軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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その噂を聞いたのは、昼休みの食堂だった。

「えっ、レオンさん地方行くんですか?」

思わず聞き返した私に、向かいの猫獣人女性文官が頷く。

「なんか王城からの依頼らしいですよ〜。長期になるかもって」

「へぇ……」

「まあレオンさん仕事できるから、中央に引き抜かれても不思議じゃないですよね」

その瞬間、胸の奥がすうっと冷えた。

(……え)

長期?中央?引き抜き?

つまり

(……騎士団からいなくなるの?)

途端に食事の味が分からなくなった。先程の考えが頭の中をグルグルまわり、その後の会話もほとんど入ってこない。気づけば私は、ぼんやりスープを掻き回していた。

「副隊長?」

「えっ?」

「顔色悪くないですか?」

「だ、大丈夫です!」

慌てて笑う。でも全然大丈夫じゃなかった。

それから数日、レオンさんは忙しそうだった。総務部へ行っても不在のことが多く、会えても短時間。

しかも周囲には大量の書類が積み上がっていて、声をかけるのも申し訳ない。私は遠巻きに見る事しかできなかった。

(……忙しそう)

寂しい。会いたい、話したい、それなのにもうすぐ会えなくなるかもしれない。そう思うたび、胸がぎゅうっと苦しくなる。

夜もあまり眠れなかった。常に落ち着かず、そわそわする。ここ数日、耳も元気がない。今まで本人の意思など、完全に無視してもれていた鳴き声も、ピタリと止まったままだ。

同僚の騎士たちに、

「副隊長最近どうしたんです?」

と心配される始末だった。

でも理由なんて、自分でも分からない。いや本当は、もう気づき始めていた。

私はレオンさんが好きなんだ。

出発の前日、終業時間をむかえた夕方になっても総務部の灯りは、まだ消えていなかった。

私はその灯りをみつめて、廊下で立ち止まる。

胸が苦しい。このまま行っちゃうの?ちゃんと話せないまま?嫌だ、それは嫌。このまま会えなくなるなんて…

ぽろり、と涙が溢れ頬を伝う。

「っ……」

自分でも驚く。なんで泣いてるんだろう、こんなのまるで…恋してるみたいじゃない。

(……いや、違う。みたいじゃない)

好きなんだ。私はレオンさんが好き。顔だけじゃない、冷たそうに見えて本当は優しいところとか、一緒にいると安心するところ。声を聞くと落ち着く、匂いを嗅ぐとほっとする、触れられると嬉しい。もう会えないなんて嫌、それも全部好きだからだ。

気づいた瞬間、もう駄目だった。抑えきれぬ気持ちを抱えて、私は勢いよく総務部の扉を開けた。

「レオンさん……っ!」

室内にいた文官達がびっくりした顔で、一斉にこちらを見る。それから涙目の私を見て、全員すっと目を逸らした。

「えっとぉ…今日はもう帰るかぁー」

「お疲れ様でーす」

「よし帰ろ、帰ろ」

「今日は空気が重いですねぇ」

「みんなー帰るぞー」

レオンさん以外の全員が、逃げるように消えていく。レオンだけがまだ、ぽかんと私を見ていた。

「……エレナ?」

私はその姿を見た瞬間、たまらなくなった。

「っ……!」

駆け寄るり勢いのまま、ぎゅっと抱きついた。レオンの身体が硬直する。でも今はそんなことを気にしてる余裕なんかない。

顔を胸元へ押し付けた瞬間、ふわりとレオンの匂いがした。

木の香り

インクの匂い

お茶の香り

肺の奥まで深く吸い込むと、安心する。胸がじんわり温かくなる。

あぁ、やっぱり好きだ。

私は涙声のまま、服を掴んだ。

「やだ……」

レオンの呼吸が止まる。

「……エレナ」

「行かないで……っ」

その瞬間。

ゴゴゴゴゴゴ……

空気が震えた。今までの比でないほど、棚の書類が揺れる。窓硝子もびりびり鳴った。

レオンの低周波だ。とても心地よい振動に安心してしまう。その事実が、また胸を熱くする。

レオンの腕が、恐る恐る私の背へ回った。

「……それ、反則でしょう」

掠れた声だった。

「だって……レオンさんが遠くにいっちゃうかもって!」

「俺がどれだけ我慢してきたと思ってるんです」

ぎゅう、と抱き締められる。力強い抱擁なのに、苦しくなくむしろ落ち着く。

その瞬間。

ビリリ……

私側からも低周波が返った。いつもの無意識ではない、エレナの求愛の鳴き声がレオンの鳴き声と共鳴し、空気が甘く震える。

レオンが目を見開いた。

「……っ」

私は涙を拭きながら、必死に言葉を絞り出した。

「好き、です……」

言った瞬間、レオンはボンッと音がしそうなほど、真っ赤に赤面し体が微かに震えた。それからレオンはしばらく固まっていた。何秒ほどだろうか、3秒、5秒、エレナには永遠に思えるほど長い一瞬の後、レオンは観念したみたいに深く息を吐く。

「……もう離しませんからね」

吐き捨てるような言い方だったが、声はどこまでも優しい。おもむろにレオンは、机の引き出しを開け、そこから小さな箱を取り出す。

「……え?」

開かれた箱の中には、銀色のピアスが二つ入っていた。小さな黒曜石が揺れる、シンプルなデザインのもの。

「番の証です」

私は目を丸くする。

「えっ」

「本当は、もっとちゃんと渡すつもりでした」

「えっ!?」

「でも…受け取ってくれますか?」

心臓がうるさい。ドキドキドキドキ、倒れてしまいそうだ。でも嫌じゃない。むしろ嬉しくて…

「……はい」

その瞬間

ゴゴゴゴゴ……

今までで一番強い振動を感じ、共鳴した波が空気を甘く揺らす。

エレナを見つめたまま、レオンが小さく笑う。

「……可愛い」

「い、今それ言います!?」

「だって泣きながら番になってくださいって来たので」

「そ、そんな言い方してません!」

真っ赤になる私を見て、レオンはくすくす笑ったが、ふと真顔になり思い出したように口を開く。

「ちなみに…」

「はい?」

「異動じゃありませんよ」

私は固まった。

「……へ?」

「二週間の地方出張です」

少しの沈黙と、その後

「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」

王都中に響きそうな声が、総務部へ響き渡った。