作品タイトル不明
348 星を眺める
ジュニアがむずがると大体外へ連れて行く。
外の方が、赤子の興味を惹くものが複数あって泣き止ませやすいことがわかったから。
その日も、寝る前にジュニアがむずがり出したので、外に出てあやすことにした。
『寝入ってからじゃなくてよかった……!』と思いつつ。
そろそろ冷え込むようになってきたから外であやすのはやめないとなあ、とも思った。
ジュニアは早速、外の風景に興味を惹かれて、とっとと泣くのをやめる。
彼が御執心なのは星空であった。
今は夜なので。
しかも快晴の夜空は、煌めく星屑が満天に、無数に広がって、さながら真昼のような明るさだった。
「……だうー」
俺に抱っこされたままジュニアは、頭上に向かって手を伸ばした。
そして広げた手を限界まで伸ばしたところでグッと握る。
握った拳を再び広げ、また天上へ向けて伸ばして掴む。
その繰り返し。
グッパッ、グッパッ、グッパッ、グッパッ、グッパッ……。
不可解な動作の繰り返しに、俺は『?』と首を捻るばかりだったが、段々と我が子が何をしようとしているのかわかってきた。
星を掴もうとしているのだ。
夜空に輝くあの星を。手を伸ばせば届くところにあると勘違いしている。
なるほど子どもらしい誤認ではある。
可愛らしさを感じると共にロマンを感じさせる動作でもあった。
「人は誰もが……、あの夜天に浮かぶ星空へ憧憬を抱くものなのか……!」
ちょっぴり銀河の英雄になった気分だった。
そこで俺は思った。
ジュニアもこれから大きくなって、様々なものに興味を持っていくだろう。
夜空に浮かぶ無数の星々にも。
星にはロマンがある。
そのロマンは子どもの豊かな感受性を刺激し、人格形成に一役買ってくれることだろう。
ジュニアがいずれ、心豊かな大人になるためにも……。
星は重要だな!
* * *
なので天体望遠鏡を作ることにした。
星といえば天体観測!
天体観測といえば望遠鏡!
ジュニアが成長し、自然の仕組みが理解できる程度の賢い子どもになった頃、一緒に望遠鏡を覗いて親子の絆を深めるのだ!
『ほらジュニア、あれがM45プレデアス星団だぞ』
『パパは何でも知ってるんだね!!』
というやりとりが期待できるのだ!
父親の威厳が鰻登り!!
そのためにも天体望遠鏡を作ろう!
『天体望遠鏡などと文明の香りがするものを果たして製造可能なのか?』という声も聞こえそうだが大丈夫。
構造的にもそんなに複雑じゃないだろうし、これまでも色々なものを作ってきた。
そのノウハウを投入すれば作れないこともないはずだ。
レッツチャレンジ、天体望遠鏡作り!
* * *
素人な俺の先入観交じりのイメージだが、天体望遠鏡作りに重要な要素は二つに分れるように思える。
本体とレンズだ。
レンズは、まあそれがなくてはそもそも望遠鏡ではあるまい。
これはエルフのガラス細工班に注文を出すことにしよう。
レンズは元々ガラス製なのだし、さらにポーエル率いるガラス細工班は過去、顕微鏡の作成に力を貸してもらってレンズ作りの経験が蓄積されているはず。
細菌の研究=顕微鏡の完成に情熱を燃やしたガラ・ルファの無茶振りが今ここで活かされる!
製造するポーエルたちにしてみれば『悪夢再び!』って感じなんだろうけど。
レンズはそれでいいとして次に重要なのは本体だな。
具体的にはレンズを取り付ける筒みたいな部分だ。
これは紙を原料に形成することにした。
聞いた話では昔の望遠鏡は紙を素材に作られたとからしいし。
実は我が農場でも紙を生産している。
ダンジョン果樹園から伐り出した上質な木材で、ゴブリンたちが漉いて生産しているのだ。
とは言っても農場内ではちょっとしたメモ紙ぐらいにしか使われず、案外使いどころがないので生産取りやめにしようとしたところパンデモニウム商会のシャクスさんが目を付けてきて『是非この紙を我が商会で販売!』と泣きつかれた。
それで商会に卸す用に今でもいくらか漉いている。
まあゴブリンたちも紙作りは楽しいようなので問題ないが。
その紙を一部拝借し、ポスターみたいに丸めて筒状に。
筒の太さを慎重に調節してから漆を塗って固める。
これで望遠鏡の本体となる筒完成だ。
その筒の表面に金箔で美しい装飾をつけるか、漆の自然な質感を残すかでまたエドワードさんとエルロンが揉めていたが、無視した。
ポーエルwithガラス細工班が涙の果てに完成させた望遠用レンズを取りつけ、ついに完成!
異世界天体望遠鏡!!
* * *
「なんだ食い物じゃないのか」
ヴィールがその一言と共に興味を失い去っていった。
しかし他にも多くの群衆が、完成した望遠鏡を興味深げに取り巻いている。
「あんな筒……? みたいなもので何ができるというんだ……?」
「あれで遠くのものが見えるらしいわよ?」
「千里眼魔法みたいに?」
皆が望遠鏡に興味津々。
既に木製の台座にセットされ、斜め上方を向く。
これが見透かすのは遥か天空なのだから。
「見てくれよプラティ! ジュニアがもう少し大きくなったらこれで一緒に天体観測するんだ!!」
「はあ」
明らかに男のロマンがわかってない顔の妻。
いいんだ! 夜空を見詰めるのは父と息子だけの二人だけの時間なんだい!
そのためにも今のうちに望遠鏡の性能チェックしておくか。
いざジュニアが大きくなってから『欠陥がありました!』とかなったらしょうがないものな。
あと、望遠鏡を製作中に気づいたことだが、ここは異世界だ。
前の世界と天体の構造が同じわけがない。
何故最初に気づかなかったのか?
つまり夜空に星が無数に瞬いているのは同じだが、星の位置や輝きなどまったく様相が違うということだ。
比較不可能だが星の総数だって違うことだろう。
だから前世界の天体知識をひけらかして尊敬を勝ち取るなどできようがない。
こっちの世界にはオリオン座もないだろうし、冬の大三角形もなければ夏の大三角形もないに違いない。
肉眼で確認してみたところ北極星すらなかった。北斗七星もないので従って死兆星もあるまい。
「ならばジュニアが赤ん坊のうちに天体観測しまくって、この世界での天体知識を蓄積する……!!」
この世界の天体図に勝手な星座を作製するのもよかろう。
「ねえねえ、その道具って夜の星を見るためのものなんでしょう?」
特に興味もなさそうなプラティがジュニアを抱き上げつつ言った。
「でも今昼間よ?」
そう、望遠鏡の完成タイミングがちょうど真昼になってしまったので。本格的な天体観測をするには日が沈むまで待たねばならない。
まあでも昼間でも望遠鏡の性能チェックぐらいはできるだろうと、レンズを覗いてみる。
「……おお、よく見えるよく見える」
試しに遠くのお山を覗いてみたところ、表面を覆い尽くす木々の詳細な形まで確認することができた。
出来いいではないか異世界天体望遠鏡!
まさにポーエルたちガラス細工エルフたち脅威の技術力の賜物だな。
では次は本格的に空も見てみよう。
昼間ではあるが上手くしたら金星的なものを確認できるかも!
太陽だけは直視しないよう注意して覗くと……。
「…………何だ?」
望遠鏡のレンズの内に、予想だにしない奇妙なものが映っていた。
雲だ。
望遠鏡は上を向いているので、空に浮かぶ雲が見えるのは当然だが……。
奇妙なものの主体は雲ではない。
その雲の上に立っている人だ。
雲の上に人?
どういうことか? 昔のテレビであったような神様かカミナリ様のようではないか?
ん? 神様?
俺、戸惑いながら覗くのをやめない。雲の上に立つ人は、自分が遠くから見られていることなど気づきもしない様子だった。
一目でわかる美形美男子な青年だったが、その美青年が雲の上で唐突に……。
『ア~~~~~ッ!! ポロンッ!!』
と叫び出した。
意味不明だった。
望遠鏡で覗いているのになぜ声が聞こえるかというのも不明だったが、そこは置いておいて……。
『ア~~~~~ッ!! ポロンッ!! ア~~~~~ッ!! ポロンッ!! ア゛ァ~~~~~ッ!! ッ!! ッ!! ポロンッ!!』
と謎の絶叫を繰り返す。
ちなみにフリも織り交ぜてあった。叫び声に対応してコマ○チのパクリみたいな動きを取る。
そんなシュールな光景を、俺は望遠鏡越しに覗くのだった。
やがて美青年、苛立たし気に叫ぶ。雲の上で。
『ダメだッ! 「ア~」と「ポロン」の間が完璧じゃない! ここの究極の間を割り出さなければ神々の間でドッカンドッカン笑いを誘える一発ギャグにはならない!!』
そして美青年は再び『ア~ッ!! ポロンッ!!』と奇声を上げながらコマ○チのパクリみたいな動きを繰り返した。
俺は望遠鏡から目を離した。
肉眼では当然あの天にいる美青年は確認できず、白い雲が悠然と揺蕩うだけだった。
「…………なあ」
俺は手近にいる、いかにも知ってそうな人に聞いてみた。
「天界の神でアポロンっていない?」
「えッ? いますよ。天神ゼウスの子どもの一神アポロンは、戦神アテナと並んでもっとも父から愛されている芸術の神です!」
やっぱり。
『お笑いは芸術の範囲内なのか?』と一瞬引っかかったが。
……異世界望遠鏡は、天界に住む神々のプライバシーを著しく侵害するということで封印された。
俺とジュニアで親子天体観測する野望が!
おのれ天の神々め!!