軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第48話 飴ちゃんあげよう

そして――十日に一度であった納入は、一週間に一度へと改められた。もはや流れとしては自然な変化である。

その報を聞いた貴丸は、露骨に顔をしかめた。

もっとも、「城を落とすため」と言われれば、表向きは頷くしかない。渋々ながらも、ひとまず折り合いはつけたように見えた。

だが――修平と二人きりになると話は別である。

途端に貴丸は口を開き、なぜ自分ばかりがこれほど動き回らねばならないのかと、低い声で延々と愚痴をこぼし始めた。

声を荒げるわけでもなく、淡々と続くそれは、かえって逃げ場がない。

修平は相槌を打つでもなく、否定するでもなく、ただ受け流すだけ。

そのおかげか――どうやら修平は、この短い間に「スルー」という新たなスキルが生えたようだ。(※そんなスキルは生えません)

だが、それ以上に城内の空気を変えたのは、あの飴ちゃん(たんきり飴)である。

ひと舐めで広がる甘味は、日常に乏しいこの地において、明らかに異質で、そして抗えぬ魅力を持っていた。

一粒が一文(約百円程度)程度なので、ちょっとした贅沢にはちょうど良い金額なのだ。

富岡へ向かう折、銀四郎も必ず小者の姿で同行した。だが城下に入ると、二人とは別れる。そこから先は、彼の仕事だった。

市井に紛れ、酒屋の隅で、井戸端で、荷のやり取りの合間で――言葉を落とす。

大和田の殿は重病で、明日をも知れぬ命らしい。

先日、相馬に呼ばれた折、大和田の嫡男が無礼を働き、今や関係は険悪だという。

さらに、西の津島方面では伊達の重臣・桜田が動き、兵を割かねばならぬ状況にある、と。

それでいて、領内には溢れんばかりの米や雑穀があるという。

どれも、全てが嘘ではない。だが、全てが真実でもない。

わずかな事実に、意図的な歪みを混ぜる。だからこそ、人は疑わずに飲み込む。

そうして、見えぬところで土台が削られていく。

――そして、その“削り方”こそが、この戦の肝であった。

銀四郎の役目は、ただ噂を流すことではない。

信じさせることでも、疑わせることでもない。その両方を、同時に成立させることである。

あまりに嘘だと分かれば、人は笑って終わらせる。逆に、整いすぎた話は、かえって作り物の匂いを帯びる。

ゆえに必要なのは、歪みなのだ。どこか引っかかる。だが、完全には否定できない。

聞いた者が、自ら補って“納得してしまう”余地を残す。

井戸端の老婆が、少し声を潜めて語る。酒の席で、誰かが思い出したように口にする。

商人が、ついでのように話す。それぞれは、取るに足らぬ断片に過ぎない。

だが、それらが繋がったとき――噂は大きな勢いとなって広がっていく。

その流れの行き先を決めるのが、銀四郎だった。

どの話を、どこで落とすか。誰に聞かせ、誰には聞かせないか。

広げるのか、あえて止めるのか。吊り上げるべきは、敵の判断そのもの。

攻めるべきか、待つべきか。信じるべきか、疑うべきか。

その一歩を誤らせるために、言葉は撒かれる。静かに、確実に。

この戦において、刃より先に届くものがあるとすれば――

それは、銀四郎の落とした“ひとこと”であった。

一方で、修平と貴丸は、正面から信用を積み上げていた。

その輪の少し外側で、修平は控えめに佇んでいる。若さに似合わぬ落ち着きと、無駄のない所作。

受け答えは丁寧で、声を荒げることも、無用に前へ出ることもない。

――もっとも、その実、内心では常に張り詰めていた。

言葉を選び、間を測り、相手の顔色を読みながら、一つひとつ慎重に応じている。だが、その“間”と“抑え”こそが、周囲には品のある余裕として映っていた。

「若いのに、よく出来た商人だ」

そんな評が、いつしか城内で囁かれるようになっていた。

さらに、修平は商人であるにも関わらず、自ら前に出過ぎない。細かなやり取りや場の空気づくりは、後ろに控える小者――貴次郎(貴丸)に任せる。

その姿は、出しゃばらぬ分別と、部下を使う度量として受け取られ、商人でありながらも、一段上の扱いを受け始めていた。

一方で――貴次郎(貴丸)である。

誰にでも気さくに声をかけ、軽やかに笑い、言葉は淀みなく流れる。

相手を見れば、瞬時に褒めどころを見つけ出し、ためらいなく口にする。それはお世辞というより、芸の域に近かった。

門番には「その槍捌き、さぞ見事でございましょう」と言い、下女には「その手際、まるで都の女房のようだ」と持ち上げる。

言われた側は、思わず顔をほころばせる。

加えて、その愛嬌ある、やや丸みを帯びた体つきと表情が、警戒心を削ぎ、親しみを生む。

気づけば、どこへ行っても声をかけられる存在になっていた。

「おい、小僧、今日は何を持ってきたのだ?」

「この前の甘いアレは、もうないのか?」

そんな言葉が、あちらこちらから飛んでくる。

商人と、その小者。本来であれば、城の中で特別扱いされる立場ではない。

だが――二ヶ月という時間は、その距離を確実に埋めていく。

やがて、その評判は奥へと届く。

ある日。

異例とも言えることに、富岡の殿様より、私的な場ではあるが、一度拝謁の機会を得るに至った。

ほんの短い対面ではあったが、それは確かに――“ただの出入り商人”を越えた証であった。

信頼は、目に見えぬまま、着実に積み上がっている。

その日も、貴次郎はいつもと変わらぬ納入を終え、城内の一角で人と交わっていた。

ふと、視線の端に動くものがある。

庭の隅、木陰の下。

一人の少女が、肩を落としていた。

衣の質は良い。立ち居振る舞いも、粗末な育ちではない。武家の娘――それも、それなりの家の者であろうと、ひと目で分かる。

だが今は、その面影もなく、ただ俯き、小さく肩を震わせていた。

貴丸は、何の躊躇もなく歩み寄る。そして、いつもの調子で口を開いた。

「これはいけませぬ、見目麗しきお方。なぜそのように、お一人で涙など零しておいでなのですか。そのお美しきお顔が曇っては、宝の持ち腐れというもの。お嬢様には、春の陽だまりのような笑顔こそが何よりお似合いでございますよ」

言葉は滑らかで、迷いがない。いくらでもスラスラと饒舌に言葉が溢れ出す。なぜならば、頭に浮かんだ美辞麗句を適当に並べているだけだからだ。

少女が驚いたように顔を上げる。

その隙を逃さず、貴丸は竹の皮に包まれた物を差し出した。

「しがない商い身ではございますが、どうかこちらを。ほんの 験(しるし) でございます。お納めくだされば幸いに存じます」

竹の皮の中には、たんきり飴。それも通常のものではなく、きな粉をまぶした新製品だ。後で開封したら喜ばれるだろう。

受け取ろうとしたその瞬間、指先が触れた。

ほんのわずかな接触。

だが貴次郎は、すぐさまそれをネタにする。

「おっと、これは失礼仕つった。かくも尊きお方の御手に触れてしまうとは……。今日という日のことは、この身が果てるまで忘れられぬ思い出となりましょう。いや、これこそ一生の誉れ。私にとっては最良の日でございますな」

少女の頬が、みるみるうちに染まっていく。

その変化を見て、貴次郎の“商人舌”が全開に加速して、さらに勢いを増した。

「なんとお美しい……まさに、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花――」

そこまで言ったところで、ふと、脳裏に引っかかるものがあった。

――あれ、なんだっけ。前にどこかで……。落語だったか、講談だったか、それとも祭りで見た的屋の口上か。

はっきりとは思い出せない。だが、調子と流れだけは身体が覚えている。

次の瞬間、貴次郎の口はもう止まらなかった。

「古の小野小町か、照手姫か、見ぬ唐土の楊貴妃か、それとも妙見菩薩の再来か――」

息を継がず、言葉が溢れる。

「磐御前に袈裟御前、弁財天様をたんきり飴で包み固めたような、得も言われぬ美しさ。

背は高からず低からず、顔は長からず丸からず、またその白さときたら、降り積もる雪に鉋をかけたかのような、曇りなき白。

髪はからすの濡れ羽色、額は三国一と称される富士額、眉は遠山の霞のごとく、白目は水晶、黒目は漆を落としたかのように澄み渡る。

鼻筋はすらりと通り、その高さは背まで届かんばかり。

何より、その口の小ささ――一粒の米も横には入らぬゆえ、縦に押し込むしかないほどの愛らしい蕾のごときお口元!」

周囲の空気すら巻き込む勢いで、畳みかける。

「これほどの器量良し、天に一人、地に二人とおらぬ――まさに古の絵師が描いた美人図より、そのまま抜け出てきたかのような姫君でござりまする!」

一息で言い切った。

少女は完全に顔を隠し、そのまま身を返す。裾を翻し、逃げるように駆け去っていった。

残されたのは、静かな庭と、呆気に取られた空気。

貴次郎(貴丸)は、ふっと顎を上げる。

(……よし)心の中で小さく 拳を握る(ガッツさんのポーズ) 。

(言ってやったぜ。俺の勝ちだ!)※……何が?

それはまるで、「寿限無寿限無〜」の長々とした口上を一息に言い切ったときのような、妙な達成感が胸に広がっていた。

――もっとも。

当の貴次郎……ってか貴丸は、いつもの調子で口が滑るままに言葉を連ねていただけで、肝心の少女の顔など、まともに見てはいなかった。

言葉を放つことに夢中で、相手をきちんと認識する余裕などなかったのだ。

ただ、目の前に“褒めるべき相手”がいた。だから、褒めた。それだけのことである。

その軽やかな勝利感が、この先どのような波紋を呼ぶかなど――

その時の貴次郎は、まだ知る由もなかった。