軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

103話 自覚

モードさんはよく出かけてしまう。黄虎はお気に入りの場所があるみたいでいなくなり、懐いたクーとミミも黄虎にひっついて行ってしまうことが多い。わたしだけ手持ちぶさただ。

「ティア様、ロディアーヌお嬢様がお見えなのですが、お嬢様をご存知ですか? 少し前に隣街で食事を一緒にとられたとおっしゃっているのですが」

執事のオブロードさんは少し困った顔をしていて、気が進まないなら、会わなくても大丈夫だと言ってくれた。

隣街で食事をしたということは打ち上げの時のメンバーの誰かだろう。

わたしは貴族の決まり事なんか知らないから、高貴な人が前触れなしに訪れるのがおかしいことだなんて思いもせず、留守のモードさんに会いに来て、いないならわたしの顔を見ていくかぐらいなことだと勝手に解釈をし、そのお嬢様が待つお客様を迎える部屋に向かった。

わたしが部屋に入ると、ソファーから立ち上がり、綺麗な礼をとる。上品で質の良いドレスに身を包み、決まり事なんかよく知らないわたしが綺麗と思える所作。打ち上げの中にいた人だ。わたしより2つか3つ上ってとこか。人の目を惹く華やかなとても綺麗な人。冒険者の時とは違い装いも華があり綺麗で、気高いお姫さまが本の中から出てきたみたいだ。

「お時間をとってくださり、ありがとう存じます。あの時は男の子のような格好をされていたからわからなかったけれど、女性でしたのね」

空気がピリッとしている。

「旅をしている時は男性の振りをした方が何かと都合が良かったので。騙したようなことになってすいません」

「……ムトンフェリアのドレスですのね?」

ドレスを買いに行ったお店はそんな名前だったかも。

「ミリセントお姉さんが見立ててくださって」

普段着にしていいと買ってもらったワンピースも、見ただけでそこのブランドってわかるものなんだ、お嬢様、すげー。だってロゴとかが大きく入っているわけではないし。ドレスドレスしているものはアシライがどこか似ているから、このブランドってわかるかもしれないけど。普段着用のワンピースは取り立てて目立つものではないと思ったのに。

「そういえば、きちんとご挨拶しておりませんでしたね。わたくし、メラグルト家3子、ロディアーヌと申します。モード様の婚約者です」

モードさんの婚約者?

思考が停止する。

ノックの音がして、わたしは我に返った。

オブロードさんが先頭にお茶を持ったメイドさんと一緒に入ってくる。

「ティア様?」

オブロードさんに呼ばれる。

「はい」

返事をすると、オブロードさんに心配そうに見られた。

「ロディアーヌお嬢様、ご歓談中に大変失礼致します。ティア様は主たちよりお預かりしている大切なお方ですので、お話中に無礼を致しますがお許しください。ティア様、ご気分が優れないのでは? 様子が違いますね」

お嬢様に断りを入れてから、わたしに向き合い、失礼しますとおでこに手を当てて熱を測られる。

「体調がおよろしくない時に来てしまいましたのね。申し訳ないです。日を改めますわ」

バタバタと周りが動いてくれて、お嬢様はお帰りになり、わたしはアンナさん筆頭のメイドさんたちに着替えさせられて、ベッドの中に放り込まれた。至れり尽くせりで。戻ってきた黄虎やクーとミミは心配してわたしに戯れてきたけれど、ゆっくり休めないからとオブロードさんに連れて行かれてしまった。まぁ、いい子たちだから迷惑はかけないだろう。

その後、ミリセントお姉さんやモードさんが帰ってきて、見舞ってくれたけど、わたしはぼんやりしていた。自分がふわふわしていた。何も手につかないというか、頭が考えることを拒否しているというか。

わたしは驚いていた。

婚約者。

考えてみればそれは当然なのに。モードさんも年頃?の男性だ、相手がいてもどこもおかしくない。しかも貴族だ。婚約者がいて当然の家系だ。嫁はいないと聞いていたし、半年ぐらいわたしと一緒にいて、その前からひとりでいるようだから考えが及んでいなかったのだ。

モードさんに会いたくて、会いたくて堪らなくて、勢いで来てしまって。会えばまた一緒にいられるような気がしていた。それは間違いだった。

わたしは驚いた。モードさんに婚約者がいたことを知って、こんなに衝撃を受けている自分に。

横になってはいるものの、真夜中になっても眠れなかった。わたしはベッドから起き上がって、カーテンの隙間からこぼれる光に吸い寄せられるように窓に向かう。カーテンを開けると大きな月が出ていた。

……わたし、本当にモードさんが好きだったんだ。

いや、好きは好きだった。この世界でモードさんが一番好きだ。モードさんに会いたかった。モードさんと一緒にいたかった。盲目的に近く、モードさんを慕っていた。それは間違いない。

恋にも何通りもある。当たり前だけど、人が違えばそれはまた違うものになる。とにかくドキドキしてずっとみつめるしかなかった初恋とも違い、友達からステップアップしたような恋とも違い、触れていることが安堵につながる恋とも違った。

ただ目の届くところにいて欲しくて。いてくれるのが自然だと、モードさんがいるからのわたしが成り立っているんだと、そんな一緒にいるのが普通で当たり前な存在で。あまりに普通すぎて。

恋っぽい想いを楽しんでいるような気持ちはあったけれど。あんなに大好きと言っていてなんだけど、こんな息の仕方を忘れるぐらい衝撃を受けるほど、恋していたとは、自分に驚く。真剣に大好きだったんだ。

だって、そりゃふわふわした思いを楽しむような気持ちではいたけれど。いい人だとか、優しくされると懐きたくなってしまうけれど、前提にどうしてもある。わたしはこの世界に紛れ込んだ異物だ。ここでのわたしは本物ではない。姿形も、年齢も違う。だから恋愛なんかきっとできないと思っていた。好き好き言ってるけど、本当の意味で愛することは決してできないと思っていた。それが、どうだ。婚約者がいたという事実に打ちのめされている。もうこれは紛れもなく……。

思い返してみると、モードさんに全開で大好きをアピールしていた気がする。ご家族にもみえみえだっただろう。

恥ずかしい! いたたまれない! 壮絶に恥ずかしい! わたし、いくつだよ。なんて幼いんだ。大好きな思いを突きつけるだけの、とても幼い恋。

そして、そんなことに気づいたのが、婚約者がいたと知ったから。事態は終わっている事実。

いや、始まってもいないところで終わっているのに、ひとりで『大好き』ってしていたのかと思うと絶望的に恥ずかしい! ……そして心が痛い。

月明かりに導かれてバルコニーに出ると、隣の部屋のバルコニーにモードさんがいた。グラスを持ち、月を肴に飲んでいたみたいだ。ワイン色の液体が揺らされたグラスの中で弧を描いている。わたしといる時は一度も飲んだことがないから知らなかったが、モードさんはお酒も結構いけるみたいだ。

「体調はもういいのか?」

尋ねられて、わたしは頷く。

「ロディアーヌとなんかあったのか?」

「ううん、挨拶してくれただけだよ。疲れが出たのかも」

「いつものアレか?」

「アレではない。アレも、これからもあるかもしれないけど、すっごい成長とかはもうないと思う。ちょっと感じが変わった?ぐらいで済むと思う」

16ぐらいからの成長は、目に見えて大きくなることはないはずだ。

息を吐く。軽くも重たくもならないよう息を整えて。

「モードさんはロディアーヌ様と結婚するの?」

普通の声音が出せたと思う。

「結婚? あ、元婚約者って聞いたのか?」

「元、婚約者?」

「ああ。ロディアーヌが生まれた時、婚約が決まった。7歳から10歳まで婚約してたな。10歳になるときに冒険者になることを決めたから、そんなんで貴族の嫁をもらうわけにいかないから、破談にした」

ってことは。正確には、彼女が婚約者じゃない。婚約者ではない人が、わたしに婚約者だと告げてきた。……あの人はモードさんを今も想っているんだ。

「それが、あいつも冒険者として仕事もしていて、今回の依頼で一緒だったんだが、なかなか強くてやりやすかった」

…………。

……………………。

……ふたりはお似合いだ。イケメンと美女だ。貴族同士だし。Aランク以上の冒険者で一緒に仕事をすることも可能。

姿を変えるときに、神様にキレイにしてもらえばよかったのかと一瞬考えが過ぎる。

いや、と、すぐに気づく。きっと見た目で点数を稼げたとしても、「わたし」であることは変わりなく、結果は変わらないだろう。

本当の歳も言ってない。めんどくさい生い立ちも話していない。あるのはただ一緒にいたいという気持ちだけ。

一方モードさんには、わたしは手のかかる子供で、弟子で、面倒見ちゃって情が移った子供でしかない。そう、子供だ。3歳からはイタイ。そんな子供に情はあっても好きになってもらえるとは思えない。

わたしはいつもとんでもなく現実が見えていない。なぜだかモードさんといるのが辛い気がして。

「……眠くなってきちゃった。おやすみなさい、モードさん」

「……おやすみ、ティア」

ああ、どうしよう。

どうしたらいいんだ、わたしは。どうしたいんだ、わたしは。

わたしとモードさんの関係。師匠と弟子だ。冒険者の。

モードさんはわたしがひとりでも生きて行けるようになるまで助けてくれると約束してくれて、わたしはひとりでも生きていけるようになっている。

モードさんはわたしにモードさんが保護者である証の指輪を預けてくれた。わたしはそれを返しにきた。

そこまでが事実。

ずっと一緒にいたいが、わたしの気持ち。

でも、いつまでも弟子がついてまわるって、やっぱり迷惑だよね。

それにもっとどんどん好きになって、そしてそれが決して叶わない想いなのは辛いことだろう。