軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第95話 青天の霹靂

そして、貴丸が元伯の荷物から発見されてから幾日か後。

遠く、西の空で稲妻が走った。水夫の一人が、ちらと空を見上げる。

「……あれは早いな」穏やかだった空気へ、わずかに緊張が混じった。

そんな船上なので、本来なら、どこでもごろごろ転がって寝ていられる貴丸ですら、流石にこの船では安眠を楽しむ気にはなれなかった。

寝床は荷物の隅に追いやられ、常に船底はじっとりと湿っている。魚と潮の臭いが染み付き、時折どこからともなく吐瀉物の酸っぱい臭いまで漂ってくる。

荷の隙間では鼠が走り、船が揺れるたび、身体が板へ擦れる。

昨夜など、顔が妙にもぞもぞすると思って目を開ければ、黒い船虫が鼻先をかさかさと横切っていった。

そんな場所でゆっくりと寝れるはずがない。貴丸はさっさと寝袋を作っていればと、どれほど後悔したことか。

かといって、甲板へ長居するのも危ない。ここは外海だ。波が荒れれば普通に海に落ちる。しかも風は強く、吹きさらしで寒いのだ。

結果として、貴丸は完全に暇を持て余していた。

最初の日は、元伯や三兵衛、治兵衛と話して時間を潰していた。

都の話。堺の話。南蛮船の噂。京の公家はどうだとか、尾張は銭の匂いが違うだとか、そういう話は最初こそ面白かった。

だが、二日もすれば、貴丸はすっかり飽きてしまったのである。

そこで流石にやることが無くなった貴丸は、元伯から一文銭を何枚か小遣いとして貰い、それを指の間で弄り始めた。

貴丸がぶつぶつ言う。「バニッシュとパームと、マッスルパス、、は無理か、、リテンションはできそうだな」そう言って一心不乱に銭でなにやらやっている。

ころころ。ぱし。ころころ。時折、消えたように見えたと思えば、耳の後ろから出てくる。あるいは袖から落ちてくる。

「……?」最初に気づいた元伯が、胡乱げな顔をした。

「何をしておるのだ?」

だが貴丸は答えない。ぶつぶつと独り言を言いながら、ずっと銭を指の間で転がしている。

またある時は、小さい木の板の表裏に矢のような印を書いて指でくるくると回してニヤついていた。

そのうち今度は、紐や細い棒まで借り始めた。紐を結んでは解き。棒を指の上で回し。何やら妙な動きを延々と繰り返している。

「あー……こうじゃないんだよなぁ……」「落ちる……」「いや待て、こう持つのか?」

船の隅で一人、真顔でそんなことをしている幼子は、かなり不気味だった。

その後、今度は紙と筆を持ち出した。六枚の紙を、わざわざ同じ大きさへ切り揃えると、そこへ数字をすらすらと書き始める。

「一、二、四、八、十六、三十二……」「二進法だから……」「いや、六十四までいらんか」

相変わらずぶつぶつ言いながら、何やら規則的に数字を書き込んでいく。

元伯たちは最初こそ覗き込んでいたが、途中から意味が分からなくなって放置した。

そして昼過ぎ。元伯へ、突然、貴丸がにやりと笑いながら近づいてきた。

「ねぇ、じいさん」

「なんじゃ」

「一から六十三までで、好きな数字を頭に浮かべて」

「……ほう?」

「でも口に出しちゃ駄目。頭の中だけね」

そのやり取りを聞き、暇をしていた三兵衛と治兵衛まで寄ってくる。

元伯は少し面白そうに顎を撫でた。

「うむ。決めたぞ」

すると貴丸は、例の六枚の紙を一枚ずつ広げ始めた。

「じゃあ聞くよ」

「その数字、この紙にある?」

元伯は紙を見る。「ああ、あるな」

次。「これは?」「……ない」

また次。「これは?」「ある」

そうして六回ほど問答が続いた。そして最後。貴丸が、にやりと口角を上げる。

「じいさんの数字――二十四だろ」

その瞬間だった。元伯が目を見開く。

「なっ……当たっておる!?」

横で見ていた三兵衛も「おおっ」と声を漏らした。治兵衛など、完全に素で驚いて、思わず貴丸へ聞いた。

「な、なぜ分かったのです?」

だが貴丸は答えない。ただ腕を組み、「むふふふふ」と、妙に悪い顔で笑っているだけだった。

「教えぬのか?」

「企業秘密です」

「きぎょう?」

「まあ、とにかく秘密」

意味は分からないが、とにかく秘密らしい。すると治兵衛が、半ば感心したように言った。

「貴丸殿。その奇妙な芸、一体なんと申すのです?」

そう問われ、貴丸は少し考え込む。

「うーん……」

「幻術……いや……奇術、かな? あ、そうだ! 手力です!」

そう言って、怪しげに笑い顔の前で両手を広げて、どこか楽しそうに微笑んだ。

もっとも、その後。調子に乗って銭を消す芸を披露しようとして、本当に板の隙間から海へ落とした。

「あっ、あぁ、俺の小遣いがぁぁぁぁ!」

貴丸が崩れ落ちるようにして叫んだ、その瞬間だった。

――どどぉぉぉぉん!!

凄まじい轟音が海の上を裂いた。

船全体がびりびりと震え、遅れて白い閃光が視界を焼く。

「うおっ!?」「近いぞ!!」

水夫たちが一斉に怒鳴った。

どうやら、かなり近くへ雷が落ちたらしい。潮風の匂いに混じり、空気の焼けたような臭いまで漂ってくる。

だが、その中で。貴丸だけは、まだ板の隙間を見つめたまま震えていた。

「……いや、雷より俺の銭……三流の手妻師かよ……」

その姿に、元伯はとうとう堪えきれず、盛大に吹き出したのである。