作品タイトル不明
01 運命は作れる
朝食はうちの料理人、バルドがウルフェルグの定番朝メニューを作ってくれた。
「お初にお目にかかります、シャルロット=メルシエ様。イオルム殿下邸で料理人を務めています、バルドです。何でも作りますので、ご要望があれば何でも言ってください」
「初めまして、バルド。ディオン=メルシエが妻、シャルロットです。久しぶりに本物のウルフェルグ料理が食べられて嬉しいわ! 今日の朝食も美味しくいただいています。たくさんリクエストさせてね」
バルドはたくさん食べる人が好きだ。イオルムも健啖家だけれど、叔母はここ数日見ている限りかなり量を食べる人だから作り甲斐があるだろう。
今も叔母の食べっぷりを見て嬉しそうに厨房へ戻って行った。
「……殿下、学校には間に合うのですか? 学校までは迎賓館から向かうより距離があります。同じ時間に出ていては間に合わないのでは」
「ありがとうシャルロット夫人。でも大丈夫、もう馬車は走らせてるから」
そう答えると、イオルムはパイナップルをとても美味しそうに、優雅に食べた。
「……ええ……?」
訝しげな表情をするのも当然だ。馬車を先に走らせてしまったら本人はどうやって行くのか。
わたくしもそう思っていたので気持ちはわかる。
「大丈夫です、何も問題ありませんわ」
と援護する。ますます叔母はわけがわからないという顔をした。
「じゃあ行ってくるね、リリス」
「行っていらっしゃい、イオルム。楽しんでいらして」
わたくしの言葉に嬉しそうにうなずくと、イオルムはヒュンと軽やかな音を立てて消えた。
「……なるほど、それで馬車だけ先に行かせるのね」
叔母は渋い顔だ。これも気持ちはわかる。
「わたくしもそれで良いのかと聞いたのですが、王族としての体裁は保っているのだから良いだろう、と言われましたわ」
「はあ……あの方だからこそできる芸当でしょうね」
叔母は深い溜め息をついた。
「……フォルスからリリスが相手を見つけたと、それが自分の息子、超がつくほどの問題児だと知らされた時は船の上で頭を抱えたわ」
「ふふふ。あれでもかなり人間らしくなったのですよ?」
「ええ。心配していたのだけれど、実際にあなたたちを見て思ったわ。これは出会うべくして出会った二人、文字通り運命だとね。
知ってる?リリス。東国のことわざに破れ鍋に綴じ蓋というものがあるの」
「われなべに、とじぶた、ですか」
「ええ。壊れた鍋にもそれに合う蓋があるように、誰にでも相応しい相手……パートナーが見つかる、という意味よ。あなたたちは正しくそれ」
「まあ! 本当に」
これ以上わたくしたちに的確な言葉があるだろうか。
思わず手を合わせてにこりと微笑むと、叔母はため息混じりの苦笑いを浮かべた。
「血が 選(・) ん(・) だ(・) のだから私は反対しないわ。私もそうだったもの。
お行儀が悪ければ苦言は呈すけれど、それくらいは許してちょうだいね」
「はい、もちろんですわ、叔母様」
今日のお茶会は、午前がメルシエ伯爵家のティーサロンで上客のみを招いたお茶会、午後は招待制の半立食タイプのガーデンパーティー形式での新商品お披露目会となっている。
叔母たちと立てた作戦は、午前はさらっと会場の下見を装っての挨拶のみ、午後は初めから最後までしっかり。
今日の目的は、なるべく多くの人間にわたくしたちの存在をアピールすることだ。
お茶会にお邪魔するのは、終了間際の予定。それまで少し時間があった。
叔母と二人でお茶をしながら、家の話などをぽつりぽつりとしていく。
「あの男は相変わらずなのでしょう?本当に、忌々しい」
あの男とは父のことだ。運命を見つけるということに酔いしれ、それを見つけられた自分をセス家の誉れだと思っている。
「作られた運命だとも知らずに、愚かな男」
叔母の言葉を、無意識に復唱していた。
「……作られた、運命?」
「あら、リリスは知らない? セス家にはね、運命を装うことができる秘薬があるのよ」
「初めて聞きましたわ……なぜ叔母様はご存知なのですか?」
「ザシャよ。あの女、私に言ったの。
『ないものは作ればいいのよ』ってね」
ザシャとはわたくしの母だ。
「言われた時、ヒールで足の甲を踏み抜いてやろうと思ったわ」
「ふふ、叔母様がウルフェルグにいらした頃なら、まだヒールが高い靴を履く年齢ではないでしょう?」
「心のヒールよ」
叔母がふんと鼻息を荒くする。
「しかし秘薬ですか……なぜ母はそんなものを父に使ったのかしら」
「あの女は、幼少の頃からヴィリバルトに執着していたから」
「まあ、そうなのですね」
「でも自分の運命ではないことはわかっていた。というかあの女、自分の運命を殺しているのよ」
「……それはまた、穏やかではない話ですね」
「あれは私達の従姉妹でしょう? 直系ほどでないけれど、察知する血は残っていたようなのよね」
一口、紅茶で口を潤すと、叔母は長く息を吐く。
「結局本家は軽んじられているのよ。というか本家の男たちを操ることで優越感に浸るの。腐ってるわ」
「ああ……わかる気がします、男も女も、愚か者ばかり」
「リリス、あなたがやろうとしているのは、そこに大きな風穴を開けるということ。
ふふふ、あなたと殿下なら、一族全員粛清できそうね」
「それも考えてはおりますの」
「まあ」
「不可能ではないですから」
「ふふ、そうね」
そう、粛清も選択肢の一つではある。
「叔母様のお話を聞いて、近親婚が多い理由がわかった気がいたします」
「そうなのよねえ……そんなに身近に運命がいるわけがないのに。本当に愚かなのだから」
ちなみにわたくしも王家の血は引いているけれど、イオルムとの血は近親婚と言われるほど近くはない。
「本家の女だけが疎まれるというのも、少し考えればおかしいとわかることだと思うのですけれど」
「本当に」
はあ、と叔母様とため息が揃った。
「今の話でわかると思うけれど、秘薬は本家では管理していないの。おそらく爺か婆の誰かよ」
「婆の可能性が高いのではないでしょうか。女の敵は女、ですから」
「ジルヴェスターだったかしら、あなたの兄は。もう獲物を見つけたの?」
「イオルムが影をセス家に入れてくれているのですが、今のところその気配はないと報告は上がっています」
「あら、ちょうどいい女がいないの?」
「そうですね、今の世代は男ばかりです。女はわたくしだけだったかと」
「……そう。あなたを追い出した今、分家は動くかもしれないわね」
「……確かに」
真にセス家を支えているのが直系の女であるという誇りをわたくしたちが持ち続けているように。
セス家を影で動かしているのは本家でなく分家だという矜持があっても何らおかしくはない。
だとすれば……
「無関係の誰かが兄のために生贄にされるかも」
「そうね、その可能性は考えておいたほうが良いわ」
手にしていたカップをソーサーに置くと、叔母はまっすぐにわたくしを見た。
「分家がセス家の主権を握ることを悲願としているなら、それを阻止して、かつ取り返さなくてはならないわね」
「はい」
「だとすると手っ取り早いのはやっぱり粛清よねえ……」
叔母が口元に指を当て、不敵な笑みを浮かべる。
「焼き尽くした後、殖やすために種や苗床が必要なら言って頂戴。
さすがにあなたたちに別の誰かを……なんてことはしないけれど、あなたの子供達にあてがう候補を見繕うことはできるわ。さっき話した通り、必ず見つかるものでもないですからね。私たちは運が良かっただけよ」
「ふふ、ありがとうございます、叔母様」
コンコンとドアがノックされ、デボラが入ってきた。
「シャルロット様、リリス様。伯爵邸より連絡がありました。そろそろご準備をお願いします」
「まあ、もうそんな時間? それじゃあリリス、行きましょうか」
「はい、叔母様」