軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

90話 初めてのダンジョン⑨塔6階 聖女の子

魔物がどんどん強くなってきているので万全の態勢でのぞむために、セーフティスペースで今日はもう休むことにする。

羊と山羊のお肉を甘辛く炒めて丼ものにする。みんなお肉が好きだから、サラダにもお肉だ。丸ねぎを薄くスライスして水にさらし、コタンダの塩漬け肉を薄ーくしゃぶしゃぶにして醤油タレと合わせてサラダにする。そして、キャベツと卵のお味噌汁。

このサラダ好きかも。しゃぶしゃぶするときに、出汁で洗うようにしたらもっと獣臭さが取れそう。次はそうしてみよう。山羊のお肉は羊よりクセを感じる。味を濃くして正解だね。ロイドもお米も大丈夫みたいだ。3人ともすっごい食べてくれるから嬉しいが、本当にそんなに食べて大丈夫なのかとどきどきしてしまう。9合炊いたんだよ。お茶碗18杯分。わたしが一杯食べたから、17杯分を3人で食べたんだよ。お腹壊さない? 余るだろうから、明日の朝ごはんにすればいいと見越していたのに。

食後に特別だと言って、ロイドが飲み物を入れてくれた。

「コーヒー」

匂いに反応して呟くと、ロイドがドリップにコポコポとお湯を注ぎながらわたしを見る。

「オーデリアではそう呼ぶのか。こっちでは琥珀湯っていうんだ」

コーヒーをみんなでいただく。

「うまいけど、けっこう苦味があるな。リィヤ、大丈夫か?」

「うまい。わたし、いつも、ミルクいれる。入れていい?」

ロイドが頷いてくれたので、山羊のミルクで割る。

わたしはコーヒー牛乳を愛しているのだ。そう決してカフェオレではない。あくまでコーヒー牛乳だ。この場合、コーヒー山羊乳となるのか?

「へーミルクを?」

入れてみるか尋ねると、飲んでみるとのことなので、ロイド以外にはミルクを足す。

「オーデリアはすげーな。これはジュゲイト大陸にしかねーって傭兵仲間が言ってたんだけどよ。流通してるのか」

「ジュゲイト大陸っていったら、閉鎖的ですよね。それなのにカノープスを飛び越して流通してるんですね」

まずい。手にはいりにくいのか。

「お前、金持ちの子供なのか?」

「見える?」

首を傾げると、アークは悩んでいる。失礼な。

「普通。平民。けど、複雑、家庭。話す、ない」

「そうか」

と、アークに頭を撫でられた。

「赤子、お前がこの大陸に来たのは、聖女さまが異世界から来る前か? 後か?」

「後」

「聖女さまが来てから、瘴気は違ったか?」

ああ、そういうことか。

わたしだけ大陸違いだから、わたしに話を振るのによく大陸の話を選んでいるのかと思ったが、それにしてはいつもすっごいオーデリアを気にしてるなと思っていたのだ。

そうか、聖女は瘴気を浄化できる唯一の人。その聖女はオーデリア大陸にいる。だからオーデリアのことが気にかかるのだ。

「わからない。ごめん」

何せ、聖女ちゃんと一緒に来たから。でも、瘴気が薄くなったとか、そういう話は聞かない。逆に危険区域では濃くなって、モードさんを取られた訳だけど。

「いや、謝るようなことじゃない。オーデリア大陸ではどうなのか、ただ聞いてみたかったんだ」

「私もひとつ。オーデリア大陸と、ここカノープスでは、瘴気の量が違いますか? 感じますか?」

「なんとも、思うこと、いない。だから、同じ、思う」

「そうですか」

ほっとしたようなソウショウ。瘴気はこの世界でわたしが思うより人々に根付いた重たい問題みたいだ。

「お前は、聖女さまを見たことがあるか?」

嘘をつく。首を横に振る。

「側室聖女や、その側室聖女の子供の話は聞いたことは?」

「噂、聞いた」

アークの声音も真剣だ。

「側室聖女、単なる噂だと思っていたのに。その子供を探しに帝国の皇子がオーデリアまで行った……」

ソウショウ、なんて情報通なんだ!

「みつけて連れ帰ったんだろ? それが逃げ出されたって?」

みんな知ってることなの?

みつけた?? いないのに、どうやって??? ロイドの顔をじっとみる。

「お尋ね者になってたな」

お尋ね者? ……なんか、とっても、いやーな予感がする。

「茶色の髪に、お前みたいな葉っぱ色の瞳で、男の子の格好している少女だな。お前、もう1、2歳下だったら、髪の毛染めて聖女の子供に化けられたのにな」

豪快にアークが笑うと、ソウショウもロイドも笑う。

わたしもお愛想に笑いながら、心臓がバックバクだ。

どういうこと? なんでそんなことになってるの??

確かにソレイユは言っていた。側室聖女の子をラオスのお嫁さんにどうかと探しに来た、と。ソレイユたちはわかっている。みつけられなかったことを。でも帰ることになって、働き手にちょうどいいからわたしをスカウトした。わたしは断ったけど、結局ラオスに連れてこられた。そして逃げ出した。

ソレイユたちはわたしを探し出した。ただの働き手だって言っておこうよ。ものすごい勘違いが始まっているんだけど。ただの働き手なのにあんな大々的に探すから妙な誤解されているんじゃないの?

話題を変えよう。そういえばこちらでは瘴気問題が出るとどこからとなく聖女さまが現れるって話を聞いたし、スノーレイクに聖女さまを見に行くってアークとソウショウは言っていた。

「アーク、ソウショウ、聖女さま、見に行く、言った。こっちに聖女さま、いる?」

アークとソウショウはバツの悪い顔をする。

「ただ、聞いた。言いにくい、聞かない」

「あ、いや。賞金稼ぎはみんな目の色を変えている。聖女の子に賞金がかかったからな」

前置きをしたアークの後をソウショウが引き継ぐ。

「聖女はオーデリアのアルバーレンで確認されています。だからこの大陸に現れる聖女は偽物でしょう。でも、側室聖女の子供が連れてこられて逃げ出した。子供がひとりで逃げるのは難しい。だから側室聖女も追いかけてきてこの大陸にいるのではないかと。一緒に逃げているのではないかという見解があります」

「スノーレイクに瘴気が発生する前、母親と9歳ぐらいの男の子の二人連れが乗り合い馬車に乗ったっていう情報があったんだ」

「髪と瞳の色が、合うのか?」

尋ねたロイドに情けない顔をする。

「子供の瞳だけ、葉っぱ色で一致している。だから、ただの親子連れだった可能性が高い」

ため息をつきそうになってしまう。

ってことは、アークとソウショウは側室聖女と『ランディ(仮)』を探しているんだ。恩人だけど、名乗るわけにいかない。それに、最初が間違っている。お尋ね者ではあるけれど、わたしは聖女の子供じゃない。浄化の力もない。

「なんで聖女の子供、賞金、かかる? 浄化、力ある?」

「いや、ないでしょうね」

「なのに?」

ソウショウが困ったような顔をする。そんな顔をさせたいわけじゃない。

「今まで、ずっと聖女いない、なんとかなった。なのに、みんな、探す。どうして?」

「そりゃぁ、仕方ないさ」

ロイドが少し悲しそうに微笑う。

「オーデリアで暮らしていたらわからないかもしれないが、カノープスは瘴気で呪われた大陸だ。他の大陸の闇の部分を請け負ったんだ。それこそ自然で起きたことだったら納得もできるが、これは人の手で起こしたことだからな、恨みは大きい。そして聖女がやってきた、それも召喚だ。人の手で喚んだ。必要としているのはこの大陸だろう。この大陸の者はみんな欲しがるだろうよ。それを責めることは誰にもできん」

深すぎて、言葉がみつからない。呪われた大陸だの、人の手で起こした? なんか遥か昔に途方もないことが起こり、カノープス大陸が一番瘴気被害を受けているってことだろう。

「アーク、ソウショウ、お尋ね者、みつけたらどうする? 賞金?」

「……賞金よりも、浄化の能力があるなら私の一族の暮らす森に来て欲しいです。どこでも出生率が下がっていることは周知の事実ですが、一族にはそれが顕著で……」

既婚者はいっぱいいるけれど、ソウショウが最後の子供だそうだ。16年間、ひとりも子供が産まれていない。

世界中で出生率は落ちているそうだけど、カノープス大陸では最もそれが高く、それは呪われた地だからと思われていて、その呪いは瘴気が関係しているみたいだ。

これはよそ者が、少し耳に挟んだくらいで口を挟める問題じゃないや。

心の中で、恩人のアークとソウショウに謝る。お尋ね者はわたしだけど、浄化の力があるわけではないから、告げない。ごめん。

瘴気問題か……。難しすぎるから、それは置いておくとして。

聖女の子を皇子が探しに行った、連れ帰ってきた、聖女の子って思うもの?

思うか? 思う……か……。

でも、みんな頭を冷やして欲しい。お尋ね者は9歳だ。

「……聖女、来たばかり。子供、そんな、大きい?」

「アルバーレンは隠してたんだろ。10年も前に召喚は成功してたんだ」

憎々しげにアークが呟く。

「10年前? 王子、15歳、時、の子……」

確か、王子は25と聞いた気がする。うーーん15歳、ありっちゃぁ、ありか。

3人が顔を合わせる。

「ああ、そうか。そういうことになるか……」

みんなもやはり15歳だと微妙に思うようで。

「なくはねーなぁ」

「まぁ、できないことは……」

「何、ガキがガキ作ってんだか」

「まあ、なんにせよ、帝国のあの皇子が連れ帰ったみたいですからね、重要な人物であることには間違いありません」

ソウショウのソレイユに対する評価は高いみたいだ。

「皇太子が連れてきたんじゃねーのか?」

ロイドがソウショウに聞く。連れてきたのはラオスだけどね。

「ソレイユ殿下が指揮をとられていると聞きました」

捜索の指揮はソレイユらしい。

「じゃぁ、意味深だな」

なんでこう、事が大きくなっていくんだろう。ただソレイユに働き手として見込まれただけなのに。

夜も更けてきたので、お開きにすることになった。

ロイドはテントは持ってないそうだ。じゃぁ、一緒に眠ろうと持ちかけると、ソウショウに私のテントで休みましょうと連れていかれてしまった。隠れもふもふか?

今日はもふもふに埋もれてなら、眠れると思ったのになぁ。

テントでひとりになると、再び心臓がバクバクしてくる。

マジでやばい。こっちの大陸でバレたら、なんか余計にまずい気がする。とりあえず成長していて、本当によかった。髪も染めておいて正解だった。

眠れなくて、テントから出る。焚き火がほぼ消えて燻っているのを眺めているアークがいた。

「どした、リィヤ」

一瞬、アークが知らない人のように見えて、声をかけそびれた。

「眠れないのか」

わたしは頷く。

「そんな時もあるよな」

「アーク、眠れない?」

アークの隣に座り込む。体育座りだ。

「反省してた」

「反省?」

「憎むことほど、非生産的なことはないのに、どうして人は憎むことを止められないんだろうな」

「……憎む、一番、簡単、楽。仕方、いない」

身につまされる思いだ。そう憎むのが一番楽なんだよ。誰かのせいにして省みないのが、自分が傷つかなくて、痛くなくて、深く考えなくて楽だから、そこに逃げるんだ。

アークにじっと見られていた。

「呑気そうに見えて、似合わない感情だと思うが、お前も憎んだりするのか」

どんだけ、呑気に見えるんだ、わたしは。

「……うん。許せない、ある。許す、心楽なる、わかるのに。できない」

許せなくて、憎んでる。考えないでいれば楽でいられるから、憎むことを欲している。許せれば、その時は苦しむとしても、心はそっちの方がずっと楽になるのに。わかっているのに。

「許せたら、心は楽になるか? 逆じゃないか? 許すのは辛いだろ。心が痛いだろ。楽じゃない」

「できない、けど、わかる。賭けてもいい。許す、心、楽、なる」

「……何賭けるんだよ?」

わたしは少し悩んでから言った。

「グリープ酒」

「のった!」

アークと顔を合わせてちょっと笑った。

「お前、時々子供と思えないよな」

「精神年齢、高い」

ニヤリと笑っておく。スルーされた。

アークがぽつり、ぽつりと話す。

良い地位にいたこと。良かれと進言したことで、職を解かれたこと。自暴自棄になり、くさっているときに、あの馬車でわたしたちと会った。ダンジョン攻略ぐらいと舐めていたが、わたしに怪我させたり護れなかったりしたことで、天狗になっていただけで、自身の力不足を知った、と。相手の愚かさ故に自分が弾かれたと思っていたが、ただそれは自分に力がなく、正当な評価で、解雇されたのだ、と。自分にはあの地位に見合っていなかったことがわかったんだ、と。自分は決して止められないんだ、と。

アークは取り返しがつかないと思っていることがあるように感じた。後悔の裏返しで憎んでしまっているのかもしれない。そしてその憎んでしまうことに傷ついてる。

「アーク、生きてる。取り返しつかない、いない」

アークがゆっくりとわたしを見る。

「取り返しつかない、確か、ある。けど、全部、違う。わたし、悔やむ、ある。大好き、ありがとう、言わなかった。いつでも、言える、届く、思って、あった。だから、口、しなかった。二度と会えなくなった。いつも、言えば、よかった。だから、これから、思う、言う。アーク、止められない言う、まだ、途中だけ。最後、くるまで、わからない」

生きていれば、状況は変わり、変化していくけれど。

『止められなかった時』がくるまでは、まだ途中だ。まだ止められるかもしれないのだ。

その場所に戻りたいと思うなら、やり直したいと思うなら、そう行動すればいい。すぐどうこうは難しいかもしれないけれど、戻りたい、やり直したいと言う気持ちだけはきっと届く。

その気持ちに囚われていなければスルーしてもいいと思う。でも、アークは、いつも軽やかに楽しんで生きているように見えて、苦労人なのかもしれない。背負い込むタイプだね。そういう人は過去の出来事に囚われやすい。これからの人生にずっと影を落としていくんだろう。それだったら、とことん行動しても良いかもしれない。アークが職を解かれてからどれくらいの時間が経ったのかはわからないけど、成人したてぐらいで、良い地位にいて、さらに賞金稼ぎになっても高ランクにすぐになれたのだろうから、かなりの実力者なんだろう。

アークはわたしを助けてくれた。全然関係ないのに、ダンジョンに付き合ってくれた。アークのことをよく知っているわけでないけれど、わたしにとってアークはいい人だ。わたしにとっていい人だから、わたしは、わたしだけになってもアークを応援する。アークの想いはきっと届く。そう願う。

「これから、する、いい。きっと、できる。わたし、応援……」

体育座りで膝小僧に顔をのせて話していたのがいけなかったのかもしれない。

わたしは応援しているよって言ったと思うんだけど、あやふやだ。

急に眠気がやってきて、すとんと眠ってしまった。

朝目を覚ますと、わたしのテントでちゃんと寝ていた。アークが運んでくれたのだろう。