど、男性には『不妊』を招く。

一気に効果が出るものは、どうしても身体に変化が出て気付かれる為、もどかしくても少しずつ、少しずつ服用させた。

そして、カルミアとのお茶会に出されていた茶葉にも、すべて『避妊』効果のあるものを混ぜていた。

いくら薬と言えど、『絶対はない』。

それがお姉様の見解だった。

「……あの、国王陛下は、どうなるのでしょうか?」

「死にはしないわ。 すぐには、ね。 少なくとも、ルシアンとルチアが政務を執れるようになるまでは、頑張っていただきたいところだけれど……こればかりは、神のみぞ知る、かしら?」

恐る恐るハインリヒの今後を問いかけられ、淡々と答えたが……正直、こればかりは私にも『分からない』、としか言えない。

罰則に『死』は設けなかった。

『魔法契約』を渋られる可能性や、今回のように状況によっては、すぐに死なれては困る可能性を考えたのだ。

設けずとも違反した場合には、死ぬまで『強烈な激痛』に襲われ続ける。

あれに苛まれながら、生ける屍として、玉座という名の檻に繋がれ続けることになるのだ。

そう説明すると、侍従は納得したように頷いた。

「……さて、どれから始めようかしら?」

思ったよりも、前倒しされた計画の盤上に並ぶ駒の中から、どれを選ぼうか?と悩むかのように。

溢れ出す愉悦を噛み締めながら、私は静かに微笑んだ。