作品タイトル不明
Ep.78 理性の崩壊
双子が1歳になった頃、慣例通りに魔力適性検査が行われた。
結果は、私の疑念を更に深めてしまうものになってしまった。
ルシアンの魔力適性は『風』『火』『土』、そして『闇』の四属性だった。
ルチアも『風』『火』『水』『土』の基本の四属性。
四属性は決して少ないわけではないが、王族は貴族よりも多くの属性を持ち、私も基本の五属性持ちだ。
そして『闇』属性は希少だが、我が王家で現れたことがない……。
成長するにつれ、ルシアンはどんどんヴィクトリアに似てきており、産まれた頃は私に似ていると言われていたルチアも、私の色だと思っていた髪は伸びるに従い、蜂蜜色よりも淡いブロンドへと変わっていく。
ヴィクトリアが不貞を犯すなど信じたくない……。
目の前の事実は重い鉛となって私の心を蝕んでいくが、それを口にすることは出来なかった。
そんな私の心の隙間を埋めるように、カルミアとの距離はだんだんと近くなっていくが、きちんと節度を持って接しているつもりだ。
けれど、双子への疑念が大きくなるほど、カルミアに絆されていく自分がいることにも気付いていた。
「ハインリヒ様? 最近、スターリング伯爵令嬢と随分と親しくされているようですわね」
突如、朝食の席で投下されたヴィクトリアの言葉に、どくん、と強く心臓が跳ね上がる。
鼓動が早鐘を打ち、耳元で鳴り響いて聞こえるが、動揺を悟られないようにするのに精一杯だった。
「……そうか? 確かに執務の参考として、一般的な意見を聞きたい時に相談することはあるかもしれないが……」
「あら。相談でしたら、私やアシュフォード公爵でもよろしいのではないかしら?」
彼女はいつも通り、穏やかに微笑んでいるはずなのに、その『黄玉色』の瞳が、獲物を逃さない肉食獣のそれに見えて仕方がない。
自分の中にある疚しさのせいか、彼女の一挙手一投足に、息が詰まるような威圧感を感じてしまう。
「そ、そうだな。だが、国政に関わりのない、一令嬢の意見としてだな……」
「私は心配しておりますの。ハインリヒ様が、私との魔法契約を違えようとしてないか……と」
──────『魔法契約』
私の言葉を遮り、その単語が出た瞬間、背中に冷たい汗が伝うのを感じ、ごくり、と喉を鳴らす。
「……ま、まさか。忘れるはずがないだろう」
「そうですわよね。ふふっ。あまりに仲睦まじく見えましたので、つい勘ぐってしまいましたわ」
彼女は小さく笑い、優雅に食事を再開させたが、私は先ほど感じた恐怖を拭いきれずにいた。
食事を済ませ、そのまま執務室へ向かいながら、私は深い思考の海に沈む。
『魔法契約』のことは、あえて考えないようにしていた。
ヴィクトリアへの『愛』は変わっていない……だが、双子のことで彼女への『信頼』にヒビが入ってしまったことも事実だった。
それと反対に、カルミアへの『好意』が徐々に育ってきていることも感じている。
彼女を『側妃』の座に据えられたら、騒がしい貴族たちを黙らせることができるうえ、私よりも魔力量が少ないカルミアなら間違いなく『琥珀色』を持つ子を産むことができるだろう。
ただ、そうするには『魔法契約』の内容変更をヴィクトリアに願わなければならない────。
彼女は許してくれるだろうか?
私を愛している彼女は怒るだろう……だが、もしかしたら……。
そんな自分勝手な期待が高まり、必死に理性でそれを振り払うが、胸の奥で燻り消えない。
「……陛下? どうかなさいましたか?」
カルミアの心配そうな声に、ハッと意識を引き戻された。
執務室に訪ねてきた彼女と、『休憩』という名のお茶会の最中だった。
室内には侍従も、彼女の侍女もいるのだ。
疚しいことなど『何もない』────自分にそう言い聞かせる。
「いや、すまない。少し考え事をしていた」
「そうですか……。もし、私に何か出来ることがあれば仰ってくださいませ」
「陛下のお力になりたいのです」と、健気に微笑む彼女に胸が高鳴り、自然と顔が綻ぶ。
「そういえば、カルミア。其方は今年、貴族学院を卒業するのだったな」
「……はい。三年生になりましたので……」
話題を変えたくて卒業の話を振ってみると、急に彼女の表情が曇ってしまった。
「?……どうかしたのか?」
「……その、私も18歳になりますので……父が「そろそろ、結婚相手を決めなくてはならない」と……」
彼女が絞り出すように口にした言葉に、頭を強く殴られたような衝撃を受けた。
……そうだ。何故、忘れていたのだろう。
貴族令嬢は、学院を卒業する頃に婚姻する者が殆どだ。
私もセシリアと婚約していた時は、その予定だったのに────。
カルミアが他の男に嫁ぎ、そして、その男の子を産む?
この穏やかに共に過ごす時間も、すべて失われるというのか?
『彼女を失うかもしれない』という恐怖と同時に、強い焦燥感に駆られた。
「私も貴族の娘ですから……家の為に嫁がなければならないということは、重々承知しております。……ですが、出来るなら、お慕いしている方に嫁げたらと……夢を見てしまいます」
どこか諦めているような陰りを残したまま、眉尻を下げ、無理矢理微笑む表情に、私の胸が酷く痛んだ。
「……誰か、望む者がいるのか?」
平静を装いながら言葉を紡ぎ出したが、上手く声が出ない。
「……私が望むには、あまりに高く、尊いお方ですから……」
「それは……」
縋るように、涙を堪えながら答えた彼女の言葉に、私は驚きで目を見開いた。
もしかしたら……いや、思い違いではないだろう。
彼女が私に向ける眼差し。
言葉の端々に感じる仄かな好意。
「……その、想い人が誰か……聞いても、いいか……?」
答え合わせをするように震える声で問いかけると、カルミアは黙ったまま、カーネリアン色の瞳を伏せた。
私たちの間に流れる空気に、背後に控える侍従が息を呑む気配がしたが、そんなことなど気にならなかった。
彼女の気持ちを受け入れてはいけない────本当に?既に、私は認めていたのでは?
『魔法契約』を破ることは出来ない────だが、契約内容の『変更』は可能だろう?
ルシアンや、ルチアという跡継ぎもいる────『琥珀色』を持っていないのに?
ヴィクトリアを『愛している』────私を裏切ったかもしれないのに?
────国王なのに、 私(お前) は、自分の『望み』一つ叶えることも許されないのか?
頭の中で、もう一人の自分の声が響き、理性の薄氷がパリン、と音を立てて粉々に砕け散った。
「……もう少し、待ってくれないか……?」
「え……?」
「王妃に、許しを貰うまで……待ってくれないか……?」
室内に低く響いた私の言葉に、カルミアは目を見開き呆然とした後、涙を零しながら、花が咲くように晴れやかに微笑んだ。
「……はいっ!」
その愛らしい姿を目に焼き付け、必ず二人の『望み』を叶えることを、私は心に固く誓った。