作品タイトル不明
10
南方連合の騒動以来、なぜかレオンさんとの距離が、近くなった。本当に急に。
「……エレナ」
「ひゃい!?」
騎士団本部の廊下で突然声をかけられ、私はびくっと肩を震わせた。レオンさんだ、今日も顔面が良い。最近、前より声をかけてくれる回数が増えた気がする。
「これ、総務部へ提出する書類でしょう」
「あっ、はい!」
「ついでに持っていきます」
「えっ、でも!」
「どうせ戻るので」
さらっと私の手から書類束を回収する。微かにふれる長い指。近い距離で香る、ふわっと落ち着く匂い。
心臓がドキドキと存在を主張し始める。
「……ありがとうございます」
「いえ」
そのまま自然に隣を歩き始める。
(隣!!いや自然すぎません!?)
最近こういうの多い。食堂行けば隣にいるし、気づけば迎えに来るし、帰りも送られるし。最初は偶然かと思ってた。でも…絶対違う。いや、違うと思いたい私の勘違い?
「副隊長〜」
向こうから犬獣人の同僚騎士が手を振ってきた。
「あっ、お疲れ様です!」
私が返事をした瞬間。
ゴ………………
空気が低く震え、廊下の窓が微かに揺れる。犬獣人の騎士がぴたりと止まった。
「…………」
「…………」
そしてなぜか、すごく気まずそうな顔をした。
「え、えーと……お先に失礼するっす……」
そそくさと去っていく。
なんで?
「……最近、風強いですね?」
「そうですね」
レオンさんが嘘くさい笑顔で返した。なんだろう、絶対違う気がする。
◇
食堂でも。
「ここ、空いてます?」
気づけばレオンさんが向かいに座っている。
「わっ」
「嫌でした?」
「嫌じゃないです!」
慌てて否定する。するとレオンさんが少しだけ笑った。最近よく笑顔を見せてくれる。しかも、前よりずっと距離が近い。前はもっと壁があったような気がするのに。
「……ちゃんと食べてます?」
「え?」
「最近訓練増えてるでしょう」
そう言いながら、私の皿へ自然に肉料理を追加してくる。
「うわっ」
「細いんだから、もう少し食べてください」
「い、いやでも!」
「食べてください」
低い声で言われた。言い方は優しいのに、何故か逆らってはいけないような圧を感じ、思わず「はい」と返事してしまう。
なんなのこれ。なんか、すごい、恋人っぽい。……いや何考えてるの私!?
慌てて頭を振り正面に向き直ると、レオンさんが優しい眼差しでこっちを見つめていた。
カタカタ……
ときめくエレナの気持ちを表すかのように、テーブルの塩瓶が震えた。するとレオンさんからも優しい振動が返ってくる。
「わぁ」
最近これも増えた。レオンさんが返してくれる低周波と、私からもれる振動が共鳴しなんだか心地いい。
共鳴した空気はなんだか落ち着く。胸がぽかぽかする。
(……いやいやいや)
落ち着け私。ただのイケメンだ。ただの顔がいい、素敵なひと…
「どうしました」
「えっ」
「顔赤いです」
レオンさんが覗き込んできた。
近い!
近い近い近い。
心臓が爆発する。
「だ、大丈夫です!」
真っ赤な顔を隠すように、慌てて顔を逸らす。ふと、レオンさんの指先が私の耳へ触れた。
「ひゃっ」
耳がぴこんっと跳ねる。
「また動いてる」
レオンさんが小さく笑った。
だめだ。最近この人、私の耳触るの慣れてきてる。しかも自然に。
私は赤面しながら耳を押さえた。
「きゅ、急に触らないでください……!」
「すみません」
謝ってる。謝ってる?のに全然悪びれてない。しかも始末の悪いことに、指が離れた瞬間なんだか少し寂しかった。
(……あれ?寂しい?)
自分で思ってしまった事にはっとするが、その気持ちは消えてくれない。
その瞬間、耳はぺちゃんと垂れ
ビリリ……
私側から低い振動が漏れた。レオンさんの動きが止まる。2人のカップが小さく震えた。
私は慌てて口を押さえた。
「っっっっ!!」
(こんなの寂しいって言ってるようなものじゃん!何やってるの私の本能!!)
レオンさんが静かに目を細める。その視線が、妙に熱い。
心臓が跳ねた。
「……エレナ」
「は、はい」
「今日は送ります」
「えっ」
「夜道危ないので」
真顔だった。でもなんだろう、その声音が少しだけ低くて甘い。
私はますます顔が熱くなる。
「い、いや、一人で帰れますよ!?」
「駄目です」
即答だった。
「また他所の雄に絡まれたら困る」
低く優しい声。でもなぜか有無を言わさぬ迫力がある。
周囲のゾウ獣人達がさっきから、チラチラとこちらを見ていた。
「あー……」
「完全に囲ってる……」
「もう番じゃん……」
違うと思う、まだ恋人ですらない。でも、レオンさんの隣は落ち着く。匂いも、声も、触れられる手の感触も全部。心地いいと思ってしまうのだ。
そんな自分に戸惑う私の隣で、レオンは静かにコーヒーを飲みながら考えていた。
(……もう無理だろ)
囲う気しかない。他の雄に近づけたくない、触れられたくない、匂いを覚えられたくない。
番じゃない。
まだ。
でも心はもう、とっくに答えを出していた。