軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Ep.76 劣等感

ルシアンとルチアが産まれたというのに、一部の貴族たちによる『側妃推進』の動きは収まるどころか、むしろ勢いを増していた。

王子の瞳が『琥珀色』ではなかった⸺⸺その事実が、彼らを余計に勢いづかせたらしい。

「やはり、魔力量の多い帝国の皇族出身では、我が国の王族の証である『琥珀色』は受け継がれにくいのでは?」

貴族院会議が始まり、形式ばかりの祝辞が終わるやいなや、『側妃推進派』の筆頭であるスターリング伯爵が、ニヤニヤと勝ち誇ったような笑みを浮かべて言い放った。

「伯爵の仰る通りですな。むしろ、「殿下方は本当に陛下のお子なのか」……などという不届きな噂もありますが……」

「貴様っ!!」

伯爵の腰巾着である子爵が、彼に続くようにヴィクトリアを侮辱する言葉に、カッと頭に血が上り、勢いよく立ち上がろうとして椅子の脚が床と擦れ、不快な音を立てた。

そのまま、子爵を怒鳴りつけようとしたその瞬間⸺⸺。

「⸺⸺まあ。 伯爵も子爵も、随分と面白いことを仰るのね」

場を支配したのは、鈴の音のような、けれど芯まで凍てつくような冷ややかな声だった。

声の主であるセシリアへ、伯爵が顔を歪める。

「……どういう意味ですかな。ブランシェ侯爵」

「いえ、『琥珀色』を王族の証と仰るんですもの。確かに王族の男子には多いですが、女子で持つ者はほぼおりませんわ。……お二人の論理では、『琥珀色』を持たない王女は、王族ではないのかしら?」

広げた扇子で口元を覆い、セシリアは目を細めながら、獲物を見据えるような視線を向けた。

「……っ! そ、それは……」

自分たちの矛盾を突かれ、二人の顔が見る見るうちに青ざめていくが、セシリアの追撃は止まらない。

「私は王族教育をすべて修めておりますが、『琥珀色』が王族の証とは存じ上げませんでしたわ。……不勉強でお恥ずかしいですが、どちらの資料に記載があったのか、ご教示願えまして?」

扇子をパンッ、と乾いた音を立てて閉じると、穏やかな笑みを湛えながら、逃げ場を失った彼らをジリジリと追い詰める。

「そ、それは……共通の認識として……」

「まあ! 我が国は男女共に王位継承権がございますわ。帝国と違って継承権の証でもない瞳の色に、これほどまでに拘る意味はありまして? それとも……」

扇子の先を口元に添え、冷徹な視線が射抜くように二人を捉える。

「王妃陛下を貶めたかっただけかしら? それは不敬でしてよ?」

セシリアの放つ圧倒的な威圧感に、もはや二人は声を出すことすら叶わなかった。

スターリング伯爵が、悔しそうに顔を歪ませながら拳を強く握り締めているのを見て、いつも彼に追従している者たちは気まずそうに目を逸らしている。

「……ブランシェ侯爵の言う通りだ」

私は、ようやく絞り出すように声を上げた。

「『琥珀色』の瞳は王族の証ではない。王妃の不貞を疑うような発言を口にするなど不敬だ……次はないと思え」

先ほど、伯爵たちに恭順した者たちを睨みつけるように見回し、私は警告した。

その後の会議は、いつものように足を引っ張られることもなく、滞りなく話が進んだ。

けれど、私の胸中は黒い靄に支配されていた。

セシリアがいたから、話が纏まった。

……私一人の力では、彼らを黙らせることすら出来なかったのだ。

執務室へ戻る回廊を歩きながら、自分の不甲斐なさに溜め息を吐き、ふと中庭へ視線を向けると、そこには見慣れた姿があった。

「スターリング伯爵令嬢」

「あっ、陛下。ご機嫌麗しゅう存じます」

私の姿に気付き、慌ててカーテシーをする彼女の姿に、どこかほっとしている自分がいた。

彼女の作法は、高位貴族としてはお世辞にも完璧とは言えない。

だが、その『至らなさ』が、今は微笑ましく、酷く安心出来るものに思えた。

「顔を上げよ。今日も伯爵を待っているのか?」

「はい……と申しましても、特にすることもなくて……」

スターリング伯爵令嬢は困ったように眉を下げ、気まずそうに視線を落とした。

恐らく、伯爵が私に売り込む為の『道具』として連れてこられ、その意図に戸惑っている⸺⸺そんな風に見えた。

「……そうか。其方も大変だな」

「……あの、陛下? 何か、お辛いことでもございましたか……?」

思った以上に声が暗くなってしまい、心配そうに見上げてくる瞳から思わず視線を逸らす。

「そうだな……。少し、自分の未熟さに落ち込んでいただけだ。気にしなくていい」

「……陛下でも、落ち込むのですね」

意外そうに目を丸くする彼女に、私は苦笑した。

「それはそうだろう。私も人間だからな。完璧には程遠い」

そう、自分の気持ちを言葉にしてしまうと、先ほどの場面が脳裏に浮かび上がり、再び胸の中に黒い靄が広がっていく。

「……比べなくても、よろしいのではないでしょうか?」

「えっ?」

唐突な言葉に、耳を疑った。

「未熟な部分に気付く、ということは何かと比べたということではありませんか? 足りない部分は、下の者に任せてしまえばよいのです。陛下は国王として頂点に立っているお方です。陛下が一番優先されるべきなのですから」

平然と紡いだ彼女の言葉に、目の前が開けた気がした。

今までは何事も完璧にこなし、下の者を引っ張っていく立場なのだと思い込んでいた私の肩の荷を、彼女の言葉と屈託のない笑顔が軽くしてくれたのだ。

「……そうか。任せていいのか……ありがとう。其方のおかげで、気持ちが楽になった」

「いえっ!……その、陛下のお役に立てましたら、嬉しいです……」

頬を赤らめ、はにかみながら俯く彼女を『愛らしい』と思ってしまった。

彼女はあのスターリング伯爵の娘だ……関わるべきではない。

分かっているのに、どうしてもこの高鳴る胸を止められない。

「カルミア嬢……と、呼んでも良いか?」

一瞬の驚きの後、彼女は弾けるような満面の笑みで、「はい!」と答えた。

⸺⸺⸺

陛下がその場を去った後、私は馬車停めへ向かい、スターリング伯爵家の馬車に乗り込んだ。

中では、お父様がニヤニヤと浅ましい笑みを浮かべながら待ち構えていた。

御者側の壁をコンコン、と叩くと馬車が動き始め、腕を組み、先ほどと表情を変えずに先ほどの問いの答えを無言で促される。

「順調ですわ。恐らく、陛下のお気持ちは、かなり私に傾いているかと……」

微笑みを浮かべながら淡々と答えると、お父様は身を乗り出してきた。

「ほう……! ならば、すぐにでも側妃として⸺⸺」

「いいえ、それはお止めください」

私は窓の外で流れる景色を眺めながら、感情を乗せずにお父様の言葉を遮った。

「陛下はお父様たちを警戒されております。無理に押し通そうとすれば、せっかく私に食いついてくださったのに逃げてしまいますわ」

少し考えたら分かるであろうことも、生まれつきの浅はかさで、すぐに感情のまま動くのだから困る。

「だが、王妃に子が産まれた今、時間が⸺⸺」

「黙って見ていてくださいませ。……陛下の方から、私を側妃にと『乞わせて』見せますわ」

私は、向かい側に座る愚かなお父様へ、穏やかな微笑みを向けて見せた。