軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第113話 倒れた傷だらけの男

そして一行は、助け出した商人親子と、あの傷だらけの男を伴って駿府へ向かっていた。

山賊騒ぎの後だというのに、男は礼の一つも口にしない。ただ黙ったまま、片足を引きずりながら後ろをついてくる。

貴丸が何度か名前を聞いたが、男はそのたび首を横へ振るだけだった。

「名乗れない事情でもあるのかねえ」

軽く言ってみても返事はない。泰能も見かねたらしい。馬上から振り返る。

「おい。馬へ乗るか?」

だが男は無言で首を振った。

「……歩ける」短く、それだけ言う。

泰能は眉をひそめたが、それ以上は何も言わなかった。

街道は徐々に人通りが増え、駿府の気配が近づいてくる。遠くには関の番所も見え始めていた。

だが、その頃になると、男の足取りが明らかに鈍くなっていた。

最初は半歩ほど遅れる程度だった。だが次第に間が空き、一歩、また一歩と距離が開いていく。

三兵衛がちらりと後ろを振り返る。

「……様子がおかしいですな」

すると次の瞬間だった。傷だらけの男が、がくりと膝をついた。

そのまま街道脇へ崩れるように蹲る。

「おい!」泰能が馬を止める。

貴丸はすぐに馬から降ろしてもらい、男のもとへ駆け寄った。

「だいじょ――」言葉の途中で止まる。

不審に思い、額へ触れた瞬間、熱の異常さが分かった。

「熱っ……!」汗が滲んでいる。

呼吸も浅い。さらに、片目へ巻かれた布から、嫌な臭いが漂っていた。

貴丸は眉をひそめる。

「……これ」

そっと布をずらす。すると、傷口の周囲が赤黒く腫れ、膿が滲んでいた。腐臭に近い臭いが鼻を突く。

泰能も馬から降り、横へ来る。

「どうした」

「目の周りが膿んでるな」

貴丸の声から、いつもの軽さが消えていた。

さらに男を起こそうとして、泰能が左足へ触れた瞬間だった。

「っ……!」

気を失いかけていた男が、低く呻く。貴丸ははっとして着物をめくった。

太腿が、大きく腫れ上がっていた。傷口は赤黒く変色し、ここも膿が滲み出ている。

巻かれた布は黄色く汚れ、じっとりと湿っていた。そこから熱が籠もるように伝わってくる。

それを見た泰能の顔が険しくなる。

「……これは刀傷だな」

静かな声だった。だが次の言葉は重い。

「腐りかけておるぞ」

三兵衛が息を呑む。このまま放っておけば、助からないかもしれない。

それくらいは誰にでも分かった。

貴丸は即座に顔を上げた。

「弥太さん。この人、馬に乗せていい? 急がないとまずいかも!」

その声には、珍しく迷いがなかった。

泰能は一瞬だけ男を見下ろし、それから頷く。

「……分かった」すぐに男を抱え上げ、馬へ乗せる。

意識の薄い男は苦しそうに呻いた。

そして一行は、そのまま急ぎ足で駿府へ向かった。

商人親子とは、城下へ入る手前で別れた。

親子は何度も何度も頭を下げ、涙声で礼を述べていたが、貴丸たちは足を止めなかった。

向かう先は――泰能の屋敷だった。

一行が泰能の屋敷へ辿り着いた頃には、空はすでに夕暮れへ染まり始めていた。

駿府の町中でも、朝比奈家の屋敷は大きい。

武家屋敷らしく表は質実だが、門をくぐれば、庭には手入れの行き届いた松と石灯籠が据えられ、どこか都めいた気配が漂っていた。

泰能が門をくぐると、中から侍女が慌てて駆けていく。

「お殿様がお戻りに――」

障子が静かに開く。奥から、一人の若い女が姿を現した。

年は十五、六ほどだろうか。白粉を薄く引き、長い黒髪は後ろでゆるやかにまとめられている。

眉は細く整えられ、お歯黒の黒が灯りの中でわずかに覗いた。

衣は都風の重ね。この駿府では少し浮いて見えるほど、雅な装いだった。

女は泰能の顔を見ると、安堵したように目を細める。

「お前様、お戻りにならはりましたか?」

柔らかな京言葉だった。

だが次の瞬間、その視線が泰能の背後へ向く。

貴丸と目が合った。

「……まあ」少しだけ目を丸くする。

「その童は、どなたどす?」

すると貴丸が元気よく手を上げた。

「泰能殿に攫われてきました!」

「違うわ!」

泰能が即座に否定する。間髪入れぬ返答だった。

女は一瞬きょとんとしたあと、袖元を口へ寄せ、小さく笑う。

「ふふ……なんや、えらい賑やかな子ぉやこと」

その時だった。後ろから三兵衛が、気を失った傷だらけの男を支えながら入ってくる。

その姿を見た瞬間、女――菫の表情が変わった。

「……っ!」血と膿の臭いが漂う。

片目には汚れた布で巻かれ、足も布で巻かれているが、膿と赤黒いものが滲んでいる。

菫は思わず袖を握った。

「お前様、そのお方は……どないしたんやろか」

すると貴丸が、すぐ泰能を見上げる。

「弥太さん、この人を寝かせる部屋、借りていい?」

泰能はしばし男を見た。傷。熱。膿。そして、なお生きようとしている顔。

やがて小さく息を吐く。

「……これも何かの縁か…」

そう呟き、屋敷の奥へ顎をしゃくった。

「空いておる部屋へ運べ」

侍女たちが慌てて動き始める。

三兵衛が男を抱え、奥の一室へ運び込んだ。部屋へ寝かされた男は、荒い息を繰り返していた。

貴丸はすぐ傍へ寄る。そして、片目へ巻かれた布をそっと外した。

ぶわり、と嫌な臭いが広がる。傷口の周囲は赤黒く変色し、案の定膿が滲んでいた。

さらに左の太腿。着物をめくると、傷は大きく腫れ上がり、熱を持ち、膿が溢れている。

貴丸の表情から、いつもの軽さが消えた。

「……やっぱり、膿んでるな。これはすぐに、処置しないと」

そこで貴丸は泰能に告げる。

「ねぇ、弥太さん、念のためにこの地の薬師を呼んでくれる?」

泰能が少し考えて答える。「うむ、わかった」。

そして家宰に何かをいうと、慌ただしく部屋を出ていったのだった。