軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

102話 師匠の家族⑤弟子の宝物

ミリセントお姉さん以外は、皆帰られてしまった。

パンのお土産を渡すと、すっごく喜ばれた。

その後、料理長さんからパンについてあれこれ聞かれたので、一緒に作ることにした。さすがプロ、ポイントを告げるだけで瞬く間に自分のものにして、見目も美しく仕上げていく。

これらのレシピは全部わたしのものと商人ギルドで登録してくださった。窓口はモードさんだ。それから調理器具なども羨ましがられて、金物屋で作ってもらうと、金物屋さんから売り出したいと言われ、発案者としてこれまたロイヤリティをもらえることになった。モードさんが窓口になってくれている。売れた分の1割がひと月ごとにまとめて入ってくるらしい。すごい! わたしが考えたことではないが、わたしがこちらの世界で健やかに生きていくために、向こうの世界の技術などを、ありがたく存分に利用させてもらうつもりだ。

ふわふわパンのレシピはゼノお兄さんにいずれ売り出したいと言われて、わたしはもちろんと頷いた。ただ、アジトのみんなにはいつでも作ったり食べてもらえるようにしたいと思っていることは告げておく。お兄さんは心得たと頷いてくれてから、

「モード、これは危ないな。しっかり見ていてやれよ」

と注意が飛ぶ。モードさんが怒られてしまい、どうしようと思っていると、ゼノお兄さんに頭を撫でられる。

「世の中には悪い考えを持つ奴も多いからね」

ふわふわパンは画期的なことだそうだ。ものすごく衝撃が出るだろうことなので、時期を選ぶという。売ってもいいレシピがあったら料理長に教えてやってとのことだったので、キッチンに大手を振って入れることになった。

プロと一緒にご飯を作るのはいろいろためになるし、面白かった。

皆さんが帰ってしまった寂しさを、何か作ることで誤魔化した。

モードさんの部屋の扉をノックする。

出てきたモードさんは、渋い顔だ。

「ティア、夜着で男の部屋に来ちゃダメって言っただろ」

「だって、昼間はあんまり話せないんだもん」

モードさんもお仕事があるみたいでよく出かけちゃうから話すタイミングがなかったのだ。

モードさんは仕方ないなという顔をして、部屋に入れてくれた。クーとミミはお部屋の寝床も気に入ったみたいで、相変わらずスーピー寝息をたてていた。気持ちよさそうに眠っているので、置いてきた。

「モードさんには少し詳しく伝えておきたくて」

モードさんのお部屋には机の他に小さなテーブルと向き合って椅子があるので、そこに腰掛ける。ベッドの方が座り心地がいいのだが、椅子に座れと言われてしまった。

わたしは便宜上、人攫いと言ったが、しばらく滞在したアジトにて、同時期に滞在していた帝国の子供に働き手として気にいられて連れて行かれたことを話した。

下船した混乱に乗じて逃げ出したこと。そこで指名手配状態なこと。そこで成長して、髪を染めて誤魔化したこと。ダンジョンに一緒に入ってくれた人に聞いた話だけれど、そのお尋ね者が聖女の子供と思われていること。そう、側室聖女の子供が帝国で行方不明との噂はわたしなのだ、と。

「は? 待て待て待て。何がどうすると、そうなるんだ?」

最初から話すように促され、モードさんと別れてからあったことを話す。ぱらぱらと話したり、帝国に行ってからのことは話したけど、時間軸がバラバラだったので前後がよくわからなかったみたいだ。

アジトのこと。聖女の聖水撲滅のために、お芝居をしたこと。いっぱいの家族ができたこと。話していて気づいたが、そうか、側室聖女の髪と瞳の色が一番ありふれた色になったのは、あのお芝居でわたしたちがそうしたようなもんだと気づく。アルバーレンとわたしの関わりについてだけは、ややこしくなるのでまだ抜かす。

アジトを出て行こうと思っているときに、アジト滞在のお客人が帝国の皇子で、働き手と見込まれて連れて行かれそうになったこと。そこをトーマスとアルスが助けてくれたこと。噂の祠をみた帰り道、ソレイユではなく、弟のラオス皇太子に連れ去られたこと。

聞き終えると、モードさんは長い息をついた。

「お前は、本当に……」

本当に、なんだろう? 待っても言葉は続かない。たっぷりの沈黙の後、

「帝国で冒険者ギルドに再登録したって言ったな?」

わたしは頷く。

「ティア、俺の家族を信用するか?」

わたしは頷く。

「もちろんだけど、何? どうしたの?」

「お前はカノープス大陸の王族に目をつけられた、わかるか?」

確かに、『ランディ』は目をつけられてしまった。

「お前が帝国にいた記録があると言い逃れができない。年齢が変わっているのも、いつ見破られるかわからない」

「わたし、側室聖女の子供じゃないよ?」

モードさんがポンポンとわたしの頭を撫でる。

「王族がお前を欲しいと思ったら、何を決めつけて、何を言い出して、何を言質に取られるかわからない。だからな、帝国での記録を破棄した方がいいと思うんだ。再登録なら、お前がギルドの仕事をしなければ、ひと月で向こうのお前の記録は消えているはずだ。なるべく早くにこちらでその頃に再登録していることにして、その後も仕事をしてこちらにいた事実を作った方がいい。そうするにはちょっと裏技がいる。兄たちに小細工してもらう必要がある。手伝ってもらうことになる。話すのはお前が帝国の王族に目をつけられたこと。連れ去られたこと。逃げ出して指名手配されてることだな。そこでお前は向こうで冒険者登録をしているから、その事実をなかったことにしたいと伝える。お前が信用できないなら考える」

「信用してるよ。でもさ、裏技なんだよね? それバレた時にマズイやつだよね? 罰せられたりするやつでしょ? それを頼んで、もしバレた時に何かあったら、わたし、その方が申し訳なさすぎるよ」

だってモードさんにもご家族にも、すっごく良くしてもらっているのに。

「だけどな、ティア、王族が本気になったら、その頃にお前が向こうの大陸にいたって事実だけで、逃げられないよう囲み込まれると思うんだ。だからお前が俺を信じてくれるなら、やらせて欲しい」

「そんな……お願いするのはわたしの方だよ。お願いします」

こっちの王子の件が片付いたと思ったら、今度は帝国か。

「いいか、お前は、ティアは帝国には行ってないんだ。アジトのことも、そうだな何年も経って、お前の年とみんなの年が同じになるぐらいまで会うのは我慢して、お前はランディじゃないんだ。リィヤも違う。わかるな。お前はティアだ」

モードさんは言った。わたしがアジトを大好きだから、家族が増えたと喜んでいるのに、それをしばらく否定するようなことにしてすまない、と。モードさん悪くないのに。ひたすらわたしのためなのに。

わたしは決意する。今度こそ、モードさんに全てを話そう。この手続きが終わったら。本当の歳も、面倒な生い立ちも、アルバーレンとの関係も。話すのは気が重いけど。

そう、もうアルバーレンとは区切りがついたからモードさんに全てを話すのはかまわなくなったんだ。なんかまた会えたことで、そういうの全部飛んじゃってたんだけど。そうだ、モードさんに言ってないことがいっぱいあるんだっけ。けど、芋づる式に話すことになる年齢がね、そんな歳なのに添い寝してもらっていたことがわかったら、モードさんに嫌われるかもという不安が残る。本当の歳を言ってないこともだけどさ、嫌われるのも怖いけど。何より生理的に受け付けないってなったら、トラウマを残すことになり、恩を仇で返すことになる。それが何よりも恐ろしい。わたしはなんで最初に本当の年齢を言わなかったんだろう。いや、わかってる。あの時はもうすでにいろいろお世話してもらった後で、恥ずかしすぎて言えなかったのだ。ああ、でもあの時言っておけば、添い寝はしてもらえなかっただろうけど、モードさんにトラウマを植え付けちゃうかもしれないことはなかったんだ。

考え込んでいると、モードさんにチラチラ見られていた。あ、まずい、落ち込んでいると思わせたかも。ええっと、なんか話を……。

「モードさん、5歳のときに竜人族のお姫様に見染められたんでしょう?」

モードさんはうっと声を詰まらせる。

「5歳の時のモードさん、可愛かったんだろうな。見たかったな」

「何だそりゃ」

「いいな、お姫様。5歳の時のモードさんと会えて」

写真とかで見られたらいいのに。

「お姫様、可愛かった?」

「ん? まぁ、竜人族はみんな見目がいいからな」

「いいなぁ」

「お前も、可愛いぞ」

「慰めてくれなくて大丈夫。自分の容姿に納得しているから」

こう望んだのはわたしだし、以前は劣っていたので、普通になれたので十分なステップアップだ。

「お前は隠せてると思ってるみたいだけど、全部表情に出るんだよな。表情豊かだぞ」

そうなの?

「ホントいつも全力で、懸命で。俺はあんなに懸命に食べる奴は初めて見たんだ」

カーッと顔が熱くなる。どんだけ一生懸命食べてたんだ。食いしん坊な自分が恥ずかしい。

「俺もうまいもんは好きだし、好みはあるが。でも、食事は生命維持に過ぎないと思っていた。それがお前はちっこいくせに、一生懸命食べて、一生懸命味わって。この味がいいだの、何と合いそうなのにだの、こうしたらもっと好みだの。いつも聴きながら食べているうちに、俺も食べることに興味が出てきていた。食事だけで満たされて楽しいものだってことに気付いてお前すごいなって思ったんだ」

そう思ってくれるのは嬉しいが、ただの食いしん坊だ、わたしは。

「懸命にひたむきに、食べるところとか、可愛いと思うぞ。お前を見ていて初めて知ったが、ひたむきとか懸命さは頑張ろうっていう気にさせるんだ、力をくれるんだよ。何故だか」

! そうきたか。これは大きい枠でみれば、きっと好意的に思われているはずだ。それが食べる姿なのは微妙なところだが。

「お前、もし成長しなかったら、アジトにずっといたかったか?」

わたしは少し考える。

「アジトは居心地がいいし、みんなのこと大好きだけど、留まらなかったと思う」

だって、わたしの居場所はあそこじゃないから。

わたしの居場所は、わたしが決めたから。わたしはモードさんに視線を戻す。

モードさんはアジトの説明の際に、わたしが見せびらかした贈り物を手に取る。

メイの宝物の四葉のクローバー。

クリスとベルンの宝物の透き通った石。

そして、アルスとトーマスからもらったお守り。

ひとつずつテーブルから手に取り、じっくりと見ては、元の場所に戻す。

最後にゆっくりと、お守りを両の手でそれぞれ持ってみつめる。

「……このアムステルダンのお守りにはな、それぞれの彫刻のモチーフに意味があるんだ。鳥と花は、どんなに遠く離れていてもあなたの幸せを祈っていますというものだ。剣と鳥は、いつでもどんな状況でもあなたを守ります。お前すっごい、いい女だったんだな、アジトで」

「女って? わたし男の子のふりしてたよ。何人かにはバレちゃったみたいだけど」

「これは男が惚れた女に渡すものだからな」

惚れた女? いや、……トーマスは含ませていてくれたかもだけど、アルスはそんなこと……。

トーマスには最初から気付かれていたみたいだけど、アルスもわたしが女ってわかってたの!?

……そういう習わしのものだったんだ。

「……モードさん、どうしよう。もらっちゃってたよ」

目の前のモードさんはなぜか切なげな顔で微笑った。

「気づいていて渡したんだろ。お前が何も知らないことを」

ーーどんなに遠く離れていてもあなたの幸せを祈っています。

ーーいつでもどんな状況でもあなたを守ります。

心の中で繰り返す。

わたしは最強のお守りをもらっていたみたいだ、そうとは気付かずに。

手が届く距離にはいないのに、こんなに力強く守ってもらっている。