軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

518 人魚国の今

ゾス・サイラじゃ。

覚えておるか?

人魚族にて恐れられる六人の魔女の一人。

その中にてもっとも邪悪、もっともおぞましく、触れてはならぬとさえ言われた禁忌の魔女じゃ。

奉られし称号は『アビスの魔女』。

アビスとは深淵の意。

深淵を覗くな、深淵もまたお前を覗いているのだから、という意味じゃ。

ことほど左様に、わらわは人魚族の禁忌。けっして触れてはいけない存在。存在自体をなかったことにしようとまでする恐怖の象徴。

そんなわらわが、今日……。

* * *

「ゾス・サイラ殿! 人魚国宰相就任おめでとうございます!」

「おめでとう!」

「おめでとー」

なんでじゃあああああああああッッ!?

人魚族の禁忌わらわ、宰相になる。

ウソじゃあ!?

どんなサクセスストーリーなら、国の災厄として追われる身が、一気に国家の柱石にまで上り詰めるんじゃ!?

人生大逆転にも程があるじゃろう!?

なんか三、四回グルグルした末の大逆転レベルじゃぞ!?

「そんなこと言わねーで助けてくれよ師匠おおおおおッッ!!」

そう言って抱き着いてくるのは、現・人魚王妃パッファ。

かつてわらわが魔法薬作りの手ほどきをしてやった娘じゃ。

わらわが教えてやっただけあって『凍寒の魔女』と呼ばれるまでとなったが、ソイツがこの度なんと人魚国の王族に嫁いで人魚王妃になりおった。

あのやんちゃ娘が王妃様などとは、面白いこともある世の中よ。

え?

わらわが言うなじゃと?

たしかにパッファの方はまだわかる。

女にとって玉の輿は誰もが夢見る夢ってことじゃからのう。逆に言えば実現する可能性がきっちりあるからみんな夢見るっつーわけじゃ。

しかし、指名手配犯から位人臣を極めるって、それはあまりにもありえんわ。

だから発想自体出てこない。

そんなことが何で現実に起こっとるんじゃ!?

「ゾス・サイラ宰相閣下には、既にご納得いただけたこと思いますが……!?」

「閣下言うなあ!?」

わらわのことを閣下呼ばわりしてくるのは、新たに人魚国を治めるようになった人魚王アロワナじゃ。

こないだウチのアホ弟子パッファと結婚しおった。

だからアイツも人魚王妃になったんじゃが……。

折り目正しいお坊ちゃまなどアイツの一番嫌いなタイプと思ってたんじゃがのう?

やはり色恋沙汰というのはわからんものじゃ。

いや、そんなことより……。

わらわが閣下呼ばわりされている件についてじゃ。

「たしかに説明は、もう耳からタコの触手が生えてくるぐらい聞いたが……!?」

「私が人魚王となり、新しい政権はまだ始まったばかり、大変不安定な状態にあります。父上の在位時に中核を占めていた重臣たちも『因習を引き継いではならないから』と言ってほとんど父上と同時に引退してしまいました」

それも聞いたわ。

なので現在、新王アロワナによる新体制は、空前の人材不足。

実力、信頼、共に揃った有用の人材は、喉から手が出るほど欲しいっちゅうわけじゃ。

だからってわらわはアウトじゃろ?

アウト寄りのアウトじゃろ!?

「魔女の称号を得ているということは、それだけ魔法薬の扱いに長けているということ。それこそ国宝級に。それだけの実力者を、これまで在野に置いていたことこそ損失だったのです」

「でもお尋ね者じゃぞ?」

「これから国家に貢献していくということで恩赦をお出ししましょう。という話も既にしたはずです」

「そうじゃなあ!!」

いや、わらわ的に恩赦など貰わなくても余裕で逃げ切る自信あるんじゃが?

六魔女最年長を舐めるんじゃないぞよ?

正確には最年長じゃないけれども。

「頼むよ師匠!!」

そして今だ、わらわの腰に縋りついてくるバカ弟子兼王妃。

都合のいい時だけ恭しく師匠呼ばわりしてきおって。

そもそもわらわ自身の研究助手として育て上げてきたのをとっとと独立して育ててやった恩も返さず、何年も音沙汰ない不孝弟子のくせして頼ってくるんかーい。

「アタシと結婚したせいで旦那様がダメになったとか言われたら堪らないんだよ! 助けて師匠! 師匠なら宰相職ぐらい簡単に勤め上げられるだろう!?」

まあ、できるけど?

「しかしわらわ反社じゃぞ? 反社との繋がりなんて一発アウトじゃろう?」

「それならアタイだって反社だよ! ごりっごりのアウトローだよ! でも王妃になったよ!」

「分際を弁えろと言いたいんじゃ」

なんで王妃になんてなった不良娘?

しかしなっちまったものはしょうがねえ。

とでも言うと思ったかダボが!?

「ゾス・サイラ殿。アナタの素行はともかく、能力識見は間違いなく人魚国最高クラス。アナタほどの才人を迎えることができたなら、アロワナ王の評価も自然と上がるはずです」

と言いおるのは、この場にまだいるわらわの説得役。

たしかヘンドラーとか言ったか。

在野の人材だった点はわらわと同じらしいが、やはりわらわと同様、否応なしに臣下に加えられたようじゃのう。

側用人とかいう、新設された特別な役職を与えられたようじゃ。人魚王の代理人として国中を駆け回り、あまねく王の意思を行き渡らせる。

大変な役職じゃのう……。

他人事。

「国法を無視し、勝手気ままにしていたアナタが屈する姿勢を見せれば『新王アロワナの威光はそこまでのものか』と皆が畏れ、より深く従うことでしょう。アロワナ陛下の新体制において二重の益というわけです」

「わらわは見せしめというわけか、はーん?」

まあ、たしかにわらわほどの巨大なワルを従えさせたと知られれば、若僧の名声は極大アップじゃろうがのう?

なんせわらわ? そこらの小娘とは比較にならんくらいのワルじゃし?

「いい加減に腹を括ったらどうですか? 我が夫とて、論客の道を断って天下国家に奉仕しようと心を決めているのです」

まだおったわ、わらわを説得しようとするメンバーが。

『獄炎の魔女』ランプアイじゃったか。

ヘンドラーの妻で、コイツも新婚ホヤホヤのはずじゃったが。どいつもこいつも浮かれおってからに。

「いいじゃないの? どうせ宮仕えなんて初めての経験じゃないでしょうに?」

「ヒィッ!?」

そして極めつけのもう一人。

「アタシの可愛い息子と嫁の頼みを、聞いてくれないのかしらゾス・サイラちゃん?」

「姉さまああああああッ!?」

前人魚王妃にしてわらわの姉貴分であったシーラ姉様が出てくるのは卑怯じゃああああッ!?

昔の! 昔に刻み付けられたトラウマが、わらわから反骨心を抜き去ってゆくううううう。

「アタシは王妃になってすぐの時も、ゾス・サイラちゃんは陰ながら政務を手伝ってアタシを支えてくれたじゃないの? その時の経験を生かせば宰相ぐらい簡単に務まるでしょう?」

それは当時のアナタが無理やりやらせたんじゃろうがああああッ!?

数年かけて解放されるまで、わらわがどれだけ窮屈な思いをしてきたかあああ!

わらわに宮仕えは性に合わん! そのことは当時の数年間で嫌というほど思い知ったんじゃあああ!

だからもう二度と公務になど就きとうない! ましてや宰相なんて責任MAXの部署!

嫌じゃ姉さま! 手足を絡み付けないで!

逃げられなくなる! 逃げられなくなるうううううううッ!?

* * *

「……この書類は許可じゃな。捺印したから実動部署に回しておけ」

「方策に具体性が足りんのう。もう少し煮詰めてから提出し直せ」

「何か全体的に数字の辻褄があっとらんのう? これ誤魔化しとるじゃろ絶対? 隠密に調査させろ。不正を行っていた場合は一斉検挙じゃ!!」

わらわ、それなりに宰相やれとる。

しかし、こないだまで指名手配犯だったのを国家の舵取りに据えてどこからも文句が来ないとか、やっぱりこの国ガバッガバじゃのう?

大丈夫か?

この国大丈夫か?

大丈夫であるように宰相のわらわがしっかりと舵取りしなければ!

とか思っている時点で術中にハマっている気がしないでもないんじゃよ。

「宰相! アナタは本当に素晴らしいお方です! マーメイドウィッチアカデミアを卒業早々アナタの下で働くことができて本当に幸せです!」

煩いわあ! 温室育ちのエリート小娘秘書が!

わらわのワルなイメージにつけ込まれてないで、はよ次の案件持ってこい!

わらわの一分一秒が人魚国の損益に関わるんじゃあ!

「はい! ……こちら他国から渡ってきた案件なのですが」

「他国ぅ?」

この時期に他国と言ったら、魔国以外にないのう?

地上の覇者の国から一体どんな用件じゃ?