軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

04 煮ても焼いてもいただけない

「おはようリリス。時間を調整してもらったみたいで悪かったわね」

「おはようございます、マリエル様。ディアマンタと会えたのでおすすめを聞いてからティズリーに参りましたの。おかげで久しぶりに有意義なひとり時間を過ごすことができましたわ」

ティズリーで買ったマドレーヌ入りのカゴを渡すと、どうやら喜んでくださったようだ。侍女に渡してお茶の準備をするように指示をしていた。

「マリエル様、今日はイオルムの学校が昼までだそうで、終わってから転移でこちらに来るそうです」

「殿下は転移でいらっしゃるのね。馬車がお嫌いなの?」

「いいえ、単純に面倒なのと、待ちきれないのだと思います」

「待ち切れない……?」

「わたくしに会うのが」

「あら、そうなのね。惚気けるのは殿下だけだと思っていたけど、リリスも十分に惚気てくれるのね」

ホホホ、と面白いものを見つけたようにマリエル様が笑う。

「そうそう、今度はうちの前に来ているらしいわよ、運命坊や」

「まあ……街を走る馬車でも見かけたのかしら」

「そのようね。リリス、あなた早速罠を仕掛けているのでしょう?」

「イオルムも協力してくれたのですよ。何やら学園で良い獲物がかかったようで、ご機嫌でした」

「そのお話は後で聞きましょう。今日はディオンが船に戻ってしまうから、シャルと一緒にこっちに顔を出してくれるの」

「ご出発はいつごろなのでしょう」

「ディディも見送りに会いたがっていたから夕方近いんじゃないかしら」

良かった、夕方ならばイオルムは間に合いそうだ。

「イオルムも会いたいと言っていたので、夕方なら問題ありませんね。伝えておきます。

それで、ミラヴェール様はどのように料理なさるのですか?」

「そうねえ……本気の大人の包丁捌きを見せるかどうか悩ましいけれど」

マリエル様が扇子の影で黒い笑いを見せる。これが歳を重ねた大人の余裕ですのね……わたくしも早くこの域に達したいわ。

「もうすぐレイモンが帰ってくる予定なの。私たちが何かする前に、彼が外で叩きのめしてくれるんじゃないかしら」

と話していると、コンコン、とドアがノックされた。

「ふふ、噂をすれば。どうぞ、入って」

ドアが開き、メルシエ伯爵が入ってきた。かなり疲れた顔をなさっている。

何が起こっていたかが容易に想像できるお顔ね……。

「ただいまマリエル。……初めてアレと対峙したが、この前シルヴァロンで目の当たりにした魔物の群れをはるかに超える恐怖体験だったよ……」

「おかえりなさい、レイモン。アレはかなりきついわよね……なにか飲む?」

「……よく冷えた炭酸水を。夜に外出の予定がなければ強い酒でも呷りたい気分だ」

壁に控えていた侍女が部屋を出ていった。

「それで、どう追い返したの?」

「ベルサン君が置いていってくれた最新式の自動捕縛装置がいい仕事をしてくれたよ。

クレマンが経済制裁の話をした翌日だろう? 息子にも話すと言って帰っていったのに、聞いているのか、聞いたが忘れているのか……もう今からでも二割五分……いや三割にしてやろうかと思うよ。クレマンと相談する」

はあ……と伯爵が深いため息を吐いた。そこに音もなく差し出される小さめのグラスに入った炭酸水。

伯爵も当然であるかの如くグラスを取り一気に飲み干し、手をおろしたところでこれまた当然のことであるかのように侍女が空のグラスを受け取った。

メルシエ家の使用人も実によく教育されていて素晴らしいわ……シャルロット叔母様のところに避難したら、デボラとターニャにも実地で学んでもらおうかしら。

メルシエ伯爵がソファに座ると、今度は先程より少し大きいグラスに入った炭酸水がテーブルに置かれる。

「今日はたまたま城で公子様に会ったが、アレもだいぶ運命にかぶれているな。我が家が被っている実害をお話しして苦言を呈したが、全く手応えがなくて失望したよ。その足で戻ってきたらこれだろう?

もう、大公家は終わりかもしれん」

「まあ、そこまで……」

「リリス、マリエルから聞いたが茶会を開くのだろう? 夜会ではリリスや殿下が喜びそうな阿鼻叫喚が見られるかも知れないぞ……」

「リリス!」

ノックもなくドアが勢いよく開き、叔母が勇み足で入ってくる。その後ろから、苦笑交じりの叔父が続いた。

「ちょっとあれ! なんなの!! 運命坊やが玄関前で伸びているじゃない!」

「叔母様……」

「シャル、声が大きいわよ……」

「二人とも見ていないの!? なんなのあの廃棄物! アレがかっこいいの? ディオンの方が一億倍かっこいいじゃないの!」

「……なんだ、惚気か」

伯爵が苦笑交じりに息を吐いた。

「当たり前よ! 私が選んだディオンが世界で一番に決まっているじゃない!」

と言い捨てると、叔母は深呼吸をして、にっこりと微笑んだ。

「でもこれでリリスとイオルム殿下がうちで暮らす大義名分ができたわね。楽しみだわ」

「わたくしたちの荷物は全てまとめておりますので、いつでも移れますわ、叔母様」

「まあ! さすがリリスね。もう今晩にでもいらっしゃい。うちは空けていることが多いから食事は伯爵家でいただくことが多いんだけど、料理人もいるのでしょう?久しぶりのウルフェルグ料理、楽しみだわ」

叔母は十四歳で留学と称しセス家を出て以来、ウルフェルグには足を踏み入れていないことを思い出した。

「……そうですわね。うちの料理人は何でも作れますから、何でもリクエストなさってくださいな」

「ふふふ、ありがとう。今から考えておくわね」

「ディオン叔父様、ご出発は夕方とお聞きしております。イオルムが昼過ぎにこちらに来る予定ですので、会っていただけますか?」

「おや、殿下も来てくださるのか。もちろん会うとも。殿下とは少し、二人で話もしたかったからね」

「あら、二人きりで男のお話?」

叔母が叔父に意味ありげな目線を送る。

「そうとも、『獲物』同士の話をさ」

ヒゲを生やした豪快な男性のウインク、破壊力がすごいわ……。童顔であるイオルムのウインクとはまた違う脅威。

「ではいつでも引っ越せるように、通達文の準備をしておこう」

炭酸水を飲み終えたメルシエ伯爵が立ち上がった。

「リリス、荷物の準備は終わっているんだね?」

「はい。いつでも移れますわ」

「わかった。ディオン、公子もだいぶ毒されていた。我々も覚悟を決める必要がありそうだ。再来週の夜会にはまた一時的に戻って来るのだろう?」

「……そうか。もちろん夜会には参加する。イオルム殿下とリリスで場内を制圧できる強さがあることはわかっているけれど、支持者としてポーズを見せることは必要だからね」

叔父の言葉を聞いて、伯爵は力強くうなずいた。

「そうとも。我々は『高潔のメルシエ』なのだろう?その名に恥じない在り方をするだけだ」

「伯爵、叔父様……ありがとうございます」

頭を下げると、伯爵が声を上げて笑った。

「何ら問題ないよリリス。特別なことじゃない、我々はずっとそうしてきたし、これからもそうする。

……それでリリス、私のこともマリエルのように名前で呼んでもらいたいんだ。家族なのだから」

家族なのだから。

一滴のインクが水が入った心のコップに落ち、雲のように広がっていく。

「……ありがとうございます。では、レイモン叔父様と」

「俺もディオン叔父様と呼んでくれて良いんだぞ」

叔父がおどけると、室内に笑い声が響きわたった。

ここに足をつけて良いのだと、ようやく実感できた瞬間だった。

伯爵が部屋から出ていく。

くすぐったいようななんとも言えない気持ちに浸っていると、右手中指にいたミドガルがぴくりと身じろぎした。

「……皆様、イオルムが来るようです。どちらで迎え入れるのがよろしいでしょうか」

「あら、ここではダメなの?」

マリエル様が首をかしげる。

「何かを破壊したりするわけではないので、そういう意味ではここでも良いのですが……その……叔母様たちに見られるのは少々……」

「……そう言われると逆に見たいわね」

叔母が不敵な笑みを浮かべる。

「そうね、見てみたいわ」

マリエル様も便乗して同じように笑っている。

「直接ここに来ていただいて?」

「……わかりました」

ソファに座ったまま、目を閉じて右手のミドガルを左手の中指で撫でる。

「――イオルム、わたくしはここに」

次の瞬間、後ろからたくましい両腕がわたくしの身体に巻き付いた。

「ただいま、リリス」

ぽかん、と口を開いた叔母夫妻とマリエル様。

「……あれ、てっきりどこかの部屋で一人きりになってから喚んでくれたんだと思ったんだけど」

「ご覧になりたいとリクエストされたのよ」

「なるほど? じゃあ仕方ないね」

イオルムがわたくしの首筋に唇を落とすと、わたくしから離れて大人たちに顔を向けた。

「こんにちは。お世話になります」