軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Ep.79 小狐の野望〜カルミアside

陛下の執務室での『お茶会』を終え、私は心地よい達成感と共に王城の馬車寄せに向かう。

何度も登城し、歩き慣れた道のり。

私の計画が、ようやく実を結ぼうとしているこの状況に、喉元まで出かかった高笑いを必死に抑え込み、淑女らしく、しなやかな足取りを保った。

私────カルミア・スターリングは、伯爵家の長女として産まれた。

お父様は名門ファルケンハイン侯爵家の二男だった。

血筋だけは一級品だけれど、お祖母様に甘やかされたせいなのか、それとも元来からなのかは分からないけれど、すぐに感情的に物事を判断する浅はかさがある。

おまけに、自分の優秀な兄や姉に嫉妬し、不満を抱えていたりと、救いようがない人だ。

先代侯爵夫妻……私の祖父母は、夫婦仲が冷え切っていたそうだ。

それは、お祖父様が帝国留学中に不貞を働いたせいとも、母であるひいお祖母様と比べて、お祖母様が至らなかったせい、とも聞く。

ひいお祖母様は侯爵夫人として、お祖父様の教育にも手を抜かず、侯爵家当主として相応しい人に育て上げた。

そんなお祖父様に嫁いできたのは子爵令嬢のお祖母様だった。

お祖母様のお父様が優秀な事務官だったことから結ばれた縁だったけれど、下位貴族である子爵家と高位貴族である侯爵家では、どうしても教養に差が出てしまう。

その為、お祖母様は善良な人ではあるものの『教養不足』として、現侯爵家当主の伯父様と、前アシュフォード公爵夫人の伯母様の教育は、ひいお祖母様が担い、手元で育てるのが叶わなかった。

お祖父様も、そんなお祖母様に思うところがあったのか、庇うことはなかったらしい。

そんな中、お父様が産まれた。

その頃には、ひいお祖母様は病にかかり領地で療養をしていた為、ようやく我が子を自分の手で育てることが叶ったのだ。

お祖母様は、侯爵夫人としての教育を受けてはいたけれど、長年染み付いた『考え方』までは変わることはなかった。

伯父様や伯母様が可愛げがないのは、ひいお祖母様のせい。

お父様の出来が悪いと言われるのは、伯父様と伯母様が気遣わないせい。

お父様が癇癪を起こすのは、周囲が理解出来ないせい。

お祖母様の『他責思考』は確実にお父様に受け継がれたけれど、お祖父様はそれを許さなかった。

代々、王城で国政を担う家門の嫡子にも拘わらず、貴族学院の成績は下から数えた方が早く、かと言って剣術などが優れているわけでもない。

このままだと当主となる伯父様や、公爵家に嫁ぐ伯母様に迷惑をかけるかもしれない、と思ったお祖父様は領地のない余っていた『伯爵位』を継承させ、王城の『資料室事務官』という閑職にねじ込ませた。

お父様に領地運営なんて出来るはずもなく、下手に事業などをされて負債を作り、本家にしわ寄せがこないように、と考えたのだろう。

その際、お祖母様と二人で、お祖父様に抗議をしたそうだけれど、「お前に何が出来るのだ?」と問われてしまえば、口を噤むしかなかった。

そんな祖父母が儚くなり、抑止する存在がいなくなると、お父様は一層、自由気ままに振る舞うようになったようだ。

そんなお父様だけれど、私のことはとても愛してくれている。

私の望みは出来うる限り叶えてくれたし、「他家の子たちよりも優秀で、愛らしい」と褒めてくれた。

本家である侯爵家やアシュフォード公爵家とは、親類にも拘わらず、ほとんど関わりがないせいで、当時の私は『従姉妹』というものが存在することなど知らなかった。

そんな私が初めて彼女たちを認識したのは、6歳の時に参加した王城で開かれたお茶会だった。

お父様に連れられて会場に入ると、そこで一際輝く令嬢を見つけた。

それが従姉妹である────セシリア・アシュフォード公爵令嬢だった。

当時11歳だった彼女は、王太子となったハインリヒ殿下の婚約者で、『完璧な令嬢』と呼ばれていた。

プラチナブロンドのさらさらで長い髪、陶器のような肌、翡翠色の煌めく瞳。

身に纏っているドレスも、幼い私でも分かるほど質が良く、気品に溢れていた。

同じ姉弟の子どものはずなのに、どうして、こんなに私と差があるの?

公爵令嬢だから? 私よりも年上だから?

それまで一度も、私は自分の『美しさ』や『才能』を疑ったことなどなかった。

けれど、セシリアから圧倒的な『格の違い』を見せつけられ、それは『屈辱』へと変わり、私はお父様と繋いでいない反対側の手で自分のドレスをギュッと握り締めて俯いてしまった。

あまりの『惨めさ』に涙が溢れそうになると、お父様が握っている私の手に、痛いくらい力が込められた。

それに驚いて見上げれば、お父様はセシリアを睨みつけ、顔を醜く歪ませていた。

その顔からは、『嫉妬』や『羨望』が滲み出ているように見えた。

……ああ。お父様も、私と同じなんだ。

『この華やかな世界を支配したい』

その瞬間、私の中にあった『惨めさ』は、強い『野心』へと変貌を遂げた。

黙ってセシリアの周囲を観察していると、彼女の妹であるクララを見つけた。

彼女はピンクがかったシルバーブロンドの髪、ミントグリーンの瞳で、まるで生き写しのように隣に立っている伯母様に似ていた。

クララと私は3歳しか違わない為、他のお茶会などでも見かけることが増えたけれど……正直、セシリアとは格が違い過ぎた。

私の中では『お父様』と同じなんだろうな、と思っていたのに……。

成長するにつれ、セシリアと王太子殿下の不仲を囁く声が大きくなっていった。

やはり、完璧過ぎるのも問題なのかしら?と思っていた時、セシリアは『婚約破棄』された。

学院に入学していない私の耳に入るほどの出来事で、更に新しくクララが『王太子妃候補』となったと知った時は、湧き返るような怒りと拒絶感に震えた。

「どうして、クララなんかがっ……!?」

彼女の側に侍っている者たちは気付いていなかったけれど、離れて見ていると、クララがセシリアを貶めようとしていることも、礼儀作法や教養が足りていないことも分かることだ。

どう考えても、身分以外は私の方が優れているのに!!

心の底から『不公平』だと呪った。

けれど、そんな私の胸の中を焼く不満は、王家がクララの『療養』を公表したことで消えてなくなった。

やはり、あの程度では務まらなかったようだ、と胸を撫で下ろしていると、新たな噂が流れ始めた。

『新しい王太子妃候補を探し始めたらしい』

下位貴族の者たちが色めき立ったが、王家はそれに反応することはなく、慣例通りに高位貴族からギリギリ許容出来る伯爵家まで検討したらしい。

クララでも『候補』になれるなら、私だって……。

そんな気持ちが湧き上がったけれど、当時の私はまだ14歳。

あまりにも若すぎたせいか、私に声がかかることはなかった。

そして、18歳となる今───。

正妃としては、先王陛下や貴族院の重臣たちには、認められなかったかもしれない。

けれど、『側妃』なら……。

大丈夫。国王陛下は「待ってくれ」と言った。

王妃陛下が認めてくれないかもしれないけれど、国王陛下はこの国の頂点に立っている方だ。

いざとなれば、王妃陛下の意見くらい切り捨てることくらい、造作もないはず。

「……ふふっ」

屋敷へ戻る馬車の中で、私は堪えきれず笑みを漏らした。