軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

254 海に還る

今からしばらく人魚たちの話だ。

冬が開けて春。

彼女たちのチームにも変化が訪れていた。

* * *

「綺麗な尾びれ……!」

エンゼルは、我が妻プラティの妹で、だから人魚国の第二王女らしい。

「ついに抜けきったわ! 失敗陸人化薬の副作用! 完全にキレイに人魚の姿に戻ることができたわ!!」

「やったー!」

「これで海に帰れるー!」

「一時はホントもーダメかと!!」

我が農場近辺の海岸ではしゃぎ泳ぎ回る何人か。

エンゼル一人だけではなく、彼女と共に来た少女人魚たちもいた。

数ヶ月ぶりに取り戻した人魚の尾びれで、浅瀬をスイスイ泳いでいた。

久々の人魚としての感覚をたしかめ直すかのように。

「いやー、解毒にここまで時間かかるなんて思わんかったわー……」

砂浜に立って溜め息をつくのは我が妻プラティ(妊娠中)。

彼女の妹であるエンゼルとその一団が農場にやってきたのは、冬が訪れる前のこと。

若さ特有の暴走ぶりで強襲を掛けてきた彼女たちだが、経験も実力も遥か格上の姉プラティたちによって惨敗。

しかも、人魚が陸に上がるために必要な陸人化薬を自作したことが仇になり、未熟な腕で調合失敗した薬は彼女ら自身に甚大な副作用をもたらす。

人間から人魚の姿に戻ろうとすると、下半身が藻やらタコやらフジツボやらわけのわからない形に変容してしまう。

その副作用が抜けきるまで我が農場に留まる他なかった彼女たちであった。

しかしそれも今日を限り。

時間と、プラティ始めとした先輩人魚たちの多大な尽力によって失敗薬の効果は克服され……。

少女人魚たち、海にカムバック!!

「ついにアタシたちは、海に戻って来たのよ! この海はアタシたちのモノよー!」

そこまではない。

何故若いとここまで自信過剰になれるのか。

「……さて、見ての通り、アンタたちの薬抜きも一様の成果を得ました」

プラティが脱力気味に言う。

ちなみに、同じ人魚族のプラティだが彼女のみ人間形態のまま砂浜に立っている。

妊娠中の彼女は、お腹の子への影響を考えて出産まで姿を変えないとのこと。

「なので、そろそろ帰りなさい」

「「「「「ええッッ!?」」」」」

その一言に少女人魚たち、予想外とばかりに狼狽える。

「なんで驚いてるのよ? そういう約束だったでしょ? ウチのバカ妹が拵えたトンチンカン魔法薬で海に帰れなくなったので、仕方なく我が家に置いてあげてたんでしょう?」

薬の効果が消え、海に帰れるようになった以上ここに置いておく理由は、ない。

「ちょっと! ちょっと待っておくんなませ!!」

「私たちは、まだここにいたいです!」

「美味しいごはん、ずっと食べていたい!!」

「ではなく! ここで学びたいことがたくさんあります!!」

エンゼルの取り巻き人魚たちが一斉に縋りついてくる。

ディスカス、ベールテール、ヘッケリィ、バトラクス。

だっけ?

人魚姿に戻った彼女らが、砂浜にいるプラティに縋りつくわけだから、打ち上げられた魚みたいにビッチビチしてるけど。

「私たちには! 私たちには使命があるはずです!!」

「いかにも! パッファ姉様やガラ・ルファ姉様をお手伝いするという大事な使命が!!」

うむ。

去年あたりから、人魚チームの人手不足問題が再び表面化してきたからな。

原因は、需要の増加だったり担当職務の多様化だったり色々あるけれど。

解決アプローチとして、この少女人魚たちを鍛え上げる。それが、彼女たちが農場に住んでいるもう一つの理由でもあった。

その案を推進してきたのは、『凍寒の魔女』パッファだ。

そしてプラティが、また「ハア」とため息をつく。

「……その議論が出た時に言ったけど、アタシは反対なの。まだ学生のアンタたちは、しっかり人魚国の魔法薬学校で、しっかりと学び倒すべきなの」

「勉強ならここでもできます!」

「むしろここにいる方が、よっぽどいい勉強になります!!」

「そうです! 狂乱六魔女傑の面々から直に指導を受けられるのですから!」

あっ。

勢い余って人魚少女たち、地雷ワードを踏んでしまった。

「きてはあ!」

「「「「ぎゃーッ!?」」」」

怒り炸裂プラティの気迫で、恐れをなした人魚少女たちドプンドプンと海に逃げ潜る。

「その名前で呼ぶなっつったでしょうがあ! 痛々しいでしょう!!」

狂乱六魔女傑。

それは人魚界を代表する屈強の魔女に贈られた呼び名。

魔女とは人魚の、天才的魔法薬師に贈られる称号。

我が妻プラティも、その一人に入っているらしいが、狂乱なんたらの呼ばれ方を極度に嫌っている。

『狂乱六魔女傑』と言うワードにこもった中二臭さが痛々しいんだそうだ。

話が逸れた。

本題は、元の人魚の姿に戻れるようになった少女らを、海に還すか否か? だ。

「アタシは帰らないわ」

少女人魚のリーダー格として、一人神妙にしていたエンゼルが言う。

プラティの妹として。

「アタシがここに来た目的は、お姉ちゃんを超えること。それを果たさずして人魚国に帰るなんてありえない!」

「本音は?」

「ここで食べるごはんが美味しすぎて、もう離れられない!!」

素直でよろしい。

「帰れなんて言わないでよお姉ちゃああん! 生姜焼き美味しい! お味噌汁美味しい! アタシずっとここでお姉ちゃんと暮らすのおおおお!!」

そしてやっぱり、魚の下半身でビッチビチ言わせながらプラティに縋りついてきた。

「ええい! やめんか!! なんで嫁に出てまでアンタと一緒に暮らさなきゃいけないのよ!?」

それに対する姉の拒絶が容赦ない。

見ていられないので、やむなく俺が仲裁役を買って出ることにする。

「まあまあ、彼女たちが今や農場の貴重な戦力であることはたしかなんだし……。今彼女らに抜けられると正直困るよ?」

農場に新人として配属された少女人魚たちは、今では先輩人魚たちの助手として目覚ましい働きぶりを見せている。

発酵部門及び食品冷蔵部門の責任者パッファ。

医療担当のガラ・ルファ。

我が農場の欠くべからざる部分を支える二人だが、彼女らの働きも新たに得たアシスタントに支えられている事実は動かしがたい。

そこのところ、パッファがこの場にいてくれたら率先して反論してくれるところであろうが、彼女は今アロワナ王子の修行の旅にラブラブ同行中で不在なのである。

「ううむ、そこを突かれると痛いところよね」

「だっしょう!?」

「我々にも生きる権利を!!」

畳みかけに来る少女人魚たち。

しかしそこは『王冠の魔女』とも呼び讃えられる我が妻プラティ。小娘数人程度に押し切られる彼女ではない。

「でもダメ」

「えー!?」

「アナタたち、学校や親御さんに無断で来たでしょう? それでやむなくウチに長期滞在して、家の人がどれだけ心配しているか考えられないの?」

プラティにしては真っ当なことを言う。

「アタシもね、ここに新しい命が宿るようになって、やっとわかるようになってきたのよ。子を心配する親の気持ちというものを……」

みずからの腹部を撫でさすって、命の存在をたしかめるプラティ。

その表情には、今まででは絶対に見られなかった神聖さが浮かんでいた。

「うおおおお……! 説得力が半端ない……!」

「たしかに、お父さんお母さん心配してるだろうなあ……!」

「ヘンドラーさんに事情は説明してもらっているとはいえ……!」

人魚少女たちも、母のオーラまで備えたプラティに抗する術がなかった。

故郷の母の顔を思い出して、胸を痛めている。

「お姉ちゃんめ、まだ進化するというの……!?」

「女には劇的に変化する時期がいくつかあるものよ。アンタはそのどれにもまだ到達してないけどね?」

フフンとする表情に、やっぱりプラティあんま成長してないなと思った。

「それらを含めて、妥協案を出すことにしましょう」

「「「「妥協案?」」」」

「人魚の姿に戻れたのがいい機会よ。まずはアンタたち、四の五の言わずに一回家に帰りなさい」

さらにプラティは続ける。

「そしてアナタたち自身で、ウチに住み込む許可を取ってくるのよ。親御さんからね」

それが、少女人魚たちが正式に農場へ住み込む最低条件。

たしかに俺もそれには賛成だ。

彼女たちも、まだ大人一歩手前の少女。可愛い子には旅をさせよという格言が浮かぶ反面、心配する親の気持ちも、もうすぐ親となる俺自身酷く共感してしまうのだ。

「……わかったわ。そういうことなら受けて立ちましょう」

エンゼルが厳かに言った。何故か。

「必ずパパママの許可を取って、この農場に舞い戻ってくるわ。アタシを甘く見ないことねお姉ちゃん!!」

「いいでしょう、お手並み拝見といかせてもらうわ」

なんでこの姉妹はことあるごとに決闘ムードを醸し出すのだろう?

「……あぁ、あと」

「?」

「もう一つ付け加えるわ。学校からも許可貰ってきなさいね」

「!?」

何故かその要求にエンゼルの表情が凍った。何故か。

「え? 学校からも? 許可貰わないとダメ?」

「そりゃそうでしょう。アンタたち学生なんだから」

「どうしても?」

「どうしてもに決まって……。ああ、まあ物怖じする気持ちはわかるけど……!」

何故かプラティまで一緒になって重いため息を吐いた。

え? 何?

どういうこと?

プラティたちの言う学校とは、彼女らの故郷、人魚国最高峰の薬学魔法を教える学校。

マーメイドウィッチアカデミア。

である。