軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第47話 コネ作り02

詰所の奥で、足音がひとつ止まる。

「刑部様。宝泉寺、観海住職の折紙を携えし、下総の商人一名と共の者が、面会を願い出ております」

控えていた番士が、膝をついて低く告げた。

佐藤刑部はすぐには動かない。机上に置かれた帳面に一度だけ視線を落とし、それからゆっくりと顔を上げた。

「……観海殿の折紙か」

低く呟く。

宝泉寺――この地に古く根を張る寺であり、檀家には土地の有力者から名もなき百姓まで広く連なっている。この時代、寺はただの祈りと供養の場ではない。人の出入り、金の流れ、家の繋がり、そのすべてが自然と集まる場でもある。

だからこそ、その住職の名を背負って来る者を、無碍に退けることは出来ないのだ。

佐藤刑部は一度だけ息を吐いた。

「……通せ」短く言い、腰を上げる。

そのまま歩を進め、詰所の中央へと戻った。

やがて修平達が通されたのは、城内の一角に設けられた部屋であった。

質実な造りだが、整っている。柱は黒く磨かれ、畳には無駄な乱れがない。

壁際には帳面と木箱が積まれ、兵糧と出納を司る場であることが一目で知れた。

その中央に座していたのが、富岡二十八騎の筆頭格で重臣の佐藤刑部左衛門忠光である。

年の頃は壮年。背筋はまっすぐに伸び、無駄な動きがない。

武人というより、算盤と兵糧を握る者特有の静かな圧があった。視線は鋭いが、感情を表に出さない。

修平は畳に手をつき、深く頭を下げる。

「手前、下総国――飯沼(現在の銚子市陣屋町周辺)の出にございます」

言葉は丁寧に整えられていた。

だが、その声音には、わずかに海の揺れを残した疲労が滲む。

「この陸奥は凶作と聞き及び……少しでも領民の助けとなればと、穀を運び参りました。米は高うございますゆえ、代わりに雑穀を――出来る限り安く、質よりも量を優先してお届けしたく存じます」

板の間の上に静けさが落ちた。

佐藤はすぐには答えない。ただ、じっと修平の顔を見ている。

その視線を、修平は逸らさない。

背後で貴丸が、小坊主のように控えたまま、微動だにしない。

やがて、佐藤の目がわずかに細められた。

「……領民のため、か」

低く落ちる声。

「はい」

その迷いのなさに、わずかに空気が動く。

佐藤は腕を組み、少しだけ視線を落とした。

思案の気配。

「……この地まで、どうやって来たのだ」

問いは鋭い。修平は一度だけ息を整え、用意していた言葉を差し出す。

「佐竹の水軍に捕らわれ、関銭を取られることを避けたく……」

ゆっくりと、しかし途切れずに続ける。

「飯沼を出てより、沖へと大きく舵を切り、陸の見えぬところを北上いたしました」

その光景が、言葉の中に滲む。

「おかげで……この通り」

そこで、少しだけ肩を落とした。

「船員一同、波に揉まれ……ご覧の有様にございます」

言葉とともに、現実が補強する。

修平の衣は潮に焼け、ところどころ擦り切れている。

隣の小僧――貴丸もまた、似たような有様で、袖は薄汚れ、髪も整っていない。

佐藤は、その二人を改めて見た。

疑いと、納得が、同時に揺れる。

やがて、ふっと息を抜く。

「……なるほどな」

短い一言。それで、最初の関は越えた。

修平は、すぐに次の品を差し出した。

「もう一つ……こちらを」

竹の皮に包まれたもの。

静かに開かれると、中から現れたのは、淡く白みを帯びた飴であった。

見慣れぬ質感。この地ではまず目にしないもの。

佐藤の眉がわずかに動く。

「……これは」

「近年、武蔵にて作られた甘味にございます」

修平は一つ取り、ためらいなく口へ入れた。

噛む。軽く音がして、割れる。

その様子を見せてから、もう一つを差し出す。

毒味――その意味は、言葉にせずとも伝わる。

佐藤は一瞬だけ考え、指でそれを摘まんだ。

ゆっくりと口へ運ぶ。歯が触れた瞬間、わずかな抵抗の後に砕け、甘みが広がる。

その変化に、佐藤の目がわずかに見開かれた。

「……甘いな」低く、しかし確かな驚きが混じる。

砂糖とは違う、だが確かに強い甘味。

それが軽く、歯切れよくほどける。

「こちらも……同様に、お安くお出しできます」

修平の声は落ち着いている。

「この一握りの量で、三十文(約三千円)ほどにて」

その言葉に、空気が一変した。

「……三十だと?」

佐藤の視線が鋭くなる。

この時代、砂糖は贅である。

上等な砂糖だと、一握りで一貫文(約十万円)前後――それを思えば、破格どころではない。

「はい」

迷いなく頷く。

「継続してお届けできれば、さらに安定いたしますので、もう少しお安くできるかと。月に三度は来れると思いまする」

佐藤は手の中の飴を見つめたまま、思案する。

その背後で、帳面を預かる者たちも息を潜めている。

やがて――

「……面白い」

ぽつりと落ちる。それは興味であり、判断でもあった。

修平は、最後の一手を置く。

「なお……今回のご縁は、京の臨済宗妙心寺の僧――岐秀元伯様の紹介にございます」

その名に、佐藤の眉がわずかに動く。

「今後、京の情勢なども、文にてお届けできるかと」

それは、穀物や甘味とは別の価値がある。

この地において、京の情報は千金に等しい。

佐藤はゆっくりと息を吐いた。

そして、決める。

「……よかろう」

顔を上げ、修平を正面から見る。

「出入りを許す。定期の納入も認める」

言葉は短い。

だが、その重みは明白だった。

「まずは様子を見るが……悪い話ではない」

そこで、わずかに佐藤刑部の口元が緩む。

修平は深く頭を下げた。

その横で、貴丸は何も言わない。ただ、ほんのわずかに視線を上げ、室内を一度だけ見渡す。

兵糧、帳面、人の流れ、出入口――

すべてを、静かに目に焼き付けるように。

こうして、城の内へと通じる道は――音もなく、開かれた。