軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

05 とんびにずるいでさらわれる

「それは、転移魔法ですか?」

沈黙を破ったのは、叔父様だった。イオルムがこくりとうなずく。

「リリスがつけているこの指輪は僕が作った魔道具なんだ。たとえ世界の裏側にいたとしても、僕と共鳴する」

「もしかして、ヨルム合金!?」

いつの間にか部屋に入っていたメルシエ商会長が興奮気味に声を上げた。

「そう、一番初めの初め、リリスを護るために作った、僕の影の相棒だよ」

「ヨルム合金?」

商会長の隣に立つノエミ様が首をかしげる。

「イオルム殿下が考案された、魔道具師や錬金術師が最後に目指す頂と言われている究極の魔法合金だ。難易度も高ければ、失敗したときのリスクも大きい。しかも魔道具の基盤などに使われるのがメインで、単体で機能するなんて聞いたことがない」

ほう……と商会長が感嘆の息を漏らした。

「素晴らしい。これを見られただけで、今日一日が最高の日だったと断言できる」

「ちょっと、まだ昼よ?」

マリエル様が茶化して笑っている。

「それにしても、リリスに絡みつくように現れるなんて、ずいぶんと無分別なのではなくて? イオルム殿下」

シャルロット叔母様の声は笑っているが、目が全く笑っていない。

「でも、リリスは僕の運命だからね。僕らはお互いの全てを知り尽くしてる」

イオルムは何食わぬ顔だ。

「……なので人前では少々、と申し上げたのです」

イオルムを援護すると、大人たちは一段と深いため息をついた。

「……あれ? 運命くんが近くにいる?」

イオルムが魔力に気付いたようだ。キョロキョロとあたりを見回す。

「さっきまで玄関前に転がっていたはずなんだけど。ノエミたちが入る時にはいなかった?」

「見なかったわ」

「家紋がない馬車が門から出ていくところを見たな。あれじゃないか」

「さすがに家紋は出せないわよねえ……恥ずかしすぎるもの」

叔母様が鼻で笑った。完全に小馬鹿にしている。

「レイモンが制裁の割合をもう少し引き上げようかって話していたわ」

マリエル様の言葉を聞いて、商会長が渋い顔をする。

「現時点で二割だろう? さらに引き上げるとなると……差額をミラヴェール家が負担するなら構わないが、領民に露骨に影響が出るのはあまり好ましくないな」

「そうねえ……」

「領民の負担を一割増に留めることを条件に二割三分、くらいが良いところではないかな」

「金額の上げ幅は確認できるからごまかしが効かないしね。良いんじゃない?」

ノエミ様の言葉に、商会長がうなずいた。

「その方向でレイモンと詰めるよ。さすがに昨日の今日だ、しでかされて何もしない、はない」

「おお、イオルム殿下。クレマンとノエミも来ていたのか」

便箋と封筒を持った伯爵が戻って来る。

「大公家への通達文、書けたぞ。殿下、確認をお願いします」

「ありがとう、読ませてもらうね」

伯爵から便箋を受け取ると、イオルムは珍しく真剣な眼差しで内容を確認した。

「……うん、大丈夫そう。じゃあ僕たちも荷物を運ばせようか。

ディオン殿、シャルロット夫人、お世話になります」

「なあに、問題ないさ」

「そうよ。腐った運命坊やをリリスの目に映さないためならお安い御用だわ」

「叔母様はウルフェルグ料理を食べるのが久しぶりだそうなの。バルドに頑張ってもらわないといけませんわ」

「ああ、バルドがそれを聞いたら張り切っちゃうねえ」

嬉々として包丁を研ぐ姿が目に浮かぶようだ。イオルムも同じ光景を思い浮かべているのだろう、ふふふと笑っている。

侍従に便箋と封筒を手渡すと、伯爵がこちらを向き直った。

「それではこれをユジヌ城に送ります。四度目があったら、という話だったが本人が三回、侯爵夫人が一回で四回としてしまおう。

読んだ大公家が迎賓館に駆け込んだ時にはもぬけの殻、ということでいいのかな?」

「はい、そのつもりです。レイモン叔父様」

「レイモン、叔父様……?」

商会長が怪訝そうな顔をする。

「良いだろう、名前で呼んでくれと頼んだんだ」

「ずるいぞレイモン! リリス、どうか私のこともクレマンと呼んでもらいたい!」

「それではお言葉に甘えて。よろしくお願い致しますね、クレマン叔父様」

「……何をやっているのよこの人たちは……」

ノエミ様は呆れ顔だ。

「あら、私もマリエル叔母様と呼んでもらいたいわ」

「ずるい! それなら私も叔母様呼びが良いわ!」

「ふふふ、では、マリエル叔母様、ノエミ叔母様と呼ばせていただきますね」

イオルムがこちらを見て満足そうに微笑んだ。きっとわたくしも今、同じように笑っているのだろう。

軽食をいただきながら、和やかな時間を過ごす。

ウルフェルグ王家の皆様とのお茶会も落ち着ける時間だけれど、メルシエ家の場合はそれとは違い、もう少し砕けた空気を感じる。大人が多いことがそうさせているのかもしれない、と考えながらみんなの顔を眺める。

ここからが戦いの本番であることを忘れてしまいそうになるほど、心地よい時間。

空気感に浸っていると、バタバタと誰かが走ってくる足音が聞こえた。

ドアを勢いよく開け放った制服姿のディアマンタが、目を見開き嘆きの声を上げる。

「ああ!! みんな揃ってもうお茶してる! ずるい!!」

頬がうっすらと色づき、息を切らしている。どこから走ってきたのかしら、この子。

「……ずるい、ってあなたたちの家はみんな言うの?」

叔母が訝しげにノエミ様に尋ねる。

「ごめんなさい、最近、ずるいずるいと欲しがる義妹に何でも奪われてしまう、薄幸系女子の物語が流行っているのよ……お客様と話題にするために家族で回し読みしたから、無意識に出たのかもしれない」

ノエミ様がため息を吐きながら額に手を当て、首を振った。

「気をつけるわ」

「ディディ、もう少しお淑やかに頼むよ」

叔父が苦笑いしながらディアマンタの頭を撫でる。

キラリと銀細工のバレッタが光り、『海竜の鼓動』から淡く青い光……精霊のドゥメルがゆっくりと這い出てくる。

〈でぃでぃ、うるさくてねむれないよお〉

「ああ!ごめんねドゥメル。メルシエ伯爵家に来たのよ。イオルム殿下もいらっしゃるわ」

ディアマンタの言葉を聞いて、ドゥメルがイオルムの方にふらふらしながら飛んできた。

〈いおるむ?〉

「やあドゥメル、おはよう。どうしたの?元気がない?」

イオルムが手を差し出すと、その上にドゥメルが止まったのがわかる。

〈ねむたいの〉

わたくしには光と声しか認識できないけれど、イオルムには姿形がしっかりと視えているのだろう。

「うーんそっかぁ……ディアマンタちゃんの力だけだと、足りない?」

〈んーん、でぃでぃすごい、いっぱいちからでる〉

「それでも眠たい、と」

イオルムが顎に左手を当てた。

〈うん〉

ディディはげんきいっぱいー

でもドゥメルげんきなーい

いっぱいドゥメルねてるー

「そっかあ……」

イオルムが黙り込んだ。これはおそらく長くなる。

「ディアマンタ、たぶんイオルムはしばらく考えごとをすると思うから、こちらに座って」

「あ、ありがとうございます」

心配そうにイオルムとドゥメルを見ながら、ディアマンタがわたくしの隣に腰掛けた。

「今朝すすめてくれたコーヒーとフィナンシェ、とても美味しかったわ。ディアマンタに聞いて良かった。本当にありがとう」

朝のお礼を告げると、途端に表情がキラキラと輝き出す。根っからの商人なのね、この子。

「わー、良かった! 考え事をなさるなら、この組み合わせが良いだろうと思っておすすめしたんです!」

「お陰でとても有意義な時間を過ごすことができたわ」

「本当に良かったです……あ、学校に着いたら色んな人から聞かれました。さっき話していたあのお方は誰だ?って」

「そう……それで、ディアマンタはなんと答えたの?」

「ウルフェルグ王国第二王子イオルム殿下の妃、リリス様だと。父の長兄の夫人とは叔母と姪の関係にあたる、と説明しました」

「ディディちゃん、さすがね」

そばで話を聞いていた叔母が満足そうにうなずいた。

「この回答で良かったですか?」

「百点満点」

ノエミ様も叔母と同じ顔をしている。

「明日、マリエルとうちの新商品を紹介するお茶会を開くと話したでしょう? そこにシャルとリリスをサプライズで投入するのよ」

「ちょっと、投入って」

マリエル様が苦笑いする。

「ディアマンタ、明日は本店に入りなさい。お茶会の後、四人で本店に行くわ」

ノエミ様の言葉を聞いてしばらく考えると、ディアマンタは得心したのか目をしっかりと開きうなずいてみせた。

「わかった。めちゃくちゃ忙しくなるのね」

「そういうこと」

「なにかおすすめ商品考えておいたほうが良いかしら」

マリエル様が指を顎に当てながら天井を眺める。

「できたら明日扱う新商品からお願いしたいわ」

「そうよねえ……在庫はどれも十分なの?」

「たぶん、大丈夫なはず……品切れすることってあると思う? ディディ」

「うーん……リリス様のおすすめは特に売り切れるんじゃないかと思うわ。リリス様、おすすめはなんですか?」

「新商品でなくて申し訳ないのですけれど、小鳥のさえずりサブレ。特に青、ミント味ですわね」

「さえずりサブレか……倉庫に在庫あるかなあ」

「公都中の支店から集めれば、明日だけはなんとか持つんじゃない? 明後日以降は知らないけれど」

「早めに全種類発注したほうが良い気がする」

「そうね、ディディ、仕入部に連絡しておいてくれる?」

「はーい」

ディアマンタは立ち上がると、壁に備え付けられた通信魔道具の方へ歩いて行った。

ここまでのめりこめるものがあるなんて、羨ましい。

わたくしにあるのは、イオルムと、セス家の女性権能復興という悲願だけだ。

「……いきなり飛ばし過ぎじゃないの?」

叔母は今後の展開を想像したのか、言葉に反して声が弾んでいる。

「やりすぎるくらいがちょうどいいわよ」

マリエル様が笑った。さすが社交慣れしている方だ、よくわかっていらっしゃる。

「うちは売上が上がるなら万々歳だわ、ふふふ」

ノエミ様がのんびりとした口調で場を和ませる。

「明日のお茶会はマルグレーヴ侯爵夫人も来てくださるの。リリスはまだ会っていないわよね?」

「はい。名鑑でお名前は見ておりますが、お目にかかったことはありません」

「たぶん良い後ろ盾になってくれると思うわ」

ノエミ様の言葉に、マリエル様がうなずいた。

「ええ、そうね。マルグレーヴ侯爵夫人は厳格だけど遊び心もある方だから、仲良くなれるんじゃないかしら」

「そうなのですね。明日が楽しみですわ」