軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

06 僕は君の獲物

「わわっ!!」

ディアマンタの大声を聞いて一斉に視線がディアマンタとイオルムの方に集まる。

見ると、人が丸ごと入れるほど大きな球状の結界の中で、大波が荒れ狂っていた。

「良いねードゥメル。できるじゃん」

イオルムはとても満足そうだ。想定通りに事が運んだらしい。

〈ざっぱーん、できた〉

ドゥメルの口調は変わらないが、先ほどより声に力がある。

イオルムがうんうんと二度うなずくと、大人たちを見て説明した。

「ドゥメルは力の使い方がよくわかっていなかったんだ。そもそも海竜の時にも幼体で死んでいるから、力を振るう経験がなかったみたい。だから少し誘導して、ざっぱーんを起こしてみた」

その結果が、結界の中に出来上がった海。

「すごいわドゥメル!」

ディアマンタがドゥメルと人差し指でハイタッチしている。

〈ざっぱーん、たのしい〉

すごいねードゥメル

ざっぱーんかっこいいー

なかにはいってみたーい

「良いよ、てっぺんを少し薄くするから、そこから入ってごらん」

イオルムが言うと、精霊たちは大喜びで結界の中に飛び込んでいく。

ぶぶぶぶぶぶぶ

わーーぐるぐるだー

みずあそびよりはげしいー

もぐるともっとすごいよー

「精霊って、水の中でも平気なのか……」

叔父が小さな海の中でぐるぐると回る光たちを眺めて呆然としている。

「水中に精霊がいるのかなんて考えたこともなかったわね。可愛い」

ノエミ様がくすっと笑った。

めがまわるよー

あぶぶぶぶぶぶぶぶ

〈ぼくも、はいる……!〉

楽しそうな様子に我慢できなくなったのか。

ドゥメルが結界の中に飛び込むと、波がひときわ激しくなった。

「おおっと」

イオルムが慌てて結界の上部を閉じる。

結界の中が完全に海水で満たされ、激しい水流とそれに飲み込まれる精霊たちの光が見える。

「精霊たちはしばらくこのまま遊ばせておけばいい」

イオルムが結界からディアマンタに視線をずらした。

「人間だと魔力回路っていうんだけど、精霊にも似たようものがある。今回ざっぱーんとさせたことで滞っていた回路が通ったんだ。やればやるほど良いから、毎日できると良いなぁ。僕と時間が合えば立ち会うし、時間が合わない時にも一人でできるように魔道具か魔法陣を書いた油紙でも準備するよ」

「ありがとうございます!」

ディアマンタが嬉しそうに声を上げる。

純粋に喜べる、それだけのことなのに。なぜこんなに心がざわつくのだろう。

わたくしの揺らぎを感じたのか、イオルムがこちらに視線を寄越した。

垂れた目を細めて、少し困ったようにわたくしに微笑みかける。

……わたくしは果たして同じ微笑みを返せただろうか。

ミドガルに触れる。ひんやりとした感触に、少し落ち着きを取り戻せた。

「殿下」

壁に控えていたミックが、イオルムに声をかける。

「荷物は全て運び出したとたった今報告がありました。これからこちらへ向かうそうです」

精霊たちはまだ結界の中で遊んでいた。

球体の中で、ぐるぐるキラキラと輝く精霊たちの美しさに、少しささくれた心が癒される。

「オッケーありがと。リリス、あっちはもう引き払ったって」

「はい、わたくしにも聞こえましたわ。ミックありがとう。ここにはイオルムがいるから大丈夫、叔母様のお邸は人が少ないと聞いているから、受け入れのお手伝いに行ってちょうだい」

「……殿下、よろしいですか?」

「うん、大丈夫。この人数なら、何かあっても僕とリリスで片付く。ドゥメルもいるからね」

「かしこまりました。皆様、自分は失礼いたします」

「ごめんね、お手伝いさせてしまって。人を伯爵家から借りているから、人手ばかりはどうしても」

叔母がミックに謝罪した。

「とんでもないことです。こちらこそ本日よりお世話になります」

深く一礼してミックが部屋を出ていった。

「……名残惜しいけど、そろそろ船に戻るよ」

叔父が叔母を背後から抱きしめながら言う。

イオルムが作った結界は解かれ、精霊たちはホタルのようにチカチカと幻想的な光を放っている。

「イオルム殿下、申し訳ありませんが留守中シャルロットをよろしくお願いいたします」

叔父の言葉に、イオルムが力強くうなずいた。

「大丈夫、任せて。結局あんまり話せなかったね」

「そうですね……まあ夜会には帰ってまいりますので」

「うん、そうだね。あ、そうだ」

イオルムが立ち上がって叔父と叔母の元へ歩いていく。

叔父の耳元で囁くと、叔母が顔を真っ赤にした。

「殿下!!」

ああ、あれを聞いてしまったのね……しかもこんなに人がたくさんいる前で……。

問いに対し、叔父は満面の笑みを浮かべた。

「ええ、もちろん」

「ほんと!?じゃあ次こそ、 獲(・) 物(・) 同士の話、しようね」

ふふふとイオルムが笑うと、叔父も笑い返した。

「是非」

二人が拳を合わせる様子に、叔父の腕の中にいた叔母がはあ……と額に手を当てる。

「もう! さっさと行ってちょうだい、ディオン!」

「ははは、シャルがお怒りだ。それじゃあみんな、次は夜会の時に」

叔父が颯爽と部屋を出ていく。叔母がキッとイオルムをにらんだ。

「殿下!」

「だって聞きたかったんだもん。ごめんね?シャルロット夫人」

スキップ未満の軽やかな足取りで、わたくしの元へ戻って来る。

「あるって」

「イオルム、確かに聞いてとは言いましたけれど」

「リリス!?」

「だって気になるじゃありませんか」

「なになに、面白そうなこと?」

マリエル様が聞きたそうな顔をしている。

ノエミ様も興味津津だ。

「ふふ、秘密。セスの女に選ばれた男の共通点について確認したんだよー」

イオルムは満足そうにニコニコとしている。さすがに話す気はなさそうだ。

「そろそろ良い時間だよねえ……あ、商会長のおうちに寄る必要はなくなったね」

「サロンでかけていただいた魔法の件ですか?」

「うん、そう」

イオルムがうなずく。

「魔法が切れてるはずなのに精霊の気配がわかるって話、確かめようと思ったんだけど、ちゃんとみんな精霊視えてたでしょ?

僕は今日は何もしてないから、たぶんみんなそれぞれ気配はわかるようになったんだ。魔力量が多い僕がそばにいる時は、たぶん光や声までは認識できるよ」

「本当ですか!?」

ディアマンタが驚きの声を上げた。

「それなら嬉しいなぁ。みんな、メルシエの人間がお願いごとをしたら協力してね。そして結果をわたしに教えて。お願いした人にちゃんとわかるように報告するから」

はーい

やったー

こんぺいとー

「お礼は金平糖ね。切らさないようにしておくわ」

〈でぃでぃ、ぼくもこんぺいとう〉

「もちろん、ドゥメルもね。ざっぱーんの練習の後は、一緒に食べましょう」

〈やったー〉

急遽わたくしたちの分の追加をお願いして、メルシエ伯爵家で夕食をいただいた。

帰り際、マリエル様が玄関まで見送りしてくださる。

「それじゃあシャル、リリス、イオルム殿下。おやすみなさい。シャルとリリスは明日よろしくね?」

「任せて」

「うふふ、珍獣役ですわね、頑張ります」

「いいなぁ僕も参加したかった……」

イオルムがいじけたような声を出す。

「殿下の出番もしっかり用意いたしますわ。楽しみにお待ちくださいね」

マリエル様がそう言うと、気を取り直したのか

「わかったー!」

と、ドゥメルのような返事をした。

「それじゃあ、おやすみなさい」

叔母たちの邸に行くと、すでに荷物は運び込まれており、叔母たちの滞在中にメルシエ伯爵家から派遣される使用人たちと、うちの使用人が早速交流を図っていた。

主人に似てユーモアのある人間が多いらしい、デボラが少し浮いているのがおかしくて吹き出してしまう。

「今日からお世話になります」

叔母に二人で頭を下げると、まじまじとわたくしたちを見てから長いため息をついた。

「まったく、フォルスの気苦労がわかる気がするわ。ほどほどにお願いしますよ、二人とも」

「リリス、今日ちょっといつもと様子が違ったね」

ドレッサーの鏡越しにイオルムと目が合う。

「どうかした?何か嫌なことでもあった?」

「嫌なこと?嫌なことなんてなかったわ」

わずかにうつむながら目を閉じ、首を横に振る。

「ミドガルをあなたからもらった日と、そのきっかけを思い出しただけよ」

「……ああ」

イオルムも記憶に光を当てたのだろう。声色が一気に冷え込んだ。

「犯人は重力で内側からつぶしてやったけど、あれじゃあ全然足りなかったんだよねえ」

「ふふ、わたくしは こんな(毒を盛られる) こともあるだろうなって覚悟していたから、イオルムを見て本当に驚いたのよ」

「……あの時、リリスに拒まれたら、もうひっそりと深淵の森で精霊と暮らそうと思ってたんだ。君が生きていてくれれば、他に何もいらないと思ったから」

「ええ、聞いたわ」

「でもリリスは僕を受け容れてくれた。だからまた僕は欲深くなったね!

……ねえ、リリス。リリスは僕を受け容れられるほど強い人だから、心配していないけど。それでも今日みたいに揺らいだ時は、ちゃんと話して」

「もちろんよ、イオルム。ああ、でも」

「えっ!? でも、何」

「叔母様にお話ししてもいいかしら?あの時のこと」

「うん、リリスが必要だと思うなら」

「……いいの?」

「僕も話そうかなぁ、リリスの心を取り戻すためにいかに手間暇かけたか」

「ふふっ、手間暇って」

「そしたら、僕とリリスがベタベタしてても怒られないかもしれないじゃない?」

「……それはどうかしら」

「ええー」

いつの間にわたくしの背後まで近付いていたイオルムに、後ろから抱きしめられた。

「リリスがいるから、僕は僕でいられる」

「ええ。わたくしも、イオルムがいるから、わたくしでいられるわ」

イオルムの頬に後ろ手で触れる。イオルムがすりっと頬を寄せた。

「明日顔を出せないのが本当に残念だよ」

「一番あなたが格好良く見えるタイミングで出てきてもらうから、安心して」

「ふふ、そしたらリリスは僕に惚れ直しちゃうね」

「あなたには毎日惚れ直しているわ、イオルム」

「嬉しい! 僕も毎日リリスのこと好きになってるからさ」

「ふふふ、ねえ、イオ。そろそろいきましょう。明日はわたくしも早いの」

***

翌朝はわたくしの方が先に目を覚ました。

昨日の心の揺らぎのせいで眠りが浅かったのか。

叔母と同じ屋根の下で愛する夫と眠ったことによる、子どものような背徳感か。

「……いいえ、これは楽しみで目を覚ましてしまった方かもしれないわね」

イオルムの腕の中で独りごちると、ふふっと頭上から笑う声が聞こえる。

「イオルム、起きていたの?」

「リリスの変化には、敏感だからね。……おはよう、リリス」

「おはよう、イオルム。今日は叔母様とわたくしは黒のドレスで揃えることに決めているの。みんなの反応が楽しみだわ」

「黒かぁ、シャルロット夫人と二人で場を掌握するんだね」

「掌握だなんて人聞きが悪いわ。関心を引くだけ」

「関心、ねえ」

イオルムが意地悪く笑う。

「結果を聞くの、楽しみにしてるよ。ああ、あと」

「何?」

「売り切れちゃうだろうから買っておいて、さえずりサブレ、僕は黒のチョコ味が好きだよ」