軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

119話 帝国の聖なる娘(中)

ラオスがキッと顔をあげた。

「とんだ邪魔が入りましたが、私が今日こちらにご足労を願ったのは、ただひとつ、帝国の聖なる娘を返していただきたかったからです」

カイル王子の右眉がピクッと上がる。

「帝国の聖なる娘、とは?」

「そちらの者のことです。4つの属性に、姿を成長させられる、若芽色の瞳の娘」

カイル王子がわたしをチラリと見る。

ラオスが声を張る。

「彼女は私が婚姻を結ぶためオーデリア大陸から連れてきた、聖なる娘だ。連れ去られ、探し回っていた。私を覚えているよね、ランディ」

ん? ラオスの後ろに控えた人が、ラオスの言葉を帝国語で繰り返す。

カイル王子が目を細めて、一瞬冷たい目を向けられた。

「ランディ。君は男の子の格好をしてアジトにいた。その時は私と同じ9歳の姿だった」

ラオスの言葉をまた後ろの人が通訳すると、ざわざわが大きくなる。

ラオスは振り返り、もっと後ろの騎士に何かを指示する。

「ランディ、そうだよね。発言を許すよ」

「帝国の皇太子様に申し上げます。どなたかとお間違えではないでしょうか? わたしは今回の奴隷狩りのことで初めて帝国に参りました。それから、ランディという名前も記憶にございません」

王族には間違いを指摘したらそれもアウトだと何かで読んだことがあるけれど、わたしはそれ以外何と言っていいかわからなかった。

通訳はわたしの発言も帝国語で繰り返した。

「そう言うと思ったよ。だからね、証人を連れてきたんだ」

証人?

騎士たちに連れてこられたのは……。

目が合う。目があった瞬間、一瞬だけ目が大きくなった。ふたりに黙っていたことがバレた。理解された。こんな形でバレたくなかった。わたしは目を瞑る。

会場内がざわざわして、証人とは反対方向から、清楚な真っ白の服を着た女性が歩んできた。

姫巫女様とほうぼうから声が上がる。可憐な女性はラオスの前で跪いた。

「これは姫司祭。あなたが外に出るとは珍しい。慶事でもあったのかな?」

鈴を転がすような響く美しい声がする。

「帝国の皇太子様に申し上げます。神よりお告げがありました。カノープス大陸の帝国の若き太陽の元に、聖なる娘が戻られると。浄化の力はなくとも様々な力を持ち、 永遠(とわ) に帝国に栄光をもたらすだろう、と」

「その娘はどんな様相か?」

「薄い茶色の髪に、明るい若芽色の瞳を持つ、成人したてぐらいの娘にございます」

わーっと歓声が湧き上がる。

本当にとんだ茶番だ。

こんなの、誰にだって茶番ってわかりそうなものなのに。……そういうことか。

そうだ、茶番とわかって、みんな乗っているってことだ。茶番とは道筋を作るために、与えられた役割を皆がこなして出来上がるのだろう。

ラオスは証人に問いかけた。

「この者に会ったことがあるだろう?」

下を向きかけたとき、トーマスの落ち着いた声がした。

「こちらのお姉さんに、会うのは初めてですが」

「僕もです」

アルスもはっきりと告げる。

王族に嘘をついたら罰せられるのに。

わたしは顔をあげる。ふたりが真っ直ぐにわたしを見ていた。

鑑定がかけられたようだ。嘘は言ってないと言われ、ラオスが唇を噛み締めた。

そうか、この姿のわたしに会うのは初めてだ。

「何言ってるんだ? わかってるだろう? ランディだ」

一呼吸おく。

「勘違いさせたかな。ランディは帝国でしっかり守る。王宮で何不自由なく過ごせるよう約束する。ひもじい思いをすることもなく、寒さに震えることもない。清潔な環境でキレイなドレスを着て、お菓子を食べて優雅に暮らせるんだ。幸せになれるんだ、本当のことを言って欲しい」

ラオスが思う平民の幸せは、ひもじい思いをせず、寒さに震えることがないことなのかもしれない。いい環境で優雅に暮らせたら、幸せを感じると思っているのかもしれない。

トーマスがわたしの目を見て、言い聞かせるように言った。

「ラオス様こそ、何をおっしゃっているんですか? ランディは9歳の少年ですよ」

モードさんが肩を支えてくれた。アルスの隣のギルマスと目が合う。

「わたしもいいですかね? わたしのギルドに登録に来たのは、ディアンという7歳の少年です。こちらのお嬢さんとは違います」

「冒険者カードの登録情報が残っているはずだ。この者のギルドカードを作れ。血液で反応すれば姿が変わっていても、覆せない」

「ギルドは王族にも屈しない独特の機関、ですから開示を求められても拒否しますが、特別にお教えしましょう。ディアンは登録後3ヶ月仕事をしなかったので、情報は破棄致しました」

「何だと?」

「規定でございますから」

「兄上! 兄上はわかっていたのでしょう? だから協力したのでしょう?」

「ラオス様、あちらの方は竜侯爵の末弟の婚約者です。滅多なことは言ってはいけません。国のことを考え、言葉をお選びください」

「帝国の第二皇子よ、こちらは、ハーバンデルクの竜侯爵にゆかりのある方だ」

カイル王子はラオスをもう皇太子と呼ばなかった。堂々としたままに帝国語で語る。

「皆の者もよく聞いてほしい。噂多き私と、こちらのお嬢さんが一緒にいたことで、いろいろな推測がされたようだが、こちらのお嬢さんは髪と瞳の色が噂と同じだったことで被害を受けそうになった。それに心を痛め、奴隷ルート殲滅に協力をしてくださった。アルバーレンは協力をしてくださった、ティア嬢と、竜侯爵末子に敬意を表する。彼らがいなかったら、あの奴隷ルートは糾弾できなかっただろう。

それからひとつ、わたしが探している女性は黒髪に黒い瞳で、どっしりとした、芯の強い女性だ。なぜ噂では、世界で1番ありふれた髪と瞳の色合いへと変わったのかわからないが、わたしは今も探している。それからいい機会だから言っておくが、黒髪に黒い瞳の女性も聖女ではない。なんの力もない普通の女性だ、ただ私が愛しただけの。側室聖女なんてどこにもいない。ましてや側室聖女の子供もいない。噂に翻弄されないでくれ」

モードさんが通る声を張り上げる。同じく帝国語だ。

「帝国の第二皇子様にご挨拶申しあげます。お初にお目にかかります、ハーバンデルクのローディング家第7子、モードにございます。こちらの者は、私の婚約者のティアと申します」

わたしは出来損ないのカーテシーを試みる。

突然のことで何が何やらだけど、この場を乗り切るためだとは思っても、モードさんの婚約者発言にわたしは動揺する。そういう設定ではあったけれど、モードさんの口から言ってもらうと破壊力が違う。

「ティアに何かしらの思い入れがあるようですが、今後は婚約者である私、ひいてはローディング家を通していただきたい」

ぐいっと肩を抱かれる。

守ってもらっている。モードさんにも、王子にも。今まで出会った大切な人たちにも。

「ラオス様」

ソレイユが祈るような声を絞り出す。

「……浅はかでした。確かな証拠もないことを、公の場で口にしました」

ラオスが悔しさを押さえつけたような声音で告げると、カイル王子は少しだけ微笑う。

「私もこの一連の出来事で、自分の未熟さを知りました。私も未熟だった。噂は一人歩きするもの、どんなに否定しても、それを怪しんで受け取られる。そう思い、一度も否定もしなかった。噂に限らず、ソコンドルのこともそうだ。私は何も発しなかった。

浄化とは、聖女様がいらっしゃるだけで世界中の瘴気が浄化されている。聖女様が各地に赴くまでもない。けれども、誰もが聖女様の姿を見ることができた方が安心するのはわかっていた。聖女様もそう思い、城から出て各地を回ろうとした。ところが異界の方には、この世界では生きにくい体だった。城を出て3日で聖女様は熱が出て倒れられた。ポーションを飲めるほどの回復にはなかなか至らず、飲んでからもすぐに全回復はしなかった。病と怪我に弱く、丈夫ではない。皆にそのことをまずご理解いただけるよう、切にお願い申し上げる。

聖女様のいた世界には魔物はいない。魔法もなかった。戦いもなく、平和なところで過ごされていたようだ。聖女様にとってこの世界は恐怖でしかない。そのことを深く胸に刻んでいただくよう願う」

王子は礼を取る。

「この場を借りて、皆の不安を取り除くため、聖女様の気持ちを伝えよう。瘴気のことで聖女様がどこかに赴かずとも良いのだが、聖女様は元より体調が整い次第、各地を回られるおつもりだった。魔王を封印した祠にも瘴気を鎮めに行ってくださるとのこと。ただ聖女様の体調が整うには年単位の時間が必要となるかもしれぬ。まずは近隣の国に行くことで体を慣らし、遠くまで距離を伸ばしていくつもりである。……きっと、こちらの竜侯爵も婚約者の方共々、協力してくださることだろう」

……モードさんとわたしはさらに巻き込まれた。

去り際に、振り返る。ギルマスとトーマスとアルスもわたしを見ていた。ありがとうと、感謝を伝えたいけれどそれもできない。騎士たちに彼らが連れて行かれる。最後に優しい目でわかっているというように微笑んでくれた。

やっとお屋敷に帰って来られた。お風呂に入りたいし、クーやミミ、黄虎の毛繕いをして癒されたいし、すぐにでも眠れそうだったが、王子に一言言わなきゃ気がすまない。居間に戻って、わたしは王子に楯突いた。

「あんた、最初からモードさんを巻き込む気だったわね?」

「ハーバンデルクの秘蔵っ子が思ったより有能だったからね。それにしても一国の王子をあんた呼ばわりするなんて、ハナぐらいなものだよ。私が許すのもね」

なんてやりあっていると、首根っこを掴まれて、モードさんに一歩下げられる。

「俺はお前に関わった時から、厄介ごとは覚悟している」

「モードさん、その言い方だと、わたしが厄介ごとの塊みたいに聞こえるんだけど」

「違うのか? 危ないと思って安全なところに置いていっても、お前は危ない目にあっていたじゃないか。なんだってそんなことになるんだ」

それはわたしが教えてもらいたいぐらいだよ。

「ホントですよ。一番危険から遠ざかったところに置いて行ったのに、どうして渦中にいらっしゃるんでしょうね、あなたは?」

とルークさんが言えば

「私が言えることではないが、ハナは少し巻き込まれやすいんじゃないか?」

と王子も口を揃える。

「いや、少しじゃないでしょう。いなくなったって報告を受けた時は生きた心地がしなかった」

なんだこの構図は、いつの間にか、みんなでわたしを責めるのに結託している。

「それはそうと、ルーク、私に報告していないことがありすぎるのではないか?」

「何か落ち度がありましたでしょうか?」

「ハナはランディだそうだ。ランディといえば9歳の少年だったよな。ところが今は16歳だ」

「はい」

ルークさんは涼しい顔だ。

「はい? お前は知っていて黙っていたのか?」

「何か問題がありますか? わたしはハナ様を連れ帰るか、 命(いのち) を守る 命(めい) を遂行し、報告いたしておりますが」

カイル王子は何を言っても無駄だと悟ったのだろう、小さく息を吐いた。