軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Ep.81 子どもの言い訳

ルシアンとルチアが生まれて、早くも一年が経った。

早産で少し小さめに生まれた双子だったけれど、すくすくと育ってくれている。

最近では離乳食から大人と同じような物も食べられるようになったり、「まんま」や「ぱっぱ」など意味のある言葉が出るようになった。

たどたどしくも歩くようになり、二人の行動範囲が広がったことで乳母の他にも数人お付きの者をつけた。

社交 期間(シーズン) の始まりを告げる王家主催の夜会を、今回は双子の生誕祭を兼ね、公に二人をお披露目することにした。

長居はしないけれど、レイヴンクレストの次代として『公の場に出る』ということに意味があるのだ。

双子の容姿は、ルシアンは完全に私に似ており、あんなに似ていると持て囃されていたルチアは、もはやハインリヒに似ているとは言い難くなった。

……けれど、それを表立って告げてくる無作法者は当然いなかった。

「王妃陛下、お耳を少々……」

「あら、何かあったの?」

神妙な面持ちで専属侍女が声を掛けてきた。

おおよその予想はつくけれど、内容によっては子どもたちに聞かせるような話ではないかもしれない。

乳母たちに双子を連れて退室させ、私室に残ったのは腹心のみとなったが、それでも用心し、侍女は私の耳元で報告内容を囁いた。

「国王陛下の周囲に潜ませている者からご報告がございました。 ……例の伯爵令嬢に『契約違反』を仄めかしたと……」

「……愚かだと分かっていても、ここまで浅慮なのも考えものね」

私はソファに深く座り、足を組むと、扇子を広げて口元を覆った。

その瞬間、室内にピリッとした緊張感が走る。

「お姉様から何か伝言はあるかしら?」

「はい。 宰相閣下は、今回の件に無関係とのこと。ブランシェ侯爵閣下が既に『警告済み』の為、そちらは気にせず……と」

ふふっ、さすがお姉様。仕事が早いわ。

いくら私でも、王族へ強い発言権を持つ宰相の存在を無視するわけにはいかない。

けれど、彼が黙っていてくれるなら……。

「……少し早いけれど、計画を進めることになりそうね」

扇子をぱちん、と音を鳴らしながら閉じると、腹心たちは心得たように「御意」と跪いた。

──────

そして、その時はすぐに訪れた────。

夕食を終え、双子を寝かせた後に夫婦の寝室へ入ると、珍しくハインリヒが私よりも先にソファで寛いでいた。

……何と、堪え性のないことか。

そんな言葉が頭に浮かび、自然と冷えた視線を向けてしまう。

「あら、ハインリヒ様。今日はお早いのね」

「あ、ああ。 ……実は、ヴィクトリアに話があるのだ……」

「まあ、何かしら?」

無邪気を装い微笑んだけれど、心の中は冷えていく一方だった。

ハインリヒは緊張を解す為か、自分で持ってきたであろうウイスキーを口にしていて、私のそんな様子に気付きもしない。

私はあえて向かい側のソファに座り、侍女が準備したワインをグラスに注いだ。

グラスの中で深いボルドー色の液体をゆっくりと回し、芳醇な香りをゆっくりと楽しむ。

「それで? お話とは何でしょう?」

ハインリヒは、チラチラと私の様子を窺っているのに、なかなか話を切り出さない為、仕方なくこちらから話を振ってあげた。

「あ、ああ……実は、『契約魔法』に関して、なんだが……その、内容を変更したい、のだ……」

「あら。 どう変更されたいのかしら?」

「……その、側妃の……部分、だ」

言い淀みながら話し始めたかと思えば、この期に及んで、まだ取り繕おうとする浅ましさ。

「まあ……それは、何故でしょう?」

「違う!! あっ……いや、君のことはまだ愛しているんだ……。 だが、側妃推進派の貴族たちがうるさくてな。 国政が滞ってしまっている……私の力不足が問題なのは分かっているが、これ以上は国王として見過ごすわけにはいかない……」

あえて笑みを崩さずに理由を問うと、ハインリヒはおもしろいくらいに言い訳を並べ立てた。

「……それで? 側妃に迎えようとされているのは、ハインリヒ様が親しくされている、あの伯爵令嬢かしら?」

私はグラスをテーブルに置き、背筋を伸ばしてハインリヒを真っ直ぐと見据えた。

口元には笑みを残し、目を細めて核心を突けば、彼は気の毒なほど肩を震わせて、焦りながら言葉を継いだ。

「ちがっ……! いや、そうなのだが……側妃として立てるだけで良いのだ! それだけで、貴族たちの面子も保たれる! 子が生まれても継承権を与えない、という箇所は変えずとも…… 「ふふっ」」

あまりにも愚かしい言い訳に、思わず笑い声が漏れてしまった。

ハインリヒはその理由が分からずに、目を丸くして固まっている。

「……ふふっ。 ごめんなさい。 ……つい、堪えきれませんでしたわ」

ふう、と深く息を吐き、私は再び微笑みを浮かべた。

「言い訳は十分ですわ。 貴族たちを理由にしておりますけれど、陛下が彼女を側妃に迎えたい……ただ、それだけですわよね?」

「違っ……!」

「もう結構……と、申し上げましたわ」

私の言葉を否定しようと声を上げかけたけれど、それを強く遮った。

「違いませんわ。 陛下は国王でありながら、何故、貴族に阿りますの? 主君の私事に口を出すのは不敬ですもの、罰すれば済むお話です。 むしろ、それを許せば、彼らを余計に付け上がらせるだけではなくて?」

淡々と正論を説けば、彼は返す言葉もなく俯き、黙り込んでしまった。

……まるで、子どもね。

一瞬、表情が消え、白けた視線を向けてしまったが、当人は気付いていない。

相変わらず、だんまりを続けるハインリヒに対し、心の中で深く溜め息をつき、「仮に……」と話を続けてあげると、情けなく、叱られた子どものような顔をそろそろと上げた。

「契約内容を変更し、クララさんのように『お飾り』の側妃にしたとして……陛下は子が生まれるようなことをなさるおつもりですの? それも貴族たちのせいなのかしら? だとしたら、次は子が出来れば「今度は『継承権を与える』為に、また契約変更をして欲しい」と始まるのではなくて?」

優しく諭すように伝えると、ハインリヒは何か言おうと一度口を開いたが、何も言えずに再び俯いてしまった。

……同じ子どもでも、1歳児の双子のほうが、まだ意思の疎通が図れるわね。

これ以上は会話にならないだろうと判断し、私は深く溜め息を吐いてソファから立ち上がると、ハインリヒが苦しそうな表情のまま私を見上げた。

「……今夜は私室で休みますわ。 陛下も、ゆっくりお休みになってから、よくお考えになってくださいませ」

独り部屋に残されたハインリヒを捨て置き、私はその場を後にした。

あの令嬢とハインリヒのことだから、話はこれで終わらないのは分かり切っている。

大方、次は更に愚かな真似をするだろうことも、ね。

私室へと戻る廊下を歩きながら、私は静かに口角を上げた。