軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

88話 初めてのダンジョン⑦塔6階 わんこ

「アーク、ソウショウ……」

ラケットバットを構えながらふたりの名前を小さく呼ぶ。応えてくれる声はない。

わたしたちは2回目のダンジョンに潜った。ふたりは階段やボス部屋を覚えていて、最短のショートカットで上を目指した。ボスだけとは戦うが、あとはなるべく戦わない方向で体力を温存させ、4階までは1日で登った。5階の虫ぜめは、アークとソウショウが華麗に舞い、最初からふたりが本気を出してさっさと片付けた。思い出すのも嫌な大百足がボスで倒すと階段が現れた。わたしはふたりが倒しドロップした品を拾って回る。防具ばっかりだった。ボスのドロップも大きな盾で、付与がすごいってアークが言ってた。アークも鑑定できるのかな?

そしてやってきました、6階、なんだけど。決してぼやぼやしていたわけじゃないけれど、気がついたら、アークとソウショウが見えなくなっていた。

なんで、なんでー。はぐれるとかナシでしょ、いくらなんでも。

魔物にみつかるのも嫌だけれど、黙っていたらアークたちもみつからないと苦悩して、森の中というコンセプトっぽいフィールドで、小さい声で呼びかけると言う訳のわからないことをしながら歩いていた。

「わんこ!」

みつけたとたん、叫んでいた。

「魔物、違う、ね? この世界、わんちゃん、いた」

ゴールデンレトリバーよりも一回りは大きそうな大型犬だ。真っ黒と一部灰色の毛並みで、わさわさ触りまくりたくなる。キツネみたいなモフっとした尻尾に顔を埋めたい。

わんちゃんはわたしを振り返る。そして一瞥して興味なさそうにまた歩き出そうとする。

キツネを思わせる顔つきだ。

「待って」

わんちゃんが止まった。そしてゆっくり振り返る。

わんちゃんはわたしの言葉がわかるようだ。

ううん、動物はわたしたちの言葉をわかっているんだと思う。特にわんちゃんは。

向こうの世界で、田舎の親戚の家に遊びに行っているときに、迷い犬がふらっと現れたことがある。お水を出して

「お家が分からなくなっちゃったの?」

って問いかけたら、ものすごく哀しい目をした。

そんなわかりきってること聞くなよって顔だった。

わたしは取り返しのつかない傷つける言葉を言ってしまった。

迷い犬はお愛想に水をぺろっと舐めて、そそくさとわたしから離れていった。

他の動物も多分、理解している。一緒に暮らしているとわかっていくものなんじゃないかと思う。寄り添えないところがあると思うのは、基準とする種族の生活感の違いがあるだけじゃないかと思う。

名前を呼んで、わんちゃんや猫ちゃんや鳥は返事をする。仲間と鳴き声でコミュニケーションをとることがあるからだろう。うさぎもちゃんと反応してくれる子もいるけれど、うちのは反応しなかった。でも、呼ばれているのはわかっていた。目の位置でうさぎは目を動かさなくても180度全て見えている。だからもし「気づいた」が返事をすることと同じだとしたら、本人(本うさぎ?)は返事をしているつもりだろう。でも、わたしには反応してくれることがわかることだと思っているから、わかっていることをわからない。そう言う違いがいろんなことに未だ解読できていないだけで、わたしたちは意思の疎通がある程度できていると思うのだ。だから言葉は『凶器』にもなる。誠実にいたい、いつも。

「わたし、リィヤ。名前は? はぐれた? 一緒いよう、ね」

止まっていてくれてる隙に忍び寄り、背中にそっと触れる。

尻尾がふさふさで、気持ち良さそう。背中を撫でて、心を落ち着ける。

「アーク。ソウショウ。……どこ?」

自分を落ち着かせながら、ちょっとだけ大きな声でアークたちを呼んでみる。反応はない。

大丈夫、バットがある。戦い方も、上手くなってきたって言われた。

「アーク、ソウショウ、強い。それまで、守る。大丈夫、戦い方、上達、言われた」

わんこはおすわりをした。ちろりとわたしを見て、体勢を崩して横たわる。

首のところをかいてあげる。大人しくかかれている。鼻筋を上に撫でてやって、ほっぺたのところをほぐす。わんこは目を瞑った。大きくて存在感のあるわんこもいいなぁ。首のところに抱きつく。わんこは大人しくされるがままだ。ああ、癒される。もふもふに触れるのはいつぶりだろう? あったかくて、安心する……。

……とモフっているうちに、わたしはあろうことかダンジョンのセーフティスペースでもないところで、うとうとしていたみたいだ。

「お前、何やって」

「リィヤに何をしたんですか?」

怒気のこもった罵声で目が覚める。

「ま、待て。剣を出すな。お前たち、あれだな、アークとソウショウだな。お前たちが何を誤解しているかはわかる気がするが、誤解だぞ。オレは人化しただけだ」

「アーク、ソウショウ!」

ガバッと起き上がる。ふたりの姿を見て、すっごくほっとした。

ソウショウがわたしを抱き込んで、アークがわたしたちを庇うように前に出る。

ソウショウがわたしの顔を両手で挟んで、肩、腕、と怪我などしていないかのチェックをする。

「何もされてないですか? 大丈夫ですか?」

何もされてない? そういえば、もうひとりいたとそちらを見てギョッとする。

背の高い浅黒い肌のにーちゃんが全裸でいたのだ。

「お、起きたのか。みつかってよかったな」

とニッと笑う。

え? もしかして

「わんちゃん?」

弾けるような音がして、男はわんこになった。

「獣人か」

アークがホッとしたように言って、ソウショウにもよかったというように頭を撫でられる。

ポンと音がして、人型になる。

「誤解だとわかったな? その赤子がオレの尻尾を離さないでヨダレを垂らしたんだぞ。はぐれたって泣きべそかいてるから、仕方なく一緒にいてやったのに」

「泣きべそ、違う。ヨダレは、垂らした、ごめん」

ほっぺたが冷たいから、さぞや盛大に垂らしたことだろう。

「誤解して悪かったが、服は着ろ」

男は顔を下に向け、初めて自分の姿に気付いたように、どっから出したのか服を着込んだ。

「しょうがねーだろ。服着たままだと変容するときに服が裂けちまうんだ。だから脱いどくのが一番なんだ」

彼は獣人のロイドと言った。誇り高き、月狼族の末裔だそうだ。普通の獣人は獣型と獣と人が混ざった状態の中庸型になれることが多いが、彼は古代種だけあって完全な人化、中庸型、獣型になれるという。わたしを赤子と呼ぶのは納得できないが、優しい人なんだろう。中庸型になった時の姿で一番はしゃいだのをわかっていて、その姿でいてくれている。だって、ふわふわのふさふさで人型って、いいよねー。中庸型も自在みたいで、今の毛に覆われた獣の姿での2本足で歩ける状態、逆に人に耳と尻尾だけある姿にもなれるんだって。耳と尻尾もふさふさ。飛びついても怒らず抱き上げてくれる。

ロイド曰く『ガキに突進される型』だそうだ。

ロイドは人がごった返しているところは好きではなく、空いているこのダンジョンにやってきた。普段は傭兵などをしていて、今はちょうど契約が切れたところで、羊の肉でも食べるかとここを思いついたらしい。この階はロイドのお気に入りで、羊、山羊、クマが出るそうだ。

さて、なんではぐれてしまったのかを話し合い、意外なことがわかった。ロイドが教えてくれたのだが、ワープポイントがいくつもあって、そこを踏むとこの階のどこかに飛ばされてしまうそうだ。ってことはまたはぐれる可能性がある?? 困っていたらロイドが言った。

「そんじゃ、共闘するか? そしたらその赤子の面倒はオレがみよう。オレの匂いをつけておけば、どこにいてもわかるからな。オレがはぐれても、匂いづけをしておけば、その赤子だけ守ることは可能だ」

「匂いづけって、お前」

「略式の方だ。子供とかにやるやつだ」

アークがわたしを振り返る。

「リィヤ、どうする?」

「お願い、いる!」

わたしは頭を下げた。

「……本当にいいのですか? 匂いづけですよ?」

ソウショウの確認が入る、わたしに。

「痛い、ある?」

アークもソウショウも不安げな顔をしているから、心配になる。

「ここで、お前に匂いをつけるだけだから、痛くはないと思うが?」

ロイドは自分の顎を指差した。

「お願い、いる」

わたしは頭を下げる。

「……共闘の儲けは4等分でいいか?」

アークが報酬のことを持ちかけると

「金よりも、羊肉がドロップしたら貰いたい」

とロイドが言った。

わたしも羊の肉食べてみたいし、じゃぁ、いっぱい羊狩ろうねと盛り上がっていると、なんだこいつらと言う目でロイドに見られた。

共闘することになり、ロイドに匂いヅケをしてもらう。ロイドの顎下のところで頭や全身に匂いを擦り付けられる。そして仕上げとばかりに、顔中をベロンベロンに舐められた。確かに、これは嫌な人は嫌だろう。わたしは人型の大きいワンコと戯れられて嬉しいぐらいだけど。この匂いづけは、不思議だけど洗ったりなんだりしても、しばらくは落ちないんだって。

落ちないということなので、濡れた感じはちょっと落ち着かなくて、こそっとタオルで拭いているとアークに謝られた。

「ごめんな」

「なんで、謝る?」

「俺、強いと思って天狗になってたみたいだ。お前ぐらいなら守れるって思ったのに、怪我させたり、危険な目に遭わせたり。護れるなんて……傲慢だった」

「アークのせい、違う。ダンジョン入れた、ふたり、おかげ。ふたり、いない、わたし、死んであった。感謝、だけ、ある」

アークが悲しげな顔で微笑う。強気に見えるのは繊細な部分を見せないようにしているだけなのかもしれない。そう思った。