軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

86話 ルーティは振り返り、楽しげに笑う

「ありがとうございました」

薬を買っていった客に俺は頭を下げる。

カウンターの下には、新しく買い直した銅の剣が鞘に収まって置かれていた。

鍛冶屋のモグリムからは、「また銅の剣か」と文句を言われたが、俺はこの安物の武器に、なんだかんだで愛着が湧いている。これは俺のスローライフの決意と象徴みたいなものだ。

「レッド、配達終わったよ」

お客と入れ替わるようにリットが帰ってきた。

空になった薬箱を片付けて、俺の隣りに座る。

と、同時に店の奥から小走りでやってくる音が聞こえた。

「お兄ちゃん、庭の薬草のお世話終わったよ」

ルーティとティセだ。

2人は新しく買った農場の種まきが終わった後で、しばらくはやることもない。そのため、昨日から俺の庭で薬草の育て方を教えていた。

今日は朝、剪定のやりかたを教えて、やってもらっていたところだ。

今日はレッドエッグという薬草を剪定してもらった。

レッドエッグは1メートル未満の低木のレッドエッグの木になる赤い実なのだが、冬の間は葉を落とし活動を停止する。

その間に、枝を落とし養分を集中させるのだ。この時は、大胆に三分の一くらい残して枝をばっさり切ってしまって良い。

レッドエッグは初夏が収穫時期で、気温の高いゾルタンではかなり早い時期に収穫できる。薬草だがナスのような味のする植物で、高級料理の具材としても使われる。解熱剤として効果があり、ゴブリン熱などの危険な熱病の症状緩和にも使える。

ゾルタンでは需要の高い薬草だが、野生のものは実が小さい。これを大きく育てるのは結構楽しく、達成感がある。

育て甲斐のある薬草の1つだ。

「お疲れさん、後で確認しておくから、しばらく休憩してていいよ」

「……私も手伝う」

そう言うと、ルーティは俺の隣、リットの反対側にトンと座る。

「いいのか? 結構疲れただろ?」

「脚が疲れた時に座るのって、すごく気持ちいい」

ルーティはそう言ってニコリと笑う。

そして俺の左腕を取って、身体をぎゅっとくっつけた。

「むっ!」

対抗して、リットが俺の右腕を取った。

ルーティと違ってボリュームのある感触が腕に伝わる。

「ぐぬぬ」

ルーティは悔しそうにリットをじとーっと半眼で睨んだ。

リットも負けじと余裕の表情で睨み返す。

一瞬、張り詰めた空気が店に漂う。が、

「ぷっ、あはははは!」

ルーティとリットは同時に吹き出し、声を上げて楽しそう笑った。

「何やってるんだか」

俺は苦笑しながら、ルーティから漂う穏やかな雰囲気に目を細めた。

そこにはリットから“怖い”と言われた『勇者』の姿はない。ここにいるのはただの少女ルーティだ。

「この場合、私はどう声をかければいいんでしょう」

ティセは俺達の様子を見て、呆れ半分、ルーティが幸せそうにしているのを見て喜び半分といった様子で言った。

肩のうげうげさんも、トントンと、ティセの肩を叩いてルーティの変化を喜んでいるようだった。

カララン!

と店の入口のドアベルが激しく音を立てた。

「る、ルーティさん!」

駆け込んできたのは冒険者ギルド職員のメグリアさんだ。

「至急の依頼が来まして! 世界の果ての壁から降りてきたオーガの集団が村を占拠して……対応にいったCランク冒険者も捕まってしまって!」

ルーティは俺の腕を離すと立ち上がった。

「分かった」

ルーティが頷いたのを見て、俺は銅の剣の横に置かれた、ルーティの剣を渡す。それは穴の空いたゴブリンブレード。

「お兄ちゃん、いってくるね」

「ああ、気をつけてな」

唯一のBランクだったビュウイが行方不明となったゾルタン。その穴をルーティとティセのパーティーが埋めることになっていた。

あくまで、副業。薬草農園の片手間という条件付きだが、ルーティはゾルタン当局から打診されたBランク冒険者への昇格を了承した。

冒険者として名乗っている名は“ルーティ・ルール”。俺と違って普段から偽名を使い続けるのが慣れないらしく、周りからはルール、親しい人からはルーティと呼ばせることで落ち着いた。

ルーティは普通の服の上から鉄片の入ったアーマードコートだけを羽織る。

戦いにいくには決して十分な防具とはいえないが、戦いの側に傾きすぎない格好としてルーティは、このスタイルでいくと決めたようだ。

ルーティはもう『勇者』ではない。人助けを強要する衝動はもうない。

だが、それはルーティが苦しんでいる人を見て放っておけるような人間になれたわけではなかった。

最初は、人助けに対する躊躇のようなものを感じていたようだ。

だが俺が、

「せっかく自由になれたんだ。勇者に囚われず自分のやりたいようにやるといい」

と伝えると、すっきりした様子で助けたいと思えば助ける、思わなければ助けないという形で冒険者をすることに決めていた。

「やはりルーティ様は勇者だと思います。加護が与える役割などではなく、自分の意思で戦う勇者です」

「そうだな」

ティセの言葉に俺は頷く。

これがルーティのスローライフ。『勇者』に囚われず、勇者のスローライフを生きる。

颯爽と歩くその後姿は、もう誰かに歩まされているものではない。

「ルーティ! 帰ってきたらなにか好きなもの作るよ。何がいい?」

俺が声をかけると、自分の意思で人生を歩みだした少女は、くるりと俺の方を振り返る。

「はちみつミルクがいい」

そう言って、俺の妹はごく自然に、そしてすごく可愛い笑顔を浮かべたのだった。