軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

07 結界が解けてます

「さあ、戻りましょうか」

ベルサンさんが彼女を促し、二人がゆっくり立ち上がる。と、同時に、ドーンと建物が揺れた。

「何!?」

「ディアマンタ様、彼女をお願いします!おそらく魔獣です!」

「えっ、魔獣!?」

勢いよくホールに向けてベルサンさんが走っていく。彼女をお願いって言われたけど、どうするのがベストだろう?

『伯父様! どういう状況ですかっ!?』

通信魔道具に呼びかけると、すぐに応答があった。

『ディディ! スタンピードが起きた。しかも中型!』

「中型!? この辺にいるのは小型のはずじゃ」

中型といえば牛や馬と同じサイズだ。それが一気に押し寄せているとしたら……!

『ベルサン君の予想通りだ、中で焚いた煙が外で滞留していた。ホムラウマが突っ込んでいる。ミツノイノシシもいるらしい』

「駐屯部隊の方達は!?」

『応戦しているがなにぶん数が多い。攻撃に反応して魔術障壁を張っているが、用意できた魔道具は複数同時展開ができないんだ、怪我人は出ている』

「……っ! 給仕のみんなは!?」

『なるべく厨房側、可能であれば厨房との通路に入るよう指示を出している。大方有効範囲内への移動は済んでいるようだからそっちは大丈夫だ。

あと一分で転移装置を作動する。いけるか?』

「!!行きます……! ごめん、急がないといけないみたい、走って!!」

ここはサロンよりも奥、ひとつめの装置の有効範囲外だ。少なくともサロンの入り口よりも先ホールに近づかなければ。

彼女の手を引いて必死に走る。サロンの入り口に近づいてきた時、中からゾロゾロと人が出てきた。

「おい!なんの騒ぎだ!!」

「……っ、最っ悪」

つい舌打ちが出る。これも反省会でたっぷり叱られるだろう。でも今はそれどころじゃない。

「どいて!!」

人並みをかき分けてホールに少しでも近づく。

『ディディ! あと十秒!』

耳元で鳴る伯父の声がうるさい。

「わかってます!!」

必死にホールへ向かおうとするけれど、ホールへ向かう人とホールからサロンへ流れる人がかち合っているんだろう、前に進まない。

『いくぞ!』

キィィンと耳鳴りがする。一つ目は無事に作動したんだろう。

「……あと一回……っ」

『ディディ!』

「ごめんなさい伯父様! 人がごった返しててたどり着けなくて! 二つ目の有効範囲にはいます!」

『わかった、次を起動するから待ってろ!』

『お嬢様、他のスタッフは全員転移完了、厨房スタッフも全員地下へ避難できています。あとはお嬢様とベルサン様、ご一緒の一人のみです』

マッシモの声が入ってくる。

ベルサンさんは討伐部隊の頭数に入っているから、実質残りはわたしたち二人。

「ありがとう!たぶん大丈夫。起動お願いします!」

『次は二十秒でいくぞ』

彼女の手を引いて窓際に寄る。

「大丈夫よ、もう安心して、転移でき……」

振り返って目を見開いた。

「あなた、ブローチは!?」

「え、あ、絡まれた時にブチって取られちゃって……」

あの時か……っ!!ということはあの男が転移するんだろうか。

くそっ、戻ったら二度と女性に絡もうと思えないくらい辱めてやる!!

十、九、

「これ!持って!!」

自分の胸元につけていたブローチを引きちぎり彼女に握らせる。

「えっ、でも」

「……絶対離すんじゃないわよ、良い?」

しっかり目を見て告げると、彼女は恐る恐るこくりとうなずいた。良し。

八、七、六、五、

「伯父様!ごめんなさい、わたし残ります」

『ディディ!?』

「無事に戻れたらいくらでもお説教聞きますから!」

四、三、

「デビューがとんだ現場だったけど、研修、頑張ってね」

二、一、

零。

再び耳鳴りがして、目の前から彼女が消えた。

どうやら無事に転移できたようだ。

『ディディ!』

「彼女は!そっちに転移できましたか!」

『……ああ、できてる!!』

「良かった……」

『どうするんだディディ! 転移はもうできんぞ!』

「……伯父様、まず建物の状態を教えてください」

『ああ。ホールは完全に破壊されてる。周辺は駐屯部隊と冒険者たちで応戦中だが、街の方に向かい出しているからそっちを防ぐ方に切り替えている』

「ベルサンさんは?」

『迎賓館の近くにいるはずだ。ベルサン!』

「はい、ただいま合流しました」

建物の周りなら一階にいたはずであろうベルサンさんが、窓枠からひょいと入ってくる。

「無茶をなさいますね、ディアマンタ様」

「ふふ、ごめんなさいねベルサンさん。それにしても返り血がすごいわ」

「ああ、すみません。久しぶりの実戦で少々血が騒いでしまったようで」

……本当に少々なのかは指摘しないでおこう。

「ひとまず建物から出ましょう。お嬢様? 失礼しますよ」

とちょっと茶化して言うや否や、ベルサンさんがわたしを、サッと抱き上げて窓から飛び降りた。

「!!!?」

まるで跳び箱を跳んだ後のようにストンと軽やかに着地を決める。

「ええええ!? ベルサンさんっ!?」

「筋力強化系の魔道具をつけてるんですよ」

わたしを見てパチリとウインクする。

……本当、どうしてこの人こんなにかっこいいんだろう……。

「あの岩の上まで行けますか」

「やってみるわ!」

「登ったら結界魔道具を起動してください。私は村に流れる魔獣を食い止めます」

「わかった! 気をつけて!!」

岩を登っててっぺんにたどり着くと同時に、ドーン!! と大きな音がした。熱風が押し寄せてくる。

慌てて振り返ると、中から爆発したようだ。わたしたちが脱出したタイミングは本当に間一髪だったみたい。

ベルサンさんの指示通りに結界魔道具を起動した。これで大丈夫……はあ、と大きなため息をついた。

「伯父様、結界を張りました」

『……良かった。人を向かわせるからそこから動かないように』

「はい」

あたりを見回すと、ここは谷が一望できるスポットだった。迎賓館の周りが澱んで見えるのはおそらく煙だろう。

この距離からこれだけ澱んで見えるということは、かなりたくさんの煙があそこに溜まっているはずだ。

ホールはガラスが割れてめちゃくちゃ。わたしが必死に岩を登っている間、迎賓館の方からは悲鳴や怒号が聞こえていたけれど、今見ると人が次々と窓から飛び降りているのが見える。

そして、ミツノイノシシも次々と落ちていく。階段を登って突っ込んでいったのだろう。

街は!? と街の方角を見ると、数キロ離れたここからでも見えるくらいの結界が張られていた。

人の魔力だけじゃあの強度の結界は作れないから、魔道具か魔石を惜しみなく使ってるんだろう。さすがメルシエ、肝心なところで一切を惜しまないその潔さが、一族として誇らしい。

「この魔石なら数時間は持つはず」

今展開している結界は強固なシェルタータイプなので外からの攻撃を防ぐと同時に、内側からも出ることができない。今、街で展開されている結界に近い強度はあるはずだ。あとは事態が落ち着くか誰かが来てくれるまでこのまま……

コツン

結界に何かが当たる音に顔を上げた。

結界の中にいれば周りの音は聞こえない。

音がした方を見る。

コツン

同じ場所に、また何か当たった。

辺りを見回すけれど夜の山中だ、燃えている迎賓館以外、何も見えない。

「……伯父様、聞こえますか」

『どうした、ディアマンタ』

「結界に何かを投げつけられてます」

『なんだって?認識阻害はかけてあるんだろう!?』

「はい」

そう、今張ってるこの結界は、認識阻害の魔術も組み込まれているから外からは見えないはずなのだ。

「結界を起動させるところを見られていたのかも……ちょっとわからないんですが、外からコツンと何かが当たるんです」

コツン、コツン

「……また」

『結界は問題なく起動してるんだな』

「はい、それは大丈夫です」

『わかった。迎賓館周辺に残っている部隊はバハラ伯爵領の連中を拘束するのに手間取ってる。山の中に潜んでいる人数が想定より多かったらしい。お前を狙っているのもバハラの奴らの可能性があるから、良いというまで絶対に結界を解かないように』

「わかりました」

コツン、コツコツン

大丈夫、この結界はきちんと起動している。

外からは見えない。きっと風に舞った木の枝かなにかが当たっているのだ。

少しでも回復しよう。膝を抱えて顔を伏せ、目を閉じる。

結界に何かが当たる音はコツコツと増えている。

きっと火事のせいで色々舞い上がっているんだろう。

コツコツコツ

大丈夫、魔石には魔力量も十分あることは確認した。

メルシエ商会(うち) が取り扱う商品に間違いはない。

コツコツコツコツ

……大丈夫、長い夜も、いつかは明ける

パリン

「……え?」

顔を上げると同時に、熱風を感じる。

「えっ、嘘!!」

思っていた以上の大声が出て、はっと口を塞ぐ。

『どうしたディアマンタ』

「……結界が、解けてます」