軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

85話 勇者

「ようレッド!」

店に入ってきたのはゴンズだ。

「タンタが風邪引いちまって」

「風邪薬だな。ちょっと待ってろ」

俺は棚から薬を一週間分取り出し、袋に包んだ。

「妹さんのことはうまく行ったのか?」

「ああ、もう大丈夫だ」

俺がそう言って袋を渡すと、ゴンズは安心したように笑った。

「そりゃ良かった。そのうち俺にもちゃんと紹介してくれよ」

ゴンズには事情も説明せず心配をかけてしまった。

ゾルタンに住む者らしく、俺達の過去を詮索することはないだろう。口は軽いが踏み込んではいけないことはわきまえているやつだ。

それでも、妹のことはちゃんと紹介したい。勇者であることは伏せていたとしても、俺にはルーティという妹がいたということを下町の仲間たちにも知ってもらいたい。

「ああ、今度みんなで遊びに行こうか」

ルーティだけではない。ティセもダナンも紹介したい。

一緒に戦った戦友達だから。

☆☆

午後。

俺とルーティとティセ、ダナンは、ゾルタン中央区の教会にやってきていた。

「至高神デミスよ。今、あなたの 御下(みもと) にあなたの忠実な子が最初にして最後の巡礼に参ります。子が歩みし人生は『加護』に刻まれ、そしてその罪は『加護』と共に 御下(みもと) へお返しいたします。もし子の『加護』が徳に満ちるのであれば、どうか涅槃界ニルヴァーナへ導き給え。未だニルヴァーナへの門をくぐる資格を得られぬならば、どうか新たな『加護』を授かるその日まで、御身の忠実なる子、アレスの魂を安らかに眠らせ給え」

司祭はそう言って棺に眠るアレスの顔に香油を垂らす。アヴァロン大陸では万国共通のスノウローズの香りが微かに広がった。

良い匂いなのだが、葬儀で使われるためどうしてもスノウローズの香油には死者のイメージがある。教会では日常的に使用するため、どの教会でもスノウローズの花壇があることも、この花の香りのイメージが固定化する一因だろう。

そういえばアヴァロン大陸の詩人は、人生の中でスノウローズの花の詩を必ず1つは作るという。俺は詩を吟じるに才能はないが、やはり何か心に感じるものはあった。

参列者は俺達4人と、神父とその手伝いが2人だけ。

英雄の葬儀というにはあまりに寂しい門出かもしれない。

だが、棺に横たわるアレスは文句を言うこともなく、静かに目をつぶっている。

聖方教会の教義では、生前の罪は『加護』に記録されると言われている。そして、その罪は、デミス神に『加護』をお返しするときに、本人からは失われ、新たな『加護』を授かった来世では、また無垢な魂として転生できる。

だがもしデミス神の教え、つまりは聖方教会の教義に従わない生き方をしていた場合、その『加護』をデミス神が受け取ることはなく、罪を背負った魂は、“デーモン 上帝(オーバーロード) ”のいる七層地獄界セブンヘルズの奴隷として永遠に苦しめられる……ということになっている。

司祭は手にした鈴をしゃらんと鳴らした。

「では、レッドさん」

「はい」

俺はしきたりに従い、アレスの棺の中に薪を1つ入れる。同じようにルーティ、ティセ、ダナンが薪を1つずつ入れた。

神父は最後にもう一度祈りを捧げる。アレスがどれだけ忠実な信徒であったということを、デミス神に伝えるためだ。

「これで葬儀は無事終了いたしました。ご存知だとは思いますが、死後7日目に火葬致しますので、もしご希望ならばその日もう一度故人とお会いすることも出来ますが」

「……いや、結構です」

少し迷ったが俺は断った。

アレスはようやく、『賢者』として戦いから解放されたのだ。ゆっくり眠らせてやりたい。

「分かりました」

微笑を浮かべ、司祭はしゃらんと鈴を鳴らす。こうして『賢者』アレスの葬儀は、静かに終わったのだった。

☆☆

教会の外にでると、すでに太陽は赤くなり、地平線にあった。

「ふぅ」

以前貸服屋から礼服を借りたときは、店を建てた時のパーティーだった。

今回は、仲間の葬儀。

それがなんだか俺には不思議なことに感じられた。

「お兄ちゃん」

「どうした?」

「ごめん、お兄ちゃんばかりに背負わせて」

俺はルーティの頭を撫でた。

「心配してくれてありがと」

アレスを斬ったことに後悔はない。後悔は無いが仲間を斬るなんて二度とやりたくないというのが、今でも俺の正直な気持ちだった。

「やっぱり、俺はこのゾルタンでのんびり暮らす方が性に合っているようだ」

壊れた銅の剣もまだ買い直していない。今、俺の腰にはなんの武器もなかった。アレスの葬儀が終わるまで、どうしても買い直す気になれなかったのだ。

「俺もようやく変わったな」

ゾルタンでスローライフを始めた頃は、戦いを避けてはいたが、常に武器が無いと落ち着かなかった。

タンタが白眼病を患って、ゴンズが俺に助けを求めに来たときも、玄関を出た俺の腰には剣があった。

鋼の剣ではなく銅の剣をずっと身につけていたのは、そうした未だ抜け切らない戦いの習慣へ、精一杯抵抗していたからだ。

「帰ろっか」

ルーティが俺の腕を取って笑う。ルーティの腰にも剣はない。

俺も笑みを返し、まるでどこにでもいる兄妹のように、ゾルタンの街を歩いていった。

この戦いに満ちた世界で、武器を手に取らずに生きることは難しいだろう。俺も、明日には新しい銅の剣を買いに行く予定だ。

だが、武器を『加護』に持たされるのではなく、大切な人を守る自分の意志で持ちたい。剣を振るうのも『加護』からスキルを使うのも、自分の意志でありたい。

そんなことを、俺はルーティと歩きながら考えていた。

☆☆

夜。

ルーティ、ティセ、ダナンにも夕食を振る舞った後。俺は食器の片付けをリットに頼んで、夜空を見上げていた。

「よう」

背後から声がした。ダナンだ。

「美味かったぜ。やっぱお前の飯はいい」

「あんがと」

「旅に戻ったら、もう食えないんだな。残念だ」

「やっぱり、療養が終わったら出ていくのか」

「ああ、俺ぁ、俺の故郷を破壊した魔王を許さねぇと誓ったんだ」

「そうか」

しばらくはまだダナンと会うこともあるだろうが、それも半年くらいのことだろう。

戦うことを止めた俺と、『武闘家』ダナンとは進む道が違うのだ。

「なぁレッド。俺は頭悪いからよく分からねぇけどよ……今回の件、なんつうか、色々とひっかかる部分が多すぎる気がするんだ。お前なら気がついてるんだろ?」

「……そうだな、なぜシサンダンが生きていたのか。なぜシサンダンが神・降魔の聖剣の在りかを知っていて、それを求めていたのか」

シサンダンが持っていた剣が初代勇者の遺物であると、俺もテオドラから聞いていた。テオドラからも、ダナンと同じように、今回の一件は何かが変だと警告を受けている。

そしてなにより疑問なのは、

「なぜ神・降魔の聖剣は5本あったのか」

「だな」

神・降魔の聖剣は全長1メートルほどのロングソードだ。

言うまでもないが、人間やエルフの腕は2本しかない。2刀流でも2本あれば足りる。

その剣が、5本もあったのはなぜか。

「……予備ってわけじゃないだろ」

「神様がそんな気前がいいとは思えないな」

神から授かった伝説の剣。降魔の聖剣以外にも、伝説や神話に登場する武器はあるが、どれも一品ものだ。予備をくれるなんて聞いたことが無い。

「ルーティが聞いたシサンダンの言葉……おそらくは」

多分、あの5本の神・降魔の聖剣は多いのではなく“足りなかった”のだ。2代目勇者が1本持っていった為に。

「本当は6本あったんだと、俺は思う。それなら“数が合う”からな」

そう、6本あれば足りる。

☆☆

暗黒大陸。地下世界アンダーディープ。その中にあるアスラ達の国“アスラクシェートラ”、その首都である魔王城。

王座に座るのは巨大な影。立ち上がれば全長5メートルを超える巨人。

その6本の腕と身体は理想的に鍛え上げられた戦士の肉体であり、その顔は憤怒の形相を浮かべ、その額には炎を宿す三眼が見開かれている。

憤怒の魔王タラクスン。アヴァロン大陸を侵攻する魔王軍の王であり、アスラデーモンの大戦士の姿。

タラクスンは本来の憤怒の魔王であるラスデーモン族を滅ぼし、その地位を奪い取った簒奪者でもある。

タラクスンは何かを探るように4本の腕を動かしていた。そして残り2本の腕は胸の前で印を組んだまま動かない。

すると、やがて光がタラクスンの足元へ集まりだす。

光は量を増し、巨大な塊となった。

そして光は形となり、質量を持つ。

やがて光は、アスラデーモン・シサンダンの姿へと変わった。

シサンダンは慣れた様子で 跪(ひざまず) き、頭を垂れた。

その姿を見下ろしながら、魔王は動かしていた手を止め口を開く。

「おお、勇者よ。死んでしまうとは不甲斐ない」

デミス神の被造物ではないアスラ達は、魂の循環する大いなる流れの外にある。

アスラの魂は常にアスラ王の元へと戻り、そこで再び同じアスラとして転生する。

アスラ達は元来、決して強い種族ではない。かつて世界が『シン』にあふれていた時、アスラの勇者達は幾度となく敗れ、殺された。

だが敗れたアスラは敗北から学び、また敗れて学び、何度殺されてもアスラは諦めることなく戦い続け、やがて『シン』の王を滅ぼした。

その不屈の意志、そして在り方こそが“勇者”である。これがアスラ達の哲学だった。

「しばらくは失った力を取り戻すが良い勇者シサンダンよ」

「はっ」

シサンダンは力強く頷いた。アスラといえども、死ねば魔力や鍛え上げた身体など多くの力が失われる。

だがかつて得た力以上のものを得るという勇気を敗北は与えてくれる。ゆえにアスラは誰一人として死と敗北を恐れない。

(さらに鍛えねば)

シサンダンはルーティの一撃を思い出し。その破壊力を畏敬する。

あの域に達することが、自分にできるだろうか? 道は遥か遠く、だがそれが不死不滅のアスラにとっては何よりも嬉しい。

頭を垂れるシサンダンは口元を喜びで歪めたのであった。