軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

118話 帝国の聖なる娘(上)

招待されたお茶会パーティーに着ていくドレスは王子が用意してくれた。さすがルークさん。サイズ、ピッタリなところが有能すぎて怖い。モードさんのお家でのドレスも豪華だったけど、お茶会といっても王族がらみということもあり、ドレスも格式高いものらしい。コルセットはなくてほっとしたが。わたしは若芽色から水色にグラデーションがかかったような素敵なドレスを着ている。レースとお花を模したものが控えめにあしらってあり、鏡の中のわたしは清楚な令嬢風に見えた。装飾品は、ゴールドとモードさんの瞳の色の水色のみ。モードさんは深い青に、装飾品はゴールドと翡翠をつけている。前髪を少し固めて上げていて、それがまたかっこいい。

わたしも髪はハーフアップにして、編み込んだ複雑で可愛い感じにしてもらっている。ルークさんがね。ルークさん、なんでも出来過ぎ。

お茶会にはクーとミミは連れて行けない。黄虎と一緒にお留守番していてもらう。

可愛くしてもらったものの、心から行きたくなかったが、そういうわけにもいかない。

「緊張しているか?」

モードさんに聞かれて、わたしは頷いた。

ラオスは帝国の皇太子だ。そして、ここは帝国。何が起こるかわからない。

王子が笑う。

「平和的に行きたいから、揉め事は起こしたくないが。ハナに何かするようだったら、黙っていないから心配するな」

わたしは頷いて、大きく息を吐き出した。

「迎えの馬車が来ました」

ルークさんに言われて、モードさんと立ち上がる。コートを着て外に出たが、そこでひと騒動。馬車が3台やってきて、ひとりずつ乗るように言われたのだ。これには王子が目を細めた。

「ラオス皇太子はハナにとんだ執着があるようだね」

そう言われて怖くなる。ラオスはソレイユのためにわたしに関わってきたはずだが、ここにきてなんだか嫌な予感がする。

押し問答になり、結局用意された馬車ではなく王子が用意した馬車にて会場に赴いた。

馬車の中で王族から話していい許可が下りるまでは絶対に言葉を発しないよう再三注意を受けた。

会場は緑いっぱいの庭園で、ガーデンパーティー風だった。人がすっごく多い。ひとまず入り口のところでコートを預け、番号札みたいのと交換する、モードさんが。こういうところでは、女性は全て男性にエスコートしてもらうものらしい。ひとりでは歩いちゃいけないそうだ。

わたしはエスコートしてくれているモードさんの腕をいつの間にか強く握りしめていたみたいだ。その手を上からポンポンと優しく叩かれる。

モードさんが隣にいるんだ、何も怖いことなんかない。

会場に入るときに、大きな声で名前を読み上げられる。

カイル王子には黄色い声があがり、モードさんにも上がる。

ええ? どういうこと? 王族ならまだしも、違う大陸でもモードさんも人気ってこと?

わたしはチラリと横のモードさんを見上げる。

そのままわたしたちは、皇太子の元に連れて行かれる。

ガーデンパーティーなのにコートを脱げとは不服だったが、ゲートを抜けるとそこは外だけど空調管理がされているみたいで、ドレスだけでも寒くなかった。地面が不思議な感覚だ。普通の床みたい。土が見えて、石畳が見えているのに凸凹は一切感じられない。ひそっとモードさんに尋ねると、外でのダンスも含まれるお茶会規模だと魔法で空調や床が整えられるらしい。確かに寒い暑いは困るし、ハイヒール履いての外でのダンスはキツいもんね。そういうことか。

9歳といったらまだ少年だ。それでも皇太子という雰囲気がそうさせるのか、みんなが祭りあげているからなのか、その眼差しはこの会場を支配しているものに間違いなかった。最後に会った時より、顔立ちがキリッとしたように感じる。

わたしたちはラオスの前に到着し、膝を折り頭を下げた。王子は礼をとっている。

ラオスが椅子から立ち上がると、どよめきが起きた。

招待する側、しかも皇太子が立ち上がることは、多分、稀なのかな?と思う。

「アルバーレンの王太子よ、よく来てくださいました」

「ご招待、感謝します」

王子は言葉少なに応じる。迎えの馬車で何か手違いがあったようで申し訳ない、気を悪くしないで欲しいなど言っている。

帝国にて、大きな犯罪が行われていたのを止めてくれたのを感謝し労い、またオーデリア大陸を呪うことにならなかった礼を伝えている。

王子は柔らかい言葉に包んでいたけれど、それは王がすることであって、皇太子から言われても私には何も響かないよ、私も王太子だしねみたいなパンチのきいたことを言っていて、9歳の皇太子はそれにピクピク反応しながらも、朗らかさは崩さなかった。

その後がひたすら長かった。王子は言葉少なに切り上げるのだが、ラオスがいろんな話題を振ってくる。この中腰も辛いんですけど。はっきり言ってモードさんの手がなかったら、わたしはとっくに崩れている。何これ、嫌がらせ?

長い長い王子との歓談が終わり、解放される。モードさんの手を借りなかったら歩けなかったよ。

「ティア、何か飲むか」

「うん、飲みたい。喉がカラカラ」

緊張していたから喉が乾いてしまった。モードさんは歩いてくるボーイさん風な人に声をかけて、涼しげなカクテルに見えるグラスをとった。ひとつをわたしに渡してくれたが。わたしはモードさんにこっそりと言った。

「眠り薬が入ってる」

モードさんはただ微笑んで、わたしに渡したグラスを持って、少し歩いてテーブルにおいた。そしてまた歩いて、新たにグラスをもらう。鑑定して今度は大丈夫だったので、わたしは喉を潤した。

もう帰りたい。クーやミミ、黄虎に癒されたい。

王子は貴族たちに取り巻かれている。モードさんも取り巻かれがちだが、素敵にあしらっている。さすが、貴族なんだなぁ。

ざわざわっとしたと思っていると、目の前に現れたのはラオスだった。

「レディ、私と踊っていただけませんか?」

先ほどとは違ってオーデリアの公共語だ。片方の手は後ろにして、もう一方をわたしへと手を向ける。

「失礼」

人の波をかき分けてきたのはカイル王子だった。

「ラオス皇太子、申し訳ありません。彼女は行儀見習い中のため、踊ることを禁止されているのです」

「ほう。行儀見習いですか」

ラオスはくすりと笑う。

「行儀見習いで禁止されているからではなく、本当は踊れないのではないのですか? ずっと男の振りをしていたから」

こんなところで、ランディを出してくるのか? それになんの利があるというんだろう?

楽団が奏でている曲はちょうどワルツだった。

「ラオス様は異なことをおっしゃいますね。私が許そう。そうだね、婚約者以外とは認めないが一曲だけ踊りなさい」

ひえーーーー。マジか。

何があるかわからないということで突貫工事でワルツだけステップを習ったのだ。運動音痴はこちらの世界でも健在で、はっきり言って見れたものではない。教えてくれたルークさんはため息しかつかなかった。

「ダンスというのはどんなものが踊っても優雅に見えるもののはずなんですが。なぜハナ様の動きは踊るというより、一生懸命に見えてしまうんでしょうね」

うるさい。向こうではダンスなんて必須じゃなかったんだから、しょうがないじゃないか。

モードさんがわたしから手を離す。向き合って、わたしに対して礼をとり

「踊っていただけますか?」

と手を差し出した。とてもとても素敵で魔法にかかったみたいに、手を差し出していた。

今胸がキュゥンってしたよ。自分にびっくりだよ。

モードさんがわたしの耳に口を寄せて呟く。

「俺のことだけ見てろ。後は何も考えるな」

まさしくそうなった。くるっくるっと回っているような気はしてたけど、モードさんしか見えてなかった。モードさんが微笑んでわたしを見てくれるから、わたしはそんなモードさんをずっと見ていた。他のものは目に入らなかった。ルークさん、ごめんなさい。視線は相手を見るものじゃないのに、相手しか見られなかったよ。

モードさんはダンスも抜群にうまかったみたいだ。ただモードさんを見て呼吸を合わせているうちに曲は終わり、モードさんは足を止めた。ハッとしてお互いに礼をし合えば、会場内が暖かい拍手に包まれた。

モードさんに腰を掴まれてリードしてもらって歩く。腰つかみは苦手だったのに、モードさんだと平気だから不思議だ。って言うか、今捕まえていてもらわないと崩れそうだ。足がガクガクしている、モードさんはわかっているんだろう。

近づくと王子はゆっくりと拍手をした。近くにラオスがいないのでほっとする。

「愛する人と同じ時間を過ごす喜びが溢れる、実に可愛らしいダンスだったよ」

周りも「初々しいわぁ」とか「慕っていらっしゃるのね」とかささやきが聞こえる。

何が? なんだか恥ずかしいのですけど!

「これはこれはアルバーレンのカイル王子ではありませんか。こちらの大陸でもご活躍されたようですなぁ」

王子が微かに表情を変えた。微笑みは崩さなかったけど、恐らく嫌な人なんだろうなと思った。モーツアルトみたいな髪型をしていて、わたしはこちらの世界でもそんな髪型の人を見たのは初めてだから、ずいぶん斬新なんじゃないかと思う。40前後かなと思える茶色の髪の男性で、流暢ではないオーデリアの共通語を話す。

「そちらのお嬢さんはカイル殿下の側室候補ですかな?」

は? モードさんにエスコートしてもらっているわたしに側室とかいう?

「……ブロリアム公爵は、竜侯爵をご存知ないか?」

カイル王子が呆れたように言う。

「竜侯爵、もちろん存じ上げております。オーデリアの北の要塞、ハーバンデルクの護り人ですな」

「侯爵家が末の子をことのほか溺愛しているのを聞いたことがあるでしょう?」

「はい。愛するあまり冒険者になるなんて、とんでもないことを許したのでしたな。あそこは一族こぞって末の子を甘やかしていると聞きますよ」

モードさんはそっぽを向いた。

大陸が違う国の貴族情勢も皆知っているものなのか、この人が知っているだけなのか、竜侯爵が突き出して有名なのかはわからないけど、よくご存知で。

「こちらがその末子と婚約者のお嬢さんですよ。私の側室なんて失礼な言葉が耳に入ったら、公爵家ぐらいは滅びますよ?」

モーツアルトさんはモードさんに今気づいたとでもいうような視線を向けた。わたしが腕を組んでいるのに。

「ハーバンデルクのローディング家第7子、モードと申します。お見知り置きを」

モードさんは礼をとってはいるけど、威圧感が凄い。

「カイル殿下がそうおっしゃるのなら、本物なのでしょうなぁ。失礼なことを申し上げました。私は公爵を授かっておりますブロリアムと申します」

爵位は上だからだろう、言葉を添えるだけって感じだ。話すときはモードさんよりわたしを見た。足の先から頭のてっぺんまで舐めるようにじっくりと。めちゃくちゃ不快だ。

一歩近寄ってきたと思ったら、髪の一部を 掬(すく) われた。

「薄い茶色の髪」

びっくりするぐらい近づいてきて、瞳を覗き込まれる。

「淡い若芽のような瞳の色。まさに、側室聖女と同じ色合いですな」

モードさんがわたしの髪に手をかけた手首を掴み上げ、わたしの髪を救い出し、掴んだ手を払う。

「無礼が過ぎますよ」

モードさんが低い声を出すと、モーツアルトは一歩下がった。そしてカッと目を見開いたかと思うと、激しい調子で言った。

「カイル王子も竜侯爵の末子も騙すとはなんと性悪な、正体をあらわせ!」

モーツアルトは急に大声をあげた。帝国語だった。

へ? 唖然(あぜん) とする。

人々が何事かとこちらへ注意を向ける。

ところが、それはモーツアルトだけでは終わらなかった。

「恐ろしい、聖女の皮を被り、帝国を陥れる魔女め!」

「カイル王子、騙されてはなりません。その女は、全ての元凶の魔女なのです」

近くにいた人たちもわたしに向かって、怖い顔をして声を荒げる。

「聞き捨てなりませんね」

王子が最初に騒ぎ出したモーツアルトを見据えた。モーツアルトは目眩がするとでもいうように額をおさえ、芝居がかった仕草をする。

「ああ、なんていうことだ。アルバーレンの誉高き第一王子も 陥落(かんらく) されている」

「魔女を捕らえろ!」

横から手が伸びてきて、モードさんがそれを払った。

何? どういうこと?

「なんだ、騒がしい」

ラオスだ。

「殿下。魔女です。魔女が紛れ込んでおります」

「何を言っている。私の招待客に無礼なことを言うでない」

「ラオス殿下はお優しすぎるのです。私はこの女とソレイユ皇子が一緒にいるところを見ました。帝国にオーデリアを呪う供物を埋めさせて、それを暴き自分たちの手柄にして王位を狙っているのです」

なんか話がとんでもない方向にいってるんだけど、これは一体、何?

カイル王子が、微かに顔をしかめている。

わたしの肩を抱く手に力がこもった。

「お待ちください」

会場がざわざわとざわつく。ソレイユがラオスの前に膝を折った。

「ラオス様、あなたはいずれ帝国を治める方です。何が真実で、何を違えてはいけないのか、 永遠(とわ) まで見通す目をお持ちです。ラオス様、どうぞ真実を見落とすことのないよう、お願い申し上げます」

弟なのに、公の場ではこんな風に話さなきゃいけないんだ。

「私は見たんだ。この女がソレイユ皇子だけとでなく、ソコンドルの裏切り者アーク将軍と密会しているのもな。この女が全て企て、帝国を貶めたんだ!」

ソコンドルの裏切り者って、どっち目線だよとこっそり思う。

「捕らえろ!」

「帝国を貶める者に罰を!」

「殺してしまえ!」

何かが起こると思った人たちが一斉に入り口に向かって動き出す。残ってにじり寄ってくる人たちは目つきがおかしい。

魔物より、よっぽど醜悪で恐ろしかった。

「とんだ茶番だ」

モードさんが震えてしまう体を抱え込んでくれる。

「大丈夫だ、俺がいる」

そう囁いてくれる。もちろん信頼しているが。異常な熱気というか、切羽詰まっているというか、その眼差しはとても怖い。

「衛兵、何をしている。我が客人に無礼を働く、ブロリアム公爵、ルコール伯爵、テスターニュ男爵、カリロイド伯爵を捕縛せよ」

ラオスの声が響くと、はっと言う掛け声の後に騎士たちが動いて、目つきのおかしい人たちはあっさりと捕縛された。

ラオス様とすがる貴族たちに厳しい声が響き渡る。

「お前らが我が兄上を陥れようとしていたことは、わかっている。まさかこのタイミングで他国の王子を巻き込んでの馬鹿をやるほど愚かだとは思わなかったが。皆の者、よく聞け。我が兄上は誰よりも国のことを考えている。兄上が国を陥れるなんてことはあり得ん。ブロリアム公爵らが仕掛けた罪はこれから暴く。皆の前に皇太子の名の下に 詳(つまび) らかにする。こやつらの考えたおかしな策略をくれぐれも本気にしないよう心得よ。

我が国を呪い成就の地になるところから救ってくださったアルバーレンの王太子に謝罪を申し上げる」

カイル王子は素っ気なく返す。

「そちら次第です。何かあれば、正式に抗議いたします」

ラオスの声で会場にとどまった人たちが、ざわざわする。